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もはや伝説!東京スリバチ学会と行く「仙台の秘境・竜の口渓谷の源流を探る!(リベンジ編)」

毎度々々ですね。東京スリバチ学会から皆川先生がやってきました。やってきて「なにをする?」リベンジですよ。憶えてます?「仙台の大秘境!竜の口渓谷をガチで歩くhttps://www.tamaki3.jp/blog/?p=23740」にて、台風で途中撤退を余儀なくされたあの悔しさ。なので水の少ない冬季に「リベンジだ!」

ってんで、集合場所の東西線八木山駅に向かってますが。。。雪ですね。

え〜。雪ですけどね。とりあえずてっぺん広場まで。。。


デッキの上は滑りますのでご注意ください。
「これって、デッキのせいではないんじゃない?」

まじかよ!雪でデッキのスベスベが倍増されてる!

まぁ、出発前に記念写真でも撮りましょう。
これが3月31日???って絵面だよなぁ。

とりあえず、本日も安全第一で行きましょう。あくまで自己責任です。今日はなにが起きても保証はありませんが保険はかかってます。なんなんだ。

では出発だよ〜。
雪ですね。雪ですね。台風のリベンジで雪ですね。

そしてここが入り口。。。。もうほとんどアッチの世界とこっちの世界を繋ぐゲートのよう。。。これを入るんですか。

ここは株式会社紅久の所有地を通りますので、今回は許可を取ってありますが、基本通れません。

そして、足元が滑りますので屈強な男性!足場を踏み固めてください。ヒョエ〜。

ガンガン降るぞ。降る降る。

なんか大変なことになってる人たちの図

うわぁ〜!!!とうとうロープまで出てきたぞ!

そして。。。前にここきたときはスターウォーズだって言った東西線の陸橋は。。。雪景色でもう、帝国の逆襲だな。

途中、チョロっと土手の崩れたところが見えまして、これが広瀬川凝灰岩の露出した場所だそうです。おおよそ350万年前の大規模火砕流が一帯に7メートルも堆積しているそうです。

ちなみにこのクジラ坂は、前にも書きましたが東北大学の院生がクジラの化石を発見し、この坂をブルドーザーで引っ張り上げたんだって。すごい歴史。

これが広瀬川凝灰岩の層。村田のあたりにあったカルデラがおおよそ350万年前に噴火し、ここまで火砕流が押し寄せ、7メートルも堆積したって。
点々と見える黒いものは、蒸し焼きになった樹々なんだって。

そのクジラ坂の下は。。。もう異世界。今日は3月31日だよねぇ。。。はぁ。。もうずいぶん前のような気がする。

黙り込む一行。いったいここは、どこなんだ?って感じ。

さぁ登るぞ登るぞ!

崖の中腹に見えるものは!

大火砕流に飲まれて焼け残った部分です。

火砕流に飲み込まれた木の、根っこ部分でした。

内山先生がびしょびしょですね。木の上の雪が溶けて、ボタボタ降ってきてるんですよ。

こちら。普段は水が流れていない谷だそうです。今日は雪が溶けてドボドボ濁流が流れてきている。(ってことは、ここ危ねぇんでない?by心の中の妖精さん)
上の方は朝鮮学校のあたりだそうです。今どこにいるのかなんとなくわかったような。

この谷間は、蛇行していた古竜ノ口川が滝で広瀬川(河川の争奪)に落ちるようになり水の流速が上がったせいで、どんどん谷が深くなったそうな。3万年でこの谷が出来たってことなので、さっきの小さな流れも時が経つと谷になるのでしょう。

川の中には炭化した落ちてますね。火砕流で一気に炭化したものは炭に。ゆっくり炭化したものは亜炭になったそうです。


先生これは?
専門じゃないのでわかりません。

崖にも炭化した樹々が見えますね。

お。ふきのとう。春なのにねぇ。

だのに雪。

崖は風化してますね。ボロボロ。

崖の上の方に、埋もれた樹々が見えますね。

なんか凄いことになってます。

異世界からどんどん人が帰って来ます。

そしてやって来ました。ここは10年以上前に閉鎖されたアスレチック場の跡。青葉山ジャルダンの残骸です。

崖がかなりヤバい感じですね。

なんか凄いですね。今日は氷河期間氷期の遺跡に昭和の遺跡。

そして、とうとう竜の口渓谷を脱出したぞ!

つぐから次へと生還する人々。なんか場所が場所だけに、亡霊とか落武者とか増えていそう。

とうとう歩ききりました。リベンジというより、返り討ちに合いそうな辛くも勝利といった感じです。

ゴルフの打ちっ放し場の脇から、新しくできた寮の脇を抜け。とうとう文明社会に帰って来た!

ちょっと今回のリベンジ編は凄かったですね。まさかの年度末大雪。伝説の竜の口渓谷歩きでした。このあと皆川先生は午後も広瀬川歩きのイベントがあるそうで、ご苦労様です。

そして青葉山フットパスの会、内山先生。ありがとうございました。
また機会がありましたらよろしくお願いします〜こんなに条件が厳しくない時にね。

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ご存知!四ツ谷フォーラム。今年はスリバチ学会も参加して、ますます魅力アップです。

毎年この時期になると、気になってきますね。四ツ谷用水フォーラムです。
平成28年には、とうとう四ツ谷用水も土木学会の選奨土木遺産に認定されまして、ますます注目を集める存在になりました。
かつて仙台の街を潤した四ツ谷用水。フォーラムは年に一回集まって、登壇者の公演含めてワイワイガヤガヤと語り合う場です。
ちなみに今年は、東京スリバチ学会から皆川先生もやってきます。
とりあえず今回も100枚越えなので、さっさと話を進めましょう〜♪


はじめに登壇くださるのは、いつもお世話になってます。仙台・水の文化史研究会の柴田会長です。


青葉城の天守台からの眺めです。
この風景が伊達政宗が開府した1601年の城下の範囲となります。



そして28年後の1629年。伊達政宗は城下の拡張と川下の農業用水の増加を考え、広瀬川の上流から水をひくことにします。


仙台の地下構造が地下水をためやすい地形地盤であったことが、開府に当たってこの場所を選んだ決め手になっていると考えます。


四ツ谷用水の諸元です。
郷六から梅田川まで総延長は7.6キロ。取水堰口は海抜63.54メートル。梅田川側は34.96メートルなので、落差28.58メートルです。
平均勾配は3.8パーミル。10メートルで3.8センチ下る、精巧な工事だと思います。


四ツ谷用水の名前の元になった、四つの沢を渡ります。
針金沢、聖沢、鶏沢、へくり沢。この4カ所をもって四ツ谷用水になります。


ここは放山の西側になります。明治41年の4月の豪雨の後に地滑りを起こし、山が大崩落します。その際に生じたのが放山。(だから48号は少し盛り上がってたのか!)地山との間に四ツ谷用水は流れていますが、写真のようにコンクリートで蓋がされています。


聖沢を掛通で横断したあと、ただちに四ツ谷用水は隧道に入ります。
ここは藩政時代の工事のあと、ノミの跡が残っています。


大崎八幡の太鼓橋の下です。検証はしないといけないのですが、石垣は往時のものかと思います。


へくり沢の掛樋構造です。へくり沢にはけっこうな水量が流れています。
そこから約10メートルほど下流で第一支流に分岐します。
第4代藩主綱村が作った御飼鳥屋敷に水を引き込んだ。これが第一支流の元になっています。


東北大学附属病院の北西角、林宅寺前を通って、北六番丁通りに出ます。木町通交差点で第2支流、通町交差点で第3支流が分水され、浄化を隈なく流れ下りました。


通町より下流は「桜川」と呼ばれ梅田川に合流しました。地元の人は自然河川だと思っていたそうです。


明治元年の絵図です。
四ツ谷用水の橋が描かれています。通町の橋。宮町の橋。清水小路の滝。かように水の豊かな街として描かれています。


もともとは、屋敷林に覆われた、豊かな緑が広がった町でした。
それが現在は都市政策によって、なんとか街路に緑が残っているという状況です。


我々は、水の環境全体を考えて、水の流れを形として作り上げていくことを、四ツ谷用水から学んでいる、それはとても大事なことだと感じます。
これを市民の我々が理解して、どうしたらこのような環境を作り出せるかを考える、非常に重要な時期に来ていると思います。


土木学会選奨土木遺産認定プレートが郷六の取水堰のところ。そして太鼓橋の脇に設置されています。是非現場を訪ねていただけたらと思います。


続きまして、東京スリバチ学会の皆川会長さんです。
スリバチってなんのことかな?怪しい奴が出てきたと思われるでしょう。(すでに会場大ウケ)
私は水と地形に興味があるということで、四ツ谷用水の希少性とか価値を他事例とともに紹介しようと思います。


カシミール3Dってソフトで描いた仙台です。
仙台は右側の青い部分より上の台地の上にあります。
伊達政宗が自然の地形をうまく生かしながら作った町なんです。


私たち学会はスリバチ状の地形を観察しています。
私は地理地学の専門じゃないもので、繰り広げられる文化の方に興味があります。


四ツ谷用水のポテンシャルを見直そうということで、都市と水の関係を紹介します。


仙台の市街地は河川中流域にあります。
海沿いはほとんど海抜10メートルに満たない低い地です。
河川の中流域に作ったというのが特徴的です。
市街地は微妙な傾斜があり、北西域が高く、南東が低いのです。


仙台駅から市役所方面に働きにいく人は、少し足取りが重くなりますね。
これは疲れているのではなく、1%ぐらいの緩やかな傾斜のせいなんです。
帰りが足取りが軽いのは、坂を下りているからなんです。


河川中流域に近世の城下町が開かれるというのは非常に珍しい。
近世の物流の主役は船ですから、だいたい港に近い海沿いに作られるのです。
仙台の海沿いは慶長の津波のようにたびたび災害に襲われているのです。
政宗公はそのことを知っていたのだと思います。

四ツ谷用水はこの台地の高いところを流れていました。
勾配を持っていた台地だから、自然流下で城下町に分流できた。
等高線に沿うように、セクシーな曲線、自然に沿う曲線を描いているのだと思います。


仙台平野には愛宕堰から六郷掘、七郷掘が伸びています。
こういった用水ができて平野を潤していた。まさに仙台の城下町の発展は地形と水が育んだものだと思います。


いまでも開渠で水路が見えます。こういった水のネットワークがあるのが仙台の魅力です。


他の都市の紹介です。
近代に開かれた街としては、安積疏水で開かれた郡山があります。
地図の緑色の部分は水がなかったので、なかなか人が住む場所ではなかったのです。
畑や水田を作って細々と暮らしていた地域です。


