月別アーカイブ: 2012年2月

今日のFacebookの話題から。その他の本と。

時々書評も載せては?なんて書きましたが、今日はいきなり2本分ありますので、手っ取り早く進めましょう。だけどいつもの写真が全然なくてご免なさい。

——–生物多様性について
今日のYahoo!Newsにありました話題をFacebookで掘り下げた件ですが、毎日新聞のヘッドラインから
シカ食害:阿部知事「オオカミ導入困難」 /長野

参考書籍/捕食者なき世界 ウィリアム ソウルゼンバーグ

オオカミが絶滅して、残された環境に何が起きたか?
これは食物連鎖の最上位にいる生物を、意図的に排除したらどうなるだろうという興味深い実験が紹介されています。
磯にある潮溜まりから、海藻を食べるフジツボに似た貝の捕食者であるヒトデだけを人為的に潮溜まりの外にポイポイ捨てた実験です。
するとフジツボは、食べ物に恵まれた安泰した暮らしを送ったかというと、食環境が完全に崩れるまで異常増殖し、海藻が食べ尽くされると飢餓のために死滅し、後には何も生えない死の池が残ったのです。

では、これが陸地での最上位捕食者であったオオカミを取り除いたイエローストーン国立公園ではどうなったか?オオカミは家畜を襲う害獣として20世紀中頃までに完全に駆逐されたのですが、直後からヒトデの例と同じようにシカによる食害が始まった。(ここは日本と同じ)のみならず、シカは補食される危険性が無いと安心し、オオカミに襲われる危険性から今まで立ち入りを控えていたハイリスクな地域「水源地」に常在するようになった。するとシカの群れは川辺や水源地の植生を完全に破壊し尽くすまで食べ、結果的に地表の植物を失った大地は降雨に耐えきれずに表土の大量流出へと繋がり、石の剥き出しになった川辺には保水力がなくなったため、川も簡単に氾濫するようになり、地形すらも変わってしまった。

つまり、オオカミが生息することで得られるもっとも大きなメリットは、大型の草食動物を恐怖でコントロールすることにあるのです。
同じように人間がシカをハンティングすればいいという考えもありますが、人間の場合はシカが現れるまで何日でも水辺で待ち続けることはしません。捕獲した頭数を合わせるために、牙よりは遥かに効率の良い武器を持って山に向かうでしょう。これではまったく意味がありません。

上記の本にはダム建設で孤立した島で、食物連鎖の最上位に立ってしまった「猿」の運命など、今日のニュースを理解するために必要なキーワードにあふれています。とても読みやすいので、おススメですよ。

——–これはほとんどサバイバル。そして、どちらかというと小説に近い一冊

吉村昭/漂流

江戸時代、天明年間に土佐の船乗りが大シケにあい、船が破壊されたまま黒潮に乗って鳥島まで流れ着く。
鳥島は火山島なので水はなく、食料もほとんど無い中で滞留最長の主人公は、実に12年も生き延びて、その間に後から流れ着いた15名の船員と季節ごとに打ちあげられる廃船の部品を使って。辛くも八丈島まで戻ってくる物語です。
といっても一般人には文字が普及して無い時代なので、元になったのは奉行所などに残されていた資料だけ。それを吉村昭が繋いでひとつ物語に仕上げています。
漂流ものでは南極探検で海氷に閉ざされ船を失っても全員が生還したシャクルトンの伝記もかなり面白いですが、いやいや日本にもこんな物語があったか!といった感じです。
そして、千石船がなぜに嵐に弱かったのか?など、歴史もひも解くところがありますので、船の構造も理解できていると2倍楽しい本ですね。
この本は図書館の閉架書架にあるので、端末でオーダーすると倉庫から出してもらえます。

ということで、環境に関係のある本と、ちょっとお関係なさそうな本の2冊でした。
明日はたまきさんサイトの応援してくださる方を新たに見つけた(ようなので)、挨拶に行ってきます。たぶん報告もできると思いますので、お楽しみに!

