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「耳の記憶/音の記録~音からたどる海辺の暮らし~」開催レポート

生きもの担当者です。
2月16日(日)に「耳の記憶/音の記録~音からたどる海辺の暮らし~」と題した講座を開催しました。
仙台の海辺にいる生きものやそこで暮らす人々の生活の様子などを「音」に耳を傾けながら、海辺とは正反対にある山の上のたまきさんサロンで考えてみました。
写真は今回の講師を務めていただく佐藤豊さんの写真展の様子です。荒浜地区の写真や荒浜の海辺でとれた網や砂などが展示されています。この写真展は今回の講座の関連企画として実施しました。

実は今回の講座は今年度2回目の実施になります。1回目は令和元年6月8日(日)に海岸公園冒険広場にて、仙台市環境局が実施している「生物多様性保全推進事業」の一環として「音の記録/耳の記憶-未来の素敵な環境づくりの手がかりとしてー」を開催し、海辺の生活やそこに住む方々が「音」とどういった付き合い方をしていたかなどをお話いただきました。今回は時間も内容もパワーアップしてお届けしたいと思います。
1回目の様子はこちらから

本日司会を務めていただくのは、前回同様、仙台市市民文化事業団の田澤紘子さんです。
田澤さんは昨年まで地下鉄東西線「荒井駅」に併設されているせんだい3.11メモリアル交流館に勤めていらっしゃいました。その中で、地元の方々からいろんな暮らしの話を聞くことができたといいます。そこでは波の音や風の音、鳥の鳴き声を聞くだけでなく、これらの音などから天気や気候を予想し、自分達の暮らしに生かしていたそうです。
東日本大震災から来年で10年という節目を迎える沿岸部での暮らしはどうなっているか?ぜひみなさんに知ってほしいと話します。

まずは音の専門家福島大学永幡幸司先生によるお話。
先生からは、海辺にまつわるお話を聞く前に、音の専門家の視点から音を録音することがいかに重要であるか、生活と音の関係性などについてお話いただきました。
初めに「ある場所」で録音したという音を聞かせてもらいます。これはどこで録音した音でしょうか?「チュンチュン」と鳥が鳴いている音、「ゴーッ」という風のような音も聞こえます。
参加者からは仙台の街中?という声もありました。ヒントとして、その場所の写真も見せてもらいますが、結局正解は出ませんでした。

正解はギリシャのアテネ市内で録音された音とのこと。予想外の所で参加者もびっくりです。
ここは有名な哲学者 ソクラテスが市民と哲学対話をしていた場所で、よく見ると石積みの跡などがあり、ここに街があったという痕跡が残っています。
このように目で見えるものは痕跡として残りやすい一方で、音は一度出てしまうとそのまま消えてしまい痕跡が残りません。このような点から「音の記録」をとっておくことの重要性があると永幡先生は話します。

しかし「音の記録」だけではわからないこともあります。
これは先生が荒浜のカッコウについて調べていた時に見つけた「七郷郷土読本」というもの。この中に「春になればカッコウ鳥が面白い声でカッコウ カッコウと鳴き,夏になれば蝉がミーン ミーンと鳴いてたいそう気持ちようございます。」と記されています。
当時の人はカッコウの鳴き声を面白いものとして感じており、これらの鳴き声を荒浜の1つの特徴として捉えていたということがわかります。ここから当時の荒浜の生活を少しだけ想像することもできます。

単純な音の記録だけでなく、このように我々人間がどの音に意識を向けていたのか、その音をどのように聞いていたのかを理解することで、その人々が育んできた生活文化がわかります。そうした耳の記憶をたどることは極めて重要で、そしてこれは「音の記録」と違って、簡単に未来に継承できるものではありません。
過去や現状を知り、後世へどんなメッセージを残していくか。今回の講座ではそういった所も考えていけたらよいと永幡先生は話します。

永幡先生のお話の後は、海辺の図書館専属カメラマンの佐藤豊さんと海岸公園冒険広場プレーリーダーの三浦忠士さんにもご登場いただき、海辺にまつわるお話をしていただきます。豊さんは自らのことを海辺の図書館の「お留守番です」とおっしゃってました。
海辺の図書館は、東日本大震災で津波被害を受けた若林区荒浜にある、本も建物もない図書館で2014年に作られました。
そこではお茶を飲みながら、震災前の生活や文化のお話を聴いたり、波の音が聴こえるベンチで読書や楽器の演奏をしたり、石窯ピザ作りやBBQを楽しんだりすることが、“本を読むように”体験できる図書館です。

豊さんは荒浜生まれの荒浜育ち。御年82歳。会場からは「若い!」という声がありました。まずは豊さんが子供の頃のお話。
「小学生の頃は、おやつなんて贅沢なものがなかった。だから鳥を捕って食べたり、卵を食べたりしていました」と冒頭から衝撃的な発言が!
特にスズメはどこにでもいたため、よく捕って食べていたそう(ちなみに現在は鳥獣保護管理法により、原則として野鳥や卵を捕ったりしてはいけません)
幼少期にそんな生活をしていた豊さん、実はある能力が備わっているんです。
それが「聞きなし」という能力。
聞きなしとは動物の鳴き声、特に鳥のさえずりを人間の言葉に置き換えること。

早速豊さんの聞きなしを披露していただきます。
まず初めは「あおじ」という鳥の鳴き声を表現してくださるそう。
「コロコロジーコロコロジー」と豊さんは表現します。
子供の頃、豊さん達はたくさんいる鳥の中から、特に鳴き声のいい鳥を捕まえ、鳥かごに入れ、囮として鳴かすことで「ここに良い餌があるよ」と周りの鳥をおびき寄せます。そしておびき出された他の鳥達を捕まえていたのだそうです。
しかしここで三浦さんより補足が入ります。豊さんが「あおじ」と呼んでいた鳥は学術的には「カワラヒワ」と呼ばれている鳥のようでした。
当時は鳥の図鑑なんかも持ち合わせていなかったので、豊さん達は鳥の鳴き声だけで識別し、よく友達と「今日はコロコロジー捕りにいこう」と話していたそうです。
「耳の感覚」で生きものを認識していたということですね。

続いて紹介するのは「まひわ」という鳥。
豊さんは「チュイーン チュイーンツルツルツルツル」と表現。
この鳥は季節によって鳴き声が変わり、繁殖期になると「チュイーン」の箇所の音程が高くなり、とっても綺麗に鳴き声が聞こえるそうです。
この他にもウグイスの鳴き声は季節ごとの違いがわかりやすいとのこと。ウグイスは最初の頃、「グゼリ」という綺麗な声で鳴けない不完全なさえずりを経て、春の繁殖期にはとてもきれいな声で鳴けるようになるそうです。