当時のオランダ人技師のファン・ドールンの図面です。
奥州山脈を越えたとこに大きな水瓶があるので、これを持ってきたらどうと。


カシミール3Dでの断面図です。
あいだに奥羽山脈があるので、全ての水は会津の方に流れているのです。


あるところでは自然の川を利用しながら、用水路は作られている。
そして地形を利用して網の目のように流しています。
ですので、郡山のコメの生産量は全国2位なんですよね。


すごいのは、奥羽山脈を隧道で越えた先。これだけの落差を一気に落ちるわけなんですよね。
これは近代の技術ならではなんだなと思います。
右には発電所もあります。エネルギーは利用しないと。
これだけ、都市の発展には水が大きく影響しますよということです。


東京の地形と水です。
左の茶色い部分は武蔵野台地で、右の青い部分は平地です。
目黒川や渋谷川が上流に向かうにつれ枝分かれし、その先端に湧水があります。これが東京のすごいところ。台地の途中に沢山の湧出スポットがあります。


湧水が見られるところとして、石神井公園、妙正寺公園、善福寺公園、井の頭公園、神代公園と、水の湧き出る池があり、川の源泉になっています。


神田上水の一番先に井の頭公園、善福寺公園がある。
自然の湧き出た水を使ってきたのが江戸の町の初期です。


ですがこの湧水だけでは足りなくなるので、新たに作られたのが多摩川用水、千川用水です。


取水口は江戸の町から40キロぐらい離れています。これぐらい離れないと綺麗な水が取水できなかったのです。


地形マニアとしては自慢したいところなのですが、渋谷の街はスリバチの谷の町で、渋谷川の水源は、すぐ近くにある新宿御苑や東京都心の明治神宮の清正の井だったり、東京の水を集めて流れているのですが、


この一番上。赤い線で描かれた多摩川用水の、高いところから渋谷川に水を落とすところ、こういうところが江戸の町のあちこちにあるのです。尾根筋をとおる用水の水を灌漑用水としてかなりの量を使ってました。


武蔵野台地はほとんど平らなのですが、こうして用水が川のように流れています。
まさに人間の動脈と静脈のように台地の生態系の用水ができていて、近世では人口100万を超える世界有数の町になるのです。
その水路を作れるポテンシャル。土地を読み切って作ることなのだなぁと思います。


明治の初期の地図には池が沢山記載されており、落差を使った滝があちこちにありました。
昭和の初め頃まで、用水路から落とした場所が沢山あり


水浴びをして楽しんでいる様子が描かれています。


目黒の千代が池の絵なのですが、段々の滝がある。こんな場所ないなとよくよく調べると、ここには三田用水という用水路があって、そこから引っ張ってきた滝でした。



こちら金沢の街です。
金沢城です。尾根沿いに辰巳用水があり、兼六園の水はこの辰巳用水の水が引っ張られています。


せせらぎが園内を巡ってます。


落差をうまく使って噴水があります。高低差を生かした、なかなか日本にはこういう発想はないのですが、粋ですね。


辰巳用水も途中で分水路を作って落としているところがありました。
滝になっていてなかなか迫力があります。


江戸時代の用水、屋敷の中に水を引っ張って、また用水に戻す。
こんな庭園が沢山あるのが金沢の町です。


京都の地形の水利用です。
京都の街は、中流域というより、ほとんど上流に近いとこにあります。


近畿の一番古い都は難波宮にありました。そこから藤原宮、平城京、長岡京、そして平安京へ落ち着きます。
なぜこんなに点々としなければいけなかったかというと、盆地で山に囲まれていると町のそばに自然の木があったから。当時はたき火のために木が必要だったのです。そして都市としての排水です。
古代の都市で致命的な欠点は、雨が降ってもなかなか乾燥しないこと。伝染病が発生してしまうのです。


平安京は地形的には非常に理にかなったところだったのです。鴨川の扇状地にあるので、地下水が豊富で水はけもいい。


京都の街を歩いてみると、お菓子屋さんにも
「うちのお菓子は地下水を使って作ってますよ」
と書いてあります。


うどん屋さんの看板ですが
「うちが美味しいのは地下水を使っているから」だよと。
しかも軟水(ミネラル分が少ない)なので、出汁によく合う。これがヨーロッパだと硬水なので煮物に合う。


平安京は東西方向に見ると。道路がぼこぼこしています。


地形マニアはこんな角度で街を見るんですね。
平安京は南北方向に12本の水路がありました。この凸凹は平安京の排水路の跡ではないのかなと思います。
そして近代になると京都の街に琵琶湖疏水を引きます。琵琶湖から引いてきた水は一旦北に向かいます。水路を北に持っていくってのは、高いところから水を流そうという思想があります。


ただ、経済的には海から離れている。
そのために大阪の淀川から水路を作って船を入れます。
人工の水路の高瀬川です。


人工の水路の良いところは、水量を完全にコントロールすることができるので、水に近づくことができます。
水辺で安心して食事ができるのも、水路ならではの風景ではないかなと思います。


四ツ谷用水のポテンシャルを考えてみようかと思います。


四ツ谷用水は今でも現役なんです。
政宗公は仙台に入る前に岩出山で町を潤す実験的な試みをしていたのです。


水は洪水を起こすこともあるけど、動力源として活用することもできるのです。
写真は仙台平野ですが、水辺に近く暮らしていた。原風景として、こういう風景があちこちにあったのです。


高瀬川でも、あんなに水に近い暮らしができてしまう。
四ツ谷用水との付き合い方を、ぜひぜひこの会を使って、水への関心を深めてもらえればと思います。


私もスリバチ本を書かせてもらってますが、(2)で仙台のことを取り上げさせてもらってます。


スリバチで検索してもらうとこんな本が出てきますので、参考にいろんな都市を楽しんで、水のことを妄想してもらうといいのかなと思います。
ご静聴ありがとうございました。パチパチパチ〜。


かなり熱い講義でした。
スリバチ地形と用水?谷地と台地の話ってなんだろうと思いましたら、武蔵野台地繋がりでしたね。
そして休憩の間に、会場の皆さんの質問の整理です。


続きまして、話題提供として東北文化学園大学の八十川淳先生です。


こちら、八十川先生の「四ツ谷用水での活動提案〜現在の姿を楽しむことからはじめよう!〜」ということで、藩政時代からのお話に続いて「挙句にゴミ捨て場と化して見捨てられた場所もあります」と書いてあります。。。なんでしょうね。
そして終盤にある「パブリックヒストリー」という言葉に、なんだか惹かれます。


四ツ谷用水に関しては、佐藤昭典先生が本を書かれていますし、そのほかに多くの書籍があります。
これからさき、四ツ谷用水での活動を考えるとき、まずは工業用水の鑑賞から必要ではないか。


鑑賞の環境づくりという観点で検証しましょう。まずは取水堰を見に行きますと、鍵がかけてあり、自由には入れません。
私は市民の方々を取水堰にご案内する機会が多いのですね。その際に、おおむね3回に一回ぐらい、職員の方に開けてもらえますが、基本は入れません。
これってみんなが親しめる環境とは言えないですね。


取水堰を鑑賞できるポイントも存在しません。
また、パブリックフットパスという観点でみてもどうでしょうか?
「地域を理解するためには、人の土地は通れるのだ」という考えです。
〜そういえば、イギリスでは人の土地は通り抜けるだけなら許可はいらないのでしたね。もっとも大半の土地が大地主のものだった気もしますが。


一方で、こちらは、へくり沢にある案内板です。
かつての沢の経路の要所に、合計8枚掲示されています。緩やかなパブリックフットパスの実現にも思えます。


そして、四ツ谷用水というと、散策を誘うような看板は限られるらしく。。。たとえば第2隧道と第3隧道のあいだにあるそうですが、、、


それがこれ。。。。


こちらは八幡町の裏の四ツ谷用水。私は犬の散歩で通るけど、ここをみんなで通るというのは、よほどマニアックなセンスの方以外には不向きでしょう。
人の丈ぐらいの雑草が生い茂る場所です。


こちらは取水堰付近の散策経路ですが、その際、車道横断が危険なのです。
ここは車の往来を確認してくれるスタッフがいないと、絶対に渡れません。つまり自由気ままに散策できる環境ではありません。


そして荒れた水路。これはなんとかメモリアルとして清掃することが出来ないのかなぁ。


一方、こちらは第3隧道出口の穴。


そこに、ゴミが投げ入れられています。しかもフェンスがあって、入れません。
これらの状態は、四ツ谷用水復活を求める市民の気持ちや愛情が、景色ににじみ出ているとは、とても言えません。
以上、現状を示す画像から考えると、まず現在の四ツ谷用水の鑑賞環境づくりのために、やるべきことが山積しているといえましょう。


つづいて、工業用水時代の四ツ谷用水の、意外な面白さについて。工業用水の四ツ谷用水は、実は、いまでも魚がいっぱいなのです。


取水ぜきの形状も昔とずいぶん違うそうです。
昔はオープンでしたね。いまは柵ができています。スクリーンもあって大きなゴミが入らないようにできていたりするんだけど。


そのスクリーンの先に、いっぱい魚が、泳いでいます。


四ツ谷用水は工業用水として大梶の管理事務所のところまで流れてきます。
ここに、今も魚が来ているそうです。水をためる施設がありますが、そこには広瀬川から来た魚がすみついています。ヤマメとか。数年前には、大きなウナギも獲れたとか。カニもいたとか。びっくりですね。


そして昔の図面です。かなり古びたものです。
四ツ谷用水の資料というのは、まとめて保管してはいないのです。


これらが無造作に図面の山に積まれていて。。。これも放っておいていいのかなって、思えてきます。


三居沢の水力発電所には記念館があるけど、四ツ谷用水には資料の拠り所がないんですよね。
これもどうにかしないと。


話題を変えて他の事例を紹介しましょう。静岡県の三島市の源兵衛川です。
新幹線の駅前に庭園があって、その庭園の池や街の水路で、7年にいっぺんぐらい、水があちこちから湧き出すそうです。