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今年は雪が続きますね。

先週半ばにちょっと暖かくなったかと思ったら、また冬に逆戻り。今年の冬の寒さは、やはり北極海の海氷の減少が原因だと、前回のJAMSTECに引き続き、今度はジョージア工科大学の研究チームが発表しました。複数の研究機関が北極海での異変で北半球の気象が乱れていると指摘しています。これは人間の活動だけが原因なのか?かつて18世紀の中ごろには小氷河期もありましたし地球規模の気温というのは、それほど触れ幅は大きいと発言している人もいますけど、ここ数年の変化と温暖化物質の関係を観ると、やはり人間の活動が原因に思えますが。。。
Yahoo! Newsより

そして29日には、またもや東京で雪が降り、今年は全国的にもさくらの開花も遅れそうだと。。。僕も山の雪の多さには、ちょっと驚いています。
寒い日が続きますね。

キャンドルイベントところで、ちょっと追悼企画の告知です。
震災から1年が経つ3月11日には、日本各地で追悼の式典が計画されていますが、たまきさん個人でも何か協力できることがないかと考えていました。
そうしましたら、チョットだけ縁がある塩釜の被災企業の商品をボランティア状態で売っているネット専業の会社が、3月11日に塩釜の駅前でキャンドルを点灯して震災からの1年を静かに思い返す追悼企画をすることになりました。そこで、僕にも何かできることで協力ということで、チラシとフライヤーの制作で支援をします。
仙台での式典ではありませんが、やはりあれだけ大きな災害です。比較的無事だった僕も出来るところから、協力できればと思いまして、今夜あたりから夜とか、空いた時間でボランティアです。

3.11 希望の光 追悼キャンドルナイトin塩竈 会場
塩竈市海岸通10-13 グリーンビル周辺

追伸、フライヤーが完成しました。
個人的にはちょっとよく出来たかな?って思ってます。
希望のひかりフライヤー

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ラジオのつながり〜。

今日のブログの内容に関しては、少し環境から外れるかもしれませんが、長いブログなので、こんなこともあるかな?とご容赦下さい。
僕はテレビは滅多に観ません。仕事がら映像が目のすみに映っていると、ついつい意識がそちらに向いてしまうのです。だからテレビを観ている時間と映画を観ている時間では、集中できる分だけ、映画が多いのではと思うほどです。
だけど、ラジオはとても良く聞きます。あるIT系のジャーナリストが話していたのですが、現代人はケータイやブログや今ではFacebookと、一日の中でIT機器と過ごす時間が増えてきて、仕事と睡眠や食事等の時間を除いたプライベートな時間が大きく減っているそうです。

そこで、ネットワーク機器を操作する時間を作り出すために減らされたのがテレビの時間。テレビには、視聴と同時に「何か!」をさせる余裕が無いからです。その代わりに増えているのがラジオの聴取時間だそうです。

僕はだいたいMacを相手に仕事をしていることが多いので、ラジオといってもインターネット経由で聞くことが多いです。
今さらラジオ?でも、日本各地ではパソコンやスマートフォン、ケータイで様々なラジオが聞けるようになり、地方のコミュニティーFMをまとめてあるサイマルラジオコミュニティーなんてホームページもあります。

サイマルラジオ

上記リンクは、映画「波の数だけ抱きしめて」に感動した元NHKの木村太郎さんがコミュニティFMの湘南ビーチFMを開局し、20年間でここまで大きくなった団体なんです。

ですが、ひょんなことから左のようなラジオを所有していまして、これは訳ありで捨てることができません。

そして、311の震災が起きました。

ボロラジオ

僕が、僕にオーストラリアの旅を教えてくれた友人が、海外で使っていたラジオを2000年に突然譲り受けた。もう捨てられない。

震災直後には、仙台市内の電気はほとんど全ての箇所で切れ、テレビも映りません。今考えれば、車に行けば何かしら情報がとれたのでしょうが、車の中では他のことが一切出来なくなる。そんなとき、本棚の片隅に長いこと置いてあったこのラジオを思い出したのです。

