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海のゴミを無くそう!海ごみゼロウィークで、七ヶ浜町表浜(外人浜)の清掃をしたよ。

今日は海洋ゴミの話だよ。
ここのところ話題になっているよね。海岸に打ち上げられたクジラの胃袋の中から大量のプラスチックが出てきたとか。目に見えないマイクロプラスチックとか。砂浜にもゴミゴミゴミ。ビニールとかペットボトルとか全部まとめて「プラスチックゴミ」なんて呼ばれてます。

子供の頃に「プラスチックは散らかしたら、ず〜〜〜〜っと消えないからポイ捨てはダメ」って言われてたはずなのに、なんだか海岸に打ち上がるゴミを見てると虚しくなる。。。ということで、みんなで汚れてしまった海岸を「綺麗に掃除するぞ!」って集まってきましたのは、仙台を拠点にSUP(スタンドアップパドルボート)のレースなど主催しているNorth Shore SUP CLUBの皆さん。
「近年はマイクロプラスチックも深刻な問題となってます。環境省主体の「海ごみゼロウィーク」が5月27日から実施されるのに合わせて皆さんと海岸清掃を行おうと思います。」と、代表白土さん。

ドッと一直線に海岸へ向かう行動力はシーマンシップだねぇ〜。
海の人たちはちょっとの迷いが転覆につながるんで、グズグズしません。ゴミ袋を片手に拾うひろう。

この「海ごみゼロウィーク」では、日本中で1300の団体が清掃活動を行なっています。実際のところ、海岸に打ち寄せられるゴミってのは海に直接捨てたものではなく、陸の上の人がその辺にポイって捨てたものが、風に乗って側溝に落ちて川に入って、延々と流れてここにやって来るそうな。

こんな小さなヒモでも、ぷかぷか浮くと紫外線で分解されマイクロプラスチックになる。
海上の汚染物質は大半は石油由来だから石油製品と親和性が良く、その汚染されたプラスチックを魚が食べ、それを人間が食べ。。。冗談では無いんですよ。世界中で作られた海水由来の食塩を詳細に調べたら、プラスチックの入っていないものがなかったそうな。。。

なので、環境に散らかったゴミは、人の手で丁寧に取り除くしか無いんですよ。
でも、新品のタイヤまであったのは、なぜ???

こうやって集められたプラスチックは、いろんなものが付着しているからリサイクルが出来ないんです。きちんと分ければ資源だというのに。。。ちなみに七ヶ浜町ではあらかじめ町役場に相談すると、清掃したゴミは後日に回収してくれるのです。なので、思い立ったらまず役場に相談!

さて、清掃が終わったら、遊ぶに決まってるじゃ〜ん♬
大好きな海だから、綺麗に気持ちよく遊べるようにしたいんだよね。
じゃね〜。

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年度が変わったので、E-Action実行委員会で新年度の方針を話し合ったよ

年度が変わって、まぁ、使い古されてきた言い回しだけど元号も変わったし、外はポカポカと季節も変わったしね。春だねぇ〜。今年度のE-Action実行委員会では新しいことに挑戦できないか!ってことで、実行委員会を開催しました。


陽気も良くなりまして、皆様お集まりいただきまして有難うございます。
会議の中でもおいおい出てきますが、この実行委員会は仙台市の地球温暖化防止協議会の地域協議会という位置付けはあるんですが、あんまり固く考えることなくみんなで一緒に活動できる場にしていきたいと考えています。参加している皆さんにはこの場を良い意味で活用してもらえればと思います。


まずは年度が変わったということで、昨年度の事業報告について、報告です。(記載はざっくりですが)平成30年度の環境普及活動のイベント総参加者数は5422人(前年度5208人)と、前年度を上回りました!新たに実施したイベントとしては事業者セミナーがあり、企業向けの環境活動の啓発ができたのではとのことでした。


3E啓発活動としては、シンプルアンドスローライフの会の皆さんの協力のもと、小学校へ大規模な緑のカーテンの設置をしまして環境教育を実施しました。
平成30年度は大沢小学校と小松島小学校の2校に設置しました。
また、家庭向けには緑のカーテンの種子を5000袋ほど配布を行いました。


できれば皆さんに、このようなイベントに負担にならない範囲で参加してもらえればと思います。自分たちにできることがあればとか、イベントはパネル一枚でも参加ができますので「どうしたら協力できるかな?」と思いましたら事務局に相談していただければと思います。
日産サティオさんなんか、かなりの数を参加されましたけど、どうでしたか?


はい。電気自動車からの給電などのディスプレイは、いままでは持ち寄りの扇風機を回したりとか、テレビやビデオを点けて流していたのですが、イオンの植樹祭ではメンバーの日本デザイナー芸術学院の学生さんの下絵でガラスエッジング講座をしたりとか「こういう使い方もあったか!」と、人が集まる場でのアピールができたと思います。


地球温暖化防止センターでも荒町商店街の子供達の打ち水イベントの前に事前学習を行ったりと、イベント当日の子供達の言動を見ていると効果が出るのだなと感じてます。


株式会社北洲では毎回実施しているのが3種類のサッシガラスの違いでどれぐらい熱が伝わるのが変わるかを比較体験してもらっています。皆さん漠然と「自宅は寒いし光熱費がかかるのでどうしたら良いのだろう」と考えていらっしゃったのですが、会場で直接市民の方と関わって、弊社の提案も聞いていただける良い機会だと、考えています。


そして新年度の計画です。省エネ節電行動の促進。グリーン購入の促進。緑のカーテンの促進を三本の柱として、事業を進めていこうと計画しています。


節電所など、市民参加イベントをヒントとして活用し、節電行動を普及させようと考えています。ひとつ新たな取り組みとして、交通局と連携しまして節電行動で当選することで、さらに環境負荷の低い行動に結びつける意味で、公共交通機関で使えるicscaポイントをプレゼントで提供することにしました。


他に何かありますか?
全国地球温暖化防止センターで、環境学習ツールとしてパネルを開発していまして、それをどこかで活用できないかと考えていたので、今年度はイベントなどの会場へ持ち込みたいなと考えています。
それとうちエコ診断を実施していますが、宮城県はどうしても寒いので給湯費が高くなるという相談が多いです。そこに断熱をキーワードで話ができればと思うのですが。


そこなんか、北洲さんがお手の物とは思いますので、いかがです?
「何がどの規模か?っていうことが判断に悩みますが、実際にリフォーム施工した例を見ていただくとか展示場を見ていただくなどはあります。実際に改修した現場を見ていただくと驚かれると思います」
〜〜断熱は、中田先生の講座でもありましたね。産学官で提携できるといいですね。


そして最後の最後ですが、E-Action実行委員会の紹介ページが今までなかったんですよね。それをこれから整備します。


ロゴマークも新規に作成しまして、名刺に、パンフレットに活用してもらおうと思います。では、新年度のE-Action実行委員会の活動にご期待を!

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勾当台公園で、自転車まつり2019が開催してるよ〜。

暑いっすね〜。ついひと月とチョット前に雪が降った仙台とは思えない、30度近い暑さ!これで気象がおかしくないなんて、ありえないよね〜。
で、地球温暖化対策に抜群なのが、自転車での移動。自動車って象を1頭連れてるようなもんだもんね。その自転車を「安全に乗ろう!」って啓発イベントが、勾当台市民広場で開催されてるよ〜。今日(25日)の夕方まで。
….芭蕉さんご機嫌すぎじゃない?


なになに。今年は自転車で長距離を狙っているって?
奥の細道で散々歩いたから、今度はチャリで疾走ですか!


イベントにはいっぱいブースが出展してまして。E-Action号も来ているよ〜。


E-Action号はEV(電気自動車)だから、蓄えた電気で


ガラスエッジングもできるんですよね。


電気といえば、電動アシストのDATE BIKE!
ここのところ待ちtでよく見かけます。働き者だよね〜。


ん?サドルの高さ調整しているのは。


安全運転の勉強ですね。


さらに自転車運転シュミレーターとか。これは宮城県警の体験ブース。

すると。。。


お〜。パトカー乗車体験だね!でもハンドルは隣の椅子についてるけど。。。ま、いいか。


宮城県警の音楽隊も来ているよ。


ステージショーといったら、武将隊。そしてかわいいお嬢さんたちは仙台クリアーズのおふたかた。ライブもあるよ。


お館さまのポスターは。


仙台では4月から、自転車の保険と乗車時のヘルメットが義務化になったんだね。



なので、ヘルメット被って安全運転。芭蕉さん、それ、電動アシストバイクの最新型!Eバイクじゃないですか。


そのほかにも、いっぱい自転車の展示をしてるよ。


こんな自転車もいいなぁ。って感じかな?