ちなみに豊さんが鳥の鳴き声で一番好きなのは、オオヨシキリという鳥だそう。
オオヨシキリの鳴き声は「ジョジョシ、ジョジョシ、ジョジョシのオケツがカイカイカイカイ」と表現。これには会場のみなさんも大笑い。
鳴き声の中の「カイカイカイ」の所で、仲間を呼び寄せていると感じていたそう。他にもいろんな言葉への置き換えを先輩や大人から教えてもらっていたそうです。
子供によって聞き方の違いもあったそうで、毎日外で遊ぶようなわんぱくな子と、家の中で勉強するのが好きな子で鳥の鳴き声の聞き方が違うとも話してくれました。

今の私たちには豊さんのような鳥の鳴き声を聞き分ける能力があるでしょうか?そもそも鳥の鳴き声をそこまで集中して聞く機会がないと思います。
今の子供達は、豊さんの頃ほど先輩や地域の大人と関わる機会が少なく、縦のつながりが薄れている。また外で遊ぶ機会も減っており、そうしたことが原因の根底にあるんじゃないかと永幡先生は話します。
ではそもそも鳥はなんで鳴くのでしょうか?
三浦さんによれば、鳥は鳥同士のコミュニケーション(警戒や求愛)のために鳴いているといいます。例えばヒバリという鳥がいますが、ヒバリは人間など警戒すべき相手が自分の巣の近くにくると、警戒して鳴き声が大きくなるんだそうです。
しかし、当時の人々はそうした特徴を逆に利用して、巣を探す際には鳴き声が大きくなるところをくまなく探して巣を見つけていたそう。

ちなみに豊さんによれば、鳥の卵を食べるときには、あるルールがあったそうです。
例えばカモの卵を食べようとする時、周りに卵が1個や2個しかない場合はそのまま食べてしまうけども、3個以上になると。最初のたまごがヒナに孵って新鮮さが失われてしまうため、やみくもに食べるのではなく、そのままヒナ生まれてくるのを温かく見守っていたのだそう。子供ながらにしてそうした所にも気をつかっていたんですね。
他にも天気によって鳥達の鳴き声が変わるという習性にも注目し、大人たちはそういったものを農業などにも活用していたそうです。
今では、天気予報を見れば明日の天気が一目でわかりとっても便利になりましたが、一方で豊さんのような自然の中でそうした変化に気づく能力が失われているんじゃないかと田澤さんは指摘します。

次は当時の遊びに着目したお話です。
豊さんが子供の頃は、よく「竹」を使って遊んでいて、近所の竹藪に入っては竹を割り、竹ひもを作って、それを使って鳥かごを作ったりしていたそうです。
東日本大震災によって、あらゆるものが津波に流されてしまいましたが、そんな中で竹は流されずに生き残ったり、一度枯れてしまっても半年後にまた生えてきたものもあったそうです。しかし近年はプラスチックなどの登場により、竹の活用がとても少なくなりました。
竹は定期的に刈り取りすることで良好な生息環境が維持されるのですが、それが放置されると無秩序に繁殖してしまい「竹害」として土地の荒廃の原因にもなっています。
そこで、せんだい3.11メモリアル交流館では、かつて竹で遊んでいた世代に当時の使い方を学びながら、これからの暮らしへの活かし方を考える場として2018年に「竹であそぶ」という企画展を開催しました。
写真は企画の中で豊さんが当時と同じように鳥かごを作っている様子です。

火で炙って柔らかくした釘を金槌で打つ音が「キンキンキン」と甲高く鳴り響きます。
形を整えて桐を作り、鳥かご作りに活用していたそう。お金がない時代、このように鳥かごを作るための道具も、ほとんど自分達で作っていたそうです。
こうして完成した鳥かごは、さきほどの豊さんが話したように、良い声で鳴く鳥を捕まえ、囮として使っていたそうです。

永幡先生によれば、「今の子供たちはそもそもナイフの扱いすら知らない子達も多く、そうした技術も伝わっていないように感じる。豊さんは子供の頃、食べるため生きるために自分で道具を調達して、必要ならば自分で作って暮らしていました。現在は生活がとても便利になった反面、そうした暮らしの知恵や技術を失っている」と指摘します。
また、田澤さんからは「豊さんから話を聞くと、ふるさとの思い出話がたくさん出てきます。一方、我々はどうでしょうか?ふるさとを遊び倒してきただろうか?自分は、豊さんのようにすらすらと自分のふるさとの話が出てこない。家の中で遊ぶことが増え、地域の音に耳を傾ける機会が減り、地域の特徴が分からなくなっている。」と話します。

こうした現状を踏まえながら、これからどういったことに取り組んでいけばいいでしょうか?
豊さんは「これからも自然を残すための活動をしていくことが大事だと思う。いまは昔と違い物があふれている裕福な時代。だからこそ小鳥たちの声を聴いて、海岸沿いの景色を見て、心を癒してほしい」と話します。
永幡先生は「仙台は海から山まであり、そしてそれが地下鉄一本で行ける。そうした豊かな自然をみんなで共有できるようになりたい。しかし保全のための保全にしたくはない。保全のために良いことだからこうしていくべき,いうスタンスでは義務感が生じ疲れてしまう。荒浜では月に1回ビーチクリーン活動として、ごみ拾いの活動をしているが、これは掃除のための掃除ではなく、掃除をしながらどうやってこれから楽しいことができるか考えたり、掃除の後にみんなでたのしいことをしたりしていて、こうした活動が広がっていけばいいなと考えている。そうした機会に豊さんなどから話を聞くと問題のヒントを得ることが多い。」と話します。

永幡先生が講座の冒頭で投げかけた後世へどんなメッセージを残していくか?
この答えはすぐには出てこないと思います。けれどもそのヒントを得るために、ぜひまずは豊さんの話を聞いてみてください。
「いまは荒浜になにもないけど、自分がこうした活動を続けて、みんなが気軽な気持ちで話を聞きに来てくれたら、荒浜の街はもっと明るくなるんじゃないかと思っています。」と豊さん。
荒浜に行けば、海辺の図書館で「お留守番」をしている豊さんが待っています。きっと普段の生活で感じることができない自然や生活を感じることができるとともに、これからの生活のヒントが見つかるかもしれません。
みなさんも豊さん達と一緒に「海辺の生活」に思いを馳せてみてはどうでしょうか?

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大崎八幡宮に、どんと祭に行ったよ

まいど毎度ですね。どんと祭の日がやってまいりました。
なんか年中行事をいっこいっこ実行しないと気が済まないのは、歳のせいかなぁ〜。<<そうだそうだ。

今日は時間をよくチェックしてきました。日没は午後4時38分。
少し雲がかかっているけど、この日暮れの時間は空が青く映る、マジックアワーなんだよね。

いつもの年より1時間以上早く着いているから、まだまだ空いてる。
っというか、なんか裸参りの人たちが渋滞してるって、これ初めての光景だなぁ。。。

お!見えてきた見えてきた。
でもなんかものすごく盛り上がっているような。。。(あと、空の色綺麗でしょ)

到着!熱い!!!

