ラウンドテーブルで、地球時間を考える。

ラウンドテーブル始まりです。
本日3つ目の取材先で東北大学にやってきました。
またもやタイトルは、たいへんに長い。。。

ラウンドテーブル
「ヒューマンセキュリティの観点から考察する大震災後の諸相」
Looking Beyond Disaster through Human Security

となります。なんで副題が英語なのかって?共催が「国連大学 環境と人間の安全保障研究所(ドイツ・ボン)」なのです。
そして主催者が、あえて会議と銘打たなかったのは、闊達な意見を敷居を低く交換したいとの配慮からだそうです。


開会の挨拶から

主催者は
・東北大学大学院ヒューマンセキュリティ連携国際教育プログラム
・せんだい生態系再生コンソーシアム(午前中の会議もでしたね
となり、参加者も国際色豊かです。。


同時通訳です。

そして英語での同時通訳も行われます。

それでは、レポートの開始!と、言いたいところですが、本日はスピーカーが9名、そして内容が震災における津波の影響から、福島波江町の震災直後の放射線レポートまで、大変に幅が広いもので、さらに部分的にお届けするだけでは、発表の内容が正しくお届けできるか。。。ということで。。。本当に申し訳ないですが、印象に残ったお二方のレポートを行います。


せんだい生態系再生コンソーシアム岩渕さん

お一人目は、午前中に僕の文学館での囲炉裏に同席しました、せんだい生態系再生コンソーシアムの岩渕さんです。
ここで「せんだい生態系再生コンソーシアム」の目的について。“仙台の海浜の生態系を主な対象として市民が意見や情報交換を行える場を提供し、多様な場での提案を行い、仙台市民の環境活動の活性化を促す。”団体だそうで、昨年の12月初旬にせんだいメディアテーク7階にて趣旨を宣言し、設立されました。


せんだい生態系再生コンソーシアムの仕組み

また、岩渕さんはNPO法人 田んぼの理事長でもあり、田んぼと田んぼの生態系に係わる多くのプロジェクトを実行されています。今日これから紹介する「田んぼの脱塩」も、そのひとつだそうです。
せんだい生態系再生コンソーシアムは「生態系を学ぶ」「生態系再生を見守る」「生態系の中で生きる」3段階の取組みで環境活動を行ってまして、午前中に開催された囲炉裏は「学ぶ」カテゴリーのひとつだったのです。


鳥と人間の共生

さて、たくさんありました田んぼのお話しでも、コチラのエピソードは大変に興味深かったです。
写真はヒマラヤのふもとの田んぼでの光景です。この女性が手にしているのは、田を耕すための鍬です。
そしてこの鳥は何でしょう?信じられないことに野生の鳥で、女性が田を耕すのを待っているのです。
女性が耕すと、田の中からムシが出てきます。この鳥は、ムシが目当てなのです。
そしてムシを食べた鳥は、5分以内に半消化状態のフンをします。鳥は空を飛ぶために常に体を軽くする必要があり、食べたものはすぐに排出するのですね。
そして、この女性は、鳥のフンが目当て。フンは肥やしになるのです。

なので、女性が休むと、鳥も休む。何という共生関係でしょう!
お互いがお互いに利する関係にあり、何百年も続いてきた関係が、共生の形となっているのです。美しいですね。


田んぼの脱塩

続く写真は、震災後の津波被害を受けた田んぼです。
津波は大量の瓦礫を発生させましたが、岩渕さんが注目しているのは、津波が海中から運んできたものです。
津波は陸のみではなく、海底も激しく撹拌しました。その関係で、海からは大量のミネラルや稀少栄養素が運ばれてきており、田んぼの土壌構造を壊さないように瓦礫を片付け、脱塩のために水を張り、水を入れ換えることで再生させた田んぼでは、見事な稲が育ったそうです。