新幹線を降りてすぐにこんな光景が広がってます。


看板までの飛び石も、水が多いと渡れないぐらいだなぁ。


トンネルの向こうにはお店がある。
いい眺めだなぁ。


この光景を作った人たちがいて、グラウンドワーク三島という団体だそうです。


よく川を清掃しているおじいさん。
このおじいさんが映ってたのは、Googleでした。
このおじさんにしてみると、川は公共なのか?庭なのか?わかんないですね。もはや、このおじさん自身も、風景の一部になっています。


そんな源兵衛川ですが、これは昭和55年の頃の源兵衛川。一時期はこんな荒れた様子でした。
そこでグラウンドワーク三島の人たちは、最初の3年ぐらい、「パブリックヒストリー」づくりに専念したそうです。三島の水の豊かな原風景を知る旧住民と、知らない新住民が、共通の未来像をイメージできることが、水辺づくりの肝になると考えたようですね。


3年間で360回ぐらい勉強会や展示をしたそうです。3日に1回の頻度ですね。
商工会議所や様々な地元団体と一緒になって、議論や展示を行って、三島の目指すまちづくりの共通イメージを模索したのです。その結果、写真のような整備を行うことで、市民の合意形成が生まれたとのことでした。われわれ仙台でも四ツ谷用水の「パブリックヒストリー」づくりをいかに展開するかが大切ですね。


では、質疑応答の時間。


会場の皆さんから集まった意見を、本日登壇の先生方に聞いてみます。


四ツ谷用水の水利権についてはどうなっているのでしょう?
結論から言ってしまうと、仙台市は水利権を持っていません。


都市生活の近代化に伴い、かつての水文化、四ツ谷用水の管理の姿勢というものがなくなり水路の一元管理ができなくなったため、水利権は組合から市へ移管。そして、田んぼなども減ったために水が必要とされなくなり市から県へ移譲。そしていま、県が水利権を持っているのでした。


付け加えると、意外な発見がありました。
仙台市は平成12年、案外最近まで水利権は持っていたのでした。


水利権というのは、手放してしまうと何も言えなくなるのでは?という懸念が生まれますが、例えば六郷堀、七郷堀に水を通そうとなった時に仙台市もはいって話し合いに参加したことがありました。なので、水利権がないとなにも言えないというわけでもないのです。


県には、工業用水を管理する権限はあるんですが、四ツ谷用水を再生する権限はないんです。そのことをしっかり理解して、四ツ谷用水の流れを再生したいということを理解し、要求する先をどうするか、自分たち市民が責任持って作らねばならないと考えています。



市は四ツ谷用水の重要性というものを強く認識しています。そのために、こうやってフォーラムも開催して活発に活動しているのです。それは我々が、昔あった施設の成果で今の暮らしがあるってことを後世にしっかり伝えていかなきゃいけないんです。そして、そう言った活動は市民が主体となって進めなければいけない段階にあると思うのです。


ここで私の本業でヒントを出すと、東京であちこちで活発に再開発が起きているのは、あれは特区制度と言って公共利益になることをすると企業にボーナスが出ますよというものです。たとえば地下鉄の出口を作ると建物の容積率を広げますよと。
そうすると企業もお金を出して社会貢献事業をやろうというきっかけになる。
きっとやり方はあるんですよね。


それでは、予定の時間もきましたので、フォーラムを終了しようと思います。皆さまありがとうございました。


パチパチパチ〜。
大盛況でしたね。


そしてご案内です。
「たまきさんサロン」では、四ツ谷用水関連のパネル展を開催しています。


こちら2月15日まで開催です。


四ツ谷用水がよーくわかるパネル展示。是非とも遊びにきてくださいね。

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歴史講座「政宗公が育んだ“伊達”な文化」を取材してきましたよ。

本日の取材は仙台市役所1階にある市民ギャラリーホールです。
「政宗公が育んだ“伊達”な文化」が日本遺産に登録されたということで、2月15日までパネル展が開催されています。
その展示イベントの一環として、伊達武将隊から支倉常長様に登壇いただき歴史講座「伊達政宗公は何を思って伊達な文化を育んだのか」をレポートしますね。

とはいえ、支倉様はこれに限らず定期的に歴史講座を開催されているとか。
伊達武将隊の皆さん活躍しているなぁ〜。人気あるし。よいことです。



セニュールセニュール、ボンジョールノ〜。
平成が終わりますね。もう新しい年号に準備しないとなというとこですが、400年前は結構頻繁に年号を変えていたそうです。
私、支倉常長が生まれた元亀も4年で変わってしまってます。(元亀2年生まれ)戦争や地震など、何か良くない出来事があると元号が変わったのです。
〜〜〜そう考えると、いまは天皇家一代につき一つの元号だけど、平成はいっぱいあったからなぁ。。。


常長様を含めて伊達武将隊の皆様は仙台城を拠点に杜の都仙台を伝えるため日夜おもてなし活動をされいるのです。その支倉様の懐から出てきたのは、ご自身の紹介のための巻物だです。。。。そういえば、ぼくがキューバに行った時もハバナに支倉様の像があったなぁ。セビリアにもあった。どこまでも世界に出て行った人なんですね。


そもそも日本遺産ってなんなんでしょう?
文化財ってのは連綿と受け継がれてきた地域の宝を保護するために、文化庁が指定をするんですね。
甲冑や刀とか、お城(史跡)も民俗芸能(無形文化財)も文化財として指定されます。一回指定されると改修や修繕などが容易にはできないです。これは守っていくってためには大切なことなんです。


ところが今、海外からもたくさんの観光客がやってきていますし、地方でも観光資源の大事さが考えられています。こういうご時世なら、文化財を守っていくだけでなく「守りながら活用していくことが大事なんじゃないか?」と多くの人が考えるようになったので生まれたのが、日本遺産です。
いままで個々に守ってきた文化財をつなげてストーリーを持たせ、認定することでたくさんのお客様に振り向いてもらう、点で存在していた文化財を面として価値を持たせようというのが日本遺産です。


さて、では「政宗公が育んだ“伊達”な文化」に登録されている文化財の一部を見ていきますと、支倉常長様の肖像画は、おお!国宝・ユネスコ世界遺産ですね。そして「たいへん。。。家来としては心苦しいですが」と仰ってましたが、政宗様の甲冑は国の重要文化財ですか。。。まぁ中身は入ってないですしね。


これら、国宝だったり文化財だったり、国が指定したり市が指定したりとバラバラですよね。今回「伊達な文化」とされたものには「七夕祭り」「青葉まつり」何の指定のないものもあります。だけどこれらも、「伊達な文化」として登録されています。


今回の日本遺産の構成要素には、4つの市町「仙台市・塩竈市・多賀城市・松島市」に渡っています。


全部で50個登録されています。
日本遺産ポータルサイト(伊達な文化ページ)
この他に塩竈の“勝画楼”が追加認定されたのですが、まだ公開できていないということです。いまはまだHPに載ってません。


こちら政宗のストーリーです。ストーリーだけ読んでも“これが伊達文化なんだ”とわかる喜びや良さなどが伝わりにくいかなと支倉様は感じたそうです。


軍人としてではなく、文化人として大きく取り上げられています。
ただ、仙台は政宗様以前から土地に根付いた文化があって、そこに政宗様が都を開いたので華開いたのではないかと。


例えば鹿踊り。愛媛県宇和島にも伊達に所縁の地があるんですが、ここにも鹿踊りが伝わってます。
東北から伝統のエッセンスが伝わっていたんですね。
ちなみにここにあります国際性というのは(自分を指差して)私のことですね。


つづいて、ずばり、政宗公は天下を取りたかったのか?
ここに出てきます木村右衛門とは、政宗様の小姓(ご用をされていた)方で、のちに覚書を残しています。
「一度天下に旗を揚げずして悔しき次第也」
と残されていますが、これは読みようによっては語ったのが誰とでもとれてしまう。また実際にどの程度「悔しき」なのかもわからないということ。
一方で、奥州の覇者としてはどうだったのか。
ヨーロッパに残る書面では、「はつははうろ」とはこれ、「は」を「パ」に直しますと「パッパパウロ」ローマ法王のことですね。
ローマ法王に、自分を「奥州之屋形」と紹介してます。屋形=君主。つまり奥州の王であると。


政宗様は、慶長13年に松平姓と陸奥守の官職を与えられ、のちに上位の権中納言を得ても、奥州守を使い続けます。
さらに面白いのは、海外では松平姓(徳川の一家)を使わなかったこと。海外では奥州王なのです。


ちなみに政宗様の奥様は、坂上田村麻呂の末裔の田村家からきています。
政宗様は田村家の姫「愛姫」にとても礼を尽くして接したと記録に残っています。


なので、仙台開府の際にはいち早く坂上田村麻呂の創建した五大堂を再建したり、縁のある大崎八幡宮を建立したりしました。


おまけ
先ほどの支倉様が、おもてなしの時に使っている巻物のアップ


仙台開府への思い
「入りそめて国ゆたかなるみきり とや
千代とかきらし せんたいの まつ」
新しい国に入るにあたって、これからこの国が豊かになるように。
千代とは限らないよ、千代というのは限りがある。永遠の都を作るという思いで、仙台とした。


こちらは仙臺橋の欄干のギボシです。慶長6年に作られて、10年ぐらいで洪水で流されてしまったものが、大正の頃に河原町の畑で見つかったそうです。
千代って書かれていた「せんだい」の町を、仙臺と改名したそうです。


こちら漢詩です。
ここに「仙臺初見五城楼」の文字があり、仙臺をもらったのではないかと。


仙台の古地図を見ると、櫓が5つある。
漢詩を現実の形として再現しているのです。


仙台城。本丸です。
名古屋ではね、本丸御殿が再建されたじゃないですか。「羨ましいなぁ〜」名古屋は戦災で焼けたので、直前までかなりの実測がされていました。
仙台城は、明治に壊されたので詳細は良くわからないのです。


本丸の跡。間取りはこのままですが、歩いてみるとさほど大きく感じない。
そこで、広間の手前に私が座って、上段の間のあたりにお客さんに座ってもらい。
私が「政宗様、ヨーロッパから帰ってまいりました」
と声をかけると。
お客さん「大義であった」
って、殿様ごっこをすると、大きいのがよくわかるんです。


こちら最初のお抱え絵師狩野左京による襖絵で、切り取ったものが松島町にあります。
鳳凰の絵なんですけどね。派手なのがオスで地味なのがメス。


足でもね。蹴爪のあるのがオスだそうです。
ただ、伝説の鳥である鳳凰に蹴爪があるのかって聞かれると微妙ですけどね。
これは誰も捕まえたことがないのでわからないということで。


