豊かなテーブルから。暮らしを考える。

にぎやかなテーブル

先週来のことですが、ブログのために本を読み、また本の内容から“これを!”と閃いたことを記事として掲載し、書籍と頭の中とを行ったり来たりしていたのは、すべてこの日のためだったのです。
昨年末に開催されました「せんだいE-Action」にて講師の一人としてお招きした、東北大学環境科学研究科 教授の石田秀輝さんの研究室に訪問して、私たちがとるべき未来について色々とお話を伺おう!とのことで、さてさて、またもや山のてっぺん、東北大学青葉山キャンパスまで自転車でやってきました。

様々な展示物

先生の研究室は、広い大学構内の6階建てビルディングのひとフロア丸々を使っています。
広い室内には、これからの未来に「何」が私たちの暮らしの役に立つのか?
生き物の持つ42億年分の切磋琢磨から生まれた、人間の技術ではまだ再現の難しいものから、ハイテクで汎用性のあるものを上手に組み合わせると暮らしは環境に優しくなれるのだよという技術の展示など、様々な提案物に囲まれています。
その広い展示コーナーの中心にありますのが、今日のブログの舞台のテーブルです。

石田先生

さて、テーブルに集ったのは仙台市環境都市推進課の職員(行政)、学都仙台コンソーシアム/復興大学からは東北工業大学の先生(学問)、在仙の印刷/クリエイティブ会社から職員の方2名(民間企業)、そして僕(一般人)です。石田先生からはE-Actionをさらに深く掘り下げたお話を、直々に伺おう!ということで、さぁ〜深い話になりますよ。
っと、僕は完全にここで油断をしていました。
今日の話のきっかけは、どこかから自然に始まるものだと思っていたら今回のテーブルは、たまきさんサイトが話題の中心のようで、口火を切るのは僕の役目だったのですね!
確かに伺いたいことは考えてきていたのですが、これ、少々序段の話には突っ込んだ内容ではないかと。。。。

電池バケツという機械だそうです。

僕が切り出したの、こう。
先生が書かれた本。「自然に学ぶ粋なテクノロジー」なのですが、タイトルこそは自然にはまだまだ学べるテクノロジーがあるよって読めますが、僕が最も感銘を受けた部分はタイトル関係ではなく「第一から第四に至る淘汰で、私たちは暮らし方を環境に適合できるよう変える必要がある」という部分でした。その各ステージについてですが、第一淘汰(現製品のエコ化)と第二淘汰(環境製品の選択)に関してはとても説明が明確なのですが、三番から四番に関しては、だんだんと概念的な表現が多くなってきて、行間から読み取れない部分が多くなっています。こちらは本が書かれたのが3年前ということもあり、その後の震災も受けて状況が変わったと思いますが、3年間、新たに分かってきたことはありますか?

だったのです。
まずいなぁ〜これは完全に先生に言いがかりをつけているようなものです。なにせ先生の著作に「書ききれていない部分がありますが?」って聞いている訳ですから!(僕は言い切ったときに冷や汗をかいてました。)
ですが、先生は僕の質問を受け留めてください、しっかり続きのことをお話しくださいました。

確かに3年前の段階では調査/分析の途上のことが多く、先の本でも紹介しきれていない部分があるそうです。
それは多くの一般市民に調査票を渡し、暮らしの中で「何」を最優先にとらえるかを数値の中から客観的に分析することの研究結果でした。そして結果は大きく三つのポイントに集約されました。
人々は暮らしの中で欲しているものは、「利便性」と「楽しみ」そしてさらに第三の要素として「自然」だそうです。

私たち人間は、自然とはなれて構築した「利便性」の中で暮らしています。
一番初歩的なものを考えてみましょう。遠くの人と話せる電話機。ゴシゴシ洗うことをしなくてよくなった洗濯機。遠くまで歩いていくことの代わりの交通手段。これらを、じゃあ、今から手離して自然回帰。縄文時代のような暮らし(環境負荷のほぼ無い暮らし)に移り変わりましょう。っと宣言して、それができますか?それが出来ないのが人間なのです。
ですが、利便性にもある意味の限界があります。洗濯機は汚れたものを綺麗に洗うことができるようになりました。その先に、洗濯機はどこまで進化すれば良いのでしょう?例えば言葉を喋る?洗い時を教えてくれる?そんなに進化しても洗濯機は洗濯機です。では、私たちは洗濯機を手に入れて、何を得たのでしょう?これは明確です。「時間」です。
この利便性から得た時間を使う「明確な目的」が無い限り、私たちは利便性を得る意味がありません。
つまり機械を代表する利便性は私たちの暮らしを楽にしてくれますが、豊かにはしていないのです。

そして、二番目の「楽しみ」は何でしょう?