日本デザイナー芸術学院の学生さんの作った、自転車安全運転啓発ポスターもあるよ。


ってことで、自転車まつりは夕方まで開催してるよ!遊びに来てね〜。

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長町南小で、グリーンカーテンプロジェクトだ!

こんにちは〜。え?あっというまに5月が終わっちゃいそうだ。今日も取材だよ。
長町南小学校の4年生が校舎の南側に緑のカーテンを作るということなので、やってきました!
お〜。長町南小ってモールの横だったの!将来はあそこも緑にしちゃおうかなぁ〜。(野望は広がる)


こんにちは〜お邪魔します。
お!この看板は。


ごぶさたです。シンプルアンドスローライフの会、柳沼さんです。
みなさ〜ん。おはようございます。
長町南グリーンカーテンプロジェクトは、今日は種まきです。
ゴーヤのタネを植えるのに、大切なことが三つあります。それはなんですか〜。


その3つとは、土と水と光です。
ですが種は、芽が出るまでは光はいりません。
あ!誰だ?後ろの女の子は??
なんと柳沼さんの娘さんが登場。
これからお手伝い始めるのですか?って聞いたら、チョイチョイ来るそうです。宜しくお願いしますね。


まぁ、脱線はこのぐらいでね。
先生から各自一個づつ、タネを植え付ける容器を受け取ってね。


土は。芽を出すまでの始めのうちは、あまり栄養たっぷりの土でなくていいそうです。それよりも、水を十分に含ませてあげるのがコツだそうです。


ジャブジャブとね。ゴーヤって、こんなに水が必要なのですね。


ひたひたです。植え付けを待つ土。


さて、各人、土を容器の8割ぐらいまで入れてください。って、手づかみでガシガシ詰め込む児童たち。


み〜んな興味津々。超〜積極的。
柳沼さんが横っちょから顔だしてるのは「みんな〜スコップを使ってもいいんだよ」って言ってるのでした。


さて、準備ができたら、土に1センチぐらいの凹みをつけてゴーヤのタネを入れます。


こちらですね。あらかじめ水に漬けてありました。
「いつから水に漬けているの?」
「金曜日からです〜。」
ってことは、3日は漬けたのか〜。


それを埋め戻してあげます。だからか。土から出るまで光はいらないんだね。


綺麗に埋まった。


それをケースに並べまして。


水をジャブジャブにかけて、乾燥防止に新聞紙をかけます。光はいらないんだね。
これから発芽が楽しみです。


そして、芽が出てたら植え替えて、この校舎の南側面に緑のカーテンを作るです。
これからも成長をレポートするので楽しみにしててね!
ではでは。


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GWだね。10連休だね!イオンモール卸町で、緑のカーテンのタネを配布しました。

こんにちは〜。GWですね。10連休ですね!みんな休みすぎて「もう仕事したいよ〜!」ってなってんじゃない?
ぼく。仕事と部屋の模様替えしてました。


で、今日は何をしに来たかと言いますと、イオンスタイル卸町にてイベント「せんだいE-Action 緑のカーテンで省エネ推進!」ということで、伊達武将隊と緑のカーテンの種の配布の様子の取材に来たんです。


どうもどうも支倉様。
元号も令和になりまして、これからもよろしくお願いします。
っというか、いつになく焼けてません?


どうやら武将サミットで愛知県に行ってたり、関東でチャンバラをしたりとGWの期間中は忙しかったそうです。
そして手に持つものは?本日の配布します肥料です。
これは「杜のめぐみ」と言いまして、「市立学校給食からの生ごみや公園街路樹の剪定枝及びし尿系の脱水汚泥等」から作られた堆肥だそうです。


それともちろん、今日の主役。緑のカーテンのタネですね。朝顔と、ゴーヤのタネを持参しました。


「やぁ皆の者。長きお休みだったが、いかがお過ごしだ?
我らは、ながき出張の旅から帰ってきたら、城の食料がなくなっておってのう。」


え!そういう設定だったんですか!


そしてこのAEONモール卸町に来たということじゃ。玉ねぎも売っておったぞ(会場大ウケ)


これからまず、ワシらの演武を見てもらおう。
その後に皆に緑のカーテンのタネを持って帰ってもらおうと思うのじゃ。


ではでは演武のお時間。さんさ時雨です。


演武だけじゃないよ〜。
仙台・宮城にございん音頭。
武将の格好でお遊戯というのもなかなかでござる。


みなさん揃って「はぁ〜、ございんございん」ってね。


城に帰ったら、食料がない。
いやいや、ここに来たのは本当は別の目的があったからなのだ。
伊達武将隊は、せんだいE-Action推進武将隊として活躍してまして、今日は会場にやってきた皆様にエネルギーの節約のお願いにやってきていたのです。


よいか。
エネルギーの節約には、省エネ、創エネ、畜エネの3つのキーワードが大切なのだ。これを総じて3Eという。
エネルギーを節約し、そしてくれぐれも熱中症にはならず、工夫して暑い夏を乗り切ってくれ。
では、これから皆に緑のカーテンのタネを配布するするが、その前に勝鬨をあげよう!


そしておまちかねの、緑のカーテンのタネの配布です。


ささ。これを使って、夏を涼しく過ごしてくれ。


おまけに、記念撮影!


今日は近隣だけではなく他県からのお客様もいたので、武将姿にビックリ。プレゼントをお渡しし、お客様と交流。


緑のカーテンで工夫して。くれぐれも熱中症にもならぬようにな!

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節約。大切ですよね〜。「DIYで快適な暮らし~エネルギーをかしこく使おう~」暮らしを改善しましょう!って講座です。

ご無沙汰しております。以前のブログで目からウロコの環境講座を取材させていただきました東北大学 大学院の中田俊彦先生の登場です。今日も取材よろしくお願いしま〜す。
「今回も、だいたい同じ内容になっちゃうから、ちょっと、どうしようか」なんてお話になってたんですが、なんのなんの、今回はだいぶ細かいところに踏み込みまして、スケールアップの内容でした。ではブログスタート!


絶好の行楽日和ですね。今日あたりが桜が満開なのですが、こればかりはAIでも開花の日が予測できませんね。
今日お話ししますのはエネルギーと熱の話なのですが、昔はあまり知らなくても、昔は木造のサッシで隙間風が入ってきて、だるまストーブで暖まっていて、特に病気にはならなかったんですね。一酸化炭素中毒とかもなかった。これは家屋が隙間風だらけで、自然に寒気がされていたからなんですね。


でも住宅の基準が変わって、新築の場合は全て密閉です。
意地悪じゃないんですけど、本当は今日は窓を開けたいんですよ。でも窓開かないですね。
住宅は普通に買ったりするとサッシがついてて密閉構造になっていて「隙間風がなくていいな」って思いますが、実は色々問題があります。
特に仙台は寒いので、寒いと余計に締め切っていて換気扇が止まってます。


試しにここの部屋がどうなっているのだろうか?計器を持ってきました。
まずは温度です。朝来た時は19度だったのですが、いま21度です。
今日は暖房はかけていないで、人間の熱ですね。
人間はだいたい一人100W(ワット)発熱しているので、ここの30人ぐらいで3000Wぐらい発電しています。いまだいたい電気ストーブ3つ焚いている感じですね。


そしてこれは、CO2計です。人間は動物なので、酸素を吸って二酸化炭素を吐きます。
部屋に一人とか、隙間風があるとかならいいんですけど。
これぐらいの最新の部屋だと、CO2はたまるんですね。
単位は、ppm。ちょっと危ない感じのする単位だけど、パーツパーミリオンということで100万分の一ってことです。