なんかなんか。いつもより強烈に熱いぞ!そして人間の熱気もいつもより凄いのはなぜ!

なんと。てっきり3時に点火開始と思ってたのだけど、16時から松焚祭点火式の開始って!今さっき点いたばっかじゃん!
たしかに山の形が四角くしっかりしてる!

まぁ〜ものすごい炎でして。。。僕の投げ入れた門松破魔矢にだるま一式は、一瞬で燃え上がり、消滅。

裸参りの人達もきたけど。

熱い熱いとくるくる回り、体を両面焼きにしてる。

でも。。。こんな近づいて投げ入れる人もいたりして。。。眉毛燃えないのかな。

そして毎度毎度の、どんとやきパラパラアニメ。

そのまま人ごみに流され、本殿で参拝。
良い年でありますように〜。

そして新しい松川だるまを買ったよ。ちょっと凛々しい良い顔でしょ。

さて。用事も済んだし帰るか。
でも日暮れ後は、市内の各事業所から続々と裸参りがやってきます。

年に一回だしね。こうやって季節を感じるのも良いものだ。
じゃね。

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今年もやってきたよ〜。四ツ谷用水フォーラム!

今年もやってきました!四ツ谷用水フォーラム。
今年も満員で、もりゃ会場のキャパが足りないってことかな?どうしよう?

はじめに、この事業の紹介から。
四ツ谷用水再発見イベント事業の一環。バスツアーや「歩く会」を実施しているんですね。
そして本日の講演。宮城学院女子大学講師の木村浩二さん「城下町仙台の成り立ち〜江戸時代の都市計画〜」の始まりです。

大学の仕事の他に色々な仕事に首を突っ込んでいまして。仙台段差学会といいます。段差と崖の会でで学会です。
仙台の街中の崖や坂を歩く老人の散歩の会みたいなものです。(またそんなことおっしゃる〜)

お城の話を始めますが、私、専門が遺跡の調査なので気がつくと30分もお城だけになってしまうので。なるべくショートカットでいこうと思います。

今、私たちがいるのは青葉山で画面の左の上の方。
青葉城と歌で有名になりましたが、本来は仙台城。仙人の住む高台という意味。
城下に川内とありますが、川の内側は城の方で、城下町は外なんです。
お城を見に行くとしたら、やはり橋を渡ったあたりで車を止めてもらって、土足(クルマ)で殿の城に踏み込むようなことせず、昔の侍になった気持ちで博物館脇から最初の登城路を散策して歩いてもらうと城の見方が大きく変わるかなと思います。

城下町というのは基本お城を守るために周りに展開していくものです。守りを固めるための町割りなんです。
だけど仙台の城下町では全く違うのは位置関係です。広瀬川をお堀に見立ててます。さらに仙台の街にはお城が二つ。それぞれに城下を持っています。

二つ目の城下は長年、全貌がはっきりしなかったのですが。実際に何回も歩いたりして、少しずつ解るようになってきました。
青で囲ってあるのが水堀で、堀の内側に堀を掘った土を盛って土手を作ってあります。6〜7メートルもあって、急な土塁です。城の輪郭が今でもはっきりとわかります。
昭和22年の進駐軍が撮った写真からお城と同じ傾きの地割りを拾った範囲がオレンジの囲みです。

こちらは城下が一番拡大した元禄の頃の町割りです。この様子は政宗公は見ていないです。

最初はこれぐらい(赤いところ)の範囲でした。
八幡の大崎八幡から田町まで。扇を広げたような範囲です。駅より向こうは全くなし。五橋から向こうもなし。

高低差を色をつけるとこうなります。
黄色のところは標高が10メートル。大崎八幡の前では60メートルあります。あいだに崖が3つあります。
2つは河岸段丘の崖。あとひとつは活断層(長町利府断層帯)でズレた崖です。

仙台の街の中には広瀬川が削って作った崖があります。
上町段丘。中町段丘。下町段丘とおおよそ3面あります。

星の場所を紹介します。
一番上は勾当台の崖。人工で作った階段ではありません。
真ん中は一番町と青葉通りのクロスした場所。藤崎のあたりです。
青葉通り側が落差3メートルの崖があります。

今年はちょっと違う。
どう違うって、実際に現場へ行って写真撮ってきました!坂ですね。

坂になっているから、デパートのフロアの青葉通り側に階段がある。

下の星は荒町小学校から愛宕大橋までの落差5メートルの崖。
が次の写真。

馴らしてあって分かり難くなってますが、東北学院大学の敷地内には階段があります。

荒町から河原町に降りるときに、なんていう坂を通りますか?
「石名坂」
あれは断層のずれた崖なのです。

おなじように一高の前の薬師堂の方に向かう坂。2段になっていないですか?あそこには川村孫兵衞の作った孫兵衞堀があったのです。

それがこれ。

江戸時代の風景を後年に描いたものです。
四ツ谷用水が蓋をしない開渠の状態で流れています。

芭蕉の辻に奥州街道。東に一本目で平行するのが東一番丁。奥州街道から数えて東1本目の侍の町ってことです。そこから数えて東二番丁。東三番丁。

東六番丁は、いまの仙台駅で、東七番丁が駅の向こうに残っています。
丁の字は侍の町なんです。七番までは侍の街。その周辺に職人や足軽が住んでいます。

有力な商人は、町の中心に土地を与えられていました。
町の中心に城がないので、改めてセンターポイントを配置して、町割りをしたことになります。蓋がないのは火事の時に、この水で消火するためなんです。
350年前の芭蕉の辻を、仙台市観光課がVR(バーチャルリアリティ)画像を作りました。高札が見えます。芭蕉の辻の碑についているQRコードで読み出すことができます。

ちなみに、そのQRコードのある看板がコレ。

四ツ谷用水です。名前には本流が四つの沢を超えているからという解釈もありますが、諸説あります。

へくり沢。右手にかつての知事公館があります。
だいぶ埋め立てして住宅地になっていますが、かつてはもっと深い谷だったのでしょう。

土橋通り。北六番丁通りと土橋通りの交差点。
右手には立派な歩道があります、これが50数年前はこうでした。

道の幅員はあまり変わってません。四ツ谷用水第一支流です。この上流が。。。

洗い場です。コンクリートと生垣をCG外すと。

かつての風景はコレです。

街の絵図です。(複製がたまきさんサロンに展示されています。※後述)
御名掛組の屋敷が並んでいます。あまり身分は高くないので、小さな屋敷です。
左は町家(町人の町)です。

この痕跡は、今でもアーケード街の中にあります。
常陽銀行仙台支店前の化粧タイルがヒントです。
真ん中の無地で斜めに横断しているところが四ツ谷用水。手前が武士の町。向こうは町人の町。