僕の家の中は全ての荷物が落っこち足の踏み場もなかったので、とにかく生活が出来るように大慌てで片付けました。
明るいうちに晩ご飯の準備ができるようにと、ラジオを点けっぱなしにし片付けものに没頭したのですが、それから電気の通じるまでの3日の間、原発事故も津波の被害も、このラジオから情報を集めました。

今回の震災では僕の例以外にも、ラジオの有用性がとても注目されました。
地域のどこの避難所に行けば食料がもらえるのか?どこに行けば家族と再会できるのか?
避難所でも電池ひとつで動いて、きめ細やかな情報を伝えるラジオの力がわかりました。

そのラジオが危機に立っているのを今朝のニュースで知りました。
女川さいがいFMが、一年間仮住まいにしてきた小学校を契約切れで出て行くことになり、助けの手を求めています。
女川さいがいFM

たぶん同じ問題はアチコチにあるのでしょうね。塩釜のコミュニティーラジオは、ラジオ局が津波にのまれるも、機材や人材は助かり数日後には放送を再開できたけど、今までのスポンサー企業が皆、操業不能に陥ったために、資金難となって、パーソナリティーが手弁当で放送を続けているということです。
僕はこの情報をラジオフレンズで聞きました。関東の放送局が手を取り合い、パーソナリティーが放送局の垣根を越えて、東北各地の災害ラジオをバックアップしようと継続的に番組を作っています。
ラジオフレンズ

今日は環境とはちょっと違う話でしたが。。。無関心でいるということは、結局は僕達の暮らしの選択肢を減らしてしまうことになります。
まずは、情報としてでも関心を持ちましょう。

追加情報——-
BSプレミアムにて、28日(火)22時半より、映画「不都合な真実」放送です。

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泉ヶ岳北東尾根 今年は難しいですね〜、敗退ののち桑沼

どんどん林道を進んで行きます。3キロぐらい。
今日は、敗退だったんで書くことが少ないかも。。。
北泉ヶ岳には通常の泉ヶ岳や水神からアクセスするコースの他に、冬だけしか通れない北東尾根というものがありまして、一気に標高を上げるルートも楽しみのひとつであります。
ただ、ルートの一番最後に雪庇の真下をトラバースするので、雪崩が恐い。っといっても、先週にあれだけ暑かったので、落ちそうな雪は全部おっこっちゃった後です。今日は表層雪崩だけ気を使えばいい。しかも昨夜の積雪10センチってとこなので、この時期に登るにはいいタイミングだな。

スプリングバレーのスキー場脇から林道を大和方面へ。でもなんだか暑い。。

雪。。。深いなぁ

歩いていると、タイツの中がムシムシしてきます。雪はたいして降っていなかったんで、今日は静かな山だなぁ〜って思ってました。(ところが街は大雪!)


マーカーです。これを追って行きます。
冬期ルートにはマーカーが取り付けられていて、これを追って登ります。


雪がパラつきます。


もう暖かい。というか暑いって感じですね。


雪庇もでかい。
モノトーンで綺麗だなぁと撮りました。木の真下の穴ぼこも良い感じ。


今日は本当に暑いです。雪が、もうどんどん溶ける。
標高をグングン上げて行きます。チョットだけ気温も下がったかな?気温が下がってくれた方が、雪が安定していいんだよな。


最後の雪崩地帯。
最後の急登では、もうラッセルになっていたんであんまり写真がないです。
こんな斜面をず〜っとよじ登ってきたんですが、最後の尾根までのアプローチが、幅50メートルぐらいの雪崩帯を横断しなきゃいけない。
見上げると2メートルぐらいの雪庇。さっさと渡っちゃおうかとも思ったけど、なんだか進む進まないで後続がモメ始めたので、敗退決定。
登山はチームスポーツなんで、意見がバラけた時は、即敗退です。


敗退決定〜下ります。

雪崩帯の下は長居は無用。この斜面は下るのは初めてだけど、終盤はすごい斜度だったんだな〜。


なんだかせっかく来たんで、桑沼見物。

ま、どうせ早いうちに敗退したんで、もう3キロチョイ先の桑沼までピクニックに出かけました。
沼は水量も減り、静かですね。


他にひとグループが、カンジキできてました。

ず〜っと先行していたグループがいて、ラッセル泥棒してました。ありがとうございます。
登りばっかりでなく、たまにはこんなピクニックもいいですね。

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若林区荒町の地域清掃を取材しました。

子供たちは元気がいい!

