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行くぞ探検隊「竜の口渓谷をガチで歩く!」東京スリバチ学会と冒険だぞ!!

どうもです。このブログも思いつきのまま気が向くまま、時には風の吹くままにアチコチ行ってきましたが、とうとう青葉山の足元に広がる大秘境までやってきました。おいて行かれたら死んでしまう!竜の口渓谷、本当にこんな台風の日に行っていいのか?東京スリバチ学会「竜の口渓谷をガチで歩く!」参加記です。


ってことで、9月30日。今日は日本列島どこもかしこも台風チャーミーの影響で関東では夕方からJRがすでに運休を決定、気象庁が「不要不急の外出は避けてください」とアナウンスしているというのに雨対策万全な人たちが集まってくる集まってくる。。。


やぁやぁやぁ。集合時間9時ぴったりに改札口を抜けてやってきたのは、東京スリバチ学会会長の皆川会長さんです。
「どうも私が雨男なばかりに、今日は散々でして。」
確かに思い返すといつも雨が降っているな。


やぁ。ご無沙汰しております。といいながら、僕は渋谷のラジオってローカル局の金曜日だけのヘビーリスナーでして、その朝の番組「渋谷の工事」に皆川会長が登場して大暴れした回(いまでもオンデマンド配信で聴ける)は拝聴しましたよ。ローカルすぎるか。
ちなみにその左側にいらっしゃる白シャツの凛々しい方が、本日の案内役「青葉山・八木山フットパスの会」東北大学所属の内山隆弘さんです。どうも本日はよろしくお願いします。
 
あ〜今更ですが、本日写真が100枚超えましたので、テキトーなブログなのでテキトーにスルーしてくださいね。


さてさて受付。今日の参加費は保険料の500円と。あれ?


支倉常長さん。今日はどうしたのですか?
「いやぁ。歩くつもりできたんですが、さすがにこの天気では着物がグチャグチャになって無理なので、ご挨拶だけきました。」


流石に今日は行けないけど、参加料を払いにきてくれた人には、学会から「スリバッチ」がプレゼントされました。。。おお!なんだコレ!

さて。では改めて。。。
本日の流れを説明します。といっても、この台風ですから渓谷を歩くというのは危険なので、本日竜の口渓谷を歩くのは中止とします。
「ええええっ」
「あ〜〜〜がっかり」


そのかわりに、八木山から金剛沢治山の森を経由して、青葉山の最高地点二本楢山を経由し、竜の口渓谷の上部を巡って、青葉山駅まで歩くコースを楽しもうと思います。


青葉山には8本の尾根が伸びていまして、それぞれの尾根道には藩政時代には道がつけられ、その先には亀岡八幡、大年寺、西多賀神社など、神社仏閣が配置されています。
最高点は二本楢山とよばれ、205メートルの高さがあります。
なるほどねぇ。


こちらは昔の江戸時代に作られた名取郡北方根岸村・平岡村入合絵図(仙台市博物館蔵)の地図です。この青葉山の裏の丘陵というのは、仙台城の一部であるということで厳しく立ち入りが禁止され、山守と呼ばれる人に管理されていたんですね。


そして土塁(東原の鹿除土手)も築かれていて、前回のフィールドワークで訪れました。今日はこういった藩政時代の遺物も巡ることができるかもしれません。
では、出発です!