「楽しみ」を、解釈するには人それぞれです。ですが人間的な最も本質に迫る楽しみは「知る楽しみ」です。これは何も本を読む、勉強する楽しみだけではなく、例えば畑を作って野菜を育てる。これにも自己の主体的な行動以外にも、天候や水、肥料や剪定など、大変に多い知識の賜物なのです。そして大事になってくるのは「楽しみ」を知るには「制約」が必要なこと。自己の成長には、自分以外の様々な要因による「制約」が存在します。この制約を打破する力が学びで、そのために人は、他の人に教わったり、協議したり、様々な工夫を加えます。

ここで話しの腰を折ってしまいますが、僕なりの思いを書いてみましょう。
一昨日のブログでハイテクのことを書きましたが、僕はハイテクを何のために使うか?で導入する目的を決めたことに触れました。
例えばゲーム。3D処理された画像が動いて飛んで、大変に高いテクノロジーの製品ですが、使うための時間を作り出さなければ遊べません。つまり、ハイテクはハイテクでも持っている時間を浪費するためのハイテクです。僕は浪費のためのハイテクは選びません。
そして、インターネットにアクセスできるケータイ電話。こちらは、出かけた先でも同業の作業者とデータを共有できたり、他の作業者からの質問に素早く返答できる「時間を節約できる」ハイテク製品です。こちらが理想ですね。
さて、僕はこうやって作り出したわずかな時間の集まりを、いったい何に使っているかと言えば自転車でトレーニングをしたり、本を読んだり、山に登りに行く時間に振り分けたりします。
さて、本題に戻りましょう。

さてさて。。。先生とのお話は尽きません。僕たちは先生のお話から学ぶことで、やはり脳が「楽しい!」と感じているんですね。
僕にとって「利便性」と「楽しみ」。「学び」と「制約」。この私たちが構築しなければいけないライフスタイルの変革に理解しなければいけない要素を知ったことは、今回のお話の大きな収穫でした。

例えば、日本製品は性能をドンドンあげている(さっきの洗濯機のように)のに、最近では世界であまり売れなくなってしまった。。。これには為替問題以外にも要素があるのでしょうね。やはり利便性を追求した結果である現代社会に生きる僕たちには、ハイテク製品へのストレスがあるのでしょう。
環境への負荷を考え、持続可能な新しいライフスタイルを構築することが大切なのです。

さてさて、先生のお話をドンドン書き連ねていても、さすがにブログでは紹介しきれません。私たちのテーブルでは、その後の話題に、持続可能な社会構築と復興をつなげる考えのお話や、人が自然に集まって出来るコミュニティーの話。地域の中小企業が抱える製品開発のジレンマの話など、本当に経済から理化学、もうこれは哲学なのではと思う程の幅の広い話が展開しました。これらの話題もいつか掘り下げて紹介したいですね。

さてさて、僕は写真を専攻していたので大学では必然的に銀塩写真に関わることばかり勉強してきました。ですが大学の授業で写真の次に好きだった科目は哲学でした。その、授業の一時間目、一番最初に教わった哲学の偉人のお話。ソクラテスのことを思い出します。
私たちは様々なことを知っているようで、本当は「無知」であることが一番の知であるのです。人間は学ぶ生き物です。解らないことがあれば、一生かかって学び続けるのでしょう。
そして哲学が、かつては理科学も数学も天文学も全てを併合した「学問」だったことを考えると、この部屋は大きな学びの場そのもの。知の固まりなのだなぁと。感じた次第です。

バッチ
お話は様々に飛び火をしてしまい、2時間経っても止まることはありませんでした。

最後に話題を一つ。先生は今後の活動拠点に沖永良部島を選んだそうだとか。
理由は黒糖焼酎。「これがたまらなく美味しいのでやられてしまった〜。」とか。
先生。僕も宮古島が大好きで。黒糖焼酎ってたまらなく大好きなんです!
今日はほんとうに意外な共通点で驚きました。

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