たまきさんWebサイトでは、新企画「まちエコ」をスタートさせます。
街の皆さんが普段から実施している環境活動を紹介するミニコーナーなのですが、その第一回目の取材で「あらまち子ども企画室」の地域清掃を取材させてもらいました。

あらまち子ども企画室は、活動拠点となっている荒町市民センターのご近所、仙台市立荒町小学校の生徒さんと卒業生である近所の中学生が、普段は毎週水曜日にセンターまつりなどセンターの年間行事を楽しんだり、自分達で講座やイベントを企画して世代や学校を越えた地域交流を楽しんでいます。

まずは一番最初に、少し意地悪な質問をしてみました。
「皆さんは、ごみ拾いは好きですか?」
好きな人なんていませんよね。それでもイザ、掃除をしてみると自分の住む地域が少しだけ輝いて、気持いい街になった気がします。
なので集まったみんなは、
「う。。。」っと言葉に詰まりながらも、一人が「〜好き。」と口にすると、「私も」「私も好き」と、続けていい返事が聞こえてきました。実は、僕も近所を歩いていてごみを見つけると持って帰ってくるんですよ。必要なのは、ちょっとの勇気ですね。

ではごみ拾いに出発!
僕もさぁ!取材だ。っと思ったら、子供たちは元気です。どんどんと走って行ってしまいます。クルマには気をつけて!



ペったらこくなった空き缶

さっそく見つけました!
クルマに轢かれてペッタペタに潰れた空き缶です。
缶はごみではなく、リサイクルへ。ただ、空き缶はこれひとつだけでしたね。



角のスミまで目を光らせます。

歩道の角のスミまで目を光らせます。
子どもは、ごみ拾いでも発見することに喜びを見つけてしまうから素晴らしいです。
大人だとついつい面倒くさいとか、先入観が先に走ってしまうので、こうはいかないですね。



なんせ交通量の多い通りです。

荒町通りは、歩道がしっかりあるとはいえ交通量の多い通りです。
市民センター職員の方に加え、大学生のボランティアさんが2名応援に来て、安全を確認します。
学生さん達も、この荒町地域で生まれ、荒町小学校を卒業してから引き続きボランティア活動を継続しているそうです。偉いですね。


吸い殻が一番目立つな。。。

細かいごみを拾っていますが、これはタバコの吸い殻です。
困ったものですね。タバコのポイ捨ては環境を汚すだけではなく、火事の原因にもなります。
歩きタバコをするのも問題だし、灰皿を持たないで吸っているということは、捨てること前提なんですね。


大物のカサ発見

出ました!今日一番の大物です。
風の強い日に壊れて捨てたのでしょうか?壊れた傘は、風に乗って飛んで行くと大変危険なので、ちゃんと処分しましょう。
だいたい、ビニール傘はとても壊れやすく長持ちもしないので、お洒落に敏感な人は、もうビニール傘をあまり使わなくなってきているんですよ。


チラシも落ちてた

センター脇の茂みからチラシが出て来ました。
不思議と存在感のあるチラシですね。これも風に乗ってきて、飛んできたのかな?


すごい集まりましたね〜。

市民センターの川口さん。すみません。ちゃんと正面向いているところの写真を撮ればよかったですね。

今日の収穫です。ごみ袋2つに傘一本。ずいぶん集まった気がするけど、これは少ない方だとか。
だけどお店のいっぱい並んでいるあたりには、思ったほどごみが落ちていませんでした。きっと商店主さんが毎日お店の前を掃いてくださっているんでしょうね。

歩いたコースはこちらです。
取材内容は近日中にまとめて、たまきさんWebサイトで紹介させてもらいますね。
あらまち子ども企画室の皆さん、ありがとうございました。

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僕が今の暮らしに至るまで〜。

内田さんの本

内田さんの本です。僕はこの見慣れない本が池袋の東急ハンズの書籍コーナーにあるのを見つけ、「何だこれ?」って思いながら、この本は買うべきだとピンと来て入手しました。今では宝物です。