もうひとつ、建築物としては松島町の瑞巌寺があります。
これも政宗様が創建時に厳命しています。
菩提のお寺を開くので、働くものに存分に給金を与えよ。
そして地面に落ちた釘鎹は、勿体無いなど言わず新しくしろと、念には念を入れたそうです。


木材も紀州から海路で運んだのですが、18槽で送り出して、途中で10槽沈んでしまったそうです。
なので現地の学芸員の方に話を聞くと、建物の表側は節がないけど、裏に回るとけっこう節があるそうです。
本当は節の多い木は使いたくなかったのだろうけど、沈没しちゃって材料が足りないということで、仕方なく使った面もあるそうです。


伊達家の家来の部屋なのですが、絵に意味があります。
鷹が鷺を仕留めています。「詐欺をするなと。」
鴨。「カモになるな。」
雉の鳴いている絵があります。「雉も鳴かずば撃たれまい。」
そしてウサギが二羽。「二頭を追うものは一頭も得ず。」


伊達の文化には深い物語があるので、もっともっと深掘りして考えることで、文化を伝えてきた人たちの思いが感じられるのではと私は考えています。


いまですね。仙台の開城当時の街並みを再現しようと、VR映像を作っています。
昔の町並みは、ものとしては震災、戦災で仙台には何も残っていないんです。
その当時の姿をVR技術で再現しようというものです。


仙台城からの眺め、大手門、大橋、芭蕉の辻、陸奥国分寺、仙台駅などを製作中です。いずれも3月中には見られるようになると思います。
こちら現地にあるQRコードを読み込むと、スマホなどで見られるそうです。

伊達な歴史の新体験


そして伊達武将隊でも3月16日(土)、17日(日)23日(土)に町歩きのイベントを開催するそうです。
イベント詳細と申し込みは伊達武将隊のホームページから。


伊達な文化に魅力を感じている皆様方。これからもこの魅力を広めてまいりましょう。
ありがとうございます。


そして、冒頭にも登場した日本遺産認定記念、伊達な文化パネル展は2月15日まで市役所一階ギャラリーホールで開催しています。是非ともお立ち寄りください。

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今年もどんと焼きだよ。ただ。。。【窮屈バージョン】

どうもどうも。年が明けちゃったですね。ぼくんちでは延々と仕事してたり親族に不幸があったりパ○ュームの年越しライブ見に行ったりと、なんか正月らしくなかったなぁ〜。(なんか変なの挟まってるゾ)ってことで、とりあえず今年もどんと焼きの写真を撮りに行ってみようかな。


だけどなんか、今年は人の出が多いなぁ。
「あ!今日は3連休の最終日じゃん!」


まだまだ大崎八幡は遠いんだけどなぁ。。。行列になってきたぞ。


お!こちらはギューギューだけど、通りの向かいはガラガラ。で、お参りが終わって事務所に帰る人たちがいるなぁ。


やっとこ鳥居の端っこが見えてきたぞ。


角を曲がって。。。すっごい人。


前進しません。これは階段でひっくり返っちゃいけないから、階段を登るタイミングを係りの人がコントロールしてんだね。


空が青いな。これは日暮れの直後に現れる「マジックアワー」ってやつだね。


もう動けないです。隙間からドーナツ屋さんが見えました。


マヨたこ屋さんも見えます。でも動けないです。


お。買い物中。いちおう店の前は行き来できるように空けてあるんだよ。


隙間から見えたもの。毎年ギリギリ2部に落ちないベガルタの提灯ですね。これって縁起がいいんじゃない?


隙間から見えたもの。右下の人が使っているのはGoProだね。時代だね。


隙間から見えたもの。さっきのマヨたこ食べてる。いいなぁ。


端っこは、裸参りの人に空けてあるんだね。


へへ〜。新しいレンズを買いまして。50mmの単焦点レンズだよ。光が綺麗だなぁ。


隙間から見えたもの。四谷用水ですね。


列の端っこにやってきて、裸参りの写真です。


まだ青空が綺麗だね。


おおお!ケムリが見えてきたぞ。


どんと焼きの会場が見えてきました。


いきなりホイってダルマ投げてるとこに出会った。


燃えてるねぇ。


じゃぁ。僕も持ってきた松飾り、熊手とダルマを。。。


ホイって。この時いつも、投げてから「財布ここにあるな」って確認する小市民。


もうね。狭くて狭くて。
カメラが狙ってた人は、このファーのついたジャケットの人の後ろ。


振りかぶって。


えい。


や〜!


もうギュウギュウで、写真撮るのも大変です。


こちらの火。4時ぐらいに点火式があるっていうから、こんどは見に来ようかな。


裸参りの人たちがまたやってきました。今年は雪が降ってなくて良かったですね。


そしてここでもGoPro


お。目の前で投げるよ。


びよ〜ん。


あれれ。。。


ずいぶん遠くまで飛んだなぁ。


お向かいの光は、テレビカメラのための補助光です。
だから煙が綺麗に見えるね。


このあたりから。なんとなくカット写真撮ってたんだけど。


よく見ると、あちこちから袋が投げ入れられているね。


せいの。


ホイッ!


光が綺麗だなぁ。


裸参りの人も。


ホイ!


と投げ込む。


銀行さんですね。


この火と煙に当たると、お清めになり無病息災になるとか。


まぁ。こういう伝統が息づいているって、それだけでいいじゃないですか。


燃える。


燃えてます。


こちら。よく見ると目を塗っていないものがある。あとなんで鏡餅が混じってんだ??


ま。細かいことは抜きにしよう。


さて、ギュウギュウの行列は本殿へ。


新年のご挨拶。良い年でありますように。


達磨を買いました。仙台の松川だるまは青い色も塗られてて、そして鼻が高い。カッコいいのです。


お神籤を引きました。吉です。
商売も相場も上下だって。こりゃ〜米中の貿易戦争のことだな。手を打てって言われてもなぁ。。。


さて、相変わらずギュウギュウです。東北大学の裸参りに外国の方。


ほかにも結構な数の外国語が聞こえたけど、楽しそうでした。


さて、帰ろうかね。


そしたら裸参り保存会の方達がやってきたね。


今日は隙間からの取材でした。
なんせ物凄い人の出で、いつもより早く道路が混雑したのだそうな。


そんななか、お醤油屋さんの店先で売っている甘酒を買おうかなぁ〜ってフラフラ近寄ってったら、またもや裸参りの方が来たのでパっとカメラを向けてシャッター切ったんだけど、知ってる方でたちでしたね。じゃね〜。

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せんだいE-Action実行委員会の総会でした。参加企業同士の協働とか、いろいろ話してきましたよ。

せんだいE-Action実行委員会も今年の2回目の開催です。


せんだいE-Action実行委員会も今年の2回目の開催です。
「実行委員会もいまの形になって2回目なんですが、最初の年は決まったことを淡々とこなしてきた印象がありまして、今回は皆さんで協働して何かできないかを話してみたいと思います。」


来年度、そしてその先と、皆さんから出てきたアイデアが実行できれば、と思います。
それでは、


まずは上半期の活動報告と、下半期の予定を事務局から。


恒例イベントとして毎年継続している打ち水などの他に新たな事業にも取り組み3Eの普及に励んできました。
新たに行ったものでは、仙台市地球温暖化対策推進協議会時代から開催し、引き継ぎました事業者向けセミナーがあります。参加者へのアンケートでは
「今後の省エネ対策に活かせる」という回答が6割を超え、大変有意義なものでありました。
ほかに植樹イベントにイオンと連携する形でブース出展したのですが、多くの方に節電の大切さを知ってもらいました。


イベント当日は日産サティオさんに用意してもらったEVカーから給電し、日本デザイナー芸術学院さんが描いた絵をガラスエッジングで刻んでもらう体験イベントを開催して、大変な好評を得ました。
また、毎年開催している打ち水イベントですが、今年は猛暑というよりは酷暑のもとで開催し民放全局と新聞などからも取材をうけ、夏の風物詩として取り上げられました。


シンプルアンドスローライフの会の全面協力で実施しています緑のカーテン事業は、今年は小松島小学校(写真)、大沢小学校にて事業を実施し、緑のカーテンが校舎の4階に届くなど、みごとな育ち方をしました。特に大沢小学校は4年生の教室の目の前に植えることができたので、教室の中からヘチマの観察ができました。


E-Actionの活動もだいぶ根付いてきたかなという感じです。ですがこういった活動が得意な団体もあれば「ちょっとうちは、前に出て参加しづらいな」という業態の方もいらっしゃいますから、そこで協力できるようになればなと考えています。


また、上半期に事業が集中しているので、それは悪いものではないのですが秋や冬にできるものがあればなと、そのアイデアだしにも、この場を利用してもらえればなと思います。
日産サティオさんなんか、今年すごく参加率が高かったのですがいかがでしょう?



そうですね。いままでイベントにテレビや扇風機を持って行ってEVからの給電というデモンストレーションはしていたのですが、実際に他のブースに電力供給というのは初めてでありましたし、イベントでの給電の方式が、非常時においては補助電力として使えるとわかっていただけるのではないかと。今後も参加協力をしたいところです。


では。まずお知らせですが、各自治体の首長さんが温室効果ガスの削減に対しての誓約をして取り組んでいく、そのイベントが11月21日に開催されます。こんな動きがあるんだなと、知ってもらえるだけでも足を運んでもらえればと思います。


日本全体の環境団体で作っているグリーン連合というのがありまして、その団体で市民版環境白書『グリーンウォッチ』を作成しています。ちょっと皆さんに読んでいただければと、少し持参しました。


エネルギーの問題は今はとても大切な、最重要テーマのひとつで、パリ協定もかなり画期的なもののはずで、本来は加速しなきゃいけないときなのに、大国のいくつかが抜けてしまったりと残念な状態ですが、民間から少しでも協力できればというところで、実行委員会でも進めていければというとこです。


仙台市環境局です。身近なものとの共生。たとえば昨日もですが愛子の身近な住宅地に熊が出没したりとか、マスコミ発表すると「クマは危ないものだから、どうするのですか」とか大きく取り上げられます。でも月の輪熊というのはもともと人間を警戒して生きているものなので、里山と人間の暮らしが近づいている。非常に難しいものだなと。イノシシももともと丸森が北限だったのですが、徐々に北上して、仙台市近郊も山に行くと柵が多くなっていて、今は仙台が主戦場になっている。このさき、大崎などに侵入し住み着いてしまうと農作物に大きな被害が出てしまう。