地下鉄駅から一気にエレベーターで「てっぺん広場」へ!
あれ???降ってないぞ。


皆川さんもやってきて「あれ??降ってない」
今日は参加者に「晴れ女」。そして取材してる僕は「仕事中は晴れ」男が来ているんですね〜。


ではここで、重鎮による首脳会議を開きます。
「なんか行けんじゃない?」「まぁ、あくまでもジコセキニンッテやつですね」「だったら挙手とってみますか。」


「今日はこんな天気の様相ですが、ジコセキニンでも歩きたいって人!」
「ハ〜イ」
「保険は入っているけど、下りないかもしれないですよ〜」
「ハ〜イ」


「じゃ、命が惜しい、行かないって人」
・・・・・いないですね。
はい。みんなそろって警報の出てるこんな日に渓谷探検となりました。
やっぱこうでなきゃ。


じゃ。出発前に記念写真撮るよ〜。
あの。。。皆川さん主催なのに入んなくてい〜の?
「い〜んです。い〜んです。」


皆川さんの横っちょからとったから、少しハスの写真。
どっち向いていいんだかわからんと不評でした。


じゃ、出発だ。


八木山駅から出発だ。


カッパ着て出発だ。


え〜とですね。本日の小道なのですが、紅久株式会社の所有地を通るという、暗黙の了解というアンニュイな感じな許可でして〜。さっきの訂正。八木山駅の方から来たということにしときましょう。


そしてココが入り口です。
「え!ここなの!?」
あまりに唐突な入り口の出現。その辺の土手を降りていくという極めて分かりにくい入り口。


じゃ、降りてくぞ。
もう既にここはどこだか解らない。


まるで岩手山の奥地のような、気仙沼の奥深い藪のような。


いったいここはどこなんダァ〜!(いやいや全力で戻れば仙台駅まで15分です)


おお!木を伐採している。なんか管理されている感。


足元に、キノコ。


ゲキサカを下っていきます。果たして本当にここは青葉山の裏側なのでしょうか?


なんかスターウォーズの帝国軍の基地見つけたみたいな絵になってますが、あれは東西線地下鉄の竜の口橋梁です。地面の中通っているはずのものが、空飛んでる時点でSFですが。


そしてロープが登場。


曰く
「急坂の途中にロープがありますが、全力で体重をかけたりしないように」
ヤバイ代物なんですな。


あ〜アレはナンダ!


川で〜す。とうとう竜の口渓谷に降りてきました。


地図を見て
「ふむふむ。これが川か」
川です。


ちなみにここでは川は3つ又になってまして、小さい流れは東北朝鮮初中級学校の方から流れてきてます。


こっちのデカイ流れは、青葉山裏から流れる本流です。


クジラ坂ってのはですね。かつてこの一帯は海でして、1999年にここでクジラの化石が発見され、重機で持ち上げた道なんです。


そしてちょっと下流に進みますと。
「おお〜見事な崖だ」


この崖が、層になっているの分かります?
この一帯。北上川にそって花巻のあたりまで竜ノ口の海なんて呼ばれていた時代があり、その頃に堆積した土砂があったり、さらに海が引いて湿地帯になり、そこにセコイヤの木が繁殖している頃に大火砕流が発生して木々が埋まってしまったり、またもや海に沈んだり、と思ったらまた海が引いて扇状地(川が小石などを運んできて出来る傾斜地)になって礫が堆積したりと、とにかく変動が激しかったのです。


これが竜の口の海の図。なんか本当に内陸の方まで沈んでたのだな。

なので、地層を見ると、年代ごとの様々な地質学的な痕跡が確認できるのです。
しかし。竜の口渓谷なんて八木山から青葉城に行く道すがら、赤い橋の上から眺めるだけだったのに、とうとう降り立ってしまったのだなぁと、感慨深いものがあります。


そこにこの「青葉山・八木山フットパスの会」の意義があるんですよね。
青葉山地区と八木山地区は、この竜の口渓谷で途切れてしまっているんです。なので歩けるよう道案内を整備すると地理的交流など意義があるのではないでしょうかということでした。


ここより上流は、主に竜の口が陸地だった時代の地理的環境を遡るのです。350万年前の大火砕流の時に蒸し焼きになった木々は天然木炭、その前後の湿地帯に堆積した木々は亜炭と呼ばれてまして、この渓谷の上部にはもっと露出しているところがあるので、いまでも少しずつ崩れては流されてくるのです。


ほんとだ。川の小石のあいだに黒いのがある。


じゃ、もっと上流にさかのぼっていきましょう!


