県道10号の、その東の沿岸を最近見ていない。(せんだいメディアテーク 考えるテーブルから)

いま、貞山運河を考える

たまきさんはサイクリストではありますが、一応シーカヤッカーでもあります。
カヤックを漕ぐ人種としては、どうも海からの景色には思い入れがあります。その海からの眺め、そして海を見る思いというのは、震災以来、どうも途切れてしまっている気がする。特に仙台近郊の海に関しては、全くと言っていいほど行っていない。これは海に関わる人間としては、全くの“手落ち”ではないのか?と感じていたこの頃なので、せんだいメディアテークで「いま、貞山運河を考える」と題した催しが開催されると聞き、参加してみることにしました。

せんだいメディアテーク 考えるテーブル


いま、貞山運河を考える会 上原さん

メディアテークでは、年間でスケジュールを組み「震災復興」「地域社会」「表現活動」など、テーマを決めて一般参加者が語り合う場を「考えるテーブル」と名付けて開催しています。
黒板にもなるテーブルにつき、グループを作って、お互いの意見を聞き、語る場が一般市民に開かれた形で提供されるのです。

一番印象的だったのは、マイクを持ったスピーカーが話している間は、全ての参加者は話が終わるまで“聞く”というルールが前提にあること。
討論も大切ですが、まずは遮らずに語ってもらおうという姿勢には、大変に共感できるものがあります。ここは声の大きな人も、小さな人も、全員が同じ立場で語ることのできる場なのですね。

そして、語り出しは「いま、貞山運河を考える会」の上原さん。
本日のテーマ「これからの運河活用と防災」がスタートします。ん?たまきさんは環境サイトなのに、防災???ちょっと趣旨と違うような。。。

って思われますよね。僕も若干違和感を感じながら、それでもまずは聞いてから判断しようと思って参加したのですが、挨拶ついでに上原さんと10分近くお話をして、問題は氷解しました。


考えるテーブル

貞山運河は、江戸時代から明治にかけて、人間の手によって作られた運河です。
その成り立ちや運用については、時代によって様々な変遷があります。例えば、鳴瀬川の河口に国内有数の港を作ろうとした(野蒜築港)時にも活用されました。完成していれば一帯は横浜のように世界に開かれた港になったのでしょうが、台風で破壊され国家プロジェクトは終わりました。それでも運河は人の暮らしとともにありました。
人の住む村落の側には、人が暮らしやすいように改造を加えた一帯「里山」がありました。海沿いにも、人の手で開拓された運河があり、時とともに暮らしの中に取り込まれ、活用されている水辺があるのです。このような自然の状態を、二次的自然と呼ぶそうです。

たまきさんは、環境Webサイトと名前をつけていますが、環境とはなんだろう?
シーカヤッカーの内田さんによれば、環境はWilderness。
そして日本人のように小さな国土で生きる国民には、里山だったり、二次的自然も入る。

少なくとも、貞山運河は私たち仙台市民人とっては、市街地から接続した地域「環境」に入るのですね。そうなると、やはり僕らは震災以来、海辺の環境を見ないで来たようです。


東北ニュービジネス協議会からの発表

まずは、催しのスターターとして、都市デザインワークスさん、東北ニュービジネス協議会さんから、貞山運河の防災や活用に関してスライドを使ったお話しです。
震災の復興&防災には、自治体や国の直轄によって、様々な防災計画が立案されましたが、運河に関しては基本は修復という姿勢となっているそうです。
貞山運河は文化遺産に指定されているので、新たに手を加えることは難しいそうです。


記録されます。

この会では、参加者の発言は基本的に記録され、特別な指示が無い限りWebサイトなどで公開されるそうです。参加者は話す時も、聞く時も、公平にそして語り合いの内容もすべて透明になっているのです。


闊達な会話が繰り広げられる

スピーカーからの“口火”と呼ばれるプレゼンテーションのあとには、参加者によるテーブル単位のトークとなります。
僕はカメラを構えながら、3つのテーブルと点々として聞いて歩きましたが、地元である宮城野、若林区の住民の方の、地域での暮らしに風景としていつもあった運河をそのままにできないか?といった意見。そしてレジャーレクリエーションで活用していた方の、今後の発展を踏まえた意見。運河から観た海の景観。暮らしの中の海を考えた意見など、テーブルごとに話し合いの中に特色がありました。


各テーブルから、発表

考えるテーブルでは、テーブルごとの話し合いには時間を区切っており、会話がある程度熟成したと判断すると、語り合った内容を発表する時間が設けられます。
防災という面で考えると、運河の役割はとても大きかったという、これは推論ではなく、先の巨大津波で完全に結果が出ました。
津波は運河に一回落ちることで一旦は威力を失い、沿岸にいた人達の避難の時間を少しでも延ばす効果があったと言うことです。
参加者の意見では、沿岸に巨大な堤防を構築して一気に水害を防ごうというのではなく、多重の防御で災害から地域住民を守ると言う考え方もあっていいのではないか?との意見がありました。