このたまきさんブログ。僕の正体を知る人には大ウケになっているようだ。
なんせ僕そのまんまらしいから。

僕(たまきさん)が今の暮らしに至るまで〜を、何かのタイミングで書くべきだなぁ〜と思っていたので、小だしにはせずに今日のブログで僕の20代なかばから今までのダイジェスト版を書いてみようと思います。

大問題かもしれないけど、もともと僕は環境に関心があって、熱心に社会貢献活動をしてきた訳ではぜんぜんありません。むしろ若い頃の僕は、オフロードバイクで関東の山の中を走り廻っていました。

それが良いのか?悪いのか?悪いとするとオフロードバイクがぜんぶ悪者になってしまうけど、たぶんそうではない。
若い頃なんてそんなものです。「自分の家からどこまで行けるのやら?ちょっと昨日のその先へ、もう少し先の世界を見に行ってみよう。」そんな単純な動機で週末がやってくる度に、長野だ北陸だ、北海道だとテント担いでアチコチを転々としてました。

その当時に影響を受けたのは、モーターサイクルジャーナリストで、今では海洋ジャーナリスト、東京海洋大学非常勤講師の内田正洋さんです。
この人カッコいいんですよね。ず〜っとオートバイで海外のデザートレースに出ていたのに、ある日突然、シーカヤックに乗り始めちゃいました。

一度だけ内田さんちに行ったことがあります。当時は三浦半島の、逗子のもうチョイ先の海辺に面した小さな丘の上に家を借りて、家族3人で暮らしていました。
僕が立ち寄った頃は、すでにモータースポーツのライター稼業からは退いていて、生活なんてクヨクヨ考えるより、シーカヤックさえ漕げれば良いんだと、当時はマイナーだったカヌー専門誌に記事を書きながら暮らしていた。
日中、気が向くと海に出てカヤックを漕ぎ、仕事が入ると1週間でも2週間でも、部屋にこもって働いていて、僕はそんな内田さんの不思議な暮らしを見て、身の回りで全てが解決する小さな暮らしっていいなぁ〜って思ったものです。

バイク時代の僕

たぶん検索しても出ないから書いちゃおう。Finke Desert Raceに出ました。100キロ以上のスピードで、巨大なウオッシュボードのダートを230キロ走るレースです。

その直後に僕は職場を辞め、一年ほど海外をブラブラしてました。オートバイで、オーストラリア中を旅してまわってたんです。
旅の途中では多くの人に出会いまして、夜にバックパッカー(超安ホテル)で息のあったオーストラリア人とビールを飲みまして、

「彼女がブリスベーンに住んでいるから、生まれ育ったメルボルンから引っ越してきたんだ。」
「仕事?見つけりゃいいさ。」
「故郷を離れて?そんな暮らしもあるもんさ。」
「この街は気にいってるよ」

なんて話を聞いていたら、「あ。人って別に自分で住むとこ決めて、気にいったところで好きなように暮らせばいいんだ。」と、気がついた訳です。当時は世界中を日本人が旅をしていた時代で、のちのち「自分探しの旅」なんて言葉が出来上がりましたが。僕は自分探しというより、自分の納まる空間を探していたんですね。
26にもなって、やっとですが。

そして僕は日本に帰ったあと、やっぱり半年ほど日本を転々とし、チョビッとだけ東京で働いたこともあったけど、やっぱり住みやすい場所へと〜仙台に引っ越したんです。だから。わざわざ選んで移住までしたこの街は大好きです。

カヤックも漕いでる

僕のカヤック。もの凄く癖のある銘艇。アークティックレーダー。

仙台では、これは確実に内田さんの影響でシーカヤックを始めました。
三陸はカヤック乗りにとっては天国のような場所なんです。

そしてオートバイは。。。。自転車になってしまった。こちらは、世界の冒険レースの流れもそうなんだけど、辺境とか過酷な場所で行われていたモータースポーツは、どんどんとロケーションよりフィジカルやメンターな部分に冒険を求めるようになり、今ではヨーロッパやオーストラリアなどの砂漠や山の中の辺境の地で、かーなり過酷な自転車のステージレースがたくさん開催されてます。僕はそんな冒険に憧れて、とうとう自転車乗りになってしまった。