ガサゴソ。ジャボジャボ。


あれ、内山さんが戻ってきた。


だ〜めだめ。水量多すぎて、登れません。


やっぱりこの台風で増水していてダメだったかぁ。


というか。甚だ危険なとこにいるんでないかい?
まぁ首脳会議
「じゃ、ここから元の治山の森の探索に切り替えましょう。」


「え〜とですね。今日は増水のためにここで渓谷歩きは中止とします。
いまからもう一回クジラ坂を登りまして、あとは平坦な道路と、林道歩き。。。」


「いや。山道歩きをします。」
アレ?今なにか訂正しましたよね。


ところで気になってたんですけど。
内山さんの靴って、ローカットのトレッキングシューズですよね。もう見るからにグチャグチャ。


ついでにいうと、皆川会長の靴はティンバーランドだけど、オイルレザーじゃないからシケシケ。水、沁みません?
「え?これ一応山歩き用に買ってきたんだけど」


いやどうみても、両者が一番足元が手薄な気がしますけど。。。


あらよっと!
皆川会長のジャンプでした。


こちら。川の分岐に置いてあったデカイ亜炭と


木の中の炭素がケイ酸に置き換わり、石化の進んだ珪化木です。


帰りはあっという間です。そんなこたない。まぁ撮るものもないんで。


じゃ、このあとは、渓谷の上部を巡ってって、話をしてました。


でもよく考えてみたら、渓谷は降りたし、これから周囲の山も見学するし、今日は二度美味しかったのかな。


ふやぁあああ〜登った。
あ。まだ後続がいた。あやうく失踪者が出るとこだった。


では。これからのプログラムの説明。
青葉城から、お殿様一行が季節になると三神峯方面に松茸狩りに出かけたそうで


その尾根をめぐる道は、今は舗装道路に置き換えられましたが、概ね残っています。これからその痕跡を歩きましょう。


ではまた出発だ。


そして見晴らしのいい道端でストップ。
見えますか。目の前の山が恐竜のような形をしていて「恐竜山」と呼ばれています。(そのままじゃん)この道は、いまは大通りで分断されてはいますが、かつては日赤病院のあたりから恐竜山を通って、三神峯神社まで続いていました。


おお〜恐竜だ。そしてその左の緑が三神峯神社方面ね。


ここの峰には、もともと八木山を開拓した八木久兵衛さんが、事業の安全を祈願して開いた神社がありました。が、時代もずいぶん巡り、いまは西公園の櫻岡大神宮に合祀されました。
それって大丈夫なのか八木山?


緑が深いねぇ。


ほんとだ。紅久株式会社だ。でもなんで紅なんだ?
「以前は白粉や紅を扱っていたから、紅を扱う久兵衛さんで、そして今はこの会社名です」
そうかぁ。じゃあ。いつぞやの村田とかも関係あるのかなぁ?
そしてベニーランドの名前はそっからきてたのか!


やぁ。平穏な道路の散策だと思ったら。。。
「あちらの小道が元のお殿様とかが歩いていた道の痕跡です」
小さな鳥居があったりと、嫌な予感しかしない小道。。。


あれはゴミの不法投棄が多くて困っていたから置いた鳥居だそうな。そしてまたもや山道を歩く。


木々の下も潜る。
「今日倒れる木なので触らないでください〜♪」
ってのは、直径20センチぐらいの倒木が、見上げるような高さなのに小枝に引っかかってるだけ。そりゃ、今日は台風だしな。。。で、納得しちゃうぐらい感覚が麻痺。


ここは水抜き用の立坑の出口でして、落っこちないように蓋もしてあります。
中からは何やら水が流れる音もします。


「ここ金剛沢治山の森は典型的な地滑り地帯でして、崩れ落ちてきた土砂が堆積して、この一帯はこう、シワになっているんです。そんな場所を雨の中歩くってのも如何なものかと思いますが。。。」
え!なんかいま大切なことサラッと言いませんでした?