例えば山を切り開いて太陽光パネルを設置するなんて問題もあります。太陽光発電のパネルはとても有意義なものなのですが、そのために生物の住環境に手を加えてしまうのは良くない。そう思うと、いろいろと考えていかなければいけないのだなと実感しています。
そういったところで、この実行委員会。環境教育のために民間と行政とが一緒になって協力する事例は、他の自治体などには類似するものがないんですよね。


宮町商店街です。
最初の頃から打ち水とライトダウンイベントで協力させていただいたのですが、ここのところ商店街のなかでも企画として緑のカーテンや子供たちを対象とした環境をテーマとしたイベントの開催とか話が持ち上がってきています。環境に対する意識が継続し根付いてきたのかと感じています。


宮城県中小企業団体中央会です。
中小企業の皆さんが同業などで会を作ったときに私共が協力させていただいています。例えば経費削減となると中小の企業経営では大切なものであり、省エネでは「ちょっとした行動、ちょっとした工夫」がお金という形で明確にわかります。



大きな企業だと省エネの専門部署があるのですが、中小は難しい。ですが中小は数の上では大切なキーになるので、目に見える効果へのきっかけ作りに私たちが活用されるよう働いています。



コンビニエンスストアのローソンです。
24時間年中無休と、環境に対してマイナスの要素と捉えられがちですが、会社の中で企画段階から省エネに関わらせていただいています。LED導入もすでに第3世代まですすみ電力消費が当初のまた1/3となっているということで、全国で随時入れ替えを進めています。家庭ごみ減量なども担当部署と取り組んでいるところでおり、仙台での個別の例では街のゴミ拾いなどにも協力させてもらってます。


実行委員会の中にコンビニの会社さんがいらっしゃるというのはとても大きいと感じています。
個々のお店ではルールがあるので動きにくいという側面がありますが、全体で省エネに動いているという部分では大きいのではないかと。他のコンビニさんも追従しなければいけなくなる環境を作っていらっしゃるというありがたい存在だと思います。


北洲です。
弊社では内覧会などで「うちエコ診断」を実施し、来場者への周知活動を行なっています。
そして、ちょっといいことがありまして、弊社の開発した製品が2018年のグッドデザイン賞を受賞しまして。塗り壁を使うことで日中の熱を吸熱し夜間に放出したり、朝の冷気を吸熱することで日中の冷却気を生み出す壁で、エネルギー消費を抑えることができます。
中古住宅でのリフォームでも断熱リフォームを進めています。そして、市民の方に知ってもらう場がE-Actionのイベントではないかと、継続して参加させていただいています。


ストップ温暖化センターでは「エコ釣り堀(環境にいいことを釣り上げる釣り堀)」など児童向けの環境教育ツールを開発し、貸し出しなどで協力させてもらってます。また、講座の場が必要な時などは職員の派遣も行っています。
また、エコチャレンジフェスタなども実施していますので、今日参加の皆様でも関心のある団体さんはぜひとも協力させていただければと思います。


「ダメだっちゃ温暖化」宮城県民会議フォーラムも来年1月12日にメディアテークで実施しますので、出展等に興味があるようであれば、ご連絡いただければと思います。
今回はWWFから講師を派遣してもらい生物多様性の講演も開催するので、興味を持っていただければと思います。


それと環境省が実施しています環境に関する国民運動「Cool Choice」の事務局を行なっていまして、この企画は、賛同を表明することで矢印ロゴマークの使用ができるようになり、企業の広報活動など多くの場所で「環境に意識を持つ企業」だと意思表明ができるようになります。

環境会議所東北では「みちのくEMS」という認証制度を扱っていまして、省エネに努めていることで各種助成などを受けることができます。
各種設備の設備投資なども、エネルギー節約などを診断することで、専門の枠から多くの補助が受けられるようになります。


それをPRに行きたいところですが、なかなか一団体だけでは周りきれないので、Melonさんや中央会さんなど、実行委員会メンバーのなかでも協力しあっています。


最後に補足ですが、グリーン購入に関してです。環境に配慮した商品に環境ラベルがついています。


よく見ると、この商品はどれぐらい二酸化炭素を排出しているのか?が、見えるようになっています。
グリーン購入に関しては、たとえば仙台市では環境に関する国際会議も開催されたことですし、E-Actionのなかで環境教育をもっと進められたらなと考えています。


あと、お最後におまけではありますが、たまきさんサイトが繋がる要素が多くなって、表示がだいぶ遅くなっていたんです。(これホント)それを今回システムの大改修を行いまして、一気に高速化しました。(ほお〜♡)綺麗にサイト負荷をなくす仕組みができましたので、E-Action実行委員会のメンバーの皆さんのバナーも設置しようということとなりました。相互リンクを張ることで、環境意識をもっともっと高めようという感じです。


ということで、実行員会。いろいろといっぱい書きましたが、今後とも連携&協働で省エネと環境負荷の低減、さらに生物環境の向上と、共生など。
引き続き取り組みましょう。
おしまい!

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せんだいE−Actionライトダウンイベント星空観察会が秋に開催したよ

こんにちは。
例年お盆前後に開催していました、せんだいE-Action実行委員会イベント「星空観察会」ですが。。。どうも夏真っ盛りの頃ってのが、ちょっと観察には天候不順。。。。が多いなぁ。
なので今年は10月初旬にしてみましたら、なんと2週連続で台風が襲来という。。。。さらに大変なことになってしまいましたが、ところがところが今日参加の皆さんの行いがいいのか、見事なぐらいに晴れましたね。


しかも、ちょっとありえないぐらい大気が安定してまして、木星が遠〜い南西の空ですが、低〜く低〜く。でもしっかり見えている。<<見えないって?真ん中の点です。180ミリレンズだとこんなもん。


低い位置に星が出ているときは、大気の層を通して見ることになるので、星がくっきりとはしないそうな。
だけど今日は、ほんっとうに、お空にチリも無く。そして揺らぎも無くて、よく見えている。こんな条件は滅多にないそうです。


だったら、木星があとちょっとで沈んでしまうので、今のうちに観察してしまいましょう。


真冬と違って寒くもないですしね。


逆に冬は、はるか高層のジェット気流が、ものすごい勢いで吹き続けるのでチラチラチラチラ瞬き続けるのだそうです。


だからお星様の絵を描くとき★☆★☆★☆★☆★こんな絵になるのだな。これはキラキラだったのですね。


ちっちゃな子にも。見えるかな?
では、そろそろセミナールームに戻って、講座を始めましょう。


みなさん今晩は〜。天文ボランティア「うちゅうせん」の船長の永井です。
〜いつもお世話になっております。


永井さんは達は、光害(ひかりがい)について、無駄な光が空を明るくすることで、生態系など様々な環境への影響を学ぶ機会を作ったり、さらに星空観察会を通してエネルギーの大切さを伝えたりする活動をしているのです。


先日も蔵王で星空観測界を開いたそうですけど。。。。あちらは曇り。
たまきさんの、この企画も今年でもう四年開催していますけど。天候が悪くて見れなかったのは、一回ぐらい?すごく運がついてます。


では、最初にクイズです。
こちらの地球儀。我々の住む地球をこの地球儀の大きさ約30センチにしたとしたら、地上から約400キロ上空を周回するISS国際宇宙ステーションは、どれぐらい離れていることになるでしょう?


ちなみにこの地球儀は、さる小学校が必要なくなったから処分するって決まったものを、もらってきたんだって。
なんせ。ソ連が載っている。。。古いですね。


「これぐらい?」
お。なかなか。


「ちょっと離して、これぐらい?」
ブブ〜。
地球の大きさは円周ならおおよそ4000キロ。直径で12700キロ。赤道がちょっと膨らんだ円形です。
そしてISSは地上400キロの軌道を飛んでいまして、100キロがおおよそ2ミリ。この地球儀だと8ミリの高さを飛んでいます。


そして、地球の周りを90分で一周しています。1日に16回も日の出があるので、宇宙飛行士は太陽とかではなく、時計で時間を調整して暮らしているのですね。
それでは、ISSは地球から8ミリでしたが、月はどのぐらいの距離を回っているでしょう?


「これぐらい?」
かなり近いなぁ。


実際は、1・2・3・4・5・6・7・8・9歩と。おおよそ9メートル。38万キロの位置を楕円軌道で回っています。
楕円だから、近いときにちょうど満月だとスーパームーンって呼んだりします。
でも実際は、見比べるものがある高度の低い時の方が、感覚的に「大きいなぁ」って思うのですよ。


では、お月様は地球の周りをどれぐらいかけて1周しているでしょう?
「1日」短い。
「3年」長いなぁ。長すぎ。
「29.5日」いきなり正解!

でも本当なら、ひと月って言って欲しかったなぁ。
月は新月から新月、満月から満月が29.5日です。


ただ、地球も太陽の周りを回っているので、月の位置が、我々から見て微妙にずれていきます。
ですので地球の公転分を除いた、本当の一周は、27.3日なんです。


昔は旧暦と言って月の満ち欠けに合わせた暦を使っていたので、大の月の30日と小の月29日が交互にやってきて、足した59日を2で割ると、ちょうど29.5日なんですよ。


では、ここでクイズはおしまい。
これからスライドショーで、お話を楽しんでもらいましょう!
今日のお話は「くさりに つながれた おひめさま」です。

あるところに、とても美しいお妃様と、お姫様がいました。
お妃様の名前はカシオペア。お姫様の名前はアンドロメダと言いました。
次。。。。。。。が動かない。


え〜。たま〜にこういうことがあります。PCが固まっちゃいました。
リスタートの間、ちょっとまた、表に星でも見に行きましょう。


今年は、2003年にあった6万年ぶりの当たり年に続いて、火星が大きく見える年なんです。


火星は2年2ヶ月で太陽の周りを一周(公転)しますが、地球は1年で回ってしまうので、火星の見かけの大きさが、双方の位置関係によって大きく変わるんです。


おおよそ6000万キロより距離が近くなると、大接近と呼ぶそうな。


ついでに天頂近くには、夏の大三角形も見えました。。。写真では、ほぼ見えないけど。(白い点です)


おおっと、いきなりスライド復活。じゃあ、続きのお話です。
カシオペアとアンドロメダが「私たちって、なんて美しいのかしら。お〜ほっほっほ。」なんてやっていたら、女神様たちがヤキモチを焼いて海の神様にお願いしました。「あの親子を懲らしめて!」