私がきた時は440ppmでした。CO2は安全なガスなんですが、いちおう法律では、1000以内にしなさいと世界全体で決められていて、これが上限です。
これが5000だと、頭がクラクラしはじめます。



イメージだと、小中学校の文化祭とかしている体育館。暗幕全部締め切ってて、換気扇もないですね。あれがだいたい5000ppmぐらいの環境です。
私が教えている教室でも3000ppmぐらいあります。なので学生が眠そうにしているのは、私の授業がつまらないからではないなと。。。。



このまま講座を進めていくと30分ぐらいで800ぐらいにはなるのではないか?と思うので、換気扇のスイッチを入れてもらっていいですか?
つまり日本の建物は基準以下になるように換気扇が設置されているんですけど、皆さん回さないんです。回してもどうなるかというのも解らない。


では天井の四角いものを見てみましょう。これは三菱電機のロスナイっていう製品で、優れものなんです。
この機種は換気をするのですが、なかに熱交換器がついていて、室内の熱を外気と混ぜないようにして交換してくれるのです。
このタイプは24時間回しっぱなしでもいい機種です。電気代もほとんどかからないものです。


本当に考えないといけないのは学校です。
一番大事な頭を鍛えるために学校に行っているのに、結果としては空気が悪いという。


では、最初の資料を見てみましょう。歴史の話です。
これは東北電力が30年ぐらいにまとめた東北地方電気事業史という歴史書の中にあった、戦前からの100年間の電気の資料です。
大正十一年には東北電力ではなく東北電灯という会社があり、その昔はこんなに電気事業者があり、読み込むと面白いのです。
丸が発電所で、線が送電線。当時は自立分散型発電だったんです。


仙台の送電線は、県北の古川あたりまでしか繋がっていないんですね。当時は各地域の会社経営者や有力者が電気事業を行なっていたんです。
その後日本は軍事国になって、ジュラルミンなどを作るのに電気がいるんです。全国の電力会社が統合されたんです。

でも、この図面を見ると、郡山の電気は県庁所在地の福島に繋がっていない。猪苗代湖で発電した電気は東京電灯(現東京電力)に送られているんです。猪苗代の電気は都電を動かしていたんです。
この安積疏水についても、2月の四ツ谷用水フォーラムの時に皆川先生が紹介してましたね。
〜〜〜そしてこの電気事業の初期の話は、「電気は誰のものか | 田中聡」って本読むと、日本全国の濃ゆ〜い話しが出てきますよ。(たまき)


つづいて今日はエネルギーの話をしているので電気だけではなくガスの話もします。
ここで出てくるのはLNGの話。Liquifued Natural Gasで天然ガスです。世界的にはNGで、L(Liquifued)はありません。ガスは普通に採掘できるものなんです。


日本はあまり天然ガスがとれないので、海外から一度圧縮して液化してマイナス150度ぐらいにして運んでいます。
原価の10倍ぐらいのコストをかけて、日本はガスを持ってきています。
日本は基地局をたくさん作っています。赤い線のパイプラインは、そのかわり2本しかありません。新潟と仙台を結ぶパイプは、仙台の火力発電所にガスを送るためのものです。
韓国は円状にしてあって災害に強い構造になっています。ガスは遠回りをしても怒らないので、何かあった時は反対側から供給することもできる安定した構造です。
中国は西の方にガス田があります。それを長い距離、引っ張ってきてます。日本よりも中国の方がガスは多く使っていて、その半分は自国で賄っています。


これは経産省のホームページで公開されているガス事業者の配置図です。
仙台市は公営ガスを持っていて、いまは日本で一番大きな公営ガスになっています。
もし引っ越す時はパイプラインのある公営ガスのあるところを選んだほうがいいです。でなければ、プロパンガスになるので、だいたい3倍高いです。



日本ではプロパンと呼んでますが、LPG Liquified Petroleum Gasで、石油なんです。
そもそも作りが違うんですよ。石油って液体だけど蒸発しやすいですね。その揮発する部分を集めてきたのが液化石油ガス。日本は石油もないので、中東から運んできています。これは液体なので、ボンベに詰めて運ぶというとても単価が高いものです。


では、世界の話です。
冷房度日と暖房度日です。
ある温度。
人間が快適に暮らせる温度を調べ、外気温との差を、エアコンやヒーターで調製しなければいけない。その温度差を日数分掛け算した数値です。
冷房の時は24度を超える日、暖房の時は14度を下回る日を計算しています。


仙台はちょうど札幌と東京の真ん中ぐらいなんですね。ちょううど両都市の中間の暮らしをしているんです。ただ、東北の人は口が固くて我慢強く、絶対に主張しない。なので、いまの暮らしになっちゃったのです。これ褒めてないんです。
寒さの基準が14度でしたが、世界の基準では18から22度なんです。つまりここで14度で、どてら着て我慢しなさいとなっている。
海外ではヒートテックなんか売ってないです。家の中は暖かいので、出かける時にシャツの上にジャケット羽織って出かけられるんです。


一人当たりの地域別のエネルギーの使用量です。東北は少ないですね。東北人は全員省エネで賢い。。。。じゃ、ないんです。オーストリアを選んだのは、自然が豊かで、ちょっと涼しい。そのオーストリアの2/3しか使っていないのはエコなんじゃなく、貧しいからです。家の断熱性が良くないので、ストーブ焚いて温めようとしても熱が逃げていってしまう。日本の家の保温力がとても貧しく、またエネルギーの価格が高いからなんです。たとえばストーブ。ああいう家の中でものを燃やして排気ガスが出るものなど、海外ではないんですね。


新築の家を建てるということは滅多にないので、いまいる家をどうやって快適に変えていくかという話をします。
こちらのグラフ。縦軸にUA値。横軸は上下に2つありますが、同じものを説明しています。
大事なのは外皮平均熱貫流率と。建物の外側の熱の流れを止めなきゃいけないということです。サイコロキャラメルの壁のところをどうやって断熱にするかということです。


熱というと暖房ばかり思いますが、今の家は密閉されているので冷やすことも大切です。37度とかの気温でエアコンつけてエアコンがよく効くには断熱性が必要なんです。冷蔵庫がそうですね。


熱は見えないんですよ。なのでこんな機器を使います。飛行場で海外旅行すると、こんな機械で発熱していないかチェックを受けます。サーモスキャンと言います。


断熱をするためには、壁や天井、床などありますが、こんなものを入れます。




そしてこれはサッシのカットモデルですね。最新のものですので、これを家に入れている方はそうそういないと思いますが。
ヨーロッパやアメリカは、こういうものが常識で、10年以上前に普及しています。


だいたい住宅というのは、どんなに無垢の木を使ったとしても、住宅2千万円ぐらいのものなら、木材の価格は住宅一棟で150万円あればOKなんだそうです。
サッシ系は、良いものを使うと300万円ぐらいするそうです。でもその甲斐はあると思います。


そしてリフォームするなら、こういうものを使います。これは金属のものと違って熱断熱性が良く、湿気に関しては、乾燥すれば隙間ができ、じわ〜と湿度を調節してくれます。


じゃぁ、さっきのグラフに戻ってみましょう。
横軸をみてください。一番わかりやすいのは地域区分です。
日本の国の建築基準というのは8段階に分かれています。他の国では最低でも0.4なので、北海道の十勝とかと同じ基準で断熱材を入れなきゃいけない。日本の家では断熱材が入っているのは4割なので、庭でテントを張っているのと同じなんですね。


もうひとつの地図を見ていただくと、先ほどのグラフに対応した地域区分が掲載されてます。北海道の区分は1と2ですね。
宮城県は4番で、5から8までは殆ど一緒です。まさにこれを見ると仙台は東京と札幌の中間のように見えます。
ところが数字を見てみると、4と5が近いですね。


冬場の外気が0度で、部屋の中を22度にしたい場合は、22度の温度差があります。
だけど夏場に、外気33度を27度に下げたい時の温度差は6度。ですので、この温度の高低差を川が流れるように熱が動くのを止めればいいんです。
また、この温度差を考えると暖房より冷房の方が外気との温度差が小さい分、効くので、夏場は遠慮なくクーラーを使ってください。
暖房はもっともっと使いたいのですが、今の仕様では延々に温まらないので、どうしようかと考えるとこです、


