わたしたちの“七夕さん”~誰かに教えたくなる仙台七夕の物語~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。

7月7日(土)は、風の時編集部代表の佐藤正実さんを講師にお迎えして、サロン講座『わたしたちの“七夕さん”~誰かに教えたくなる仙台七夕の物語~』を開催しました。

 

 

 

 

 

たまきさんサロンでは、毎年七夕の時期に七夕に携わっている講師の方を毎年お招きし、七夕の歴史を振り返ったり、七夕飾りを実際に作ってみるといった「仙台七夕」に関する講座を開催しています。

今回は、史料として現存する仙台七夕に関する写真や絵葉書、ポスターを通して、仙台七夕の歴史や変遷を教わりました。

 

 

 

 

 

<黎明期>

七夕まつりは、古代中国の乞巧奠(きっこうでん)という儀礼と星祭り伝説に由来し、中国から七世紀頃、日本に伝来したと言われています。我が国最古の記述があるのは万葉集です。

宮廷行事として始まった七夕は、武家、そして民間の年中行事として広く浸透していきます。

 

 

 

 

 

<江戸期 藩政時代>

仙台の七夕は、伊達政宗公が子女の技芸上達のために奨励し、年中行事として藩内に広まっていったと言われています。

<明治期>

明治時代になると、五節句(江戸時代の幕府の公式行事:人日の節句、上巳の節句、端午の節句、七夕の節句、重陽の節句)が廃止されます。このことによって七夕は国の祝日行事ではなくなり、年中行事としては衰退してしまうのですが、その慣習だけは現在に至るまで民間行事として残っています。(七草粥、ひな祭り等)

さらに、明治6年から暦が「旧暦(太陰暦)」から「新暦(太陽暦)」に変わりました。

この改暦はひと月遅れで開催されている仙台七夕にも関係しています。

 

 

 

 

 

【旧暦・新暦・中暦】

仙台七夕は農業における五穀豊穣を祈る行事として根付いていたことや、学校や家庭における「習い事上達」という教育上の意味付けがされていたということもあり、その伝統が守られてきました。

もともと仙台七夕は、旧暦の七月七日に開催されていましたが、これは稲の開花時期とお盆の間にあたります。しかし、新暦では七月七日は仙台の梅雨時期と重なり、五穀豊穣を祈る行事として時期が合わなかったため、仙台七夕においては旧暦時期のまま開催を継続されたのだと考えられています。

その後、仙台七夕は新暦のひと月遅れである中暦の八月七日の開催となり、現在に至ります。

 

 

 

 

 

【明治43年からひと月遅れで開催】

現在、仙台七夕の飾り物と言えば、七つ飾り(吹流し・折鶴・短冊・紙衣・投網・くずかご・巾着)が主流ですが、明治時代から戦前までは「行燈」や「七夕線香」といったものも飾られていたことが、絵葉書などから分かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【七つ飾り】

<大正期>

1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が起こります。

この震災を機に不景気に突入し、全国的に物が売れなくなってしまいます。

仙台では、一番町商店街が「連合大売出し」を行い、商店街の活性化を図りました。

これに一役買ったのが、仙台七夕でした。

各商店が独自の工夫を競う「七夕飾り付けコンクール」も企画され、仙台七夕は年々盛大になり、街中は多くの人で賑わうようになりました。

関東大震災は大きな災害でしたが、七夕が庶民の静かな年中行事から大規模な観光行事として変貌を遂げたひとつの契機になりました。

 

 

 

 

 

【絢爛豪華ではないが、涼しさを感じさせる肴町の七夕飾り】

<昭和期 戦前>

観光資源となった仙台七夕は、飾りのアイデアが一層進み、より人目を惹く「三連提灯」

「仕掛物」なども登場してきます。大きな商店で作った歴史物やお化け屋敷など二十台ほどの仕掛物が七夕を飾ったそうです。1932年(昭和7年)には、当時の仙台の人口20万人に対して、七夕祭りに15万人の人出があったという記録が残っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【伊達政宗没後三百年にあたる1935年(昭和10年)の三越デパートと大町の飾り物】

ここで、本日の特別ゲストが紹介されました。

「七夕の仕掛けモノを作ろうプロジェクト」代表の三原良夫さんです。昨年度の仙台七夕飾り仕掛物賞で、三原さんの作った仕掛物が金賞を受賞されました。

三原さんは、仙台七夕のもう一つの伝統である「仕掛物」の復活に尽力されている方です。今年は、原町本通りに「花咲か爺さん」の仕掛け物を出展されるそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【七夕の仕掛物】

<昭和期 戦後>

戦争が激しくなると仙台七夕も中止となりましたが、終戦翌年の1946年(昭和21年)に十年ぶりに再開されました。

仙台の町も戦災から復興し、時代や世相によって様々なデザインで彩られた仙台七夕は、全国に「仙台七夕まつり」の名前を広めながら昭和の時代を駆け抜けました。

1956年(昭和31年)には、画家の山下清さんが仙台を訪れ仙台七夕を写生しています。

1962年(昭和37年)には、島倉千代子さんの「七夕おどり」が発売されました。

1964年(昭和39年)には、中央通りのアーケードが完成したことで、これまで雨に泣

かされてきた仙台七夕でしたが、雨の日でも楽しめるようになりました。ちなみに昭和

26年に「森天祐堂」の七夕博士と呼ばれた森権五郎さんによって考案された、急な雨に

もすぐ対応できる滑車式の七夕飾りが、現在でも使われています。

1987年(昭和62年)には、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」の放送もあり、仙台七夕

まつりは265万人という史上最高の人出を記録します。

<平成期>

藩政期から数えて四百年余り、仙台七夕は笹竹と和紙を使った「七つ飾り」を基本とする、明治期にその型が確立した伝統文化です。震災や戦災からの復興、不況回復、五穀豊穣祈願、平和祈願など人々の祈りを七夕飾りという形によって表し、継承されてきた仙台独自の文化と言えるのではないでしょうか。

誰かに教えたくなるようなエピソードと共に、これからも私たちの仙台七夕をさらに発展させ守っていきたいと思いました。

講師の佐藤正実さん、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

*参考文献:「仙台七夕まつり 七夕七彩」近江惠美子 (2007年7月27日発行)有限会社イーピー 風の時編集部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【現在の仙台七夕まつり】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【仙台七夕まつり歴代ポスター展】

たまきさんサロンでは、本講座に関連して「仙台七夕まつり歴代ポスター展」を7/7~7/22まで開催しました。

 

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せんだい環境学習館 たまきさんサロン

平 日 10:00~20:30

土日祝 10:00~17:00

休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始

※8月26日(日)は設備点検のため臨時休館いたします。

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