400年前も新伝馬町と名掛丁は商店街も町内会も、行ったり来たりしてなかったんですね。境界線が江戸時代のまま。
当時の様子の復元したイラストはこんな感じです。

張り巡らされた水路を地図に落とし込むと、こんな感じ。
総延長が40キロと言われてましたが、最近の調査で測ると60キロもあったそうです。町中に広瀬川の水が流れている感じです。
町家のある場所は、火事の備えで特に水路が細かいのです。

流れた水は、手掘りの堀なので地下に沁みます。これが地下水の元になります。
岩盤の上に砂礫層があるので、地下に巨大なダムがある感じです。
なので、どこを掘っても5〜6メートルで水が出ます。
明治20年代の統計で、5600もの井戸があったそうです。

城下町仙台の特徴です。西北が高くて南東が低い。自然の傾斜で水が自然に流下する、水が得られないという欠点を補っても余りある利点があります。
都市生活は、上水は大事ですが排水はもっと大切です。
政宗公は、ひな壇地形をうまく使って町を築いたのです。

ここで、ちょっと営業の話を。
元禄の地図を現代の地図と合わせて見る本です。絶賛発売中です。

安政の絵図を、ぜんぶ活字に置き換えた地図も売ってます。

さいごに。政宗公の歌です。
「入そめて 国ゆたかなるみきりとや 千代とかきらし せんたいのまつ」
政宗公が開く前は「千代」と呼ばれていた土地を、仙人の高台に直したそうです。

ということで、第一部の講演は終了です。ありがとうございました。

では、第二部のフォーラムです。
はじめにNPO法人 水環境ネット東北から活動紹介です。

親子バスツアー。一般向けのバスツアーの開催。
土木学会選奨土木遺産の案内板の設置。歩く会の開催などを行いました。
八幡から東北大医学部へのコースなどが代表的で人気がありますが、ほかにも勾当台からスタートして地形の傾きを確認しながら歩く街中編も開催しています。

仙台市の水道記念館には「仙台市の水道のあゆみ」ゾーンというのがありまして、リニューアルの時に四ツ谷用水の展示をしています。
また、片平市民センターでは模型のプロジェクションマッピングを展示しています。

また。。。。VRで、四ツ谷用水を見られる。。。。解りにくいですね。(見た方は素晴らしいと)360度。いま立ち上がったばかりでして。。。これは後日ですね。

日本には大藩と呼ばれるものがあり、仙台もとても有力な藩だったのですが、経済力を基盤にして大変な水路を作ったのが仙台だなと。
土木技術の計算でも、あの時代によく作ったなと。他の藩でも水路を作ったところはあるけど、仙台は頭抜けている。60キロにも及ぶ水路を作ったのは、経済力、設計力、力があるのだなと。

これが明治維新になると、当時の県令(知事)は通行の邪魔になると。。。埋めてしまった。裏に移して、側溝も作ったけど、それがうまくいかなかった。
なので、下水整備となってしまったのです。

町歩きをもう、15年ぐらいしていますが。参加者の方と話をすると「広瀬川の川面はずっと低いとこにありますね」と質問が出ます。中流域に町を拓き、上流から水を引いてきて、これだけ広い町を潤したことは凄いことだと感じている次第です。

ここで質問です。
「全国の城下町を見て、四ツ谷用水の位置付けというのは、どのようなものでしょう?」

通常の城下町は海沿いにできるのですが、仙台は川の中流域にできています。
海運とか考えると海沿いの河口とかが便利なんですが、両側が崖に囲まれた立地が極めて特異なところに作られたので、用水が作られたということになります。
用水は結果的に作られたということで、他の城下町はここまで苦労しなくても水が得られたと思います。

フォーラムの内容って。。。4名のパネラーが出てきて、それぞれお話がありまして。。。さすがに紹介しきれないので。。。是非ともみなさん。次回は足を運んでくださいね。

ページの上の方にある「仙台城下絵図」など、資料の複製も展示されてました。ではでは!

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ポーちゃんのボロが、大変身!ボロってなんだ?

や。西川さんちのポーちゃんです。
相変わらず元気ですね〜。遊びに行きましたら“モクモクモクモク”葉っぱを食べてる。馬ってご飯に困らなくていいなぁ〜。

この、ポーちゃんのボロが「バラを育てているんだよ〜」って、話を聞きつけ取材に行ってきたんですよ。その前にボロってなに???
ポーちゃんのウン●と、寝床に使ってるおがくずとか、まぁ色々ですな。
ウ●コって、馬糞のこと!?
そうなんです。

ってことでやってきました、中山市民センター。
建物の写真ではなく。。。

チラッて開けてみましょう。
おお〜!葉っぱが山のように詰まっている!!!

こちら、今回お世話してくれるボランティアの中川さんです。
なんと、ポ〜ちゃんのボロが、堆肥に使えませんか?って問い合わせたのは中川さんなんだって。

右手のかわいい女性は?センター職員の方で、この堆肥事業というか、さらに堆肥を使った環境循環プログラムの担当の方だそう。
この葉っぱは、近隣の中学校、町内会、地域団体が平成25年から、街に吹き溜まりのできてしまう枯葉を、地域ボランティア活動として集めてきたものなんだって。

キノコが生えてますね。。。中は、菌類がすっごく活発に活動してて、虫とかも居心地が良くて集まってくるんだって。

温度を測ると。上の方は25度です。

これが中心部分を測ると31度!
これだけ暖かいと、分解も早く進むそうで。

いやいや。初めの頃は60度(!)になるんですよ。そんな温度だと、虫も寄り付きません。
この堆肥作りは、生ごみリサイクルネットワークの技術支援を受け、1〜2年かかって独立できるようになったんだって。そういえば僕らも取材したなぁ。

原材料はですね。ポーちゃんのボロに、米ぬかと枯葉と土を混ぜて、上の方からギューギュー圧縮して、さらに水を加えるそうです。
でも、それだけではなく、1ヶ月に一回ぐらい切り返しをして撹拌してあげないといけないそうな。なので、前は2山作ってたけど、さすがに労力がかかるので、今は一個。

菌ですな。
最初の頃は方線菌とかが活躍して、ものすごく熱くなる。で、次に糸状菌とかが活躍を始めると、黴とかキノコが出てきて良い感じになるそうな。生命って不思議ですね。

でね。面白い話としては、このあたりはネズミが多かったんだって。
ところが、ポーちゃんの馬糞が混じるようになったら、なんか居心地悪くなったのかネズミが消えちゃった。大きな生き物の気配には、ネズミも警戒するんですね。

これ。混ぜるのに使った米ぬか。これも郊外をよく探すとタダでもらってこられるそうな。でもちゃ〜んと貰えるところを探さないとダメだよ〜。
なので、ヒントも秘密。

この空き地は?
なんと、ここで隣の児童館の子育て支援クラブと共催で、5月頃になると里芋を植えるそう。今年は700個も収穫できた!それをみんなで芋煮にして食べた!!!
だから、環境循環講座だそうで。これは取材しないといけないなぁ〜。いやいや芋煮目当てでなく。

で、ポーちゃん堆肥で育ったバラはというと。。。チョット今は季節がハズレでしたね。

これ。まだ形の残ってる●ンコ。でも、匂いもぜんぜんない。
ポーちゃんは良質な草を食べているので、牛糞鶏糞と違って匂いが全然しない。それが今回の事業のきっかけなんだって。

お!咲いてるバラ見つけた。

綺麗ですね〜。

これは色が違う!