それからは、天気は悪くなる、作物は採れない、船は遭難する、おばけクジラは出る。


ああ〜なんてことだ。
そこで国の王様ケフェウス王が、神様に尋ねたのですね。
「なんで私の国にこんなに災厄が訪れるのでしょう?」
「ケフェウスよ〜。そなたの妻娘が悪いのだ〜。娘を生贄に出せば、この災厄は終わるだろう」


「では。私が生贄になればいいのです。」
なんとアンドロメダは、国民のために犠牲になる覚悟を決めてしまいました。


ああ。船はアンドロメダを乗せて沖へと向かいます。
泣き崩れる母。


そして寂しい岩に、鎖で繋がれてしまったのです。


そこへ、羽の生えた馬に乗った美しい青年が降りてきました!
この青年はペルセウスです。
「お嬢さんこんなところで、何をしているのです?」


カクカクシカジカで、私はここに繋がれているのです。
なら、私がそのおばけクジラを退治して差し上げましょう。
そこへ「くぉら。わしのヨメに手を出すなぁ」


おばけクジラとの死闘は続きます。
エイ!
とうとう、ペルセウスはおばけクジラの眉間に銛を突き立て、化け物を退治しました。


そして王国に平和が戻ったのです。
国民はみんな大喜びです。


やぁ。ペルセウスよ。
是非とも我が国をワシから引き継いでくれたまえ。そして、よければワシの娘を、妻にもらってはくれまいか?
なんと一気に美しい奥様まで手に入れてしまいました。


それから長い長い年月が経ち。ペルセウスとアンドロメダは星になりました。


え!どこに?
ほら。星と星をつなぐと。


ケフェウス王とアンドロメダ。カシオペアとペルセウス。少し離れた場所にはおばけクジラもいます。


みんなも星座盤で調べてみてね。


ちなみに、通りがかったペルセウスは、メデューサの首を持っていたって話もあるんだけどね。
これがまた、ギリシャ神話以前は髪の代わりに蛇の生えたメデューサは大地母神という神話もあったりと、ヨーロッパの歴史って紐解くと面白いんだよ。


さてさて、本日、肉眼で見えていたのは木星と火星。でもその間にうっすらと、土星も見えていたんだよ。
土星はご存知、輪のある惑星でして、つい最近まで惑星探査機のカッシーニが土星を周回して多くの画像を送ってきました。


土星は輪の角度を動かさないまま太陽の周りを30年かけて公転しています。ということは一般的な人は、多くて3回ぐらい輪が大きくなったり小さくなったりの周期を迎えるのです。


みなさんを地球とすると、土星の見え方がこんな感じで変わるから、輪を上の方から見たり、真横から見たり(つまり輪が一本の棒になる)、裏側から見たりするわけです。


西郷どんで、江戸城を無血開城した明治10年、140年前は火星と土星がちょうど並んでいたそうな。火星はその時は大接近の時だったので、お空によく輝いていたのでしょうね。


では、今日の講座はこれまで。みなさんまた遊びにきてくださいね。


帰りがけに、お土産で「うちゅうせん」の皆さんが撮った星の写真をいただきました。

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行くぞ探検隊「竜の口渓谷をガチで歩く!」東京スリバチ学会と冒険だぞ!!

どうもです。このブログも思いつきのまま気が向くまま、時には風の吹くままにアチコチ行ってきましたが、とうとう青葉山の足元に広がる大秘境までやってきました。おいて行かれたら死んでしまう!竜の口渓谷、本当にこんな台風の日に行っていいのか?東京スリバチ学会「竜の口渓谷をガチで歩く!」参加記です。


ってことで、9月30日。今日は日本列島どこもかしこも台風チャーミーの影響で関東では夕方からJRがすでに運休を決定、気象庁が「不要不急の外出は避けてください」とアナウンスしているというのに雨対策万全な人たちが集まってくる集まってくる。。。


やぁやぁやぁ。集合時間9時ぴったりに改札口を抜けてやってきたのは、東京スリバチ学会会長の皆川会長さんです。
「どうも私が雨男なばかりに、今日は散々でして。」
確かに思い返すといつも雨が降っているな。


やぁ。ご無沙汰しております。といいながら、僕は渋谷のラジオってローカル局の金曜日だけのヘビーリスナーでして、その朝の番組「渋谷の工事」に皆川会長が登場して大暴れした回(いまでもオンデマンド配信で聴ける)は拝聴しましたよ。ローカルすぎるか。
ちなみにその左側にいらっしゃる白シャツの凛々しい方が、本日の案内役「青葉山・八木山フットパスの会」東北大学所属の内山隆弘さんです。どうも本日はよろしくお願いします。
 
あ〜今更ですが、本日写真が100枚超えましたので、テキトーなブログなのでテキトーにスルーしてくださいね。


さてさて受付。今日の参加費は保険料の500円と。あれ?


支倉常長さん。今日はどうしたのですか?
「いやぁ。歩くつもりできたんですが、さすがにこの天気では着物がグチャグチャになって無理なので、ご挨拶だけきました。」


流石に今日は行けないけど、参加料を払いにきてくれた人には、学会から「スリバッチ」がプレゼントされました。。。おお!なんだコレ!

さて。では改めて。。。
本日の流れを説明します。といっても、この台風ですから渓谷を歩くというのは危険なので、本日竜の口渓谷を歩くのは中止とします。
「ええええっ」
「あ〜〜〜がっかり」


そのかわりに、八木山から金剛沢治山の森を経由して、青葉山の最高地点二本楢山を経由し、竜の口渓谷の上部を巡って、青葉山駅まで歩くコースを楽しもうと思います。


青葉山には8本の尾根が伸びていまして、それぞれの尾根道には藩政時代には道がつけられ、その先には亀岡八幡、大年寺、西多賀神社など、神社仏閣が配置されています。
最高点は二本楢山とよばれ、205メートルの高さがあります。
なるほどねぇ。


こちらは昔の江戸時代に作られた名取郡北方根岸村・平岡村入合絵図(仙台市博物館蔵)の地図です。この青葉山の裏の丘陵というのは、仙台城の一部であるということで厳しく立ち入りが禁止され、山守と呼ばれる人に管理されていたんですね。


そして土塁(東原の鹿除土手)も築かれていて、前回のフィールドワークで訪れました。今日はこういった藩政時代の遺物も巡ることができるかもしれません。
では、出発です!


地下鉄駅から一気にエレベーターで「てっぺん広場」へ!
あれ???降ってないぞ。


皆川さんもやってきて「あれ??降ってない」
今日は参加者に「晴れ女」。そして取材してる僕は「仕事中は晴れ」男が来ているんですね〜。


ではここで、重鎮による首脳会議を開きます。
「なんか行けんじゃない?」「まぁ、あくまでもジコセキニンッテやつですね」「だったら挙手とってみますか。」


「今日はこんな天気の様相ですが、ジコセキニンでも歩きたいって人!」
「ハ〜イ」
「保険は入っているけど、下りないかもしれないですよ〜」
「ハ〜イ」


「じゃ、命が惜しい、行かないって人」
・・・・・いないですね。
はい。みんなそろって警報の出てるこんな日に渓谷探検となりました。
やっぱこうでなきゃ。


じゃ。出発前に記念写真撮るよ〜。
あの。。。皆川さん主催なのに入んなくてい〜の?
「い〜んです。い〜んです。」


皆川さんの横っちょからとったから、少しハスの写真。
どっち向いていいんだかわからんと不評でした。


じゃ、出発だ。


八木山駅から出発だ。


カッパ着て出発だ。


え〜とですね。本日の小道なのですが、紅久株式会社の所有地を通るという、暗黙の了解というアンニュイな感じな許可でして〜。さっきの訂正。八木山駅の方から来たということにしときましょう。


そしてココが入り口です。
「え!ここなの!?」
あまりに唐突な入り口の出現。その辺の土手を降りていくという極めて分かりにくい入り口。


じゃ、降りてくぞ。
もう既にここはどこだか解らない。


まるで岩手山の奥地のような、気仙沼の奥深い藪のような。


いったいここはどこなんダァ〜!(いやいや全力で戻れば仙台駅まで15分です)


おお!木を伐採している。なんか管理されている感。


足元に、キノコ。


ゲキサカを下っていきます。果たして本当にここは青葉山の裏側なのでしょうか?


なんかスターウォーズの帝国軍の基地見つけたみたいな絵になってますが、あれは東西線地下鉄の竜の口橋梁です。地面の中通っているはずのものが、空飛んでる時点でSFですが。


そしてロープが登場。


曰く
「急坂の途中にロープがありますが、全力で体重をかけたりしないように」
ヤバイ代物なんですな。


あ〜アレはナンダ!


川で〜す。とうとう竜の口渓谷に降りてきました。


地図を見て
「ふむふむ。これが川か」
川です。


ちなみにここでは川は3つ又になってまして、小さい流れは東北朝鮮初中級学校の方から流れてきてます。


こっちのデカイ流れは、青葉山裏から流れる本流です。


クジラ坂ってのはですね。かつてこの一帯は海でして、1999年にここでクジラの化石が発見され、重機で持ち上げた道なんです。


そしてちょっと下流に進みますと。
「おお〜見事な崖だ」


この崖が、層になっているの分かります?
この一帯。北上川にそって花巻のあたりまで竜ノ口の海なんて呼ばれていた時代があり、その頃に堆積した土砂があったり、さらに海が引いて湿地帯になり、そこにセコイヤの木が繁殖している頃に大火砕流が発生して木々が埋まってしまったり、またもや海に沈んだり、と思ったらまた海が引いて扇状地(川が小石などを運んできて出来る傾斜地)になって礫が堆積したりと、とにかく変動が激しかったのです。


これが竜の口の海の図。なんか本当に内陸の方まで沈んでたのだな。

なので、地層を見ると、年代ごとの様々な地質学的な痕跡が確認できるのです。
しかし。竜の口渓谷なんて八木山から青葉城に行く道すがら、赤い橋の上から眺めるだけだったのに、とうとう降り立ってしまったのだなぁと、感慨深いものがあります。


そこにこの「青葉山・八木山フットパスの会」の意義があるんですよね。
青葉山地区と八木山地区は、この竜の口渓谷で途切れてしまっているんです。なので歩けるよう道案内を整備すると地理的交流など意義があるのではないでしょうかということでした。


ここより上流は、主に竜の口が陸地だった時代の地理的環境を遡るのです。350万年前の大火砕流の時に蒸し焼きになった木々は天然木炭、その前後の湿地帯に堆積した木々は亜炭と呼ばれてまして、この渓谷の上部にはもっと露出しているところがあるので、いまでも少しずつ崩れては流されてくるのです。


ほんとだ。川の小石のあいだに黒いのがある。


じゃ、もっと上流にさかのぼっていきましょう!


