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「冬の星を探してみよう!」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
1月23日(土)に「冬の星を探してみよう!」と題してサロン講座を開催しました!
「天文ボランティア うちゅうせん」で代表を務めていらっしゃる永井 秀男さんを講師にお迎えして、星や星座についてのお話、国際宇宙ステーション(ISS)や距離のお話、光害についてなど、様々なことを教えていただきました。

昨年に引き続き、今年も屋内での座学の後に、天体望遠鏡を使っての野外観察を予定していたのですが、あいにくの空模様。雨こそ降らなかったものの、空は雲が一面に広がり、雲の切れ間すら見当たらず・・・。
スタッフも楽しみにしていただけにちょっと残念ではありましたが、近頃ではきれいに見られることの方が少ないそう。次回に期待したいと思います!

というわけで、まずは地球のお話から!

地球の大きさは直径12,700㎞。
そしてこの地球の周り、地上から400㎞の上空を人工衛星や国際宇宙ステーション(ISS)が毎日ぐるぐるとまわっています。400㎞という距離、30cm地球儀で考えてみると、その表面からは大体8mm。本当に地表のすぐのところをまわっていることになります。わずか90分で地球を一周し、1日24時間では16回にもなるそうです。

ISSは時々、仙台の上空を飛んでいることもあるようで、インターネットで検索すると大体の日時を知ることが出来るそうです。
タイミングがうまく合えば肉眼でも見ることが出来るようですよ!

そして地球の周りにはお月様もまわっています。
私たちが写真や映像で目にしている丸い地球の姿。実はこれも人工衛星からは撮ることが出来ず、月のようにかなり離れた場所から撮られたものを見ています。
そんな月ですが、大きさは地球の4分の1弱しかなく、地球から38万㎞離れたところを27.3日かけて1周しています。
地球自体も太陽の周りをまわっているので、満月から次の満月までは29.5日。
この満月から満月を暦としていたものが旧暦(太陰暦)とされているものなんだとか。

38万㎞と言われても、どのくらい離れているか想像がつかずよくわかりませんよね?
柄杓を月に見立てて、地球儀からどのくらい離れているか参加者の皆さんにも予想してみてもらいましたが、やはり皆さんも難しそうでした。

実際は、地球儀の縮尺で考えても、その距離なんと9m。
地球に1番近い天体であるはずの月ですが、1秒で30万㎞進むことが出来る光の速さでも1.3秒かかります。
また、月は楕円の軌道で地球の周りをまわっている為、より近いところをまわっているときは満月も大きく見えるスーパームーンに、より遠いところをまわっていると、その分より小さく見えるためにマイクロムーンに、といった感じで距離によって見かけの大きさが変わることで、満月自体の大きさにも違いがあるそうです。

さて、ここで「プレアデスの7人姉妹」という星座物語のお話。

このお話は、オリオン座とプレアデス星団に関するお話です。

お話ではプレアデスの7人姉妹となっていますが、実際のプレアデス星団には6星しかありません。それは7人姉妹のうちの一人が、戦いの末に焼け落ちてしまったお城を見て、悲しみのあまり流れ星となり、自らの姿を隠してしまったから。そして、残された6人もそのことを悲しんでばかりいたために、星の光も少し青みがかっているのだと言われているそうです。

プレアデス星団は「すばる」としても代表的ですが、漢字では「統」と表され、「すべる」が「すばる」へと変化したと言われています。「統」は平安時代から使われていたことばなんだそう。

実際に地球から肉眼で見ることの出来る太陽系惑星は、土星までの5惑星(水星・金星・火星・木星・土星)だけ。天王星や海王星は、肉眼では見えずとも、天体望遠鏡を使うことで見ることが出来るというのに対して、2006年に惑星から「準惑星」へと分類が変更された冥王星は、かなり大きな天体望遠鏡を使っても写真にしか写ることがないそうです。

太陽系惑星の位置関係を考える際、距離感を分かりやすくするため、青葉山のたまさきさんサロンを太陽の位置とすると、地球は大体青葉通り一番町付近に位置していることになり、火星はさらに少し離れた榴ヶ岡公園に。土星からはついに県境を越え、お隣山形県の山寺まで。冥王星に至ってはこれまたお隣、福島県の白河市まで行くそうです。

スタッフ自身はあまり福島県に行ったことがないのですが、海王星までの距離が福島県郡山市までだと考えると、そのさらに外側をまわる冥王星がいかに太陽から、また地球から遠い場所にあるのか、身をもってわかるような気がします。

星にはそれぞれ光の見えやすさによって最大光度(等級)が定められています。
惑星は太陽の光を受けて光っていますが、星は自分自身で光を放っています。
太陽を除いた世界中で、最も明るい星とされているおおいぬ座の「シリウス」のように、1等星と呼ばれている星は、世界中でも21個。星座は世界共通で88個あります。
仙台ではその内、1年を通して春に3個、夏に4個、秋に1個、そして冬に最も多い7個の計15個の1等星を見ることが出来ます。残りの6個は、残念ながら日本ではごく南の地域以外では見ることが出来ません。

1等星の「シリウス」は夜空でみられる星の中でも地球から1番近い星ですが、それでも距離にして8.6光年、光の速さでも8年以上かかる計算です。
星座物語に出てくるオリオン座は1等星の星を2つ持っています。
ひとつの星座で2つの1等星を持っているのは全部で三つ、仙台で見ることが出来る星座は、このオリオン座だけです。他の二つはケンタウルス座と南十字座で、南半球の星座です。

今回はここで2つ目の星座物語「オリオンとサソリ」

オリオンによってサソリがつぶされてしまったこと、サソリの毒によってオリオンも倒れてしまったことを知った女神さまは驚き、かわいそうに思いそれぞれを星座に変えてあげたのだといいます。

星となったオリオンとサソリですが、実際には星同士が180度離れているため、オリオン座とさそり座が同じ季節に見えることはないそうです。

「冬の大三角形」として、おおいぬ座のシリウスやこいぬ座のプロキオンとともに形作っているオリオン座のペテルギウスは赤く光る1等星ですが、いつ爆発してもおかしくないと言われています。
なぜなら、普段私たちが見ている星の光はいま現在光っているものではく、何年も何百年も前の昔の光だからです。

ペテルギウスは地球から700光年先にある星なので、仮にいま爆発をして、夜空から消えてしまっても、そのことが実際に分かるようになるのは、700年後の未来で見る星空でのことなのです。
いまは冬の夜空でも見つけやすく、代表的な冬の星座とされているオリオン座も、もしかすると700年後の未来では見られなくなっている部分があるかもしれませんね。

星や星座だけではなく、宇宙のお話についても少し。
最近、宇宙へと打ち上げられ、日本人宇宙飛行士の野口さんも搭乗していた「クルードラゴン」のコックピットはみな、ボタンやレバー操作からタッチパネル式に変っているそうです。
野口さん曰く、黒電話からスマートフォンへ変わったくらいに違いがあるそう。

また、ロシアやアメリカ、ヨーロッパと共同運航しているISSへ物資や食料などを運ぶ役目を担っている、日本の「こうのとり」。一度に6トンもの荷物を運ぶことが出来るそうですが、その一方で帰り道では逆にISSで出たゴミでいっぱいとなり、そのゴミもろとも大気圏で燃えつきてしまうのだとか。今まで9回の打ち上げすべてで成功しているそうですが、1回の打ち上げにかかる費用はなんと300億円。宇宙服は1着20億円、船外用の手袋だけでも200万円はするそうで、これもなんともすごい金額・・。

現在も2年に1度、宇宙飛行士の募集をしているそうなので、気になる方はぜひ調べて見てください!

最後に光害のお話。

光害(こうがい・ひかりがい)とは過剰または不要な光による光害のこと。
夜空が明るくなることで、天体観測での障害が起きる場合や、生態系を混乱させる場合もあり、エネルギーの無駄の一因にもなるなど、様々な影響があるそう。
その中でも、高度な工業化が進み、人口が集中している大都市が多い、アメリカやヨーロッパ、日本などで特に深刻だと言われています。

宇宙から撮られた衛星写真を見てみても、やはり大都市といわれているような都市部のあたりで明るく、光っているようにも見えています。夜の日本列島も例外ではありません。

街が発展し、経済的にも工業化が進むことはいいことですが、今までたくさんの星を見ることが出来ていた場所が、街の明かりが増えたことによって見ることの出来る星の数も減ってしまい、蛍などの生き物にとっては求愛行動すらも難しくなってしまうこともある。そう考えると何とも複雑な気持ちがしました。いかにムダな明かりを少なくできるか、空に向けずに明かりをつけることが出来るかが大事なのだなと思います。

講座の最後に質問コーナーを設けたところ、以下のような質問もありましたよ!
Q「星は重いの?」
→ものすごく重い。(地球に対して太陽は109倍の大きさがあり、重さは33万3000倍にもなります。)

Q「星は全部でいくつある?」
→ものすごく多い。しいて言うなら、肉眼で見ることが出来る限界の6等星までで8600個。そのうち夜に見られるのは半分の4300個だが、一晩で見られるのはせいぜい3000個くらい。(地球も属する天の川銀河で2000億個以上。その他にもたくさんの銀河があり、大宇宙はいまも膨張中。)

悪天候ではありましたが、1人もかけることなく皆さんに参加していただけました。
ぜひ、天気のいい日には寒さ対策をしっかりとした上で、教わったことを思い出しながら星空を眺めてもらえたらなと思います。
講師をしてくださいました、天文ボランティアうちゅうせんの永井さん、お手伝いいただきました近藤さん、ご参加いただいた皆さんありがとうございました!