そこでリフォームですが、私のようにDIYが好きではない方は、こういうものがあります。
イオンの窓リフォームです。
一般の窓の内側にもう一枚、ペラペラでもガラスをつけると断熱性が上がるんですね。ただこれの欠点は、窓を2枚開けなきゃいけない。


旭硝子とかのペアガラスをつかうと、単位が2万円とか8万円とか。施工料金が高くなるので、お家丸ごとリフォームとかですね。
でも、これが世界で最高の性能ですね。
もし、4000万とかで家を建てようというのだったら、モデルハウスの下駄箱とかウォシュレットで感動しないで、真っ先に窓を見てくださいね。


海外では、家の仕様に⭐︎スターマークで品質を保証しているんです。
そしてサッシは変えられないけどって場合にも、断熱性の高い真空のガラスに交換するって方法があります。調べれば調べるほど、今はインターネットがあるので「ガラス」「断熱」といったキーワードでけっこう答えが出てきます。素人の方がどんな苦労をして、信頼できる業者さんを見つけたか?っていうものも出てきます。



なんでこういう情報が巷で手に入らないかというと、訳があるんです。ガラスと私達消費者の間には壁があるんですよ。
ガラスは日本では3社しか作っていません。合戦状態ですが、値段は安くありません。
建物を作るとガラスは使わなければいけないので、値切る必要がないんです。
ガラスメーカーの次に、サッシメーカがあります。これも数社しかありません。
そして建設・建築会社を経由し、建物を販売するディベロッパーも経由します。4段階もあると、なかなか安くなりません。


モデルホームとかでガラスの厚みを最初に見始めると、担当の人が変わるかもしれせんね。どこの展示場でも、用意はしています。Ua値とか熱貫流値とかを口にすると、ビビッとくるかもしれません。
みなさんが、東北の中で動き出すことによって、喜ぶ業者さんもいるんですね「あ。お話のわかるお客さんが来た」と。そうして、その話が建設会社とかメーカーに伝わるんです。


続いて質問の時間です。

20年前に建てた家なんですが、換気とか考えがなかった頃のものなんですが、後付けってできますか?
「できます。ロスナイとか、メーカーの換気ダクトは壁に穴は開けなきゃいけないんですが、取り付けはできます。」


賃貸の家なんですが、寒かったり暑かったりするのをどう対応したらいいでしょう?
「窓や壁を再度チェックして、窓でしたらアクリル板などを、窓枠にピタッとくっつけてあげるだけでも違います。日曜大工ができるなら、アクリル板に桟をつけてあげると、窓枠にくっつきます」

なるほど。東北は特に暑さよりは寒さの方が深刻だから、断熱って大切なんですね。今日もまたもや目からウロコがボロボロ落ちてます。ありがとうございました。

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もはや伝説!東京スリバチ学会と行く「仙台の秘境・竜の口渓谷の源流を探る!(リベンジ編)」

毎度々々ですね。東京スリバチ学会から皆川先生がやってきました。やってきて「なにをする?」リベンジですよ。憶えてます?「仙台の大秘境!竜の口渓谷をガチで歩くhttps://www.tamaki3.jp/blog/?p=23740」にて、台風で途中撤退を余儀なくされたあの悔しさ。なので水の少ない冬季に「リベンジだ!」

ってんで、集合場所の東西線八木山駅に向かってますが。。。雪ですね。

え〜。雪ですけどね。とりあえずてっぺん広場まで。。。


デッキの上は滑りますのでご注意ください。
「これって、デッキのせいではないんじゃない?」

まじかよ!雪でデッキのスベスベが倍増されてる!

まぁ、出発前に記念写真でも撮りましょう。
これが3月31日???って絵面だよなぁ。

とりあえず、本日も安全第一で行きましょう。あくまで自己責任です。今日はなにが起きても保証はありませんが保険はかかってます。なんなんだ。

では出発だよ〜。
雪ですね。雪ですね。台風のリベンジで雪ですね。

そしてここが入り口。。。。もうほとんどアッチの世界とこっちの世界を繋ぐゲートのよう。。。これを入るんですか。

ここは株式会社紅久の所有地を通りますので、今回は許可を取ってありますが、基本通れません。

そして、足元が滑りますので屈強な男性!足場を踏み固めてください。ヒョエ〜。

ガンガン降るぞ。降る降る。

なんか大変なことになってる人たちの図

うわぁ〜!!!とうとうロープまで出てきたぞ!

そして。。。前にここきたときはスターウォーズだって言った東西線の陸橋は。。。雪景色でもう、帝国の逆襲だな。

途中、チョロっと土手の崩れたところが見えまして、これが広瀬川凝灰岩の露出した場所だそうです。おおよそ350万年前の大規模火砕流が一帯に7メートルも堆積しているそうです。

ちなみにこのクジラ坂は、前にも書きましたが東北大学の院生がクジラの化石を発見し、この坂をブルドーザーで引っ張り上げたんだって。すごい歴史。

これが広瀬川凝灰岩の層。村田のあたりにあったカルデラがおおよそ350万年前に噴火し、ここまで火砕流が押し寄せ、7メートルも堆積したって。
点々と見える黒いものは、蒸し焼きになった樹々なんだって。

そのクジラ坂の下は。。。もう異世界。今日は3月31日だよねぇ。。。はぁ。。もうずいぶん前のような気がする。

黙り込む一行。いったいここは、どこなんだ?って感じ。

さぁ登るぞ登るぞ!

崖の中腹に見えるものは!

大火砕流に飲まれて焼け残った部分です。

火砕流に飲み込まれた木の、根っこ部分でした。

内山先生がびしょびしょですね。木の上の雪が溶けて、ボタボタ降ってきてるんですよ。

こちら。普段は水が流れていない谷だそうです。今日は雪が溶けてドボドボ濁流が流れてきている。(ってことは、ここ危ねぇんでない?by心の中の妖精さん)
上の方は朝鮮学校のあたりだそうです。今どこにいるのかなんとなくわかったような。

この谷間は、蛇行していた古竜ノ口川が滝で広瀬川(河川の争奪)に落ちるようになり水の流速が上がったせいで、どんどん谷が深くなったそうな。3万年でこの谷が出来たってことなので、さっきの小さな流れも時が経つと谷になるのでしょう。

川の中には炭化した落ちてますね。火砕流で一気に炭化したものは炭に。ゆっくり炭化したものは亜炭になったそうです。


先生これは?
専門じゃないのでわかりません。

崖にも炭化した樹々が見えますね。

お。ふきのとう。春なのにねぇ。

だのに雪。

崖は風化してますね。ボロボロ。

崖の上の方に、埋もれた樹々が見えますね。

なんか凄いことになってます。

異世界からどんどん人が帰って来ます。

そしてやって来ました。ここは10年以上前に閉鎖されたアスレチック場の跡。青葉山ジャルダンの残骸です。

崖がかなりヤバい感じですね。

なんか凄いですね。今日は氷河期間氷期の遺跡に昭和の遺跡。

そして、とうとう竜の口渓谷を脱出したぞ!

つぐから次へと生還する人々。なんか場所が場所だけに、亡霊とか落武者とか増えていそう。

とうとう歩ききりました。リベンジというより、返り討ちに合いそうな辛くも勝利といった感じです。

ゴルフの打ちっ放し場の脇から、新しくできた寮の脇を抜け。とうとう文明社会に帰って来た!