ガサゴソ。ジャボジャボ。


あれ、内山さんが戻ってきた。


だ〜めだめ。水量多すぎて、登れません。


やっぱりこの台風で増水していてダメだったかぁ。


というか。甚だ危険なとこにいるんでないかい?
まぁ首脳会議
「じゃ、ここから元の治山の森の探索に切り替えましょう。」


「え〜とですね。今日は増水のためにここで渓谷歩きは中止とします。
いまからもう一回クジラ坂を登りまして、あとは平坦な道路と、林道歩き。。。」


「いや。山道歩きをします。」
アレ?今なにか訂正しましたよね。


ところで気になってたんですけど。
内山さんの靴って、ローカットのトレッキングシューズですよね。もう見るからにグチャグチャ。


ついでにいうと、皆川会長の靴はティンバーランドだけど、オイルレザーじゃないからシケシケ。水、沁みません?
「え?これ一応山歩き用に買ってきたんだけど」


いやどうみても、両者が一番足元が手薄な気がしますけど。。。


あらよっと!
皆川会長のジャンプでした。


こちら。川の分岐に置いてあったデカイ亜炭と


木の中の炭素がケイ酸に置き換わり、石化の進んだ珪化木です。


帰りはあっという間です。そんなこたない。まぁ撮るものもないんで。


じゃ、このあとは、渓谷の上部を巡ってって、話をしてました。


でもよく考えてみたら、渓谷は降りたし、これから周囲の山も見学するし、今日は二度美味しかったのかな。


ふやぁあああ〜登った。
あ。まだ後続がいた。あやうく失踪者が出るとこだった。


では。これからのプログラムの説明。
青葉城から、お殿様一行が季節になると三神峯方面に松茸狩りに出かけたそうで


その尾根をめぐる道は、今は舗装道路に置き換えられましたが、概ね残っています。これからその痕跡を歩きましょう。


ではまた出発だ。


そして見晴らしのいい道端でストップ。
見えますか。目の前の山が恐竜のような形をしていて「恐竜山」と呼ばれています。(そのままじゃん)この道は、いまは大通りで分断されてはいますが、かつては日赤病院のあたりから恐竜山を通って、三神峯神社まで続いていました。


おお〜恐竜だ。そしてその左の緑が三神峯神社方面ね。


ここの峰には、もともと八木山を開拓した八木久兵衛さんが、事業の安全を祈願して開いた神社がありました。が、時代もずいぶん巡り、いまは西公園の櫻岡大神宮に合祀されました。
それって大丈夫なのか八木山?


緑が深いねぇ。


ほんとだ。紅久株式会社だ。でもなんで紅なんだ?
「以前は白粉や紅を扱っていたから、紅を扱う久兵衛さんで、そして今はこの会社名です」
そうかぁ。じゃあ。いつぞやの村田とかも関係あるのかなぁ?
そしてベニーランドの名前はそっからきてたのか!


やぁ。平穏な道路の散策だと思ったら。。。
「あちらの小道が元のお殿様とかが歩いていた道の痕跡です」
小さな鳥居があったりと、嫌な予感しかしない小道。。。


あれはゴミの不法投棄が多くて困っていたから置いた鳥居だそうな。そしてまたもや山道を歩く。


木々の下も潜る。
「今日倒れる木なので触らないでください〜♪」
ってのは、直径20センチぐらいの倒木が、見上げるような高さなのに小枝に引っかかってるだけ。そりゃ、今日は台風だしな。。。で、納得しちゃうぐらい感覚が麻痺。


ここは水抜き用の立坑の出口でして、落っこちないように蓋もしてあります。
中からは何やら水が流れる音もします。


「ここ金剛沢治山の森は典型的な地滑り地帯でして、崩れ落ちてきた土砂が堆積して、この一帯はこう、シワになっているんです。そんな場所を雨の中歩くってのも如何なものかと思いますが。。。」
え!なんかいま大切なことサラッと言いませんでした?



なので、この一帯には縦横にトンネルを掘って水を抜いているんです。


「ここに長さ400メートルほどのトンネルがあって、私たちも入ったんです。」
なんか規模がでかすぎて、ボンヤリすごいんだなぁと。


「そしてですね。そこの先には、かつて地滑りを起こした崖がありまして。」
え?それってこのあいだの北海道の地震とかと。
「おそらく似た原理でしょう」


「そして亜炭取りの親子がここで二人亡くなってます。」
やっぱりヤバイ一帯じゃないですか。


やぁ。もう脅かされっぱなしでした。
さきほどの扇状地だった頃の礫層には水が溜まります。その上に周囲の火山の噴火(川崎町安達山など)から飛んできた火山灰や軽石が堆積しているから雨などが降ると礫層に溜まった水が上部の土砂を滑らせるそうです。


その地滑り災害を防ぐためにトンネルで排水し、金剛沢に排水しているのです。


さて。今回は盛りだくさんすぎて、ようやく後半のパートに入ってきました。
青葉山キャンパスは元々はゴルフ場だったんですね。なので、いまでも未開発のあたりはゴルフ場っぽい。キャンパスに隣接して、ゴルフ練習場もありますね。
そして、ここが竜の口渓谷の最上部!谷は右下から延びてきて。。。


本当は真ん中よりさらに左のほうまで延びてたんですが、ゴルフするのに具合が悪いんで埋めちゃったんだって。


なんでしょ。この森。
ここの樅(モミ)の森は、だいたい日本ではここが北限の森だそうです。
この一帯は放っておくと植生が下生えから樹々が茂ってと変化し、最後に行き着くのが樅とイヌブナの森だそうです。ただ、ここより北は樅は生えるけど森にはならないということです。


さて、その先にあるのが二本楢山の山頂がある。。。どなたかのお屋敷の入り口でした。あ〜あ。


続いて、藩政時代にお殿様が、山守りのおじいのところへ度々、松茸狩りに通ったと考えられる道が、いまでも一部現存しているそうです。


住宅地脇の藪をガサガサ入ると「おお!」


これは!手付かずの山道が!


100メートルほどで終わる。
この半端感は、土地収用で失敗して残っちゃったのかなぁ。


ちなみにこちらのゴルフ打ちっ放しは、竜の口渓谷のこちらも最上端。まさにスリバチ地形を「こりゃ〜打った球が自然に戻ってきてちょうどいいわい」ってんで、造成しちゃったのだな。


あちこちに白いのが転がってる。
まぁ、あれも礫って言っちゃえば、礫だなぁ。


1万年ぐらい経つと、青葉山ゴルフ層とか出てきたりして。
打ちっ放しの人は「あいつらなんで列になってこっち向いてパチパチ撮ってんだ」って思ったろうな


さて、そんなゴルフ打ちっ放し場の脇の藪を分け入っていきますと(まだヤブコギやってる)


旧日本帝国陸軍の練兵場の外周にあった杭に出るそうな。


このね。かつての「青葉山練兵場」の竜の口沢北岸に沿った外周に、点々とこんな感じで目印の杭がありまして。


これですな。


陸軍のはMの文字が刻んであるのです。(militaryの略かな?)
でもなんか可愛い文字だなぁ。
海軍だとMMなんだって。(marine militaryかな?)


やぁ〜。長かった。ここまで写真で100枚近く。随分と長旅だったけど、ほとんど雨が降りませんでしたね。


この一帯が、元練兵場。
かつては森林伐採もあったし、訓練で使っていた時は相当荒れていたので、藩政時代の森の痕跡はないそうな。



あっちが万助沢。
下の方で分岐した沢が、二本、ちょうど青葉山駅の裏手に延びてます。
ちょうどたまきさんサロンの正面に見えるあたりの森は、豊かな自然を残しているのでそのまま保存するそうですよ。


ってことで、サロンの横のコンビニのとこまで帰ってきました。
とうとう天気が、もちましたね〜。


では、本日の案内役、内山さんに拍手して今日の会を終わりにしましょう。


ヤァ〜パチパチパチ〜。


どうもありがとうございましたぁ〜。パチパチパチ〜。


次はもっと水のない時にしましょう。
そうですねリベンジってことで。


今日のコースを知りたい方はコレ。
「青葉山・八木山フットパスの会」発行の「青葉山・八木山フットパスガイドマップ」
これ、270円でAERの丸善、金港堂本店のほか、仙台市博物館の売店で売ってるよ。


なかなかすっごい会でした。そして皆川会長はというと、このあと新幹線が動いているうちに東京へ帰んなきゃって、すでに1時半の席をとってるとか。ほんとヤバい日でしたね〜。
ちなみにこの写真は12時12分。


ぼく?一緒に歩いたメンバーの「お疲れ〜。すんげー汗かいた。でビール飲もう!」って、街で飲んでました。これは午後1時。
これだけ冒険してこの時間にビール飲んでる。仙台すごくない?

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ほんとに暑いですね。今年も一番町四丁目商店街で打ち水イベント開催しました。

暑いですね〜。暑くて暑くてもうクッタクタに疲れております。さてさてお盆のこの時期は、一番町四丁目商店街で、恒例の打ち水です。


昨年は雨続きの日々だったんだけど、今年は倍は暑いよね〜。なにしてるの?ああ、サーモグラフィー持ってきたの。30.6度から40.7度。。。こりゃ、酷暑だな。


やあやあやあ!皆様お集りいただきありがとうございます。
ーーーやってきました伊達武将隊。


報道陣もいっぱい来てるよ〜。有線放送が一社に、あと地デジ放送局ぜんぶ。すげ〜。


それでは皆様始まりますよ。


はじまりは、伊達武将隊の剣舞です。


えいや!