って思ったら、この株はフランスの人たちが東日本大震災の仙台に「何かできませんか?」って、支援のために商品化できるバラを送ってくれたんだって。
その名も「絆」。いい話だなぁ。

ってことで急にお話は戻ってきて、河原のポーちゃん。
競技用の馬は飼い葉の他に体を強くするものをいっぱい食べるらしいんだけど、ポーちゃんは草をモグモグ。そして家に帰ると干し草をモグモグ。

起きているあいだは、ほとんど草を食べているそうな。
ポーちゃんいい子だね〜。

おら、いい子だ!
いまでも近隣の子供達を乗せて、パカパカ歩いているんだって。

でも、人にするともう30歳ぐらいなんだって。そうやって考えると、このブログとポーちゃんの付き合いも、長いね〜。
ご飯も食べたし。じゃ、家に帰りましょう。

って、ここ仙台市のど真ん中なんだけどね。
いつ見ても良い光景です。ではまた!

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クマ・イノシシ対策講座~生態を正しく学び被害を未然に防ごう~

8月24日(土)に『クマ・イノシシ対策講座~生態を正しく学び被害を未然に防ごう~』と題したサロン講座を開催しました。

野生鳥獣の生態や対策などについて、県内外で指導や講演をされている「㈱地域環境計画 小野 晋氏」と「(一社)サスティナビリティセンター 相澤 あゆみ氏」の2人を講師にお迎えして、ツキノワグマとイノシシの生態と出遭ってしまった場合の対処法などについて教えて頂きました。

まずはツキノワグマについてのお話からスタートです。

初めに、今年の8月以降、泉区の水の森公園周辺で出没が相次いでいたクマについての説明がありました。
夏は山中にクマのエサとなる食べ物が少なくなるとともに、クマが繁殖期を迎えるため、エサとパートナーを探して歩き回るうちに、高速道路沿いの細い樹林帯などを通って、水の森公園や住宅地の周辺まで入り込んでしまったと考えられるとのことです。

ニュースなどでも取り上げられている話題とあって、参加者の皆さんも集中して耳を傾けます。

時折、身振り手振りを交えながら、小野さんよりクマの生態や、クマに出遭ってしまった場合の対処法などの説明が続きます。

《クマの生態について》
クマは植物食中心の雑食性で、春は山菜、夏はヤマザクラの実やアリなどの昆虫、秋は栗やドングリなどを食べています。
野外でクマが残す痕跡は、足跡やクマ棚、クマのフンなどがありますが、中でも、クマのフンは、クマの消化器官が肉食獣に近いため、食べた物がうまく消化されずに、食べた物のにおいがそのままするそうです。

《仙台市内における近年の出没状況》
クマの出没は通常であれば、山中のエサが少なくなり、クマの繁殖期である夏に多くなりますが、秋のクマの主要なエサであるドングリなどの堅果類が不作になると、エサを求めたクマが人里近くに出没を繰り返すことがあるそうです。
過去には、平成28年度にドングリなどの堅果類が不作になり、秋以降もクマの出没が相次ぎ、5件の人身事故が発生しています。

《出没の要因と対策》
クマが人里に出てきてしまう要因として、クマの生息域と人間の生活域の境界線があいまいであることが挙げられました。
対策としては、藪地の下草を刈って見通しを良くすることや、果樹の幹にトタンを巻いたり、畑全体を電気柵で囲うなどの防除策が重要とのことです。

《クマに出遭ったらどうするか?》
万が一、クマに出遭ってしまった場合には、、、
・大声を出さない(クマを興奮させない)
・走らない、背中を向けない
・ゆっくりと後ずさりしてその場を離れる
以上の対処法をとると良いそうです。
とはいえ、まずはクマに出遭わないようにすることが重要なので、仙台市のホームページで出没状況を確認したり、クマ鈴やラジオを携帯するといった対策をしっかりとしましょう!

質疑応答と休憩を挟んで、イノシシについてのお話が続きます。

イノシシもクマ同様、近年、里山だけでなく住宅地周辺にも出没することが増えていて、農業被害も年々深刻化してきています。

講師の相澤さんから、イノシシの生態や対策などについて学びます。

《イノシシの生態》
イノシシもクマと同じで、植物食中心の雑食性です。
クマとは異なり、冬も冬眠せず活動するため、冬の間は土を掘って根茎を食べているのだそうです。
性格はとても臆病なため、人間が活動していない時間帯に行動する習性があるようです。
また、イノシシの対策として、ワイヤーを使ったメッシュ柵がありますが、強靭な鼻を持つイノシシは少しの隙間があると、そこから鼻先を突っ込んで柵を持ち上げてしまうため、柵を設置する際は注意するようにアドバイスがありました。

《対策の基本的な考え方》
イノシシの被害への対策として、「環境整備」と「被害防除」、「個体数管理」の3点を挙げた相澤さん。中でも、「環境整備」と「被害防除」にもっと目を向けて力を入れてほしいと話します。
個体数管理に力を入れて、イノシシをたくさん捕獲しても、イノシシが再び出没しないように、下草刈りやメッシュ柵・電気柵の設置と適切な管理を並行して実施しないと意味がなくなってしまうのです。

《万が一イノシシに遭遇してしまったら》
こちらもクマと同様に、出遭わないようにすることが1番だとしたうえで、、、
・刺激しない、近づかない(ウリボウにも!)
・騒がずにゆっくりと後ずさりして距離をとる
・車の場合はクラクションを鳴らして様子を見る
以上の対策を挙げられました。

クマとイノシシの講座はここまでですが、同会場でクマの生態等に関する企画展「仙台とクマ展」が同時開催されていて、参加者の方々は実物大のクマのパネル等の展示物を見ていかれました。
※企画展は8月29日までで終了しています

講座で学んだ知識を活かしてクイズに挑戦する参加者の姿も見られました。

私たちも、野外で突然クマやイノシシに出遭ったら、、、と想像すると怖いですが、それはきっとクマやイノシシにとっても同じで、突然人間に出遭って怖い思いをしているはず!

彼らの生態や行動、出遭ってしまった場合の対処法などを正しく学んで、お互いが適切な距離を保ち、「共生」していけるといいですね。

講師の小野さん、相澤さん、スタッフの皆さん、参加者の皆さんありがとうございました。

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勾当台市民広場でエコフェスタ2019がやってるよ!