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せんだい環境学習館 たまきさんサロン
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「手製本を学ぶ -絵本を仕立ててみよう!-」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
12月6日(日)に、『手製本を学ぶ -絵本を仕立ててみよう!-』と題したサロン講座を開催しました。
講師には、和綴じ製本作家の永澤 裕子(ながさわ ゆうこ)さんをお迎えしました。

永澤先生は、仙台市内をはじめとした近隣の文化施設において、本の修理や、和綴じの技術を多くの方に知ってもらうための講座・講習会を数多く開催し活動されています。

先生の講座では、毎回参加者自身が実際に製本の実習をしながら和製本の技術を教えていただいています。

今回の講座では、副題にある通り「絵本」の仕立て方を学びます。

まず絵本を思い浮かべてみてください。読み本と違って、少ない頁をめくって、描かれている絵を見るという時間が主になります。そのために、頁が開かれた形で保持できることや、少し厚手の紙を使って丈夫な作りになっているといったイメージが強いと思います。

本来、絵本となるべき「絵」が必要なのですが、今回はお気に入りの絵や写真を使って絵本のように製本してみようということになりました。

手製本の技術を学ぶことが目的なので、どんなものでもよいのですが、紙の厚さや枚数を考えると、絵や写真入りの「月めくりカレンダー」が適しているようです。

参加者の皆さんには、カレンダーに使われていて、捨てずに残してある12枚の絵や写真をご持参いただきました。

早速、作業開始です。
今回は、「足継ぎ(あしつぎ)」という技法を使って、絵本に仕立ててみます。

材料は、製本道具の他に以下の物を用意します。
・12枚の絵(縦350mm×横450mm以内)。
・足継ぎ用の和紙(幅50mm×天~地の長さ+10mm)を3枚。
・裏打ち寒冷紗(うらうちかんれいしゃ)。
・ワックス紙。
・表紙用の紙(天~地の長さ×小口~背の長さ+中身の厚さ+30mm)黒色マーメード紙。
・中身を綴じるための製本用麻糸。


作業に入る前に、まず先生からカッターナイフの正しい使い方を教えていただきました。

「刃は立てないで寝かせて使う」ことが、紙や布をきれいに「断つ」コツです。

それから、刃を新しい刃に小まめに替えることも重要です。惜しまず刃を新しく替えて使っていくことが美しい仕上がりにつながります。

紙にステンレス定規を当てて、カッターナイフを入れていくだけの作業なのですが、こつは片方の手で定規をしっかりと押さえ固定することです。

一回で切り離せない時には、何度か刃を走らせるようにしてみましょう。


そして、「糊(のり)」の扱いも重要です。

先生は「糊は塗るのではなく、引く」と指導されます。
特に和紙を使った貼り合わせでは、糊はしっかりと薄く引き、はみだした糊は必ずぬぐっておくことがポイントです。
このようにすることで、接着し乾いた後で、美しい仕上がりになります。

糊は「木工ボンド」に「でんぷん糊」を少し混ぜたものが、作業上使い勝手が良いようです。


和製本の基本で、特に重要なことは「紙を折る」「紙を断つ」「糊を引く」の三点です。

本の上下左右裏表には、それぞれ名前が付けられています。

例えば「背(せ)」ですが、今回の場合は「足継ぎ」を貼る側です。
その反対側を「前小口(まえこぐち)」と呼びます。
上の面は「天小口(てんこぐち)」、下の面は「地小口(ちこぐち)」という名前で呼ばれます。

今回は「背側」「小口側」と呼びます。
足継ぎをして貼り合わせた束が「中身(なかみ)」と呼ばれるものになります。


最初の工程は、その「中身」作りからです。

今回は、わかりやすいように先生にセルフ動画をご用意していただきました。
先生の製本講座では新しい試みで、参加者からはわかりやすいので講座中ずっと流し続けておいて欲しいという声もありました。

このブログでは製本作業の流れだけを、以下手順に沿って簡単に説明していきます。

(1) 絵本に仕立てる12枚の絵を、同寸に裁ち揃えます。


(2) 右開きにするか左開きにするか、絵の順番を決めて、頁番号をふって編集します。
カッターを使う作業では、皆さん力が入ります。


(3) 絵を実際にめくる順番になるよう重ね、そのうえで二つの山に分けます。
「1枚目(5P-6P=8P-7P)」 
「2枚目(3P-4P=10P-9P)」
「3枚目(1P-2P=12P-11P)」という形で、足継ぎする順番に頁が揃います。
手が止まり、考えたり質問する時間が多くなる工程です。


(4) 足継ぎをします。
足継ぎとは、綴じ代のない絵の背側に和紙を貼りつけ、綴じ代をつくるための製本技術です。
足継ぎ用和紙を、絵の裏面で挟み込むような形で貼りつけます。


(5) 天と地で、はみ出している足継ぎ用和紙を断ち落とし、三枚目の足継ぎ用和紙の外側に、「裏打ち寒冷紗」を貼りつけます。


(6) 糸綴じをします。中央で糸綴じすることで、見開きを平らにすることができます。


(7) 中身の背と表紙を貼り合わせます。最後の工程です。


(8) 中身の小口に合わせて、表紙の小口を切り揃え、各頁の小口の裏面同士を貼り合わせて1枚ずつに仕立てます。
足継ぎされた3枚が12頁に仕立てられているはずです。


今回教えていただいた手製本の技術を使うと、中身が絵本に限らず、お気に入りの複製絵画や絵葉書、写真、イラストなどを、きれいに製本された形で保存できるようになります。

折る・断つ・貼るという基本的な製本技術をはじめとして、機械では作れない世界で唯一の手作りの柔らかさと優しさにあふれた本を、自分の手で作り上げたという達成感も得られたのではないでしょうか。
手作業だけに1回ではなかなか身につかない技術ですが、自分で何度も作ってみることで、上達していくものだと先生もおっしゃっています。

さらに、手製本で仕立てられたものは中身をそのままにして表紙だけを替えることが容易なのです。
自分好みの表装を施した自分だけの本を作ることが出来て、もし表紙が傷んだ場合でも、そのまま捨ててしまうのではなく、修理して長く使うことが出来るということにも気づかされました。

今回の講座を通して、手仕事の良さや面白さが実感できたのではないでしょうか。

まだまだ奥の深い手製本の世界ですが、たまきさんサロンではこれからも永澤先生に素敵な技術をご教授お願いしたいと考えています。

永澤先生、ありがとうございました。
ご参加いただいた皆さま、長い時間お疲れさまでした。

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年末年始は12月28日(月)~1月4日(月)です。
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「石は語る!~歴史的建造物をつくった石材を探る~」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
11月28日(土)に、東北大学片平キャンパスを会場として、「石は語る!~歴史的建造物をつくった石材を探る~」と題したサロン講座を開催しました。

今回の講座では、明治時代以降に建てられた歴史的建造物が、まだ数多く残されている片平キャンパス内を巡って、建造物に用いられている石材の種類や産地、その由来などについて、実際に現物を見ながら専門の先生に解説していただきました。

地学がご専門の東北大学理学部名誉教授の蟹澤聰史(かにさわ さとし)先生と、青葉山・八木山フットパスの会でもおなじみの東北大学施設部キャンパスデザイン室専門職員の内山隆弘(うちやま たかひろ)氏のお二人を講師としてお迎えし、建造物のご案内と解説をお願いしました。


明治24年に第二高等中学校(後の第二高等学校)の開校以来、仙台医学専門学校、仙台高等工業学校などが開校。明治44年には、同じ敷地内に東北帝国大学理科大学が開設されています。その後、工学部や法文学部などが増設され、前述の教育機関が大学に組み込まれて、現在の片平キャンパスが形成されたという歴史を持っています。それに伴って明治から昭和(戦前)にかけて建造された歴史的建造物が、キャンパス内にはまだ数多くまとまって残されています。

現在5棟が「登録有形文化財建築物」として登録されていますが、今回の講座ではそれらの歴史的建造物に用いられた建材である石材に注目してみました。

片平キャンパスに残る歴史的建造物に多く用いられている石材は、利用された時代によって種類が違っています。

「三滝玄武岩」
約800万年前の噴火による火山岩。仙台市の西方の蕃山や権現森を中心に分布している。古くは仙台城や武家屋敷の石垣、亀岡八幡宮の石段をはじめ、仙台市内でも地元の石材として明治期の建造物に最も多く用いられている優黒質の硬い石材。

「秋保石(湯本層凝灰岩)」
約800万年前に白沢カルデラの活動で噴出した火山灰堆積物が由来の岩。柔らかいが崩れにくく加工がしやすいので、塀や蔵などに用いられる。秋保温泉磊々峡付近に分布し、秋保石材軌道(大正3年開業)によって運ばれ、地元の石材として大正期の建造物に多く用いられた。

「白河石・芦野石(溶結凝灰岩)」
約100万年前にカルデラ形成を伴った噴火によって生じたデイサイト質の溶結凝灰岩。栃木県北部から福島県南部に広く分布する。「溶結」とは、カルデラ噴火などで高温の火山灰が厚く堆積した時に軽石などが圧し潰されて硬くなったもので、この凝灰岩は硬く緻密だが加工しやすいという特徴がある。大正期から昭和初期に多く用いられた。