そして、40代も半ばになって特に思うこと。
海の上から陸をみた人間にとっては、家とかと土地とかクルマとか、限りある場所に線を引いて所有して、人より多くのものを持っていいもの買って、比べて優越感に浸ったりとかが、どうでも良くなってくるんですよね。

所詮は海の上に出れば、僕らはとてもちっぽけな存在で、荒波の中で自然に生かさせてもらっているだけです。
デッキの上に乗っかる荷物と、自分のポケットに入るものぐらいしか持ち物は必要無い。むしろいらない。
いっぱい持っていると邪魔。でも、それで充分じゃん。

そんな身軽な暮らしを始めたところ、僕は意図せずして生活がどんどんと環境に優しいものへとシフトして行きました。だから、僕は環境への負荷を減らして暮らしましょう〜なんて、たいして思っていない。
だけど、無駄なものを放置して、生活習慣を直さないでいるのは僕の価値観にとって退行になるんです。
無駄なものを出すのは少なくともパンツを履いた人間として愚かな行為だと知っているので、今あるもので丁寧に暮らしているだけです。

僕の最初の荷物

僕の25の旅から帰った時に、ただひとつ残っていたカバン。これだけ。このカバンは大好きだ。

かつて、旅への指南書で、最高の一文を読んだことがあります。
「旅へ出るのに持って行く荷物に悩んだら、旅の間にどうしても必要な物を並べなさい。そして大切なのは、そのうちの半分を置いていくことだ。」

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ジャレド・ダイアモンド「文明崩壊」

文明崩壊僕が読んだ本のレビューもたまには書ければなって思ってましたが、ここのところ読んだ本が環境と関係ないものや、関係はあるけど、ちょっと内容が重すぎるものばかりだったので、なかなか紹介が出来なかったですね。

しかも今回の本は、ちょっと読みやすいとは言えない文章だったので、この上巻を読む間に4〜5冊が本棚のこの本の脇をすり抜けて行ってしまったのではないかと思います。しかもやっと上巻だけ。。。下巻はどうしようか悩みどこなので、たぶん別の一冊をはさんでから下巻を読もうかな。

本の内容から〜
イースター島の文明崩壊はたいへんに象徴的なものでした。この本はこの第2章から読み始めても良いかも。。。
イースター島は本来は、緯度の高い孤島にしては、ある程度の巨木もある、それなりに豊饒な島のはずなんですが、問題は最も近い島から1300キロ近くも孤立していたということ。
島の人口は森林資源の豊かさから爆発的に増え、人々はモアイ像を象徴とする石像とその周りの石造りの構造物を創ることに生活以外の余剰エネルギーを集中させ。その結果、ほとんどの大木を切り倒したあと、島の表土は雨で失われ。島の樹々の再生力が失われたことで住民の暮らしをどんどんと窮状へと導きます。
島の周りには大型の魚類やほ乳類の穫れる海が広がるのに、漁労を行うための船を造る樹々さえ既に失われ。島を脱出するにも、隣りの島に行く船が造れず。冬の気温は氷点下まではいかなくても、樹々を燃やさずにはいられない温度で、どんなに小さな木でも切り倒して燃やした痕跡が見つかってます。

この本の中頃に出てくる言葉。「最後の一本の樹を切り倒した人は、どんな気持だったのだろう?」が、全てを象徴してます。

絶望の中で文明が崩壊し18世紀中頃にキャプテンクック一行が通りがかった時は、洞窟に僅かな人々が暮らし、ほぼ原始生活にまで戻っていたということです。

でも、このエピソードは、小さな地球の象徴なんです。
人口爆発から環境に負荷を与え続け、結果的に表土も失ってしまうと、なかなか元の植生には戻りません。
グリーンランドでも有史以来何度も入植が行われていますが、ちゃんと定着できたのは草を食べる家畜を飼う牧畜生活より、狩猟生活を行っていたイヌイットだけ。ほとんどの入植者は表土を失い、暮らしが成り立たなくなり開墾した土地を放棄しています。