育ち方の違い

こちらは実際に収穫した稲の違い。左は田んぼに水を張ることで脱塩した田んぼで育てた稲です。
海からの栄養で、津波以降の収穫が良くなったという話は世界各地に残っているそうです。
また、逆に津波や洪水被害を押しとどめようとして、それに成功した古代文明は、土地の栄養が失われ、ことごとく崩壊したということです。


整地しながらの脱塩

こちらは重機を搬入し、表土をはぎとるようにして施工中の田んぼです。
奥のほうで、土が根こそぎひっくり返されているのが見てとれます。


一時的な回復など

このような脱塩作業をした時の塩分濃度の変化をグラフにしたものです。
一時的に塩分濃度が下がりはしても、周囲から塩分が戻り元の値に戻ってしまったという計測結果です。


質問

そこで岩渕さんの提案です。
私たち日本人は、何度も津波にあってきているはず。
津波を恐れて高台に全てを移転して、津波に対しては堤防を作り、全てを海岸でせき止める方法には無理がある。今回の事例でも解るとおり、海からは多くの栄養素も運ばれてくるので、津波との共存も必要です。そこで、津波と一緒に暮らす提案をしたい。とのことでした。

この提案は今までの防災観を覆すものですね。ですが、僕は大賛成ですし、その時に個人的に思ったことをひとつ。
Tsunamiって漢字では津波。だけど世界中で使われている言葉ですよね。大航海時代でもっとも栄え、世界を席巻した国のポルトガルは、リスボン大津波で首都が崩壊し国も衰退しました。
ですが、それだけの被害があったのにもかかわらず、西洋文明の中心地であったポルトガルは津波に対する言葉を残せなかったのです。
僕たち日本人は、何度も津波に遭遇し、津波という言葉を作ることで次世代に伝え、暮らしを変えてきているのです。
現にオーストラリアの北部では、年に必ず一回以上水没する地域で、近代的に暮らしている人達がいます。岩渕さんのおっしゃる通り、津波との共存は、僕はありだと考えました。


がんばッと!!玉浦 氏家さん

続いて、岩沼市玉浦での地域の再生に努力されている、NPO法人「がんばッと!!玉浦」から氏家さんです。


地域住民の考えた移転構想

氏家さんの住む地域は、震災直後の津波で街が壊滅したため、内陸への移転を早期に決定したそうです。
そして、移転に際しどのような町を作るべきか?勉強会を開き、地域住民と専門家でワークショップを組織して、地域の人と人との繋がりを意識したモデル図を作ったそうです。
それが左の図。まん中の空間は公園のように見えて、家々が囲んでいるものは、畑でした。
農地を中心とした、緩い繋がりのなかで、コミュニティを育むのが目的だったようなのですが。。。。


行政の移転構想との違い
ある日、提示された開発案は左のようなものでした。
こちらはこちらで別の「街づくり検討委員会」が組織されたようで、図面が作成されたそうです。
こちらの案には地域の意識が反映されているのか?氏家さんグループは複雑な気持のようです。



そこで僕?
僕は昭和40年代の武蔵野の生まれなので、家と家のあいだがたいへんに狭く、飛び地のような住宅地の周りには、広大な農地がありました。練馬大根の畑ですね。なので、平成になってから宅地開発された、どこもかしこも均等に四角い街って苦手なんですよ。とても氏家さんの気持が良くわかります。



千年希望の丘構想
そして最後に、こちらの図面は、ただいま計画中の震災瓦礫を使った「千年希望の丘」と呼ばれる巨大構造物です。
津波被害に会った地域には、まさに救いなのでしょうが、津波を防いでしまうという考えは、ひょっとすると海からの栄養がやってこなくなることにも繋がる。。。


午前中の講話「時間軸」から、僕たち人間の寿命は大変に短く、土地の持つ栄養素の循環、巨大地震と津波の間隔は、捉えようの無いほどの長さを持っています。
答えは、簡単には出ないだろうなと。。。少々尻切れとんぼになりますが、本日のブログレポートでした。

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