大正期から大きな建築物には鉄筋コンクリート造が用いられるようになり、石材は構造材としてよりも表面仕上げ材として貼り付けて用いられることが多くなっている。

「花崗岩類」
片平キャンパス内で見られる花崗岩は、「大橋」にも用いられている優白質の茨城県笠間市産の「稲田石」と思われる。また、岡山県岡山市産の「万成石(まんなりいし)」は、「伊達政宗騎馬像の台座」にも用いられている。これらは、鉄道網の発達によって大正期から多く利用されるようになった。近年は国産の花崗岩よりも中国、インド、北欧からの輸入岩が多くなっている。

基壇部と壁の装飾帯、外部階段部には、火山岩(三滝玄武岩と推定)が使われています


石材の鑑定は、従来の文献による調査や肉眼による岩相の鑑定が主流でしたが、石材表面の風化や蘚苔類の付着によって正確な鑑定が困難な場合や、熟練した経験に左右される要素が多く、問題がありました。そこで最近では、「帯磁率計」を使った測定という科学的手法による鑑定が行われるようになってきているということです。

南門を出ると、明治39年にこの地に設立された官立の仙台高等工業学校(SKK)の旧敷地になります。昭和26年に廃校になり、現在は東北大学の電気通信研究所の敷地になっています。


片平丁通りを挟んで向かい側の東北学院大学の「専門部校舎」や「ラーハウザー礼拝堂」の外壁にも、同じ秋保石が使われているということです。

腰壁、玄関周りには花崗岩、凝灰岩(秋保石)、人造石が用いられています。


最後に、旧理学部だった現在の金属材料研究所の敷地に入ります。

大正期の旧理学部生物学科(現放送大学)

基壇部には花崗岩が使われているのですが、現在は防水のための吹付塗装がされていて、建材を直接見ることは残念ながらできません。ただ、これは東北帝大初代営繕課長でもあった建築家中島泉次郎氏による建築物で、明治末から大正にかけて流行った「セセッション」風の、洋風建築の非常にモダンで凝ったデザイン性を、その外観から感じることはできます。


二時間のフィールドワークが終了。ここで現地解散となりました。

今回のサロン講座では、「建造物に用いられた石材」という視点から、片平キャンパスに現存している戦災や都市開発の波をくぐり抜けて来た建造物を通して、何が見えて来るのかを探ってみました。

建造物に使われる石材には、耐久性のある硬くて緻密な石や柔らかく加工しやすい石が、用途によって選ばれています。どんな種類の石で、どこの産地からどのようにして運ばれて来たのかを探っていくことによって、当時の流通経路や石材需要などがわかります。

仙台市内の歴史的建造物も、時代ごとに違った石材が用いて造られていて、それらの石材を調べることによって当時の様子が見えて来るといることを教えていただきました。

また、こうした石材の数々は、仙台周辺をはじめとした日本各地の火山活動や地殻形成という太古の歴史をも知ることができる貴重な手がかりになっているということです。

それだけに、すでに「登録有形文化財」として登録され保全されている建造物に限らず、人知れず埋もれたまま消滅していってしまうような歴史的建造物にも、目を向けて調査し、貴重な史料としての保存に向けた取り組みも大切であると感じました。

今回は、限られた短い時間での「キャンパス内歴史的建造物巡り」というフィールドワークを行いましたが、いかがだったでしょうか?

蟹澤先生と内山さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。

*参考文献
「東北大学片平キャンパスにおける歴史的建造物の石材に関する研究」
 東北大学総合学術博物館研究紀要 第19号, 2020 (内山隆弘・蟹澤聰史)「2020年たまきさんサロン講座「石は語る!~歴史的建造物をつくった石材を探る~」(内山隆弘・蟹澤聰史)

*火山岩の石材の呼称については、建築分野においては「安山岩」という言葉が一般的に用いられる場合が多いが、文中ではより細かく分類するために地質学的命名法による呼称を使用している。

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「だれ一人取り残されないために =僕の国キリバスからのメッセージ=」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
10月31日(土)に「だれ一人取り残されないために=僕の国キリバスからのメッセージ=」と題し、講師に一般社団法人 日本キリバス協会代表理事ケンタロ・オノ氏をお迎えし、中央太平洋の島国キリバス共和国(以下「キリバス」)のこと、国土水没の危機、そしてSDGsのことを学ぶサロン講座を開催しました。


「美しい南の島」

たまきさんサロンでは、毎年ケンタロさんにサロン講座の講師をお願いしています。
いつものようにキリバスの正装である「テ・ベー(布の腰巻)」と「半袖柄シャツ」、「貝殻の首飾り」に「花飾りの冠」という出で立ちで登場したケンタロさんでしたが、今年はコロナウイルス対策として、マウスシールドをつけてのご登壇となりました。今は、コロナウイルス感染症の影響により、残念ながら大好きなキリバスにも戻れない状況にあるそうです。

仙台市出身のケンタロさんは、小学校5年生の時に興味を持った美しい南の島へのあこがれが高じて、キリバスの高校に編入学、ついには23歳の時に日本人では初めてキリバスに帰化。
2000年にはキリバス国籍を取得するという子どもの頃からの夢を大きくかなえられた方です。

現在は日本に移住して、各地で公演や講座講師、キリバスへの支援事業などをこなす日々を送っておられます。
そんな中、昨年新設された「宮城県ストップ温暖化大賞」を受賞されました。
これは同賞の第一号受賞者となります。
また、この10月には令和2年度の「気候変動アクション 環境大臣表彰」を普及・促進部門で受賞されたばかりです。


「狭い国土」

ケンタロ少年の胸に鮮烈な印象を残した青い海、青い空、そして白い砂浜―そんなキリバスという国は、3つの諸島からなり、サンゴ礁でできた島々が33島集まってひとつの国を形成しています。
中でもフェニックス諸島保護地域は、世界遺産としても登録されています。

東西5000kmの広さに散らばった島国です。(日本列島は3500km)ただし、「山も川もない」「平均海抜2m」「首都タラワの幅は平均でわずか350m!」という国土です。
すぐ向こう側にはまた海が見える!という細長い島なのです。
ここ青葉山新キャンパスの真ん中を貫く構内歩道でも、約500mあることを思えば、どのくらいの細さかわかると思います。

広大な海域に散らばった島々に、約11万人の国民が暮らしていますが、これは、日本列島がすっぽり入るような海域に散らばった小さな島を合わせれば仙台市ほどの面積になり、そこに仙台市の1/10の人口が暮らしている国といえば、その規模がイメージできるでしょうか。


「2050年危機」

そんな楽園イメージの南国の島々が、いま危機に瀕しています。

この「2050年危機」というのは、世界銀行の報告書によれば、首都のあるタラワは、2050年には面積の25%~80%が海面上昇などの影響によって浸水するおそれがあるというものです。
キリバスの多くの島々では、大潮のたびに住宅地が水に浸かるという状況が頻繁にみられるようになって来ています。高波や高潮などによって海岸が削られ、砂浜が流出し、海による海岸浸食がかつてない勢いで進んでいます。

キリバスには川が無いために、真水は雨水の貯水と地下水に頼っていますが、年々その地下水量も減少し、海水による塩分濃度が高くなって来ているといいます。つまり、しょっぱい飲料水を飲まざるを得なくなって来ているのです。

すでにキリバスのアノテ・トン前大統領は、大統領在任中国民の他国への移住計画を発表しました。
そのために、単なる難民ではなく技術を身につけた労働者としての移住が考えられているのです。
これを受けて、同じ太平洋のフィジー共和国は、もしキリバスの国土が水没した場合には、キリバスの全国民をフィジーに移住させる用意があることを公式に表明しています。

遠洋カツオ一本釣り漁船の乗組員は、実は半数以上が出稼ぎのキリバス人なのだそうです。
そのために、キリバスには職業訓練学校があるほどです。こういう技術を身につけることによって、たとえ他国へ移住したとしてもキリバス人として生きていけるような対策が進められています。

たとえ最悪の結果となった時も、環境難民には決してならない。
受入国の負担にならず、受入国にとって有益な職業人として、尊厳ある移民を目指すというキリバス人としての誇りが感じられます。

とは言っても、自分の国に住めなくなってしまうことは、計り知れない悲しみです。
ケンタロさんが、自国の深刻な状況を懸命に世界に向けて訴え続けているのは、キリバス人としてキリバスという国を思うがゆえのメッセージなのです。


「SDGs」

最近、新聞やテレビでもよく見聞きするようになった「SDGs(エスディージーズ)」という言葉があります。
色分けされた17のアイコンは、誰もが何らかの機会に目にしたことがあるはずです。
小学校の授業でも「SDGs」は取り上げられるようになりました。もしかしたら、おとなの方がまだよく知らないでいることかもしれません。

この 「SDGs(エスディージーズ)」とは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で決められた国際的な共通目標です。
長期的な指針として、“2030年までに達成すべき17の目標”が掲げられています。
それが、よく目にする色分けされた17のアイコンなのです。
さらに、この17の目標をより具体化した169のターゲットも示されています。

今のキリバスがかかえている問題は、この17項目のほとんどが当てはまるようだとケンタロさんは言います。

今回の講座タイトルにも使用した「だれ一人取り残されないために」という言葉は、SDGsにおける基本理念であり重要なスローガンです。

現実には、地球のどこかで誰かが取り残されている、取り残されようとしている。
子どもたちに対して、おとなは
「たまたま、こんな時代にこんな国に生まれてしまって、かわいそうだけど運が悪かったね」
という言葉で済ませられるのか? 済ませてしまっていいのか? と、ケンタロさんは問いかけています。


「さいごに」

毎回、講座の終わりには
「愛の反対とは、憎しみや恨みではなく無知と無関心なのです。関心を持たれないことが一番つらいことなのです」
と、ケンタロさんは結びます。

反論でも批判でも疑問でも何でもいいので、まず今のキリバスという国に目を向けてほしいということです。

目を向ける――つまり関心を持つことが、問題解決の第一歩です。

さあ、そこで何をすべきなのか? 何ができるのか?