そして、同じ問題が今のスーダンでも発生しています。内戦の激化で耕作放棄された土地の表土が流れ、飢餓がさらに飢餓をよぶ負のスパイラルが起きています。
Yahooニュースより

僕達は、今暮らしている地球や、まして日本を捨てることができません。
環境に負荷をかけず、規模なりの暮らしを維持するべきだと。。。この本を読むと切に思いますよ。

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ローソン東北支社に、おじゃましました。

ローソン東北支社での取材

ブログページから書き込んでいるので、ちょっとズレルかもしれませんが。
たまきさんサイトの右カラム→変わりましたよね。
株式会社ローソン様が協賛してくださいました。本日公開です。

今日のブログでは、その後のローソン東北支社での取材の様子をお伝えします。
お話を聞かせてくださったのは環境・社会貢献担当の木村さんと佐藤さん。設備を担当されている山内さんと、商品企画をされている落合さんです。

木村さん(左)と佐藤さん(右)

とにかくコンビニエンスストアの省エネルギー化の話は、驚くようなことがとても多いです。
こっちの熱をあそこの暖房に持ってきて、設備をコンパクトにすることで、使用するエネルギーを少なくしましょうといった工夫が随所にあります。
そして1万店舗もあるので、ちょっとの節約も大きな省エネルギーになるなど。暮らしに密接な関係にあるのに知らなかったコンビニのお話しが満載です。
来週には取材内容もまとまって、ページが公開になる予定です。

山内さん(左)と落合さん(右)

色々とお話しが聞けましたが、なかでも震災からの復旧の逸話は、とても心に突き刺さるものがありました。
山内さんは八戸から南相馬まで、ありとあらゆる店舗の応援に駆けつけたそうです。

このお話しは、省エネとはちょっと関係がないので本体には掲載されませんが、こぼれ話として。
街が流されてしまった三陸沿岸の街でのローソン店舗の復旧はとても早かったそうで、店舗までの電気も東北電力に掛け合って何もないところに電柱を立て、電線を引いてもらったそうです。その後、最初にコンビニエンスストアまで引いた電柱が、復旧のための足がかりとして使われ、徐々に街の灯が復活したということです。
復旧に直接立ち会った山内さんの言葉は、ズンと染み込みました。

そして、この資料は何でしょう?
この大きな資料は、大きな組織が省エネに取り組むための大切な情報が掲載されています。その話は次週更新のたまきさんサイトにて。

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今年はよくスキーに出かけてます。

スキーに出かけます。

2年に一回ぐらいスキーを滑る僕としては、たいへんに珍しいぐらいにスキーをする年です。
だんだんチビたちが滑れるようになってきたから、連れてき甲斐が出てきたのかな?今日はちょっと足を伸ばして山形蔵王へ向かいます。
宮城は晴れてたけど、笹谷を越えると雪国だ!



滑る気満々ですね。
スキー場は小さい頃からスキーに親しんでもらおうと、週によってリフト料金を割引で設定しています。
やっぱり値段が安いとその分だけ、いっぱい遊びに行きたくなりますもんね。

スキーの割引料金

さぁ行くぞ〜!娘は滑る気満々。



こちらは寒さで縮んでる。
兄貴は寒さで縮こまってます。今日はそんなに寒くないけど。。。
でも滑り出すと形勢逆転。娘は転びまくりで、ボーゲンを思い出すまで1時間もかかった。



山の上の方は雪

ボーゲンが出来たので、じゃあもっと高い場所へ。でも山の上の方は曇っているなぁ。
蔵王の山頂はなんだかんだ言っても1800メートルあるから、天候が急変するんですよね。<<これは毎週の山登りで体験済み。