なので、この一帯には縦横にトンネルを掘って水を抜いているんです。


「ここに長さ400メートルほどのトンネルがあって、私たちも入ったんです。」
なんか規模がでかすぎて、ボンヤリすごいんだなぁと。


「そしてですね。そこの先には、かつて地滑りを起こした崖がありまして。」
え?それってこのあいだの北海道の地震とかと。
「おそらく似た原理でしょう」


「そして亜炭取りの親子がここで二人亡くなってます。」
やっぱりヤバイ一帯じゃないですか。


やぁ。もう脅かされっぱなしでした。
さきほどの扇状地だった頃の礫層には水が溜まります。その上に周囲の火山の噴火(川崎町安達山など)から飛んできた火山灰や軽石が堆積しているから雨などが降ると礫層に溜まった水が上部の土砂を滑らせるそうです。


その地滑り災害を防ぐためにトンネルで排水し、金剛沢に排水しているのです。


さて。今回は盛りだくさんすぎて、ようやく後半のパートに入ってきました。
青葉山キャンパスは元々はゴルフ場だったんですね。なので、いまでも未開発のあたりはゴルフ場っぽい。キャンパスに隣接して、ゴルフ練習場もありますね。
そして、ここが竜の口渓谷の最上部!谷は右下から延びてきて。。。


本当は真ん中よりさらに左のほうまで延びてたんですが、ゴルフするのに具合が悪いんで埋めちゃったんだって。


なんでしょ。この森。
ここの樅(モミ)の森は、だいたい日本ではここが北限の森だそうです。
この一帯は放っておくと植生が下生えから樹々が茂ってと変化し、最後に行き着くのが樅とイヌブナの森だそうです。ただ、ここより北は樅は生えるけど森にはならないということです。


さて、その先にあるのが二本楢山の山頂がある。。。どなたかのお屋敷の入り口でした。あ〜あ。


続いて、藩政時代にお殿様が、山守りのおじいのところへ度々、松茸狩りに通ったと考えられる道が、いまでも一部現存しているそうです。


住宅地脇の藪をガサガサ入ると「おお!」


これは!手付かずの山道が!


100メートルほどで終わる。
この半端感は、土地収用で失敗して残っちゃったのかなぁ。


ちなみにこちらのゴルフ打ちっ放しは、竜の口渓谷のこちらも最上端。まさにスリバチ地形を「こりゃ〜打った球が自然に戻ってきてちょうどいいわい」ってんで、造成しちゃったのだな。


あちこちに白いのが転がってる。
まぁ、あれも礫って言っちゃえば、礫だなぁ。


1万年ぐらい経つと、青葉山ゴルフ層とか出てきたりして。
打ちっ放しの人は「あいつらなんで列になってこっち向いてパチパチ撮ってんだ」って思ったろうな


さて、そんなゴルフ打ちっ放し場の脇の藪を分け入っていきますと(まだヤブコギやってる)


旧日本帝国陸軍の練兵場の外周にあった杭に出るそうな。


このね。かつての「青葉山練兵場」の竜の口沢北岸に沿った外周に、点々とこんな感じで目印の杭がありまして。


これですな。


陸軍のはMの文字が刻んであるのです。(militaryの略かな?)
でもなんか可愛い文字だなぁ。
海軍だとMMなんだって。(marine militaryかな?)