ケンタロさんは、けっして答えを提示しません。
それは、関心を持った人それぞれに課された宿題だからです。

無関心が想像力の欠如を生み、やがて取り返しのつかないような重大な結果を生じさせてしまうことは、我々はすでに何度も経験済みのことなのではないでしょうか。


「SDGs」に関する本や、ケンタロ・オノさんが書かれた『キリバスという国』(エイト社発行)は、たまきさんサロンにも置いてありますので、ぜひ読んでみてください。

ケンタロ・オノさん、そして参加者の皆さん、ありがとうございました。


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せんだい環境学習館 たまきさんサロン
平 日 10:00~20:30
土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始
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草原であそぼう~♪自然って面白い!【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
10月18日(日)のサロン講座は、たまきさんサロンのご近所の【青葉の森緑地】からレンジャーの鈴木さんと高松さんをお迎えして、たまきさんサロンの周辺を探索しながら草や花や木々や虫たちなどの生きものたち、自然の楽しみ方のヒントを教えていただきました。

まずは、【青葉の森緑地】についてお話しいただきました。
春、夏、秋、冬、季節によって顔が違い見どころ満載のようです。

「カモシカ」や「イノシシ」、「タヌキ」、「シジュウカラやキビタキなどの小鳥たち」、「ヘビなどの爬虫類」、他にもたくさんの生きものたちがいて【青葉の森緑地】で生活をしているそうです。
「リス」も住んでいて、いつも忙しそうに走り回っているそうです。
運が良ければ青葉の森緑地へ遊びに行ったら会えるかもしれません。

そして、【青葉の森緑地】に限らず、散策中などに 危険と言われる「スズメバチ」や「野生生物」と出会ってしまった場合は、大きな声を出したり、走ったりせず、そっとその場を離れることが大事だということを覚えておいて欲しいとのことでした。
「私たち人間」も「野生動物」が怖いですが、「野生動物」たちも「人間」が怖いのです。
大騒ぎしないで周りを注意して歩くなどの出会わないようする工夫が必要なのですね。


散策スタートです。
ミルビン(観察カップ)と虫メガネを持って出発です。
お天気は晴れ、気温は19℃、自然観察を楽しむには絶好の空模様でした。

たまきさんサロンの前にはゴーヤと西洋アサガオの緑のカーテン。
上の方に大き目のゴーヤが実ってます。 見つけられたかな?


さっそく何かを発見!?

ミルビンに「テントウムシ」を採集しました。
「ナナホシテントウ」はおなかを見せてくれています。


「ムラサキツユクサ」です。
一日で花は終わってしまいますが、一本の茎にたくさんのつぼみを付け、次々と花を咲かせます。
花びらで絵が描けました。


これは「カラハナソウ」です。

雄株と雌株があり雌株の方にこの穂がなります。
ビールの苦味、香りの原料となるホップと似てますねー。
近縁だそうです。


「サルスベリの木」
サルも滑る!木肌が、つるつるです。ピンクの花が咲いていました。


「ヒイラギ」の花も咲いてます。


「キノコ」も発見しました。

でも、毒が無いかどうかがはっきりとわからないため、触りません。
「キノコ」は触っただけで危険なものもあります。


「ヒッツキムシ」でも遊びました。


「ナナホシテントウ」や「ショウリョウバッタ」、「オオアオイトトンボ」、「アキアカネ」に「カメムシ」 いろいろな虫も捕まえてミルビンで観察しました。


まだまだ、観察したりない~・・・虫をもっと捕まえたい~…という気持ちを残しつつ、たまきさんサロンへ戻りました。
今日捕まえた虫たちは、外でそっと、放してあげました。

どんぐりもたくさん落ちていました。

講座開催前にレンジャーさんとスタッフが下見に行ったときには「タヌキの親子」も散策中でした。

今日、参加された親子さんのお母さまが『捕まえた生きものを放すという行為、経験も大事ですよね』とおっしゃられてました。

また季節が変わると、違う発見と出会えるのでしょうね。
自然っておもしろいです。

紹介しきれなかった生きものたちです。
※クリックすると拡大されます。

【青葉の森緑地】レンジャーの鈴木さん高松さん、ご参加頂いた皆さま、ありがとうございました。


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週末♪おふろの愉しみ ちいさな暮らし方【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
9月26日(土)、エコ家事プランナー 川村 康子さんをお迎えして、サロン講座「週末♪おふろの愉しみちいさな暮らし方」を開催し、自然に寄り添い「暮らしと地球が笑顔になる」そして、次世代の子どもたちに安心と安全を届けるための方法を、ゆるゆると心地よく続けられる「おうちを愉しむ」暮らしのヒントとコツをお話ししていただきました。

川村 康子さんは、仙台市在住。【暮らしナチュラリスト】の主宰であり【笑むSTYLE】代表をも務めてらっしゃいます。暮らしナチュラリスト養成講座やセミナーの講師、またハーブコーディネーターとしてもご活躍中です。

まず、『重曹』『クエン酸』についてお話ししていただきました。

『重曹』って、「掃除で使うもの」「環境に良さそう」「体にも優しそう」とはわかっているものの特別な時に使うもののような感じを持っていて、なかなか日常の生活に取り入れられない…。

参加者のみなさま、多くの方が「重曹」「クエン酸」をご自宅にお持ちでしたが、日常ご使用になっている方はその中でおひとりでした。
「重曹」って「大掃除の時などに良さそう~!!」で購入された方が多いのではないでしょうか…?そして1~2度お使いになって、そのまま台所や洗面所などの片隅でひっそり眠ってしまっていること多くないてすか?

片隅でひっそり…いいんです!

『重曹』は湿気や匂いを吸収してくれるので、空き瓶や紙袋やお好みの入れ物に詰め、蓋をしないで「置きっぱ」いいんです!
どんな容器が良いのか?大きさは?『重曹』の量は?
決まりはないのです。紙袋やジャムなどの空きビンや空き箱、食器などなど、器はなんでもOK~。

そして流し台の下部や下駄箱、ベッドの下、洗面所、トイレ、玄関などなど湿気や匂いが気になっている場所に置いておくだけで湿気取りと脱臭をしてくれます。
さらにアロマオイルを垂らしてみたり、庭のハーブ、ラベンダーやローズ、ミントなどを添えると湿気と匂いを取りつつ香りも楽しめる使い方ができます。
自分の暮らしの中に好みの形で取り入れてみる事をお勧めします、とのことでした。

これは、川村さんがお作りになったシューキーパーです。
靴下に『重曹』をそのまま詰めただけだそうです。下駄箱や玄関で大活躍♪


川村さんのご自宅では、お好きなホーローのバケツに重曹を入れて洗面所のおふろのそばに置いておき、常に湿気とりをしてもらいつつ、入浴時には一番風呂のご主人さまがそこから一掴みおふろへ入浴剤として入れる…とされているそうです。

それではここで、『重曹』っていったい何者なの?という方にすこしご説明します!
『重曹』の正体は『炭酸水素ナトリウム』といいます。学校の理科のように説明をすると、『炭酸水素ナトリウム』は水に溶かすと弱いアルカリ性になって、酸を中和することができます。
そして、川村先生によると『重曹』は3種類の姿で売られているそうです。
1つ目は掃除用品としての姿、お掃除コーナーでよく見かけます。
2つ目は食品添加物としての姿で、『タンサン』とも呼ばれています。
3つ目は薬品としての姿で、『炭酸水素ナトリウム』として薬局などで売られています。胃酸を中和するために使われるそうです。

『重曹』は掃除での使い方がよく紹介されているので、お掃除用という印象が強いと思いますが、『重曹』にはなんと300通りもの使い方があるのです!

さて、『重曹』を買う際に1つ注意することがあります。3つの姿で売られている『重曹』ですが、300通りもの使い方があるのは「食品添加物の『重曹』」です。
掃除用品として売られている『重曹』には袋の裏面などに「食べられません」と書いてあるものがあります。そういった商品は同じ『重曹』という名前でも、体に入れるとよくない場合があります。
いろいろな使い方で『重曹』を楽しみたい方は、購入する前に必ず裏面を確認して「食べられる」ものを選んでください。
今日のワークショップで作る入浴剤にも、食品添加物としての「食べられる『重曹』」を使います。
アロマやハーブで香りづけをすると更に気持ちがほぐれて快適に過ごせるのではないかと思っています。

これは川村さんのお作りになったハーブビネガー。
穀物酢の中にローズやラベンダーやミントなど入れると2日程度でだんだん色と香りが出てきます。
酸性のハーブビネガーがリンス材として肌に潤いを与えてくれるそうです。
自然の香り自分の好きな良い香りがすると、肩の力が抜けて呼吸がしやすくなる感じがしませんか?