ちょっと今回のリベンジ編は凄かったですね。まさかの年度末大雪。伝説の竜の口渓谷歩きでした。このあと皆川先生は午後も広瀬川歩きのイベントがあるそうで、ご苦労様です。

そして青葉山フットパスの会、内山先生。ありがとうございました。
また機会がありましたらよろしくお願いします〜こんなに条件が厳しくない時にね。

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ご存知!四ツ谷フォーラム。今年はスリバチ学会も参加して、ますます魅力アップです。

毎年この時期になると、気になってきますね。四ツ谷用水フォーラムです。
平成28年には、とうとう四ツ谷用水も土木学会の選奨土木遺産に認定されまして、ますます注目を集める存在になりました。
かつて仙台の街を潤した四ツ谷用水。フォーラムは年に一回集まって、登壇者の公演含めてワイワイガヤガヤと語り合う場です。
ちなみに今年は、東京スリバチ学会から皆川先生もやってきます。
とりあえず今回も100枚越えなので、さっさと話を進めましょう〜♪


はじめに登壇くださるのは、いつもお世話になってます。仙台・水の文化史研究会の柴田会長です。


青葉城の天守台からの眺めです。
この風景が伊達政宗が開府した1601年の城下の範囲となります。



そして28年後の1629年。伊達政宗は城下の拡張と川下の農業用水の増加を考え、広瀬川の上流から水をひくことにします。


仙台の地下構造が地下水をためやすい地形地盤であったことが、開府に当たってこの場所を選んだ決め手になっていると考えます。


四ツ谷用水の諸元です。
郷六から梅田川まで総延長は7.6キロ。取水堰口は海抜63.54メートル。梅田川側は34.96メートルなので、落差28.58メートルです。
平均勾配は3.8パーミル。10メートルで3.8センチ下る、精巧な工事だと思います。


四ツ谷用水の名前の元になった、四つの沢を渡ります。
針金沢、聖沢、鶏沢、へくり沢。この4カ所をもって四ツ谷用水になります。


ここは放山の西側になります。明治41年の4月の豪雨の後に地滑りを起こし、山が大崩落します。その際に生じたのが放山。(だから48号は少し盛り上がってたのか!)地山との間に四ツ谷用水は流れていますが、写真のようにコンクリートで蓋がされています。


聖沢を掛通で横断したあと、ただちに四ツ谷用水は隧道に入ります。
ここは藩政時代の工事のあと、ノミの跡が残っています。


大崎八幡の太鼓橋の下です。検証はしないといけないのですが、石垣は往時のものかと思います。


へくり沢の掛樋構造です。へくり沢にはけっこうな水量が流れています。
そこから約10メートルほど下流で第一支流に分岐します。
第4代藩主綱村が作った御飼鳥屋敷に水を引き込んだ。これが第一支流の元になっています。


東北大学附属病院の北西角、林宅寺前を通って、北六番丁通りに出ます。木町通交差点で第2支流、通町交差点で第3支流が分水され、浄化を隈なく流れ下りました。


通町より下流は「桜川」と呼ばれ梅田川に合流しました。地元の人は自然河川だと思っていたそうです。


明治元年の絵図です。
四ツ谷用水の橋が描かれています。通町の橋。宮町の橋。清水小路の滝。かように水の豊かな街として描かれています。


もともとは、屋敷林に覆われた、豊かな緑が広がった町でした。
それが現在は都市政策によって、なんとか街路に緑が残っているという状況です。


我々は、水の環境全体を考えて、水の流れを形として作り上げていくことを、四ツ谷用水から学んでいる、それはとても大事なことだと感じます。
これを市民の我々が理解して、どうしたらこのような環境を作り出せるかを考える、非常に重要な時期に来ていると思います。


土木学会選奨土木遺産認定プレートが郷六の取水堰のところ。そして太鼓橋の脇に設置されています。是非現場を訪ねていただけたらと思います。


続きまして、東京スリバチ学会の皆川会長さんです。
スリバチってなんのことかな?怪しい奴が出てきたと思われるでしょう。(すでに会場大ウケ)
私は水と地形に興味があるということで、四ツ谷用水の希少性とか価値を他事例とともに紹介しようと思います。


カシミール3Dってソフトで描いた仙台です。
仙台は右側の青い部分より上の台地の上にあります。
伊達政宗が自然の地形をうまく生かしながら作った町なんです。


私たち学会はスリバチ状の地形を観察しています。
私は地理地学の専門じゃないもので、繰り広げられる文化の方に興味があります。


四ツ谷用水のポテンシャルを見直そうということで、都市と水の関係を紹介します。


仙台の市街地は河川中流域にあります。
海沿いはほとんど海抜10メートルに満たない低い地です。
河川の中流域に作ったというのが特徴的です。
市街地は微妙な傾斜があり、北西域が高く、南東が低いのです。


仙台駅から市役所方面に働きにいく人は、少し足取りが重くなりますね。
これは疲れているのではなく、1%ぐらいの緩やかな傾斜のせいなんです。
帰りが足取りが軽いのは、坂を下りているからなんです。


河川中流域に近世の城下町が開かれるというのは非常に珍しい。
近世の物流の主役は船ですから、だいたい港に近い海沿いに作られるのです。
仙台の海沿いは慶長の津波のようにたびたび災害に襲われているのです。
政宗公はそのことを知っていたのだと思います。

四ツ谷用水はこの台地の高いところを流れていました。
勾配を持っていた台地だから、自然流下で城下町に分流できた。
等高線に沿うように、セクシーな曲線、自然に沿う曲線を描いているのだと思います。


仙台平野には愛宕堰から六郷掘、七郷掘が伸びています。
こういった用水ができて平野を潤していた。まさに仙台の城下町の発展は地形と水が育んだものだと思います。


いまでも開渠で水路が見えます。こういった水のネットワークがあるのが仙台の魅力です。


他の都市の紹介です。
近代に開かれた街としては、安積疏水で開かれた郡山があります。
地図の緑色の部分は水がなかったので、なかなか人が住む場所ではなかったのです。
畑や水田を作って細々と暮らしていた地域です。


当時のオランダ人技師のファン・ドールンの図面です。
奥州山脈を越えたとこに大きな水瓶があるので、これを持ってきたらどうと。


カシミール3Dでの断面図です。
あいだに奥羽山脈があるので、全ての水は会津の方に流れているのです。


あるところでは自然の川を利用しながら、用水路は作られている。
そして地形を利用して網の目のように流しています。
ですので、郡山のコメの生産量は全国2位なんですよね。


すごいのは、奥羽山脈を隧道で越えた先。これだけの落差を一気に落ちるわけなんですよね。
これは近代の技術ならではなんだなと思います。
右には発電所もあります。エネルギーは利用しないと。
これだけ、都市の発展には水が大きく影響しますよということです。


東京の地形と水です。
左の茶色い部分は武蔵野台地で、右の青い部分は平地です。
目黒川や渋谷川が上流に向かうにつれ枝分かれし、その先端に湧水があります。これが東京のすごいところ。台地の途中に沢山の湧出スポットがあります。


湧水が見られるところとして、石神井公園、妙正寺公園、善福寺公園、井の頭公園、神代公園と、水の湧き出る池があり、川の源泉になっています。


神田上水の一番先に井の頭公園、善福寺公園がある。
自然の湧き出た水を使ってきたのが江戸の町の初期です。


ですがこの湧水だけでは足りなくなるので、新たに作られたのが多摩川用水、千川用水です。


取水口は江戸の町から40キロぐらい離れています。これぐらい離れないと綺麗な水が取水できなかったのです。


地形マニアとしては自慢したいところなのですが、渋谷の街はスリバチの谷の町で、渋谷川の水源は、すぐ近くにある新宿御苑や東京都心の明治神宮の清正の井だったり、東京の水を集めて流れているのですが、


この一番上。赤い線で描かれた多摩川用水の、高いところから渋谷川に水を落とすところ、こういうところが江戸の町のあちこちにあるのです。尾根筋をとおる用水の水を灌漑用水としてかなりの量を使ってました。


武蔵野台地はほとんど平らなのですが、こうして用水が川のように流れています。
まさに人間の動脈と静脈のように台地の生態系の用水ができていて、近世では人口100万を超える世界有数の町になるのです。
その水路を作れるポテンシャル。土地を読み切って作ることなのだなぁと思います。