熱いですね〜でももう9月。気持ちのいい日曜日!勾当台市民広場でエこフェすタが開催中だよ。

街の剪定した木や給食の残滓でつくった肥料も配ってるよ。

ここがシャレにならん。マニアックなコミックもあるし、宝の山!掘ってると仕事にならないので逃げてきました。

E-Actionブースもあるよ。

e-NV200もきてるよ。

これ何やってんの?

プラスチックのリサイクル工場のVR映像だって。

ステージもあるよ〜。15時まで!

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長町南小学校の緑のカーテンの育った姿を見にきたよ。

のっけから伊達武将隊の芭蕉さんと茂庭綱元さん登場!
前回の「長町南グリーンカーテンプロジェクト」は夏休み前のことですね~、タネから育てたゴーヤをプランターに定植しました。いっしょにアサガオやヘチマも植えましたね。その緑のカーテンが夏の間にどのくらい伸びたのだろう?
総合学習の時間におじゃましてます。

ただですね。。。残念なことに、少し天気が悪い。
始業の少し前には雨がパラついてたし。今も少し曇っているね。。。そこで屋外で機器を使って温度を計測しながら環境授業を進める予定を急遽変更。屋内にてパソコン画面で生育後の緑のカーテンのことを勉強してもらい、校庭での計測は日を改めてとなりました。<<<これもモチロン、取材させてもらいます。
ってことで、柳沼さんも登場。

では。最初に観察について、お話です。
芭蕉さん。観察って何をします?
「え~目を使います。私はよく、見るようにします。俳句を作るときも良くものを見て、季節や事象などを感じるようにします。」

他に何が大切だろう?みんなわかる?
「写真」「匂い」「さわる」「口(くち)」
いいですね。例えば、ゴーヤの葉っぱはゴーヤと同じ味がします。全身が同じ味なんですね。
「耳」
すごいですね。

用意していた答えがぜんぶ出ました。
「見る」「触る」「匂う」「聞く」「味わう」
観察するときは、五感を使います。みんなの体で感じたことでメモを取ったり、写真に記録したりします。
でも、もっと大切なことがあります。

それは「観察しながら、いろんなことを、ひとつひとつ思いを巡らせて考えること」が大切です。
俳句を作るときも、感じで、思いを巡らせて創作します。理科だけでなく、国語とか、ぜんぶの教科で、五感は大切です。

では、皆さんは成長した緑のカーテンを見てきたと思います。
「ゴーヤ」「ヘチマ」「アサガオ」
どれがどれだか解りますか?

左上の写真は手が一緒に写ってますね。比較のために手が写っているぐらいなので左上の葉っぱが一番大きいです。

下の葉っぱは、ちょっと形が違うね。この葉っぱには、毛が生えています。触ってみるとわかるよ。下の葉っぱ2つは、アサガオ。

そうすると、上の二つのうちの、どっちがどっちでしょう?
左がヘチマで、右がゴーヤです。
ヘチマは葉っぱが大きく。ゴーヤは葉っぱがギザギザして柔らかいのです。
そして、ゴーヤやヘチマは伸び方に特徴があります。ツルはどんな感じでした?

アサガオはツルが直接巻き付いていました。
ゴーヤはどんな感じ?イメージして手でやってみて
「こんな感じ」


できれば、両手でやってみて!
「こ~んなでした」

こんなふうに、ゴーヤやヘチマには親ヅルと子ヅルが出てきます。アサガオは本体が直接巻きつくけど、ゴーヤは子ヅルで巻き付きます。
こういうのを「巻きひげ」とも呼びます。