入浴剤としての『重曹』と『クエン酸』のおはなし~

『クエン酸』が入ることでしゅわしゅわします。
『重曹』と『クエン酸』交わることによってしゅわしゅわが発砲して炭酸ガスが発生し、よりからだを温める、血行が良くなるのです。
おふろにつかるだけで緩やかに皮脂汚れや匂いが、からだから落ちます。

今日は入浴剤として形をつくりますが、粉のままでも良いのです。その時の気分やからだの状態によって香料や塩や砂糖や酢などをトッピングしても良い、『重曹』を追加で投入しても良い、決まりはないのです。
軟水効果もあり、『重曹』を入れた時にお湯が柔らかくトロトロ~~~となっていくのを感じて欲しいです。

『クエン酸』は酸性になります。『クエン酸』だけでも良いのです。
色々試してみてご自分に合った組み合わせを探してみるのも楽しいかもしれません。

はじめて入浴剤として『重曹』を使う方にお話をしておきたいことがあります。
ひとり、二人、三人、四人…増えるほどに、びっくりするほど垢が出ます。
お年頃になると気になる加齢臭についてもちょっとすっきりするかもしれません。自然と剥がれ落ちる汚れです。
さてさて、びっくりしたほど出た垢、お風呂掃除はそのままの『重曹』入り残り湯できれいに汚れが落ちるのです。
さらに残った『重曹』入り残り湯は生活排水となるわけですが、排水管を掃除しながら流れて行きやがて微生物によって自然に帰るのだそうです。
「優れモノにも程がある!」と思ったのは私だけでしょうか…。

さてさて、ここからは入浴剤づくりに入ります。

今日使う材料は『重曹』と『クエン酸』、トッピングとして金平糖みたいな『砂糖』。砂糖には保湿効果があります。
シリコンの型やゼリーやプリンやたまご豆腐の空き容器、紙コップなどがつくりやすいそうです。金属製やガラス製、底のない型は不向きです。

『重曹』は塩。電気分解したものなのだそう。なので、しょっぱいです。
もともと、『重曹』=『炭酸水素ナトリウム』は私たちのからだの中にある成分です。
私たちは10ヶ月間羊水の中で育ち続けますが、羊水は汚れたからと言って交換されるものではありません。炭酸水素ナトリウムが汚れを中和しながら穏やかに良い環境をつくっていたのです。
川や海にも当たり前にあるものです。すでに自然界にあるものを取り上げて私たちは使い方を学ぼうということです。

さあ、『クエン酸』を加え混ぜます。よく混ぜてください。ハワイでは消毒液とも呼ばれているそうです。
疲れた時などに飲まれる方もいらっしゃいます。酸っぱいです。

ティースプーン1杯分の水を加えてよくかき混ぜます。ただし、その時の湿度によって微調整は必要です。
今日はじっくり楽しむということで、ハッカ水をスプレーを使ってまんべんなく少しずつ加えていきました。

シュッシュッ、まぜまぜまぜ、シュッシュッ、まぜまぜまぜ…全体がしっとりしてスプーンの型がつくまで。
手で混ぜる場合は粉を握ったらちょっと固まるけどもろいくらい。
キーワードは「もっと入れたい、物足りない」だそうです。それくらいで水は止めてくださいね―――

「良いですねっ」川村さんから合格点が出ました。


そして、型入れです。用意した型にギュウギュウ詰めに入れます。
一日、寝かしてカチカチに乾燥したら型から抜いて完成です。
すぐに使うのがもったいない方はお部屋の中に飾って消臭湿気取りとして役立ててください、そのあと入浴剤として愉しんでください、とのことでした。


もこもこアイスクリームバージョンの作り方
①、『重曹』と『クエン酸』を良くかき混ぜたら、ティースプーン山盛り5杯分を別の袋に分けておきます。
②、残りの粉は前述のように紙コップへぎゅうぎゅう詰めまで作ります。
③、①の中央部に、ティースプーンに一杯分のハッカ水を2~3回に分けて入れていきます。その間手を休めずに混ぜます。握って崩れないくらいが目安。
水を加えたとたんシュワ~~~…見とれていたらいけません。
袋をシャカシャカまぜまぜ…
崩れないくらいになったら②の上に乗っけていきます。

膨らんできた―――――!!!!!


この状況は、水分が多かったようです。
科学の実験みたいです。
ぷくぷくし続けてますが、固まるので大丈夫です。
同じものはひとつとしてできません。それぞれの形です。

片栗粉をおおさじ2杯分加えると形を作りやすくなり、おふろに入れた時にしゅわしゅわが少し長く愉しめるそうです。


最後に川村さんから『重曹』と『ヒマラヤ塩』、『ミントとバラのドライハーブ』のバスソルトをプレゼントしていただきました。


本日使用したキットのラベルの中に
“The smile that you send out returns to you”と記してあります。
“君が笑えばみんなが笑う、みんなが笑えば君も笑う”
これはインディアンの名言と言われています。
環境も同じと考えています。自分が自然のものとの暮らしを楽しんで心地良く過ごす、ふと気が付くとそれは環境にやさしい暮らしにつながっている。
『重曹』『クエン酸』のことを知り、食べる物で暮らす暮らしを知るきっかけづくりになってくれればよいと思います、とのことでした。

質問タイムでーす。様々な質問が上がりました。
Q:入浴の際の『重曹』の量はどのくらいが目安でしょうか?
A:慣れている方の目安は計量カップ1杯分程度です。その半分くらいから始めていって徐々に増やしていったり、追加投入したり心地よい下限を探していっても楽しいです。
今日作った入浴剤は1回分の目安です。
軟水の効果で床面が滑りやすくなる場合もあります。ご注意くださいね。
24時間風呂(エコキュートは問題ありません)、ヒノキや大理石の風呂は不向きです。

Q:入浴後、お風呂はひと晩そのままで、次の日に掃除をしていますが、大丈夫でしょうか?すぐに洗い流した方が良いでしょうか?
A:ひと晩おいておくことで、追い炊き配管のつけ置き洗浄ができます。
二つ穴の追い炊き配管の場合、追い炊きをすると閲覧注意とする程の汚れが出てくるかもしれません。それほどきれいになるということですが、お風呂に浸かったままで追い炊きをするのはご注意です。
50g以上の塩を使う場合は配管の故障の原因になる場合もありますので、使用後すぐ流すなどの注意が必要です。市販のバスソルトは塩の量を確認してくださいね。

などなど…

「『重曹』って楽しいでしょう~~~?
今日は、自然素材の『重曹』とか『クエン酸』にちょっとトッピングしてみたり、香りを添えてみたりしただけで少しだけ心が豊かになれるように感じていただけたのではないでしょうか。
自然界のものと戯れたり、飾ってみたり、身近に置くことで、そんな毎日を過ごせれば、環境にも自分がつながって行けるのではないかと考えています。」と最後にお話ししてくださいました。

今日は、川村さんがお持ちになったハーブの心地よい香りの中でみなさん愉しんでいらっしゃるようでした。
ブログに書ききれない程のいろいろな『重曹』のお話しを川村さんから伺うことができました。
スタッフにとっても『重曹』は身近にあり、掃除や洗濯では環境にやさしいモノであると聴いたこともありました。でも、なんか…どう扱ってよいのか、ナニモノなのか、よくわからないモノでしたが、もっと気軽に手軽に愉しんで生活に取り入れてみたいと感じました。

川村康子さん、ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。


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「泥のリサイクル~お花を植える土に変えよう~」【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
8月29日(土)に、東北大学大学院環境科学研究科 高橋 弘教授を講師にお迎えして、「泥のリサイクル~お花を植える土に変えよう~」と題したサロン講座を開催しました。

まず始めはゴミのお話から。

現在、地球上にはゴミがあふれて、処分場が足りなくなってきています。
地球環境にとってもゴミは決していいものとはいえず、いろいろなところでゴミを減らすべく工夫がされています。
例えば、今年の7月からはレジ袋などの有料化も始まりましたが、買い物に行くときエコバックなどの買い物袋を1つ、カバンに入れておくだけでレジ袋を買う必要がなくなり、ゴミを減らすことに繋げることが出来ます。
その他にも、ゴミをゴミとして捨てるのではなく、1つの資源としてリサイクルすることもゴミを減らすことに繋がります。

普段、私たちが日常的に飲んでいる水。人間が生活していく上で必要不可欠なものですが、元々どこからきているか、意識したことはあるでしょうか?

仙台市の場合は、県内にある3つのダム(釜房、大倉、七北田)に溜められた水が、それぞれ3つの浄水場(茂庭、国見、福岡)へと運ばれ、飲料水をはじめとした安全な水に作り変えられています。
たまきさんサロンの場合は仙台市の中でも青葉区にあるので、大倉ダムから国見浄水場へと運ばれ、きれいになった水を使っているということになります。

浄水場では人々の生活のために、安全な水を作り続けなければなりません。
しかしその結果、ダムの水(原水)から取り除いた小さな土砂や浮遊物などの「浄水発生土」と呼ばれているゴミが毎年大量に発生しています。県内だけでも、1年間に発生する分を一般的な家庭のお風呂に溜めるとすると、26,000個分必要になります。全国で考えてみると1年間ではなんと1,000,000個分!