伊達武将隊!
すっごい人が集まってくるんですよね。


今年はせんだいE-Actoion実行委員会小林代表から始まりの挨拶です。
「武将隊の演舞のあと、いきなり私ではどうにもやりにくいですが〜(一同爆笑)今年の暑さはとても厳しく、エアコンを使わないと耐えきれません。ただエアコンに慣れきってしまうと、ますます日中の温度に耐えられなくなってしまいます。そこで、打ち水など伝統的な涼み方を学んで、暑い夏を乗りきっていこうではありませんか!」


つづいて一番町四丁目商店街振興組合 副理事の浅野様
「本日は、日が暮れる頃から、仙台七夕で使用した竹を再利用した竹あかりイベントも開催されます。ぜひとも1日楽しんでいかれてください。」


そして、美しい女性の皆様の紹介を
「せんだい・杜の都親善大使の金あおい、笹木花梨です。今日はよろしくお願いします。」


では、小十郎。皆に打ち水のバケツを配っているあいだに、伝統的な打ち水の秘訣を教えてくれんか。


電気のなかった時代の伝統的な涼み方、打ち水は、気温を5度下げる効果があると言われているが、それにはさらに大切な秘訣がある。
「いち。打ち水は、日が高くなる前の朝や、少し陰って来た夕方に行うと、効果が高い」
「に。打ち水は、水道の水だけではなく、風呂の残り湯や米のとぎ汁などを活用すると、尚のことエコである。」
「広瀬川の水を汲んでくるって手もあるな。常長。」


「さん。水は上から投げるようにではなく、下から、主に暑い部分を狙ってかけてやると効果があるのだ」
では、みな、各々のバケツを持ったか。


では、参ろうか。
まずはここから始めるぞ。
カメラの皆様。用意はいいか。いくぞ!


暑い夏は、伝統的な過ごし方、打ち水で省エネに励むのだ!
E-Action!


えい!って、みんなザバザバ撒いてます。


無くなっちゃうんじゃないのか?


川になってますね。でもスッと涼しくなりました。


打ち水で、省エネに努めるのじゃ。


や。みなさん今日は。


今日はみなさんに、打ち水を実行していただく参ったのだ。省エネに努めよう。


ささ。E-Action!


打ち水で涼しく過ごそう!


打ち水で賢く涼しく暮らそう。


打ち水をしよう!


よし。皆集まって、ここで掛け声とともに。


打ち水をしよう!


お嬢様方も、打ち水です。


伝統的な涼み方を実践しよう!

打ち水で涼もう!


あれれ。水がもうない。補給補給。


賢く無理なく省エネに努めよう!


とうとう本日のゴール。東映ビル前まで来たよ。
ここで残ったお水を一緒に〜。



打ち水だ!
ドボドボドボって。ありゃりゃ。一気にバケツの水を撒いちゃったよ。


なんか後ろからも飛んできてレンズにも水。


そんなこんなで、短いあいだに商店街は水びたし〜。でも、スッと涼しくなったね。


そして帰り道にも、まだ打ち水。


涼しげで良いですね〜。


皆のもの。大義であった。
どうじゃ。打ち水の効果は?涼しくなったであろう。
ここで我らの演舞。さんさ踊りを披露しよう。


扇子をひらりひらりと


舞わせながら踊ります。


そして、そのあとは観客の皆さんと一緒に。


ございん音頭です。


曲の合間に、みんな一緒に両手を上げて


「はぁ〜。ございんございん。」
って振り付けが3箇所あって、なんか楽しそうだ。


やぁ〜遠くを望む、常長さん。


は〜い。みんな上手に踊れたね〜。


みんなお嬢さんからチラシをい受け取ってね〜。


E-Action実行委員会では、今年も「伊達な節電所キャンペーン」を実行している。昨年の電気使用量より今年の使用量が少なかったら、キャンペーン事務局宛に送ると景品がもらえるのだ。みな、ぜひとも参加してみてくれ。


では、みな、大義であった。
今日の打ち水の成功を祝して、勝鬨を上げるぞ。
いくぞ!エイエイオ〜!
エイエイオ〜!
エイエイオ〜!


お嬢さんたちも、暑い中ご苦労様でした。


武将隊と記念写真!わ〜い。


では、みな、省エネに励むのだ。さらばだ!

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竹あかり。今夜9時半(8月13日)まで開催中だよ。

打ち水イベントから引き続き一番町四丁目商店街では、竹あかりイベントが9時半まで開催中です。


















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いやぁ〜暑い。暑すぎる若林区荒町 毘沙門天王祭で打ち水だよ。

こんにちは〜。
本日は、恒例!若林区荒町の夏のお祭り「毘沙門天王祭」で、近隣の子供達が稚児行列で打ち水をする日なのだけど。。。。暑すぎない?なんか日向に出るだけでクラクラする感じなんだけど。


あ。放射温度計持ってきたの。
じゃ、ちょいと測ってみてっと「64.5℃」。。。。。なんだこりゃ。


ちょっと日陰の温度も測ってみるか。
「36.0℃」日陰の温度が体温に近い。。。むか〜しむかし。オーストラリアの内陸砂漠の町チラゴーってとこで、あんまり暑いんで気温測ったら、日陰で37℃あったことあるけど、変わんないじゃん。


ちなみに今日のある意味主役、打ち水をすると何度になるのかな?
「49.5℃」すげ!一気に下がったけど、暑いことには変わりはないな。


じゃぁ水の温度は。「28.0℃」なるほどね。


もうね。こういう死んでしまうような暑い日は、これだよこれ。
かき氷「マイナス8.5℃」
〜〜〜そしてこのあと、放射温度計は温度が上がりすぎて警告灯が灯くという始末。いったい何なんだ今日は。


お〜となりで、さらに暑い集団がいるぞ!
伊達武将隊、伊達政宗@お館様と、伊達成実様。片倉小十郎重綱様。そして本日の神輿担ぎ隊の皆さんでした。そして記念写真撮ってんの。暑いですよね〜。


子供達もやってきた。今日は暑すぎなんで、みんなは児童館で涼んでました。


やぁやぁ。よく来たね。
とてもとても子供達に優しい小十郎様だったりする。


400年たってから蘇ったって?
「いや、正確には380年ほどだが」のような話をしてた。
なんと仲良しなことかとね。


ゲロゲ〜ロって、カエルのマネではありません。
実際に地面を触ってみて、これは熱い。熱すぎる。


ってことで、さすがに暑くて危険なので、今日は片道。荒町小学校まで打ち水をしたら、解散とします。
途中で一回、日陰で休憩も取るので、できるだけ水分もとって体に気をつけて、無理しないでくださいね。
と、商店会長さんです。一度取材させてもらいましたね。


はい。獅子舞もきたよ〜。
頭を噛んでもらうと、健康でいられるよー〜。
「はい」「はい」「はい!!」


みんな元気が良いね〜。では「ガブ」


では。始めよう。
皆の者。この猛暑が続くなか健気にも、よく集まってきてくれた。
まずは毘沙門天王祭。開催おめでとう。
我ら伊達武将隊は、せんだいE-Action推進武将隊として、省エネルギー推進のためこうやって活動していおる。
さすがに今年の暑さは大変である。この400年間にはこんな暑さはなかった。


皆。この数日の暑さはこれまでにはない大変なものなので、無理をせず。エアコンで涼むのじゃ。


そして、暑さも峠を越したら、わしらの勧める、400年前の知恵を生かした伝統的な涼み方「打ち水」を、実践してみてくれ。
成実。打ち水を皆に説明してくれ!


打ち水とは、電気がなかった我らの時代に、涼しく過ごすための知恵だ。
暑くなった地面に水を撒くと、蒸発するときに熱を奪って涼しくしてくれる。エネルギーを使わないで賢く涼む、現在でも通用する知恵だ。
特に朝や夕方に打ち水をすると効果があるのだ。


では、みんなで集合写真を撮るよ。手はこうやって、掛け声をみんなで!


E-Action!


はい。水を受け取って受け取って。


桶を持って。いっくぞ。いっくぞ。


イザ。出陣だ!。〜〜〜ってことで、これより普段の3倍の写真で進行しますので、とにかくチョイチョイ見てってね〜。


暑い暑い。
おせんべい屋さん。ご苦労さんです。


涼しげな笑顔ですね〜。でも甲冑なんか、すっごい温度です。


打ち水じゃ。


どんどん涼しくするぞ。


ほら!


パンやさ〜ん。通りの向こうから、ありがとうな。


焼けたシャッターに打ち水。


郵便局の前では、雀踊り。


やぁ。城下の皆々。毘沙門天王祭。おめでとうございます。


打ち水〜で涼しく。


成実さんも子供と一緒に打ち水。


小十郎さんも打ち水。
なんか空の色が凄いです。


みんな出てきてくれてありがとう!


いやぁ〜暑い暑い。駐車場で休憩。水分補給だ。


お母さんたちがいれてくれた、麦茶だよ〜。飲んで飲んで。


う〜ん美味しい。


ニカッとしてますね。
ちなみに今日は暑すぎて、カメラも大変です。強か弱しかないセッティングです。


さて、じゃ、また行くよ〜。
沿道の皆さん。おめでとうございます。


こちらもまた。毘沙門天王祭おめでとうございます。


これ。なんの会話しているかわかります?
ペット屋さんの前を通りかかったとき。
「わしゃな。蛇が好きでのう。こうやって首のあたりに巻いて・・・」なんて話をしていたとこ。涼しいってことかな?


打ち水じゃ。


あら!伊達政宗さん!!
「よ!暑いのう。」


そうこうしているうちに。。。


もう着いちゃった。


荒町小学校へ到着〜!


イエ〜〜〜!
なに喜んでいると思う?


ここに着いたら、アイスクリ〜ム!!
「はい。食べて食べて〜。」


それを大人は記念写真。


記念写真イエ〜イ!


武将隊とも記念写真。
こりゃ良い思い出になる。


では、最後に、伊達政宗様からお言葉だ!
「今日は、天気予報では35℃だったが、もう出発するときには36℃もあった。過去最高の気温だそうだ。いいか。無理せずエアコンを使うのだ。体を大切に、病気にならないことが大切だ。」



お主が健康であれば世の中の誰かを幸せにできる。そして、この大変な時期を越えたら打ち水で、省エネに励めば良い。今は無理はするな。
今日の稚児行列は、大義であった。
打ち水を朝晩に励めば、夏休みの自由研究にもできる。この夏休みを、一生の思い出にするのだ。いいな。


では、今日の記念に、勝どきをあげよう。
右手を上げるのだ。いくぞ!
エイエイオ〜!



エイエイオ〜!
エイエイオ〜!!!
大変な1日でしたが、無事に打ち水行事が完了しました。ありがとうございました〜。


そして。本日最後の最後のひとコマ。
バケツに残っていた水を一気に撒いてる写真。ちょうど長いレンズだったんで、こんなでした。
そして本日。仙台は観測史上初の、37.3℃を記録しました。暑いはずだ。。。

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