この巻きひげを見て何か思いませんか?
捻れているんだけど、捻れが一回休んで、反対のねじれになってます。
どうしてですか?
「水を吸うから?」
「のびるから?」

柳沼さんが調べたとこだと、こんなふうに逆向きに伸びるとツルが強くなって、どんな方向にでも「伸びていけるからだよ~」ってことでした。
~~~でも。ぼく解っちゃった。巻きの方向が途中から逆転していると、左右から力一杯引っ張った時に真ん中からクルクルほぐれていって、一本の紐になるまで我慢することができるんです。(糸の輪っかの真ん中にボタンとか通して左右から引っ張って回転させて遊んだじゃん!あれと同じ)これが単純な一方向の巻きのバネだと、引っ張られた時に一本になるまで伸びないし、伸び切っちゃったときはツルにネジレが残る(応力が残る)からツルが切れちゃうんだね。
さすが!生物は進化の中で、最良のバネ構造を生み出すのだなぁ~<<科学オタク論。

次の見るポイントは「花」です。
ゴーヤには「雄花」「雌花」があります。聞いたことある?4年生の授業ではまだ出てこないそうです。聞いたことある?
「あるある~」
実をつけることができるのが「雌花」。赤ちゃんができる花ですね。

違いわかります?これ。近くで見ると。。。
「雄花は真ん中が黄色く、雌花には、根元に小さな実がついています。」
よく見つけたね。
「花の形が違う」
そうだね。雌花の方が、少し開いているね。

「雄花」には花粉ができる雄しべがあるんですね。
「雌花」は、蜂や蝶がとまり易くなるように、花弁が開いて脚がかかるようになっているんですね。虫に受粉させるんですね。

では、今日はまだ使わないけど、ワークシートを使って調べる時の機器、放射温度計を紹介します。

上に赤い点があるね。この点の温度を離れたところから測ります。28.5度ですね。

黒板は27度。だけどこの赤い点はレーザー光線で照らしているので、目の黒いところにあたると目が見えなくなってしまいます。なので絶対に人に向けて使わないこと。約束だよ。

では、芭蕉さんが一列にひとつずつ配ります。

すげ~。

茂庭さんの甲冑の鉄の部分は
「少し冷たい!」

この放射温度計で、こんどワークシートにあるように「葉」「土」「コンクリート」とか、素材の違いを調べてみましょう。
「自動車のボンネットも!」
それは熱いだろうね。

緑のカーテンの一番の効果は、強い日差しを和らげることができることです。
じつに太陽の光を80%も遮ることができます。
すだれは50~60%。
高性能ガラスが55%だから、すごい効果ですね。

芭蕉さんの頃はどうしてたのですか?
土壁の家に住み、障子の扉でした。
そして熱いときは、すげの傘ですね。

これは平成19年に様々な環境の違いを測った時の記録です。
ヘチマの緑のカーテンでは、葉の表側と裏側で、気温が2度も違います。

皆さんも、次回の実験では計測してみてくださいね。

これは実際の写真。
サーモグラフィーで測った緑のカーテンと、参加者みんなの記念写真です。
人は熱いので、赤く写りますね。植物は青です。

緑のカーテンには蒸散作用があります。みんな雨に当たったまんまでいると、お母さんから「着替えなさいよ~」って言われるでしょ。乾燥する時に体温を奪われて冷えちゃうからだね。緑のカーテンにも、周りに水分を出す働きがあるんで冷えるのです。

そして、みんなにはなかなか難しいことなんだけど。「生産者」「消費者」「分解者」ってわかる?
生産者は樹々で、二酸化炭素と水と光から、酸素(と糖)を作り出すことができます。分解者は、地面に落ちた葉っぱなどを分解して、栄養に戻してくれる生き物です。分解者がいないと、地表は葉っぱだらけになってしまいます。
そして、人間や他の生き物は、それら自然のシステムを利用して生きる消費者です。
~ちょっと面白い話。水の極端に少ないオーストラリアの砂漠ではミミズがいないから。。。シロアリが分解者なんだよ。

たとえば、幹の幅30センチほどの桜の木一本で、人の出す呼吸の2人分を賄うことができます。そうやって考えると、みどりは大切ですね。
だけど、いまアマゾンで、大火事が起こっています。
「ニュースで見た!」
地球の肺と呼ばれている森が燃えて、大変なことになってます。かなり心配です。

では、校舎脇の緑のカーテンを見にいってみましょう!
おや。。。大きくなったけど、2階までやっとという感じ。。。そうなんです。柳沼さんも緑のカーテンプロジェクトだけで5年間も活動してますが、こんなに暑い夏は初めてだそうです。やっぱり気候が変わってきてしまっているのかな?

では、最後に記念写真!

パチ!!

はい!次回は、実際に計測機を使って緑のカーテンの効果を計測してみようと思います。じゃね~。

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お盆だね〜。そして暑い。こんな時は打ち水だ!せんだいE-Action実行委員会企画の打ち水イベントだよ。

暑いですね〜。暑い上に、なんだか台風まで来ていて、もう日本列島は大変なことになっている。。。ってのは関東から西の方の話で、まだ仙台は雨は降ってきてません。(明日は雨だって。ひょえ〜あぶない)なので、今年も恒例!お盆の前の「せんだいE-Action 打ち水だ!」in一番町四丁目商店街の様子をお届けします。

はい。松尾芭蕉さんです。マイクを握るとそりゃ〜もう。よく通る声で商店街を通るみなさんにお声がけ。「2時になりましたら伊達武将隊と打ち水を実施します。お子さんも、通りがかりのみなさんも集まって〜。
では政宗さま。打ち水の効果のほどをお教えください。」


皆の者。この暑さというものが何処からくるかわかるか?ひとつは日差しの強さ。二つ目は空気の気温。そして三つ目は、暖められた地面の熱によって、暑さを感じるのだ。それを下げることができるのが、打ち水だ。
朝と晩、あらかじめ打ち水をすることで、熱の上昇を防ぐことができ、故に、涼しく過ごすことができるのだ。

せんだいE-Action実行委員会からは、小林委員長からご挨拶。
「みなさん。本日はお集まりいただきましてありがとうございます。打ち水の効果は、科学的にも立証されています。賢く暮らして省エネを実現しましょう!」

せんだい・杜の都親善大使のお嬢さん。日比野愛さんと俵谷理瑶さんです。浴衣姿がかわいいなぁ〜。

日々祭りも続き、七夕も終わって、楽しんでいる間に疲れもたまっている。暑さにも弱くなっている。いまだからこそ、熱中症にも気をつけねばならん。
なぜ我ら武将が打ち水を実践しているのか?あの震災後、われらは3E推進武将隊として活動しておる。3Eとは、省エネ、創エネ、蓄エネ。この地球が生み出す力、人間が生み出すエネルギーだ。震災から8年がたった。改めてエネルギーの大切さを実感する時だ。

エネルギーの大切さを感じ、この杜の都から伝えていこうではないか!
みなみな、打ち水をする心の準備はできているか!

オ〜!!!

では行くぞ!いざ!出陣。

じゃね。重綱様。子供達に水の入ったバケツを配ってください。

では、せんだいE-Actionの掛け声で水を撒くぞ。
せんだい。E-Action!

もう一回やるぞ。E-Action!

ではこのまま広瀬通まで行くぞ!

祭りの準備もあるから、椅子にはかけぬようにな。E-Action!

今日はね。テレビ局もいっぱいきたよ〜。夕方のニュースだ!

E-Action!

高いとこから。E-Action!

いざ。出陣だ!

E-Action!

E-Action!

は〜い。ここまで来たら、給水です。

すでにヒンヤリしてきているね〜。

さて、芭蕉さん。何かを取り出したと思ったら、GoProじゃないですか!

進化してますね〜。ハイテク歌人です。

さ。打ち水だ!

E-Action!

そして一周して帰ってきました。
昔からの打ち水で暑い夏をのりこえよう!

続いて、集まってくださった皆様に、感謝の演舞。

カッコ良いです。

ありゃりゃ。芭蕉さんは筆で踊ってました。場内には笑いが。。

そしてお館様が、センターで、

ポーズを決め、終了!

赤いシャツの外国の人は大感激。楽しんでましたよ〜。

はい。演舞の後は、みんなで、仙台・宮城にございん音頭を踊って、楽しみましょう。

お嬢さんたちも「ございんございん」

〜〜ってことで今年も、せんだいE-Action実行委員会企画「打ち水」は、滞りなく終わりました。なにより雨が降らなくてよかった〜。