これらは産業廃棄物として最終処分場へ捨てられています。最近ではセメント工場へもっていってもらい、使ってもらうこともあるそうですが、どちらもお金をかけて、または相手方に費用を支払って行われているそうです。

今回の講座では、まさに浄水場から毎年大量に出ている不要な泥土を「園芸用の土」としてリサイクルする過程や、実際にどんなところで使われているのかなど、たくさんのことを教えていただきました。

屋上の緑化工事の場合には,使用する土が重いと建物への負荷が大きくなり、また基本的に自然の降雨のみで緑化を行うメンテナンスフリーが原則なので、軽くて保水力の大きい土が望ましいということになります。
リサイクル土を使用した場合は、 実際の土と比べて軽い上に保水力も大きいので、メンテナンスが不要であり、近年増えてきているそうです。
また、実際に夏場の温度を下げる効果や、来館者を癒す効果などが実証されているそうです。

講座の中では高橋先生にご用意いただいたキットを使って、実際に「浄水発生土」を「園芸用の土」に変える体験も行いました。
本来であれば、作業の過程でリサイクル土を使用する場所の生態系を壊さないために、浄水発生土の天日乾燥を行うようなのですが、今回は難しいため模擬の浄水発生土を使っています。

まず、水の入った容器の中に模擬の浄水発生土を入れます。

ある程度水と混ざったら、古紙を半分ずつ2回に分けてまぜ、紙の色が変わってきたら塊が残らないように、一生懸命に混ぜます。このとき使用する古紙には、マンガや新聞紙、タウンページなど表面のコーティングがされていない紙の方が適しているそうです。

次に魔法の粉をいれ、さらに混ぜ混ぜ。
納豆のような粘り気が出てきて少し混ぜるのも大変そうでしたが、糸が出なくなるまでひたすらに混ぜていると、土のように重くなっていきます。この魔法の粉の正体は赤ちゃんなどのおむつにも使われている吸水性ポリマーなので、触ってしまっても害はないそうです。

最後に分散剤と呼ばれている液体を入れて混ぜることによって、それまでの水気を含んだようなねばねばした感じからそぼろ状のパサパサとしたものに変化します。

今まであった水分はどこに行ったの?と思いますが、実際にこの見た目パサパサとしている土を絞ってみると、たくさんの水が出てきます。吸水性ポリマーによって水が蓄えられているのです。

これで土は完成です。この土を使って早速お花を植えてみました!
今回はたくさんの種類があるベゴニアの中でも「四季咲きベゴニア・八重咲」などとも呼ばれている、日本では最もポピュラーな種類のベゴニアを使用しました。

浄水場で発生する浄水発生土をはじめ、津波が川に残していったたくさんの土砂やヘドロも「園芸用の土」としてだけでなく、堤防の補強や、洪水時河川を一時的に氾濫させる遊水池の堤防造成にも使われているそうです。

工事現場から出る泥水もリサイクルされていて、地下鉄東西線の薬師堂駅を作る際にでた泥土は、秋保の道路拡張工事の際に使用されたそうです。リサイクルされて作られた土は、アルカリ性のため年数を経ても雑草が生えづらく、そういった処理に手間や費用をかけたくない場所で使われることも多いそうです。

また、堤防に使用する土には硬さが必要なため、セメントをいれるそうなのですが、古紙を加えると繊維同士の絡まりが強くなり、強度もさらに高まるそうです。この手法は日本の伝統的な土壁に使われている手法が原点なのだとか。

実際にノコギリを使って、古紙が混ざっているものと混ざっていないもの、どれほど違うのか切った感覚を確かめてもらいました。
すると、やはり古紙が混ざっている方が少し固く感じられたようでした。

最後に今回植えた「ベゴニア」の育て方についてサロンスタッフよりちょっと小話。
ご自宅に持ち帰られたあとも、元気に花を咲かせ、葉を茂らせてくれることを願っています。

今回の講座を通して、不要とされているゴミも、使い方次第では有効な資源として使うことが出来ることを教わりました。ヘドロや泥に対するイメージも今回の講座をきっかけに少し変わっていたら嬉しいです。

普段からリサイクルに興味や関心を持って、ゴミが少なくなるような工夫を考えることが出来たら、地球にとっても、社会にとってもいいことになるのではないでしょうか。
まずはエコバックを持つことなど、身近なところから少しずつ始めていこうと思いました。

東北大学大学院環境科学研究科 高橋 弘先生、お手伝いしてくださった大室 ひなさん、デリマ ケニー バレンタイン シマルマタさん、ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

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仙台七夕の由来と再生紙~8万羽の折り鶴のゆくえ~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
8月2日(日)、仙台七夕飾りを手掛けておられる創業明治16年の鳴海屋紙商事株式会社の営業部長 鳴海 幸一郎さんをお迎えして、サロン講座「仙台七夕の由来と再生紙~8万羽の折り鶴のゆくえ~」を開催しました。

「戦後続いてきた仙台七夕が今年は開催されないことになってしまいましたが、七夕まつりは、元来「願い」「祈り」の祭りです。
仙台市中心部商店街さんや地元の商店会さん等が、【次回に思いをつなごう、次回、無事の開催を目指して七夕を楽しもう】と、商店街を訪れた市民のみなさまが七夕の雰囲気を感じられるよう小さめの七夕飾りを飾りました。
今日はみなさんも次回に思いを繋ぎ、次回、無事の開催を目指して、七夕を楽んでいただけたら…」と、鳴海さんのご挨拶から始まりました。

まずはミニ七夕飾りを作ります。
見本を見ながら、7つ飾りのうちの3つ、巾着(きんちゃく)・投網(とうあみ)・屑かご(くずかご)を作りました。


紙の裏表を確認しながら、ひとつひとつていねいに作ります。
「余った材料や、小さなキットが入っていた小袋などは持ち帰って、分別をして捨ててください」とのこと…これも七夕飾りに込められた願いです。


ミニ七夕飾りを作った後は、七夕祭りの由来について教えていただきました。
七夕まつりは中国の乞功奠(きこうでん)という星祭りに由来し、中国から台湾を経由したと思られ、その後、日本の京都・奈良に伝わり、京都から宮中行事として仙台に約450年程前に伊達政宗公が仙台に伝えたといわれています。

七つ道具の意味合いにもつながっていきますが、伊達政宗公が当時の世情の中で女性の節句祭りとしてお持ち帰りになった事は、伊達藩にとって大事なことではなかったでしょうか。
先見の目があった粋な武将、伊達男だったといわれる所以にもなったのではないかと鳴海さんは考えていらいらっしゃるとのことでした。

「機織りが上手な織姫さまと牛飼いで努力家の彦星さまが自分たちの仕事をおろそかにして、遊んでばかりいました。そこで天帝は、『自分たちのやらなければならないことを行ってから、好きなことをしなさい』と、織姫さまと彦星さまを離し、年に1度だけ七月七日に会うことを許しました。」

「勉強や仕事など、自分のやるべきことをしなかったら、その事を知っているのは誰でしょう?自分を一番見ているのは自分です。今日の自分はどうだったでしょう…たまには休んでも良い、その分は次に頑張れば良い…自分自身を見つめなおして道を究めなさい…と七夕さんは伝えたいのではないか」ということでした。
お話を聞いて、背筋が伸び、襟を正す思いです。

次は7つ飾りについて教えていただきました。
本来であれば、ひとつひとつはさみで切って糊で貼って7つの飾りをつくっていきます。


一つ目は、吹流し(ふきながし)
織糸をかたどって飾ります。
今は紙が主流ですが、昔は紙が貴重だったため、生糸を飾りに使っていました。

二つ目は、折鶴(おりづる)
家族の長寿を願い、長生きしてほしい家族の歳の数や長寿を願った数をおります。
自分で決めた想いを、祈りを込め自分でやり遂げる大切さを教えています。


三つ目は、短冊(たんざく)

現在は願い事を書いていますが、昔は文字が上手になるように願いを込めて「七夕」「おりひめ」「ひこぼし」「天の川」などの言葉を書いていました。
間違ったり、満足いかない出来だったものも一緒に飾ります。
目標にどう近づけていったか、頑張った過程が大切です。
願いが叶うように祈りながら墨で書き、上手や下手は関係なく、最後まで自分でしっかり書くことが大事だと教わりました。


四つ目は、紙の着物(かみのきもの)

裁縫や手芸の上達の願いと、子どもが事故にあわないように、病気やケガをしないように、無事に青年期を迎えられるようにという願いを込め3~4歳児が着る大きさの着物を先端に飾ります。


五つ目は、投網(とあみ)

お魚をとる網をかたどっていますが、大漁豊作を願う飾りです。お魚やお肉や野菜が取れますようにという思いが込められています。
わたし達は食べ物から力をもらって生きています。

鳴き声も言葉も発しない植物、鳴き声は発するが言葉を持たない動物、彼らの力をいただいて私たちは生きています。 彼らの力を無駄にしてはいけない、大事に無駄なくいただくことの努力の大切さを教えています。


六つ目は、屑かご(くずかご)

屑かごの中は飾り作りで出た紙屑を入れて作り飾ります。
食べ物と同じように何も言わぬ、私たちに力を貸してくれている道具たちも、感謝をもって最後まで大切に使い切ることの大切さを教えています。