明治の初期の地図には池が沢山記載されており、落差を使った滝があちこちにありました。
昭和の初め頃まで、用水路から落とした場所が沢山あり


水浴びをして楽しんでいる様子が描かれています。


目黒の千代が池の絵なのですが、段々の滝がある。こんな場所ないなとよくよく調べると、ここには三田用水という用水路があって、そこから引っ張ってきた滝でした。



こちら金沢の街です。
金沢城です。尾根沿いに辰巳用水があり、兼六園の水はこの辰巳用水の水が引っ張られています。


せせらぎが園内を巡ってます。


落差をうまく使って噴水があります。高低差を生かした、なかなか日本にはこういう発想はないのですが、粋ですね。


辰巳用水も途中で分水路を作って落としているところがありました。
滝になっていてなかなか迫力があります。


江戸時代の用水、屋敷の中に水を引っ張って、また用水に戻す。
こんな庭園が沢山あるのが金沢の町です。


京都の地形の水利用です。
京都の街は、中流域というより、ほとんど上流に近いとこにあります。


近畿の一番古い都は難波宮にありました。そこから藤原宮、平城京、長岡京、そして平安京へ落ち着きます。
なぜこんなに点々としなければいけなかったかというと、盆地で山に囲まれていると町のそばに自然の木があったから。当時はたき火のために木が必要だったのです。そして都市としての排水です。
古代の都市で致命的な欠点は、雨が降ってもなかなか乾燥しないこと。伝染病が発生してしまうのです。


平安京は地形的には非常に理にかなったところだったのです。鴨川の扇状地にあるので、地下水が豊富で水はけもいい。


京都の街を歩いてみると、お菓子屋さんにも
「うちのお菓子は地下水を使って作ってますよ」
と書いてあります。


うどん屋さんの看板ですが
「うちが美味しいのは地下水を使っているから」だよと。
しかも軟水(ミネラル分が少ない)なので、出汁によく合う。これがヨーロッパだと硬水なので煮物に合う。


平安京は東西方向に見ると。道路がぼこぼこしています。


地形マニアはこんな角度で街を見るんですね。
平安京は南北方向に12本の水路がありました。この凸凹は平安京の排水路の跡ではないのかなと思います。
そして近代になると京都の街に琵琶湖疏水を引きます。琵琶湖から引いてきた水は一旦北に向かいます。水路を北に持っていくってのは、高いところから水を流そうという思想があります。


ただ、経済的には海から離れている。
そのために大阪の淀川から水路を作って船を入れます。
人工の水路の高瀬川です。


人工の水路の良いところは、水量を完全にコントロールすることができるので、水に近づくことができます。
水辺で安心して食事ができるのも、水路ならではの風景ではないかなと思います。


四ツ谷用水のポテンシャルを考えてみようかと思います。


四ツ谷用水は今でも現役なんです。
政宗公は仙台に入る前に岩出山で町を潤す実験的な試みをしていたのです。


水は洪水を起こすこともあるけど、動力源として活用することもできるのです。
写真は仙台平野ですが、水辺に近く暮らしていた。原風景として、こういう風景があちこちにあったのです。


高瀬川でも、あんなに水に近い暮らしができてしまう。
四ツ谷用水との付き合い方を、ぜひぜひこの会を使って、水への関心を深めてもらえればと思います。


私もスリバチ本を書かせてもらってますが、(2)で仙台のことを取り上げさせてもらってます。


スリバチで検索してもらうとこんな本が出てきますので、参考にいろんな都市を楽しんで、水のことを妄想してもらうといいのかなと思います。
ご静聴ありがとうございました。パチパチパチ〜。


かなり熱い講義でした。
スリバチ地形と用水?谷地と台地の話ってなんだろうと思いましたら、武蔵野台地繋がりでしたね。
そして休憩の間に、会場の皆さんの質問の整理です。


続きまして、話題提供として東北文化学園大学の八十川淳先生です。


こちら、八十川先生の「四ツ谷用水での活動提案〜現在の姿を楽しむことからはじめよう!〜」ということで、藩政時代からのお話に続いて「挙句にゴミ捨て場と化して見捨てられた場所もあります」と書いてあります。。。なんでしょうね。
そして終盤にある「パブリックヒストリー」という言葉に、なんだか惹かれます。


四ツ谷用水に関しては、佐藤昭典先生が本を書かれていますし、そのほかに多くの書籍があります。
これからさき、四ツ谷用水での活動を考えるとき、まずは工業用水の鑑賞から必要ではないか。


鑑賞の環境づくりという観点で検証しましょう。まずは取水堰を見に行きますと、鍵がかけてあり、自由には入れません。
私は市民の方々を取水堰にご案内する機会が多いのですね。その際に、おおむね3回に一回ぐらい、職員の方に開けてもらえますが、基本は入れません。
これってみんなが親しめる環境とは言えないですね。


取水堰を鑑賞できるポイントも存在しません。
また、パブリックフットパスという観点でみてもどうでしょうか?
「地域を理解するためには、人の土地は通れるのだ」という考えです。
〜そういえば、イギリスでは人の土地は通り抜けるだけなら許可はいらないのでしたね。もっとも大半の土地が大地主のものだった気もしますが。


一方で、こちらは、へくり沢にある案内板です。
かつての沢の経路の要所に、合計8枚掲示されています。緩やかなパブリックフットパスの実現にも思えます。


そして、四ツ谷用水というと、散策を誘うような看板は限られるらしく。。。たとえば第2隧道と第3隧道のあいだにあるそうですが、、、


それがこれ。。。。


こちらは八幡町の裏の四ツ谷用水。私は犬の散歩で通るけど、ここをみんなで通るというのは、よほどマニアックなセンスの方以外には不向きでしょう。
人の丈ぐらいの雑草が生い茂る場所です。


こちらは取水堰付近の散策経路ですが、その際、車道横断が危険なのです。
ここは車の往来を確認してくれるスタッフがいないと、絶対に渡れません。つまり自由気ままに散策できる環境ではありません。


そして荒れた水路。これはなんとかメモリアルとして清掃することが出来ないのかなぁ。


一方、こちらは第3隧道出口の穴。


そこに、ゴミが投げ入れられています。しかもフェンスがあって、入れません。
これらの状態は、四ツ谷用水復活を求める市民の気持ちや愛情が、景色ににじみ出ているとは、とても言えません。
以上、現状を示す画像から考えると、まず現在の四ツ谷用水の鑑賞環境づくりのために、やるべきことが山積しているといえましょう。


つづいて、工業用水時代の四ツ谷用水の、意外な面白さについて。工業用水の四ツ谷用水は、実は、いまでも魚がいっぱいなのです。


取水ぜきの形状も昔とずいぶん違うそうです。
昔はオープンでしたね。いまは柵ができています。スクリーンもあって大きなゴミが入らないようにできていたりするんだけど。


そのスクリーンの先に、いっぱい魚が、泳いでいます。


四ツ谷用水は工業用水として大梶の管理事務所のところまで流れてきます。
ここに、今も魚が来ているそうです。水をためる施設がありますが、そこには広瀬川から来た魚がすみついています。ヤマメとか。数年前には、大きなウナギも獲れたとか。カニもいたとか。びっくりですね。


そして昔の図面です。かなり古びたものです。
四ツ谷用水の資料というのは、まとめて保管してはいないのです。


これらが無造作に図面の山に積まれていて。。。これも放っておいていいのかなって、思えてきます。


三居沢の水力発電所には記念館があるけど、四ツ谷用水には資料の拠り所がないんですよね。
これもどうにかしないと。


話題を変えて他の事例を紹介しましょう。静岡県の三島市の源兵衛川です。
新幹線の駅前に庭園があって、その庭園の池や街の水路で、7年にいっぺんぐらい、水があちこちから湧き出すそうです。


新幹線を降りてすぐにこんな光景が広がってます。


看板までの飛び石も、水が多いと渡れないぐらいだなぁ。


トンネルの向こうにはお店がある。
いい眺めだなぁ。


この光景を作った人たちがいて、グラウンドワーク三島という団体だそうです。


よく川を清掃しているおじいさん。
このおじいさんが映ってたのは、Googleでした。
このおじさんにしてみると、川は公共なのか?庭なのか?わかんないですね。もはや、このおじさん自身も、風景の一部になっています。


そんな源兵衛川ですが、これは昭和55年の頃の源兵衛川。一時期はこんな荒れた様子でした。
そこでグラウンドワーク三島の人たちは、最初の3年ぐらい、「パブリックヒストリー」づくりに専念したそうです。三島の水の豊かな原風景を知る旧住民と、知らない新住民が、共通の未来像をイメージできることが、水辺づくりの肝になると考えたようですね。