成功を祝して、勝どきだ!
エイエイオ〜!

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お盆の初日。迎え火だね。せんだい竹灯り。スタートしたよ。


お盆の迎え火ですね。七夕の竹を再利用した、竹灯り。一番町四丁目商店街で始まりました。

なんか、いつもの年と写真違うでしょ。
50mm f1.4 planarって、特殊レンズ持ってきたんだよ。50mmってのはカメラを勉強するときの、一番最初に触るレンズ。だけど今日のこれは、ボケみがすごいよく出るレンズなのだ。

ではでは。

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東京スリバチ学会×仙台ふららん 仙台鉄道跡を探索するぞ!

なんだか、暑い日が。。。続くね。
さすがにこ〜んなに暑くては、な〜んにも考えられない!なので、ちょっとだけ涼しくなるように。雨の日のレポートです。ほんとは先月にあった講座だったんだけどね。ちょっと忙しすぎてアップが遅れました。ゴメンナサイ。。。
仙台ふららんって旅の企画がありまして。仙台の街をぷらっと歩いて、街の魅力を再発見しましょう!ってプチ旅なんですね。

そしてこの方が、旅の案内人としてやってくるってことなので、喜び勇んでやってきたわけなんです。おなじみ!東京スリバチ学会から皆川先生です。

地下鉄南北線の駅から出発しまして、もうなんだか謎の方向を指差す先生。なんでしょう?


池だ!池がある!!<<これ正確には貯水池。
真美沢って、黒松駅から北に伸びる谷間に降りていくそうです。

もうみんな、大冒険の始まりでワクワクです。

ちなみに、この日は雨です。
皆川先生のイベントは雨です。

なぜなら皆川先生は雨男だから。でも。。。いままで集中豪雨に大雪に、そして今回は台風でした。キビシすぎる。

おお〜。こんなところに池がある。

そしてこの池。地下鉄南北線からチラッて見えていたのね。

そして真美沢には、田んぼがあった。

あぜ道のお散歩。用水路には水が流れていますね〜。

いったいどこに流れていくのだろう?わからないことばっか。

でも、なんとなく気になるってことで、団地脇の階段を登ってみました。登らなくても出るとこは一緒なんだけどね。

そしてら、あれれ?ここの擁壁って、花壇になってない??


なんか。こういう工夫って良いよねぇ。
擁壁そのものがコンクリートのブロックで積まれていて、そこに草花を植える工夫。つまり水も根っこも通すってことなのだね。

ちっちゃな工夫ってのは、国土の小さい日本ならではなのだなぁって。最近思いました。

さてさて。真美沢を出まして七北田駅方面へ向かいます。

と。なんか怪しい道路が左手に。なんで道の真ん中に植栽があるの?

これが今回の旅のもうひとつの目的。旧仙台鉄道の痕跡探しでした。
大正〜昭和初期に、仙台の通町から古川まで延びていた軽便鉄道だそうです。

で、記念写真を撮ったのは、ここが高架の下で雨が当たらなかったから。

そしたら!「これ、野生のアスパラでない?」ほんとだ。

仙台川も、水量が多いようで。

そうこうしているうちに、七北田駅に着きました。
ここってかつて、地下鉄南北線が七北田止まりだった頃にパークタウンに向かうバスが発着していたそうな。だからこんなに広いのか。

はい休憩ね〜。雨なので、ちょっと助かりますな。
昔はここに、おいしい立ち食いそば屋さんがあったんだって。

さて出発。かつての七北田駅の北側は、田んぼの広がる風景だったので、いまは「農家さんだったのかな?」ってお宅とマンションが立ち並ぶ。不思議な光景。

この記事を書いている灼熱地獄からは考えられない、7月の雨続きでありました。

そして皆川先生の発見。この水路は、仙台川に続く支流ではないかい?

近隣にはこんな支流がたくさんあったそうな。
そして、七北田橋から下流側を望むと、そこには。。。軽便鉄道が渡った橋があったのだけど、もう遺構とかはないのかな?

「そこの土手の感じがおかしい」「あそこの家の立ち並び方は怪しい」

言われてみますと。右の擁壁が変なところで途切れていますね。。。その反対側の土手のコンクリも怪しい。

そして、七北田橋の下にも怪しい水路が。ほんとうに支流は、南北からたくさん流れ込んでいたようです。

橋を渡ると、居酒屋いっぱい。ボクハココデナラ、イキテイケル。

そして二柱神社に着きました。

茅の輪がある!今日は茅輪神事の日なんだね。なんとタイミングの良い。

せっかくだから、休憩ついでに潜っていきましょう。
で、中略。さすがに今日は神事の境内では写真が撮れなかったなぁ。ひとが願い事しているしね。

さ。ワイワイ歩こう。七北田川。

石留神社。志波彦の神様が馬で川を渡るときに、石でつまずき冠を落とし「ええい。ここより下流に石を置いてはならん!」としたというけど。

皆川先生曰く、山からジグザグに流れてきた七北田川はここから平野部に入り、緩やかに直線的になるので、岩が目立って少なくなるそうです。なるほどね〜。
そして敷地は河川で登記されていることを見て、ますますココの土地が線路跡ではないのかと怪しく思うのであった。

そしてまた、線路跡を探して歩く。
「ん?なんだか怪しい土地の境界だ!」

見ると、向かいのマンションも、この一棟だけ角度が違う。。。こういう目線で線路跡が見つかってしまうのですね〜。

そして泉中央の駅前通りの、ちょっと北側、裏の隣の道に、曲がりくねった線路の跡が。

こんな空き地も怪しい。仙台鉄道は廃線になってからずいぶん経つので、線路とか枕木とか現物は残ってないのですが、土地区画割りや道路に痕跡が残るんですね。

そして日本酒の一の蔵の泉本店の敷地「ここには七北田駅があり、旧奥州街道七北田宿との人の往来がありました」

じゃ、休憩。皆川先生は休憩の時に必ずパルムを食べる。

ありゃリャ!ヘンテコな信号!!
この信号。もう近隣ではほとんど残っていない珍しいものだそうな

さて、さらに軽便鉄道は北へ続く。道路がね。良い感じにうねっていて、たまに土手が切られていて、明らかに人の手で作った切り通しなんですよ。味わい深いなぁ。

地層に関心!だけど専門でないから、いまいちわからないそうです。でも、土砂が階層状に積み上がっているのは、わかるなぁ。

泉町の道標発見!いつの頃のだろう?

線路跡は、ちょうど東北学院大学の真下あたりで、国道4号に出る。
「だからこの交差点に、みょうに緩やかな道が、変な角度で合流していたのか!」物事にはちゃ〜んと理由があったんですね。

そして、その近隣にあった。。。ここを毎日通るひと曰く「説明できない施設」

なんだろう?山のように神様が祀られていて。

誰か理由を説明してくれ〜。<<さっきエラそーなこと言ってたのに

こんなにたくさんの神様インストールしたら、機能障害起きないのかな。。。

そして七北田中学校の前で記念写真。特に意味はありません。たんに看板目立ってたから。

ここ一帯は、奥州街道の旧七北田宿です。なので、各戸のあいだには、こんな排水路があるのです。ただ、それが近代でも生きているのが素晴らしいなぁ。

そして間口で税がかかるので、こ〜んなうなぎの寝床のような敷地ができちゃうんですね。

ここには養豚場があったそうな。なので、この横丁の名前は「とんとん横丁」けっこうリーズナブルに酔えるそうですよ。

そのお向かいのお宅の庭に、明治天皇が東北を巡幸されたときの休息地の碑が立っているそうな。奥の黒いのだね。あんまり顔突っ込むとSECOMに引っかかりそうだな。。。

さてさて、そんなこんなで雨の中歩いてきました。よい道だなぁ〜ここ。でも自転車は通っちゃダメだよ。

今日の最終目的地。泉中央が見えてきた!

ん?逆ピラミッド??それはルーブルだ。

ってことで、到着しました泉中央駅。
今回はねぇ〜。台風じゃさすがにデジイチ持ってくるわけにはいかず、コンパクトデジカメ(防水)で撮りました。だからアングル微妙だったんです。ゴメンね。

仙台ふららんでは、こ〜んな楽しい企画をたくさん用意しているそうな。
もともとは、街をよく知ろうって市民講座から生まれたグループだそうです。
今後の予定もサイトに掲載されているので、是非ともチェックしてみてね。
ではでは。皆川先生ありがとうございました!
次回は晴れにしようね。またね。

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