日別アーカイブ: 2012年3月8日

震災時のクルマの利用を考える。

本日は、見事なほどに内勤です。会社から一歩でも出たかなぁ〜。
トレーニングをしている時は40キロ以上も自転車をこぐ僕も、仕事だけの日は、何歩あるいたのやら。。。

そんな日のブログでも、日々のニュースで気になったものは取り上げます。

広域の交通規制計画を策定=首都直下地震想定、11都県―1770キロで一般車禁止/時事通信

運転教則の一部を改正 津波からの車避難/産經新聞

震災時の大渋滞

僕は震災の直後に、とあるスポーツ専門誌に震災関連の記事を書いたことがあります。
地震の後、Macとデジタル一眼とiPhoneにはバッテリーが残っていたんで。僕は地震が起きたあとの、たぶん時間にして5時間分ぐらいのバッテリーで編集部に連絡をつけ、ページが確保できているかどうか解らなくてもいいからという条件で記事を送り続けました。なぜなら、震災直後のクルマを取り巻く状況があまりにお粗末だったから。

———-反省を込めて、今日のブログでは当時のクルマの状況を改めて書いてみます。

地震が少し落ち着いた頃、僕の奥さんは5キロほど離れた幼稚園に下の息子を迎えに行くと言い出しました。
僕は『緊急時には、保育施設は子どもの安全を守る義務があるから、急がなくても大丈夫』と言ったのですが、そこは母親なのか、すぐに迎えに行くと言って僕が自転車で行くことを勧めても、クルマで出て行きました。
それから、4時間帰ってこない。。。

震災直後は全ての都市機能は麻痺してしまいます。もちろん、信号など動いていません。その中に出て行けば、交差点ごとにクルマは連なり、全ての幹線道路は走行不能に陥っていたのです。。。僕がたまきさんとして活動している今、この1年後であったら絶対に車で出かけることなど許さなかったのですが。
ところが、事態はそんなことでは済まなかったのです。沿岸部では津波による死者と、多くの瀕死の方が助けを求めていたはずなのに、僕の家のクルマは渋滞を作り出す側に周り、救助隊の通行を妨げてしまったのです。

僕の記憶が正しければ、巨大な地震が発生した時は、ドライバーはクルマを左に寄せ、鍵をつけたまま安全な場所に歩いて避難するように教習所で教わっていたはずです。だのに、去年の震災では多くの方(僕の奥さんを含む)が大事な基本ルールを忘れ、車で移動を考えたようです。

ガソリン在庫無し

写真は震災から数日たった光景です。ガソリンがまったく市内には無くなりました。皆さんも憶えていますよね。
この写真を撮った時、榴ヶ岡から幸町まで裏道を自転車で通ったのです。その細い路地一面を埋めていたのは、渋滞から出られなくなったクルマ達。
当時、あの一画では誰かが心臓発作を起こしても、助けの救急車は入ってこれなかったのです。もちろん火事でも消防車は入れません。

だけど、問題はそれだけではないのです。
結果的に、市民の野放途なガソリンの使用により東北6県の燃料が枯渇して、県南では救急車に使う燃料にも事欠いたということです。
そんな事態をニュースで読み、僕は当時思ったものです。『そこまでしてクルマに乗らなきゃいけない用事って、なんなの?』

そして冒頭の紹介したリンクに戻りますが、関東での大規模地震の発生が懸念されている今、最も恐れらえているのは地震そのものよりも、震災直後に発生する火災です。
特に市民である僕達が、地震直後に無用なクルマを動かすことで関東では確実に消防車が動けなくなり、火災は近隣の家屋を巻き込んだ大規模なものとなります。現在の予想では環状6号から環状8号に至る住宅密集地では、消防は火の手を封じ込められなくなるとのことです。

なので、たまきさんブログでは、小さな声ですが、それでもここで声をあげたいと思います。
『お願いだから!巨大地震のあとは、事態が安定するまで車を使わないで!』

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