3年間で360回ぐらい勉強会や展示をしたそうです。3日に1回の頻度ですね。
商工会議所や様々な地元団体と一緒になって、議論や展示を行って、三島の目指すまちづくりの共通イメージを模索したのです。その結果、写真のような整備を行うことで、市民の合意形成が生まれたとのことでした。われわれ仙台でも四ツ谷用水の「パブリックヒストリー」づくりをいかに展開するかが大切ですね。


では、質疑応答の時間。


会場の皆さんから集まった意見を、本日登壇の先生方に聞いてみます。


四ツ谷用水の水利権についてはどうなっているのでしょう?
結論から言ってしまうと、仙台市は水利権を持っていません。


都市生活の近代化に伴い、かつての水文化、四ツ谷用水の管理の姿勢というものがなくなり水路の一元管理ができなくなったため、水利権は組合から市へ移管。そして、田んぼなども減ったために水が必要とされなくなり市から県へ移譲。そしていま、県が水利権を持っているのでした。


付け加えると、意外な発見がありました。
仙台市は平成12年、案外最近まで水利権は持っていたのでした。


水利権というのは、手放してしまうと何も言えなくなるのでは?という懸念が生まれますが、例えば六郷堀、七郷堀に水を通そうとなった時に仙台市もはいって話し合いに参加したことがありました。なので、水利権がないとなにも言えないというわけでもないのです。


県には、工業用水を管理する権限はあるんですが、四ツ谷用水を再生する権限はないんです。そのことをしっかり理解して、四ツ谷用水の流れを再生したいということを理解し、要求する先をどうするか、自分たち市民が責任持って作らねばならないと考えています。



市は四ツ谷用水の重要性というものを強く認識しています。そのために、こうやってフォーラムも開催して活発に活動しているのです。それは我々が、昔あった施設の成果で今の暮らしがあるってことを後世にしっかり伝えていかなきゃいけないんです。そして、そう言った活動は市民が主体となって進めなければいけない段階にあると思うのです。


ここで私の本業でヒントを出すと、東京であちこちで活発に再開発が起きているのは、あれは特区制度と言って公共利益になることをすると企業にボーナスが出ますよというものです。たとえば地下鉄の出口を作ると建物の容積率を広げますよと。
そうすると企業もお金を出して社会貢献事業をやろうというきっかけになる。
きっとやり方はあるんですよね。


それでは、予定の時間もきましたので、フォーラムを終了しようと思います。皆さまありがとうございました。


パチパチパチ〜。
大盛況でしたね。


そしてご案内です。
「たまきさんサロン」では、四ツ谷用水関連のパネル展を開催しています。


こちら2月15日まで開催です。


四ツ谷用水がよーくわかるパネル展示。是非とも遊びにきてくださいね。

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歴史講座「政宗公が育んだ“伊達”な文化」を取材してきましたよ。

本日の取材は仙台市役所1階にある市民ギャラリーホールです。
「政宗公が育んだ“伊達”な文化」が日本遺産に登録されたということで、2月15日までパネル展が開催されています。
その展示イベントの一環として、伊達武将隊から支倉常長様に登壇いただき歴史講座「伊達政宗公は何を思って伊達な文化を育んだのか」をレポートしますね。

とはいえ、支倉様はこれに限らず定期的に歴史講座を開催されているとか。
伊達武将隊の皆さん活躍しているなぁ〜。人気あるし。よいことです。



セニュールセニュール、ボンジョールノ〜。
平成が終わりますね。もう新しい年号に準備しないとなというとこですが、400年前は結構頻繁に年号を変えていたそうです。
私、支倉常長が生まれた元亀も4年で変わってしまってます。(元亀2年生まれ)戦争や地震など、何か良くない出来事があると元号が変わったのです。
〜〜〜そう考えると、いまは天皇家一代につき一つの元号だけど、平成はいっぱいあったからなぁ。。。


常長様を含めて伊達武将隊の皆様は仙台城を拠点に杜の都仙台を伝えるため日夜おもてなし活動をされいるのです。その支倉様の懐から出てきたのは、ご自身の紹介のための巻物だです。。。。そういえば、ぼくがキューバに行った時もハバナに支倉様の像があったなぁ。セビリアにもあった。どこまでも世界に出て行った人なんですね。


そもそも日本遺産ってなんなんでしょう?
文化財ってのは連綿と受け継がれてきた地域の宝を保護するために、文化庁が指定をするんですね。
甲冑や刀とか、お城(史跡)も民俗芸能(無形文化財)も文化財として指定されます。一回指定されると改修や修繕などが容易にはできないです。これは守っていくってためには大切なことなんです。


ところが今、海外からもたくさんの観光客がやってきていますし、地方でも観光資源の大事さが考えられています。こういうご時世なら、文化財を守っていくだけでなく「守りながら活用していくことが大事なんじゃないか?」と多くの人が考えるようになったので生まれたのが、日本遺産です。
いままで個々に守ってきた文化財をつなげてストーリーを持たせ、認定することでたくさんのお客様に振り向いてもらう、点で存在していた文化財を面として価値を持たせようというのが日本遺産です。


さて、では「政宗公が育んだ“伊達”な文化」に登録されている文化財の一部を見ていきますと、支倉常長様の肖像画は、おお!国宝・ユネスコ世界遺産ですね。そして「たいへん。。。家来としては心苦しいですが」と仰ってましたが、政宗様の甲冑は国の重要文化財ですか。。。まぁ中身は入ってないですしね。


これら、国宝だったり文化財だったり、国が指定したり市が指定したりとバラバラですよね。今回「伊達な文化」とされたものには「七夕祭り」「青葉まつり」何の指定のないものもあります。だけどこれらも、「伊達な文化」として登録されています。


今回の日本遺産の構成要素には、4つの市町「仙台市・塩竈市・多賀城市・松島市」に渡っています。


全部で50個登録されています。
日本遺産ポータルサイト(伊達な文化ページ)
この他に塩竈の“勝画楼”が追加認定されたのですが、まだ公開できていないということです。いまはまだHPに載ってません。


こちら政宗のストーリーです。ストーリーだけ読んでも“これが伊達文化なんだ”とわかる喜びや良さなどが伝わりにくいかなと支倉様は感じたそうです。


軍人としてではなく、文化人として大きく取り上げられています。
ただ、仙台は政宗様以前から土地に根付いた文化があって、そこに政宗様が都を開いたので華開いたのではないかと。


例えば鹿踊り。愛媛県宇和島にも伊達に所縁の地があるんですが、ここにも鹿踊りが伝わってます。
東北から伝統のエッセンスが伝わっていたんですね。
ちなみにここにあります国際性というのは(自分を指差して)私のことですね。


つづいて、ずばり、政宗公は天下を取りたかったのか?
ここに出てきます木村右衛門とは、政宗様の小姓(ご用をされていた)方で、のちに覚書を残しています。
「一度天下に旗を揚げずして悔しき次第也」
と残されていますが、これは読みようによっては語ったのが誰とでもとれてしまう。また実際にどの程度「悔しき」なのかもわからないということ。
一方で、奥州の覇者としてはどうだったのか。
ヨーロッパに残る書面では、「はつははうろ」とはこれ、「は」を「パ」に直しますと「パッパパウロ」ローマ法王のことですね。
ローマ法王に、自分を「奥州之屋形」と紹介してます。屋形=君主。つまり奥州の王であると。


政宗様は、慶長13年に松平姓と陸奥守の官職を与えられ、のちに上位の権中納言を得ても、奥州守を使い続けます。
さらに面白いのは、海外では松平姓(徳川の一家)を使わなかったこと。海外では奥州王なのです。


ちなみに政宗様の奥様は、坂上田村麻呂の末裔の田村家からきています。
政宗様は田村家の姫「愛姫」にとても礼を尽くして接したと記録に残っています。


なので、仙台開府の際にはいち早く坂上田村麻呂の創建した五大堂を再建したり、縁のある大崎八幡宮を建立したりしました。


おまけ
先ほどの支倉様が、おもてなしの時に使っている巻物のアップ


仙台開府への思い
「入りそめて国ゆたかなるみきり とや
千代とかきらし せんたいの まつ」
新しい国に入るにあたって、これからこの国が豊かになるように。
千代とは限らないよ、千代というのは限りがある。永遠の都を作るという思いで、仙台とした。