標高が上がるにつれ、樹氷が出てきた

標高が上がるにつれ樹氷もだんだん出てきたけど、今年は寒い割には雪のつきが少ないですね。



あ〜蔵王頂上は相変わらず何も見えない
う〜山頂は厳しいぐらいの風が吹く!
寒すぎて何もできない。なんにも見えない!カメラもサングラスも一瞬で凍り付きます。氷点下10°以下はあるな〜。

時間をかけて山頂まで行ったけど、今日はこれでおしまいかな?山頂ゴンドラには乗ったけど、もうグッタリ気分でした。



帰りがけの温泉街
そして、帰りがけには。。。



公共浴場に寄ってきました。
蔵王温泉街の公共浴場に立ち寄りました。
おとな200円、こども100円はリーズナブルで嬉しい。
しかも、強酸性の湯なので、肌がすべすべになりました。

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今日は取材のあとで。。。海の方へ。

ローソン新港店

朝から雪が降っていて、どうなることやら?と思っていたら、8時には止んでいましたね。
今日はローソン新港店での追加撮影です。
僕の家からは、梅田川沿いをずっと走っていけば着いてしまうので、何とかなるだろう〜で相変わらず自転車で出かけました。

ウドンも作ってもらいました。

撮影はカット写真数枚なので、ここでは使わなかった写真を紹介。
こちらでは、うどんやそばも茹でて提供しているんですね。コンビニでうどんを注文なんて初めてです。

コンビニでウドンは、ちょっと新鮮ですね。

ダシが、昆布が強いのかな?ちょっと関東とは違う味付けだな〜と思いながら頂きました。
美味しかったです。自転車こいで来たので、ちょうど小腹も減っていたんですよね。



工場を見かけました

そして。。。ここまで来たのだから、海岸の方をまわってみようかと。
震災から11ヶ月も経っているけど、実は僕は、津波で壊滅したあたりには、足を踏み入れたことはありませんでした。



工場です。

そりゃ〜震災直後には、スコップ担いでチャリンコで、45号線を西へ西へ。ガレキ片付け手伝いに行ったことはありますよ。でも、片付ければすむ地区と、全くそうで無い場所があるのは理解しているので、海沿いには簡単には入れないなぁ〜と思っていました。
特に僕は、大学で写真も学んでいたので、写真なんか、かんたんに撮れません。



家の基礎

でも、吉村昭の「羆嵐 」って本に、こんな一節があるんですよね。
人食いグマを退治したあと、熊を倒した老猟師が村の人に諭すんです。「ここで、倒した熊を皆で食べることが、死んだ者への本当の供養になるのだ。」
僕も東北に移住したのだから、さすがに去年は海水浴には行ける状態ではなかったけど、今年からは元のように海に接していきたい。子供たちも海に連れて行って、被害の実態を理解してもらいつつ、僕達の地域の運命を受け入れるべきなんでは。なんて思ってました。



建材を固定していたんでしょうね。
その一節を思い出した時に、なんだか遠〜くから繋がる縁を感じました。
なので、チョットだけ立ち寄らせてもらいましたが、事業用の建物と、基礎ぐらいしか撮れません。

でも、この基礎と家の建材を結んでいたネジには、言葉に置き換えられない、大きなメッセージがあります。

※奇しくも羆嵐を著した吉村昭は、三陸海岸大津波を書きましたね。



この樹に呼ばれてきました。

遠目に、この樹々が見えたので、ちょっと惹かれてやってきました。
そうしたら、ここは高砂神社の跡だったんですね。



復興祈願

それまで風にたなびいていた「復興祈願」の旗が、僕がレンズを28mmから180mmへ変える間だけは、じっと待っててくれました。


遠目に写真は撮るけど。。。神社の敷地内には入れなかったな。。。
やはりここは、人様の土地です。

中野小学校

学校は、再開するのを待っているのか?それとも地区ごと内陸に移るのか?
同じ地震を体験したけど、ここでの出来事は全く別次元です。



蒲ではなく、ススキです。

川岸には、蒲ではなくススキが茂ってます。



片付けは終わりません。

帰りに、建材を積んだトラックとすれ違いました。

もう。何も書けないですね。

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