今後の活用法も。いろいろ。

ですが、実際に沿岸部に住み、ご家族や友人を亡くされた方の発言では、もう、このような災害は何があっても起こしてはならない。。。と、言葉を詰まらせており、貞山運河や海岸部の防災のあり方について、問題の根の深さを感じました。
※写真はイメージです。

考えるテーブルは、市民が集い、お互いの意見を語り合い、集めた意見はヒヤリングなどで集約意見とするのではなく、自由な語らいを作り出すことを目的として開催されています。
貞山運河のことは、今回限りにはせず、追ってレポートしてみたいと思いますので、続報をお楽しみに。


では見に行ってみよう

っと、言うことで日にちが変わり、たまきさんサイトは思索も大切ですが実際に行動して、何が僕たちの周りにボンヤリとあるのかを確認しに行くことが大切と考えています。
たまきさんは、さっそく愛車に跨がって、震災以来空白地帯になってしまった貞山運河を見に行ってみることにしました。


サイクリングロードがあったのですね。

七北側沿いを河口に向かいます。県道10号を越えると、川の堰堤はサイクリング道路になっていたのですね。
のちのち道路工事の人と話しました。
「ここは以前は海岸に沿ってずっと自転車道が続いていたんだけどね。。。今ではまるっきり整備もできなくて、道を行くこともままならない状態が続いているよ。」


南蒲生の下水処理施設が見えてきました。

南蒲生の浄化センター前へとやってきました。
周辺は地盤沈下のために、あちこちが水没をしています。
処理場の影に一軒の家が残っています。ここは一帯が海のようになるまで海水が流れ込んだ地域ですから、あの家は大きな建物の影で難を逃れたのでしょうね。


すでに道の多くが失われているので、ケータイ。

海岸沿いに移動をしたかったのですが、道も壊れたり、橋が流失して通れなかったりするところが多数あります。
ケータイのGoogleマップで現在地を確認しながら、運河に出られるルートを探します。



海浜公園まで来ました。

運河に出られる道を探して、海浜公園入口まで来てしまいました。
看板が歪んでいるのは彼処まで水が来たからなのでしょう。奥では海岸の修復作業が行われているようで、たくさんの工事車両が走り抜けて行きます。



ダンプが行き交っています。

作業場入口の、警備員さんが立っている場所から50メートルばかり奥に貞山運河がありました。
特別にお願いをして、運河の脇の小道まで進ませてもらいました。


許可をもらって、運河を見ました。

そして久しぶりに観た運河がこれです。記憶の中の運河よりも、数段大きかったですね。これだけ大きな運河を人の手で作り出したなんて、とてつもない事業だったのでしょう。

そしてチリ地震の大津波の時は、水深が半分がた埋まってしまったそうです。やはり運河は人の手で管理してあげないと使えなくなってしまうのですね。仙台平野の内陸部は、貞山運河の排水機能のお陰で海水面からさほど高くないのに稲作などができる豊かな耕作地ができているそうです。


道の多くは、寸断されています。

さらに運河沿いに南下してみようとしましたが、一帯の道路はあちこちで分断状態です。


基本的に一般の通行ができません。

薮を無理して抜けてみようとしたらガレキの処理場のまん中に出てしまいました。
この一帯は、まだ一般の人が移動してまわれるほど余裕が無いのですね。今日はひとまず帰るとしました。


どこからやって来たのか?ヒマワリ

帰りがけ、街中まで見渡せるほどの「もと田んぼ」の畦を走っていたら、どういう訳か一本だけヒマワリが育っていて、たくさんの種をつけていました。


稲刈りをしていました。

さらに内陸へ向かうと、沿岸から1キロほどで耕作地に出ました。何だかホッとしますね。

先日来、何回か引用していますが、ジャレッドダイアモンドの「文明崩壊」まだあと30ページほどのこっていて、このブログでは紹介していませんですが、その中に出てくる人間の営みと土地の栄養素の話。ひいては植生の復活へのかかる時間と表土流出への懸念の話が出てきます。
仙台平野はたいへんに栄養に富んだ土地ですが、そのような場所には必ずと言っていいほど地質学的な作用があるそうで、基本となる栄養は「ここで見ている土地から」ではなく、地殻の中や近隣の大陸、海など、他所から運ばれてくるそうです。
仙台平野が度々津波に襲われていることは、地質調査でわかってきてます。
するとこの地は、津波とともに生きてきている土地なのかな?
海を見てくると、ちょっとだけ、そんな思いがしました。

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