こちらは仙臺橋の欄干のギボシです。慶長6年に作られて、10年ぐらいで洪水で流されてしまったものが、大正の頃に河原町の畑で見つかったそうです。
千代って書かれていた「せんだい」の町を、仙臺と改名したそうです。


こちら漢詩です。
ここに「仙臺初見五城楼」の文字があり、仙臺をもらったのではないかと。


仙台の古地図を見ると、櫓が5つある。
漢詩を現実の形として再現しているのです。


仙台城。本丸です。
名古屋ではね、本丸御殿が再建されたじゃないですか。「羨ましいなぁ〜」名古屋は戦災で焼けたので、直前までかなりの実測がされていました。
仙台城は、明治に壊されたので詳細は良くわからないのです。


本丸の跡。間取りはこのままですが、歩いてみるとさほど大きく感じない。
そこで、広間の手前に私が座って、上段の間のあたりにお客さんに座ってもらい。
私が「政宗様、ヨーロッパから帰ってまいりました」
と声をかけると。
お客さん「大義であった」
って、殿様ごっこをすると、大きいのがよくわかるんです。


こちら最初のお抱え絵師狩野左京による襖絵で、切り取ったものが松島町にあります。
鳳凰の絵なんですけどね。派手なのがオスで地味なのがメス。


足でもね。蹴爪のあるのがオスだそうです。
ただ、伝説の鳥である鳳凰に蹴爪があるのかって聞かれると微妙ですけどね。
これは誰も捕まえたことがないのでわからないということで。


もうひとつ、建築物としては松島町の瑞巌寺があります。
これも政宗様が創建時に厳命しています。
菩提のお寺を開くので、働くものに存分に給金を与えよ。
そして地面に落ちた釘鎹は、勿体無いなど言わず新しくしろと、念には念を入れたそうです。


木材も紀州から海路で運んだのですが、18槽で送り出して、途中で10槽沈んでしまったそうです。
なので現地の学芸員の方に話を聞くと、建物の表側は節がないけど、裏に回るとけっこう節があるそうです。
本当は節の多い木は使いたくなかったのだろうけど、沈没しちゃって材料が足りないということで、仕方なく使った面もあるそうです。


伊達家の家来の部屋なのですが、絵に意味があります。
鷹が鷺を仕留めています。「詐欺をするなと。」
鴨。「カモになるな。」
雉の鳴いている絵があります。「雉も鳴かずば撃たれまい。」
そしてウサギが二羽。「二頭を追うものは一頭も得ず。」


伊達の文化には深い物語があるので、もっともっと深掘りして考えることで、文化を伝えてきた人たちの思いが感じられるのではと私は考えています。


いまですね。仙台の開城当時の街並みを再現しようと、VR映像を作っています。
昔の町並みは、ものとしては震災、戦災で仙台には何も残っていないんです。
その当時の姿をVR技術で再現しようというものです。


仙台城からの眺め、大手門、大橋、芭蕉の辻、陸奥国分寺、仙台駅などを製作中です。いずれも3月中には見られるようになると思います。
こちら現地にあるQRコードを読み込むと、スマホなどで見られるそうです。

伊達な歴史の新体験


そして伊達武将隊でも3月16日(土)、17日(日)23日(土)に町歩きのイベントを開催するそうです。
イベント詳細と申し込みは伊達武将隊のホームページから。


伊達な文化に魅力を感じている皆様方。これからもこの魅力を広めてまいりましょう。
ありがとうございます。


そして、冒頭にも登場した日本遺産認定記念、伊達な文化パネル展は2月15日まで市役所一階ギャラリーホールで開催しています。是非ともお立ち寄りください。

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今年もどんと焼きだよ。ただ。。。【窮屈バージョン】

どうもどうも。年が明けちゃったですね。ぼくんちでは延々と仕事してたり親族に不幸があったりパ○ュームの年越しライブ見に行ったりと、なんか正月らしくなかったなぁ〜。(なんか変なの挟まってるゾ)ってことで、とりあえず今年もどんと焼きの写真を撮りに行ってみようかな。


だけどなんか、今年は人の出が多いなぁ。
「あ!今日は3連休の最終日じゃん!」


まだまだ大崎八幡は遠いんだけどなぁ。。。行列になってきたぞ。


お!こちらはギューギューだけど、通りの向かいはガラガラ。で、お参りが終わって事務所に帰る人たちがいるなぁ。


やっとこ鳥居の端っこが見えてきたぞ。


角を曲がって。。。すっごい人。


前進しません。これは階段でひっくり返っちゃいけないから、階段を登るタイミングを係りの人がコントロールしてんだね。


空が青いな。これは日暮れの直後に現れる「マジックアワー」ってやつだね。


もう動けないです。隙間からドーナツ屋さんが見えました。


マヨたこ屋さんも見えます。でも動けないです。


お。買い物中。いちおう店の前は行き来できるように空けてあるんだよ。


隙間から見えたもの。毎年ギリギリ2部に落ちないベガルタの提灯ですね。これって縁起がいいんじゃない?


隙間から見えたもの。右下の人が使っているのはGoProだね。時代だね。


隙間から見えたもの。さっきのマヨたこ食べてる。いいなぁ。


端っこは、裸参りの人に空けてあるんだね。


へへ〜。新しいレンズを買いまして。50mmの単焦点レンズだよ。光が綺麗だなぁ。


隙間から見えたもの。四谷用水ですね。


列の端っこにやってきて、裸参りの写真です。


まだ青空が綺麗だね。


おおお!ケムリが見えてきたぞ。


どんと焼きの会場が見えてきました。


いきなりホイってダルマ投げてるとこに出会った。


燃えてるねぇ。


じゃぁ。僕も持ってきた松飾り、熊手とダルマを。。。


ホイって。この時いつも、投げてから「財布ここにあるな」って確認する小市民。


もうね。狭くて狭くて。
カメラが狙ってた人は、このファーのついたジャケットの人の後ろ。


振りかぶって。


えい。


や〜!


もうギュウギュウで、写真撮るのも大変です。


こちらの火。4時ぐらいに点火式があるっていうから、こんどは見に来ようかな。


裸参りの人たちがまたやってきました。今年は雪が降ってなくて良かったですね。


そしてここでもGoPro


お。目の前で投げるよ。


びよ〜ん。


あれれ。。。


ずいぶん遠くまで飛んだなぁ。


お向かいの光は、テレビカメラのための補助光です。
だから煙が綺麗に見えるね。


このあたりから。なんとなくカット写真撮ってたんだけど。


よく見ると、あちこちから袋が投げ入れられているね。


せいの。


ホイッ!


光が綺麗だなぁ。


裸参りの人も。


ホイ!


と投げ込む。


銀行さんですね。


この火と煙に当たると、お清めになり無病息災になるとか。


まぁ。こういう伝統が息づいているって、それだけでいいじゃないですか。


燃える。


燃えてます。


こちら。よく見ると目を塗っていないものがある。あとなんで鏡餅が混じってんだ??


ま。細かいことは抜きにしよう。


さて、ギュウギュウの行列は本殿へ。


新年のご挨拶。良い年でありますように。


達磨を買いました。仙台の松川だるまは青い色も塗られてて、そして鼻が高い。カッコいいのです。


お神籤を引きました。吉です。
商売も相場も上下だって。こりゃ〜米中の貿易戦争のことだな。手を打てって言われてもなぁ。。。


さて、相変わらずギュウギュウです。東北大学の裸参りに外国の方。


ほかにも結構な数の外国語が聞こえたけど、楽しそうでした。


さて、帰ろうかね。


そしたら裸参り保存会の方達がやってきたね。


今日は隙間からの取材でした。
なんせ物凄い人の出で、いつもより早く道路が混雑したのだそうな。


そんななか、お醤油屋さんの店先で売っている甘酒を買おうかなぁ〜ってフラフラ近寄ってったら、またもや裸参りの方が来たのでパっとカメラを向けてシャッター切ったんだけど、知ってる方でたちでしたね。じゃね〜。

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