七つ目は、巾着(きんちゃく)

お財布を表しています。むだ使いをやめ、質素倹約、節約の心を養うために飾ります。

「一つの表現としてですが、事故に遭わず、ケガや病気をせず長生きをすれば余計にお金はかからない、食べ物からしっかり力をもらい自分に蓄えれば健康でいられ、物を大切にすれば無駄に道具を買うこともなく、毎日少しずつお金がたまっていく… 七夕さんは七つ道具の締めに、正しいお金の使い方を身につけた大人になってもらいたいということを伝えたいのではないか」と鳴海さんは感じているそうです。


そして、仙台七夕は吹き流しの上部に、「くす玉」という丸い球体を飾ります。
仙台の青葉通りにあった老舗店「森天佑堂」の旦那さんによって初めて戦後復興を願って編み出されました。


ここからは、七夕の飾りつけ、設置から片づけまでを教えていただきました。
飾りづくりは女方の仕事で春彼岸から準備などが始まります。
紙の飾りなので湿気や温度に敏感で、仙台七夕まつりの日にいちばんきれいに咲かせるためには2か月前程からトップスピードを掛けて一気に作り上げるのだそうです。
男方は8月4日笹竹の取付け、6日飾りの取付け、8日「葉っぱひとつ残すな!」の合言葉のもとすべての片付けの3日間だそうです。

取付けから撤去までの様子の動画を見せていただきました。

午前9時までに飾りつけを終わらせなければいけない、真夜中~早朝の間の作業です。
動画を見ていると仙台七夕飾りが恋しくなりました。

8日の撤去は21時から23時59分までの間に「葉っぱひとつ残さず」すべて撤去するのだそうです。

そして、幹、葉っぱ、飾りとそれぞれ分別します。
さらに、竹の太い部分は仙台市のごみ焼却炉やお焚き上げの焚き付け用の薪として活躍しています。


また、ひとつの短冊に書かれた願いごとがきっかけで、仙台市立の小中学校に通う児童生徒による故郷復興プロジェクトの折り鶴も「再生紙」に生まれ変わることになったそうです。88,000羽の祈りを子どもたちに返したいとの思いから活動が始まりました。


この「再生紙」が最初に使用されたのが、オリンピック2連覇を達成した羽生結弦選手への表彰状でした。


その後、小学校の卒業証書や入学要覧、卒業要覧、ノート、等にも活用されることになり、また、【宮城野カルタ】の絵札・読み札がこの再生紙で作られました。

子どもたちが祈りを込めて折った8万羽の折り鶴が仙台七夕で祭られ、その後、たくさんの子どもたちや裏方さんの手で分別され「再生紙」となって生まれ変わり、再び子どもたちのもとへと戻っていくのです。

2017、2018年の再生紙のしおりをいただきました。
2019年の再生紙はコロナ過の影響で解体・分別作業等をすることができず、現在保管されているそうです。


最後に、鳴海さんは、
「何も言わない紙飾りには秘められた思いがあり、仙台にゆかりのある方は何がしかの気持ちが入っているのではないかと思います。
例年とは違いますが、8月中、場所によって期間はまちまちですが、仙台市内いろいろな商店街で七夕飾りが飾られます。
七夕飾りを楽しんでいただき、飾り込められた祈りに思いをはせていただければ、また、みなさんの周りの方にもお伝えいただければ幸いです。」と、締めくくられました。


鳴海屋紙商事 鳴海幸一郎さん、ご参加いただいたみなさまありがとうございました。

次回、無事に開催されます仙台七夕まつりで七夕飾りが見られますように…


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せんだい環境学習館 たまきさんサロン
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川には魅力がたくさん! ~川の環境と川釣りの基本を知ろう~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
7月26日(日)に、宮城教育大学 棟方有宗准教授をお迎えして「川には魅力がたくさん! ~川の環境と川釣りの基本を知ろう~」と題したサロン講座を開催しました。

川が好き、魚が好き、釣りが好きという先生の原点からお話しが始まりました。

東京都多摩の出身の棟方先生は、小学生(8歳)の頃、近所の多摩川にオイカワを釣りにお父さんに連れられて行ったことがきっかけで釣り好きになり、小・中・高校と通して、ひたすら釣りにのめり込む日々を送ったのだそうです。

17歳の時に図書館で『回遊魚の生物学』という本と出会い、18歳で魚の研究者を志したということでした。

大学院の時には、日光の研究所で大型のマスの研究を始められ、先生が釣る魚も巨大になっていきます。アメリカのオレゴン州に留学されていた時に、初めてキングサーモンを釣り上げ、この時はイクラ三昧の日々を経験したそうです。

30歳で宮城教育大学に奉職し、サケ・マスなどサケ科魚類の研究の第一人者として現在ご活躍の棟方先生ですが、先生の特徴は釣りのエキスパートでもあるということだと思います。生物の生態を調査・研究する上で、実際に現地に足を運んで対象を捕獲観察することは、とても重要な意味を持っています。

今日は、そんな棟方先生に釣りについて教えていただきます。

私たちが住む仙台の広瀬川は、名取川の支流で一級河川です。
源流部から名取川に合流するまで、全長45kmの中規模河川となります。
では、広瀬川には何種類くらいの魚が棲んでいるのでしょうか?

正解は、32科72種類くらいです。

海外の数千kmにも及ぶ流域を持つ大きな川にくらべて、わずか45kmの広瀬川ですが、場所によって棲む魚の種類も違っています。
広瀬川の上流、中流、下流の写真を見ながら考えてみましょう。

上流部にあたる奥新川付近の写真を見ると、「川幅が狭い」「水がきれい」「浅い」「苔がはえている」「木陰を流れている」「大きな岩がある」ことがわかります。

上流域を好むヤマメやイワナの生息域です。

次に、上流から少し下った場所の写真です。「広い河原がある」「大きな岩がなくなる」「丸石が多い」「日当たりがいい」「川底がヌルヌルしている」「水量が多く流れが速い」ことなどがわかります。

中流の「運搬域」と呼ばれる流域で、カジカなどが生息しています。

さらに下った中流域の鹿落坂から霊屋橋を撮影した写真です。

「市街地の中を流れる」「石が少ない」「砂や泥によって中州が形成される」「水際に植物が多い」様子がわかります。このような河川状態は「堆積域」と呼ばれます。

中流域に生息する魚は、アユやウグイやアブラハヤなどです。

アユはサケ科、ウグイやアブラハヤはコイの仲間です。
見分ける方法は、背びれの後ろにもうひとつ「アブラひれ」というひれがある点です。

最後は、名取川との合流点である郡山付近の下流部の写真です。
「川岸に土や泥が堆積している」「水が濁っている」「水深があり底が見えない」「流れがゆるやか」などの特徴が見てとれます。
上流の水にくらべて透明度が低いのは、石が削られ粒子となって水に溶けていることや有機物の量も圧倒的に多いためです。

この流域には、フナやナマズやオイカワなどが生息しています。

広瀬川は流域ごとに川の環境が大きく異なり、そこに生息している魚の種類も違っています。

上流、中流、下流の環境の違いや四季によって、生息する種類の多い広瀬川の魚たちですが、次第に生息数が減ってきている魚もいます。
例えば「アカザ」と「スナヤツメ」です。
「アカザ」は、山形県や岩手県ではまだ見つけられるそうですが、宮城県内にはすでにいないそうです。
「スナヤツメ」は、シーラカンスよりも古くから生息していて、背骨が無く魚とホヤの中間のような生物ですが、まだ広瀬川でも見つけることができるそうです。

そして、仙台市内では数十年前に太白大橋付近で目撃されたのを最後に、姿を消した「アカヒレタビラ」というタナゴがいます。
二枚貝に卵を産みつけるため、貝の減少が「アカヒレタビラ」の減少に影響していると考えられています。 名取川水系には、まだ生息しているようです。

広瀬川には、川と海とを行き来する回遊魚もいます。
「サクラマス(ヤマメのうち、川と海を回遊し再び川に戻って来たものを指す)」です。

「母川(ぼせん)回帰」と呼ばれます。サクラマスはどこまで回遊するかというと、ロシアのオホーツク海を1年かけて回遊し、翌年の春にまた同じ川に戻って来るのです。

 サクラマスは、冬に孵化して川で育ちます。
外敵から身を守るため、稚魚の頃は、川底の砂利に似た模様をしているのが特徴です。

春になり海に下ると、海の外敵から身を守るためにキラキラとした銀化(ギンケ、ヒカリとも呼ばれる体色変化)が始まります。

海鳥から狙われないように、背は海と同化する青色となり、腹は海の底から水面を見上げたときに反射する銀色になります。

1年経つと、秋にはキラキラした銀化からピンク色の婚姻色となり、産卵のために再び広瀬川に戻って来ます。

 このサクラマスも、川の環境変化の影響により、この20年間で数が激減してしまっているということでした。

後半は、実際の釣り講座です。

仙台で出来る釣りには、「エサ釣り」「疑似針釣り」「おとり釣り」があり、それぞれ釣り道具も違ってきます。

その中でも、簡単に始められる「のべ竿釣り」の仕掛けの作り方を教えていただきました。

竿と糸と針をつなげればいいのですが、その基本的な結び方である二つの結び方を実際にやってみました。

「ダブルサージャンスノット」:糸と糸を結ぶ結び方
「ユニノット(フリーノット)」:糸と針を結び結び方。

頭ではなく体で覚えるまでが、たいへんかもしれません。

次にエサですが、単純に生餌や疑似餌を使って魚を呼び寄せるだけではダメで、その川のその時期に、魚がどんなものを食べているのかを知ることが重要だといいます。魚が食べたいエサを投げてやることが、ヒットの秘訣なのだとか。

