仙台市社会学級「ガレキの話」に参加しました。

大勢の参加者こんにちは。
いつでも環境情報があるところを、あちこち点々と取材しています。そして本日は榴岡市民センターで開催された仙台市社会学級にお邪魔しました。
こちらの社会学級。僕の奥さんが小学校の研修委員をしていた時に少しお世話になったような気がしますね。。。仙台市内の市民センターなどを拠点として生涯学習として「学び」に力点を置き、市内各所で今回のような、ガレキ処理の話から、世界の水問題、低炭素社会の実現など、様々なテーマで市民向けに講座を開設しています。たまきさんBlogでは、今回の「がれき」の講義と、10月30日(富沢市民センター)開催の「社会の水問題と日本の食生活のつながり」を、2週連続でレポートしてみようと思います。


東北工業大学 今西先生

講師をしてくださる東北工業大学 工学部 都市マネジメント学科教授の今西 肇先生の登場です。今回は参加者がとても多いそうで、70名あまりの申込みがありました。会場は聴衆でいっぱいです。
先生は冒頭の自己紹介で、半分が福岡人で半分は関西人。そしてソウルの血が少し入っていてシンガポールも入っているとか。。。。何?って思いましたが、なんと先生は日本各地で土木のお仕事をされたあと、サムスングループに役員として迎え入れられ、活躍ののちにシンガポールの企業に入り、そして震災一年前に東北工業大学で教鞭をとられることになったそうです。先生は参加者の心を掴むのもとても上手で、自己紹介までもを前口上にしてしまいます。どんどんお話しに吸い込まれますね〜。
そして、震災の一年前に仙台に来られたことを「神様に呼ばれたのだろう~。」と評しておられます。よくぞ仙台の地へいらっしゃいました。

東北工業大学 今西先生

先生の専門は都市マネジメントとなっていますが、平たく言うと土木工学だそうです。
土木と言うと、ひところの汚職問題が第一にイメージされますが、今の時代ではそのようなことはあり得ないそうで、災害直後、津波被害で大変な混乱に陥った被災地域のガレキを、県外からの支援用に取り除き、道を切り開いたのは地元の中小の建築会社だったそうです。僕たち市民には、テレビや新聞での情報しか入ってこなかったので知りませんでしたが、仙台市と地域の建築会社は震災の6年前に協定を結んでおり、災害時にはまっ先に社会インフラ復旧にとりかかる準備が出来ていたそうです。
このような道路などを切り開く活動のことを「啓開」と呼びます。これは自衛隊の用語で、どうやら関東大震災の頃に創られた言葉だとか。仙台市はまさかの事態に備えが出来ていたんですね。
ですが、当時は沿岸部の多くの街が完全に破壊され、救助を求めている人がいる中を、まっ先に資材を供出して道路を切り開いたために、建築会社の方の中には心に大きな傷を負い、今でも癒えていない方がいるそうです。早期復旧の影には言葉に尽くせぬ苦労があったのでした。

では、ここからが本題のガレキの処理の話となります。
私たちの住む星には表面に土がありまして、その土は地面のどこまでも深くにある訳ではなく。。。梨の皮みたいに薄く地表に載っかっています。土の下は「岩」だそうです。今回の震災ではこの薄い土の表面に大量のがれきがバラまかれてしまいました。それをどうやって片付けるのか?が問題でして、ただ集めてきてポイッと捨てるわけにはいかなかったのです。地表面というのは脆弱なんですね。

社会学級セミナー

では、どんなガレキが発生したか?ですが。
ガレキには種類が2種類あるそうで「災害廃棄物」と「津波堆積物」とに分かれます。
災害廃棄物は家屋や街の構造物、他に自動車や船など人の生活圏には様々なものがありますよね。それらが地震と津波で壊れ、材質も何もかも関係なくグチャグチャに混ざってしまったものを言います。そして津波堆積物は海から津波と共にやってきた土や砂利などを言います。

これが27個ぶんですか。。。。

東京ドームは、一帯を含めると飯田橋駅から水道橋駅まである。。。

まずは総量ですが、災害廃棄物は東京ドームにして20個分。津波堆積物は東京ドームにして7個分が発生したということです。。が。。東北在住だとどうも東京ドームというのはイメージが沸くようで、縁が無いようで何ともピンと来ませんよね。僕も東京出身とはいえ用が無いと行かないので以前は今イチでしたが、2年ほど前にライブを観に行った時に、そのデカさには改めて呆気にとられました。東京ドームは1周歩くだけでもかなりの時間がかかります。なんせJRの駅と駅との区間、一個分近くあるのですから。あの巨大なものが全部で27個分ですか。。。。27個分が南北500キロの沿岸にバラまかれたのです。