先生たち研究者は、最初に釣った魚に生態研究のために使う「ストマック・ポンプ」という道具を口から差し込み、胃の内容物を取り出して調べるそうです。

たしかにこれだと、そこの魚が何を食べているのか、はっきりとわかります。それによって、釣りに使う生餌や疑似餌を選ぶわけです。

 棟方研究室の活動では、震災後の野生メダカ保護活動『メダカの里親プロジェクト』が有名ですが、今回は、4年生の伊藤崚さんから『河川横断物と魚について』というテーマで行っている取り組みの報告がありました。

例えば、川に1mの垂直の段差があったとします。
越えられる魚もいますが、越えられない魚がほとんどです。

この段差、つまり「河川横断物」は、自然の「滝」などを除いた人工の「ダム」や「堰」を指します。

サケやサクラマスのように遡上行動をして産卵する魚にとっては、この段差によって産卵に適した上流にまでたどり着けない事態になっているのです。これが個体数の減少を引き起こし、川環境の悪化にまでつながっていくのです。

そこで、打開策のひとつとして取り組まれているのが、魚が遡上しやすい川づくり事業です。低コストで短期間の工期で可能な「魚道」づくりが、全国的に企業や行政との共同プロジェクトとして行われています。

しかしながら、特に小さな河川の場合は、まだほとんど手がつけられていないのが現状なのだそうです。

 棟方研究室での取り組みでは、八木山の竜の口渓谷の堰堤改修プロジェクトによって、広瀬川から魚類をはじめ多くの水生動物や昆虫が上って来ているという調査結果が出ているという報告でした。

川環境の改善や保全につながる素晴らしい取り組みだと思いました。

今回の講座では、私たちの一番身近な場所を流れている広瀬川と、そこに棲む魚を通して、川の環境について学ぶことができました。豊かな川があってこそ「釣り」を楽しむことができるということを教えていただきました。

「釣り人は川の環境の番人である」という言葉の意味がよくわかりました。

棟方先生、伊藤崚さん、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

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クマが生き残り、オオカミが滅んだのはなぜか? ~江戸時代の記録から考えてみよう~ 【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
2月1日(土)に、『クマが生き残り、オオカミが滅んだのはなぜか?~江戸時代の記録から考えてみよう~』と題した講座を開催しました。

今回のサロン講座では、かつては日本の野生動物の頂点に位置していたオオカミが絶滅し、クマが生き残った原因について、江戸時代の記録を参考にしながら、その狩猟方法や利用方法の視点から考えてみます。
講師には、宮城県利府高等学校教諭の村上一馬(むらかみ かずま)先生をお迎えしました。


【熊の被害】

江戸時代に書かれた弘前藩の古文書を見ると、人喰い熊の被害について詳細に記されていることがわかります。
山菜取りや薪取りなどで山に入り、山中で襲われたといった記録です。例えば、被害が頻発した元禄八年から享保五年(1695年~1720年)の26年間には、死者20人、重軽傷者51人という大惨事が記録されています。


【熊の狩猟】

現在でも行われている熊の狩猟方法は、熊を追いライフル銃で仕留めるという方法ですが、かつてのマタギ猟は「タテ(槍)」による方法でした。これは、弘前藩が猟師の鉄砲使用を認めなかったからだそうです。

また「オシ、オツソ、ヒラ」などと呼ばれる罠を使った猟が主流でした。これは、吊り天井式の圧殺罠で、木を組んだイカダの上に石などの重しを載せて吊り上げておき、下に熊が入って留め具が外れると、イカダが落下して押し潰すという仕掛けです。

会津藩の記録(1807年)を見ると、季節によって狩猟方法を替えていたことがわかります。

秋は里に下りて来た熊を鉄砲で打ち、通り道に罠を作って獲る。冬と春は木のうろで冬眠しているところを出口を枝で塞いで槍で突く。冬眠から覚めた頃には、穴の出口で待ち構えて大勢で巻き狩りをして槍や鉄砲を使って獲る。

熊の武器は、口吻よりも鋭い爪が付いた掌なので、接近戦にならないように工夫していたことがうかがえます。


【熊の利用】

熊の狩猟目的は、そもそも人喰い熊退治ではなく、その肉や毛皮、「熊の胆」と呼ばれる胆嚢が珍重されたからです。
解体した肉は猟師が分配しますが、『泥障(あおり)』と呼ばれる鞍の下に敷く泥よけには熊皮が使われ、幕府への献上品とされていたので、これなどは庶民や下級武士には手の届かない貴重品でした。また「熊の胆」も医薬品として、藩による厳しい管理のもと高額で取引きされていました。


【狼とは】

狼(ニホンオオカミ)は、明治38年に奈良県での捕獲を最後に絶滅したといわれています。

その標本剥製も日本に現存するのは三体のみです。
生きた姿を写した写真すらありません。
この残された剥製や絵画をもとに、ニホンオオカミの姿を想像するしかないのですが、大きさは柴犬程度、耳が立ち、口吻が大きい。尾は巻かずに垂れている。さらにオオカミは、棒で打っても犬のようには吠えないそうです。

この剥製になった個体は、かなり小さい個体で、文献を辿ってみると実際のおとなの個体はもっと大きかったのではないか(剥製の1.4倍位)と、村上先生は推測されています。


【狼の被害】

弘前藩や盛岡藩の文献には、熊と同様に狼が人間を喰い殺したという被害の記録が残っています。
被害は元禄 ・宝永年間(1688年~1710年)に集中し、この間記録に残るだけでも最低89人が死傷したとあります。

被害者は大半が子どもで、夏の昼夜に人里において襲われています。

なぜこれほど被害が頻発したのか?

まず、猟具の問題ですが、弘前藩は猟師に鉄砲の使用を禁じていたので、タテ(槍)しか使えず、熊と違って人に向かって来ないで逃げてしまう狼を狩るのには無理があった。
一方、鉄砲が使用出来た盛岡藩の猟師たちにおいても、すばしこい狼に対しては鉄砲は不向きだったと思われる。

これらのことから、猟具の問題ではなく、原因は時代状況に求めるべきではないかと、村上先生は考えておられます。

効果的な対策もないまま、人々は狼除けや狼祭(オイヌマツリ、オイノマツリ)という形で、せめて狼に襲われないように消極的に自衛するくらいしかなかったのかもしれません。

このような状況が一変するのが、享保年間に狼による牧馬被害が多発するようになってからです。
幕府献上品として、「御野馬」は非常に重要な動物でした。享保八年には牧馬が全滅し献上出来ないという事態にまでなります。

人間が襲われていた時よりも、献上馬が襲われたことを重要視した藩は、「狼を無きものにせよ」という御触れを出す事態になっていったのです。

狼退治に本腰を入れ、狼の巣穴を見つけ次第燻り殺すという指示が出されます。
さらには、「狼取(オオカミトリ)」と呼ばれる専門の捕獲人が、毒を使い効果を上げます。
1718年~1769年の52年間に最低でも451匹捕獲したという記録があります。
捕獲には、報奨金が支払われ、特にメス狼の値段が高かったといいます。

このような背景があって、狼の徹底的な駆除殲滅が加速していったのです。


【狼の利用】

毛皮や肉や内臓が利用された熊と違って、狼は猟の獲物としてあまり利用価値はなかったと言えます。
狼を駆除したその証拠品として皮や牙を提出し、確認後には廃棄されてしまうくらいの扱いでした。

全国各地において、利用方法として挙げられるのは以下のようなものだけです。
・狼の骨:削って猩紅熱(しょうこうねつ)の薬として飲んだ
・狼の牙:狐憑きのお祓い(他の獣の骨や牙と一緒に「イラタカ数珠」などに使った)


【結論】

今回の講座のテーマである「クマが生き残り、オオカミが滅んだのはなぜか?」に対する答えは、熊はあくまで利用を前提として狩猟が行われたのに対して、狼は人身被害によってというよりは、大切な「御野馬」が襲われる被害に対処するために官民あげて捕獲が行われ、やがては毒による殲滅にまで及んだせいであると結論づけられると思います。

一度は絶滅したトキもまた、江戸時代には田畑を荒らす害鳥の扱いをされ、農民から嫌われていたと言います。狼も同じく産業の障害となったために駆逐されていきました。
野生動物が絶滅にいたる過程では、産業との関わりが深いと考えられます。

現在、日本における動物や昆虫による死者数で一番多いのは、スズメバチによる被害ですが、自然界で脅威とみなされ、薬剤などによって駆除されているスズメバチなどについても、生態系への影響の視点から、もう一度冷静に検証してみる必要があるのかもしれません。

今回の講座を通して、残された文献から狼絶滅の謎に迫ることが出来ました。
同時に、改めて生態系に人間が及ぼす影響力の大きさについて考えるヒントをいただきました。

最後に、先生が持って来てくださった熊と狼に関する標本などの展示を興味深く拝見して、 今回のサロン講座は終了となりました。

村上先生、講座に参加してくださったたくさんの皆さん、ありがとうございました。


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