これらを震災直後からどう処理するか?が課題でして、結果として自治体の方針で処分工程がうまく進み、ガレキの処分が早期に進んだ地域と、それ以外とに分かれるそうです。
一番うまくいった事例は、ガレキ撤去の時から素材別に分類してしまい、種類ごとにリサイクルと焼却と埋設処分を効率的に勧められた仙台市と、まずは復旧を優先して全てまとめて処分場に運んでしまった~こんな書き方で申し訳ないです~その他の地域だそうです。
仙台市は大量のガレキが発生した当初に、早期におおよその総体を割り出し、処分計画を立ててガレキの一次仮置き場に運んだので、その後の作業が円滑に進んで、リサイクルや焼却処分が効率的に進んでいます。
ですが、あんこ(仙台ではゴチャマゼのことを、こう呼びますよね)にしてしまった他地域では、巨大なガレキの山から資源とそうで無いもの、焼却するものを、今でも人の手で分類しているそうです。これはもっと効率の良い方法があるのでは?と思いたいところですが、やはり無いそうです。(この時の様子は、朝日新聞の連載/プロメテウスの罠9月25日付けで紹介されてましたね。

大量のごみ

しかし、東京ドーム20杯以上のガレキの山も、結局は初期の分別が一番大事だなんて驚きです。
確かに家庭ゴミもひとつの容れ物にどんどん入れてしまうと、後から生ごみなんかが入った日には手作業で分けるなんて考えたくないですね。。。
ただし、今回の事態には不可抗力の部分もあったのです。
大きな災害が発生しましたが、災害ゴミの処分に関して方法論が無かったそうです。
日本を襲った災害として近年のものでは阪神淡路大震災がありましたが、あちらでは大きな火災が発生したので木材など可燃性のガレキは燃えてしまってたそうです。そしてもともと関西地区では、一般ゴミの最終処分で海を埋め立てて利用していたので、震災時も多くのガレキを引き受けたそうです。ところが東北は、海が綺麗なので埋め立て処分はされていません。(そりゃそうです。一帯は陸中海岸国立公園ですから。。。)なので、ガレキの持って行き場がない。復旧は急がなければいけない。そのために様々な種類のガレキをまとめて、処分場に運んだ経緯もあるそうです。


ところで、私たちの出すゴミには2種類ありまして、一般ゴミと産業廃棄物があります。
産業廃棄物は、もともと再利用することが前提で排出されてますので、処理工程が決められている分だけ環境基準は甘めに設定されています。
ところが、私たち市民が暮らしで排出するゴミは、市民が分別したあとは焼却し、カサが小さくなったあとは管理型処分場に運ばれ埋設処理されます。管理型処分場とは、遮水シートで覆ったゴミ捨て場のことですよね。そして未来に処理法が確立されるまでは、人の手に触れないように埋められるのです。
そして、ここからが肝心なのですが、震災のゴミは基本的に一般家庭から出てきたものなので、一般ゴミとして処理されています。一般ゴミだと焼却など様々な工程を経たあと、埋め立て処分にされるのですが、今回の震災のゴミの発生量は膨大なので、埋め立て地の容積が足りなくなる可能性があります。そうなると、処分しきれなかったゴミはどこに行くのでしょう?その道筋が、今のところ何も決まっていないそうです。
なので、私たち市民が出来ることは、ゴミを出す時に出来る限り丁寧に分類をして、使えるものはリサイクルし容量を減らすこと。これが大切なんですね。

ヘドロも流れ着きました。

僕の家の近所の梅田川にも、大量の泥が流れ着きました。

今西先生や学会の先生達は、世界で最も厳しいと言われる環境基準を持った現状の法律では、今回のような異常事態後の処分法にそぐわないと考えています。
発生理由も地震や津波なので、厳格な基準のまま処分法を定めてしまうと、処分地はあっという間にいっぱいになって行き詰まってしまうので、基準の緩和を進言しているそうです。こちらはどうなるのでしょう?これらはこれから決まることでした。
そして、例えば津波で運ばれてきた土砂のように自然の中から出てきたガレキには、重金属(ヒ素や鉛など)が含まれている可能性があり、後々に問題が発生した時に対処が出来るように電子タグをつけ、埋め立て後も追尾が出来るようにしてあるそうです。

テーブル発表

今回の講座では、ガレキの処分法というお話しだったので、単にまとめて焼却するのかな?(たまきさんサイトでも、偶然ですが処分場を見かけましたね。)っと考えてましたが、私たちの知らない多くの事実があり、勉強になりました。
ガレキと呼んで「いっしょくた」にしていたのは、私たち市民だったのですね。反省です。


発表そして、社会学級では貴重な講演のあと、先生も含めて各テーブルごとに話し合いの時間を持ち、意見を発表する時間を持ちます。
多くの参加者から、私たち自身の資源ごみの分別が、今は大切であると発言されました。ごみの分類をして、賢く処分する。私たちはもっとスマートに暮らすことができるはずですね。
今回の講座の総まとめでも、講座で知った事実を、出来るだけ多くの人に語っていこうとの意見が出ました。

それでは最後になりますが、今西先生。大変にユニークで為になるお話を、ありがとうございました。

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