やぁ〜。長かった。ここまで写真で100枚近く。随分と長旅だったけど、ほとんど雨が降りませんでしたね。


この一帯が、元練兵場。
かつては森林伐採もあったし、訓練で使っていた時は相当荒れていたので、藩政時代の森の痕跡はないそうな。



あっちが万助沢。
下の方で分岐した沢が、二本、ちょうど青葉山駅の裏手に延びてます。
ちょうどたまきさんサロンの正面に見えるあたりの森は、豊かな自然を残しているのでそのまま保存するそうですよ。


ってことで、サロンの横のコンビニのとこまで帰ってきました。
とうとう天気が、もちましたね〜。


では、本日の案内役、内山さんに拍手して今日の会を終わりにしましょう。


ヤァ〜パチパチパチ〜。


どうもありがとうございましたぁ〜。パチパチパチ〜。


次はもっと水のない時にしましょう。
そうですねリベンジってことで。


今日のコースを知りたい方はコレ。
「青葉山・八木山フットパスの会」発行の「青葉山・八木山フットパスガイドマップ」
これ、270円でAERの丸善、金港堂本店のほか、仙台市博物館の売店で売ってるよ。


なかなかすっごい会でした。そして皆川会長はというと、このあと新幹線が動いているうちに東京へ帰んなきゃって、すでに1時半の席をとってるとか。ほんとヤバい日でしたね〜。
ちなみにこの写真は12時12分。


ぼく?一緒に歩いたメンバーの「お疲れ〜。すんげー汗かいた。でビール飲もう!」って、街で飲んでました。これは午後1時。
これだけ冒険してこの時間にビール飲んでる。仙台すごくない?

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ほんとに暑いですね。今年も一番町四丁目商店街で打ち水イベント開催しました。

暑いですね〜。暑くて暑くてもうクッタクタに疲れております。さてさてお盆のこの時期は、一番町四丁目商店街で、恒例の打ち水です。


昨年は雨続きの日々だったんだけど、今年は倍は暑いよね〜。なにしてるの?ああ、サーモグラフィー持ってきたの。30.6度から40.7度。。。こりゃ、酷暑だな。


やあやあやあ!皆様お集りいただきありがとうございます。
ーーーやってきました伊達武将隊。


報道陣もいっぱい来てるよ〜。有線放送が一社に、あと地デジ放送局ぜんぶ。すげ〜。


それでは皆様始まりますよ。


はじまりは、伊達武将隊の剣舞です。


えいや!


伊達武将隊!
すっごい人が集まってくるんですよね。


今年はせんだいE-Actoion実行委員会小林代表から始まりの挨拶です。
「武将隊の演舞のあと、いきなり私ではどうにもやりにくいですが〜(一同爆笑)今年の暑さはとても厳しく、エアコンを使わないと耐えきれません。ただエアコンに慣れきってしまうと、ますます日中の温度に耐えられなくなってしまいます。そこで、打ち水など伝統的な涼み方を学んで、暑い夏を乗りきっていこうではありませんか!」


つづいて一番町四丁目商店街振興組合 副理事の浅野様
「本日は、日が暮れる頃から、仙台七夕で使用した竹を再利用した竹あかりイベントも開催されます。ぜひとも1日楽しんでいかれてください。」


そして、美しい女性の皆様の紹介を
「せんだい・杜の都親善大使の金あおい、笹木花梨です。今日はよろしくお願いします。」


では、小十郎。皆に打ち水のバケツを配っているあいだに、伝統的な打ち水の秘訣を教えてくれんか。


電気のなかった時代の伝統的な涼み方、打ち水は、気温を5度下げる効果があると言われているが、それにはさらに大切な秘訣がある。
「いち。打ち水は、日が高くなる前の朝や、少し陰って来た夕方に行うと、効果が高い」
「に。打ち水は、水道の水だけではなく、風呂の残り湯や米のとぎ汁などを活用すると、尚のことエコである。」
「広瀬川の水を汲んでくるって手もあるな。常長。」


「さん。水は上から投げるようにではなく、下から、主に暑い部分を狙ってかけてやると効果があるのだ」
では、みな、各々のバケツを持ったか。


では、参ろうか。
まずはここから始めるぞ。
カメラの皆様。用意はいいか。いくぞ!


暑い夏は、伝統的な過ごし方、打ち水で省エネに励むのだ!
E-Action!


えい!って、みんなザバザバ撒いてます。


無くなっちゃうんじゃないのか?


川になってますね。でもスッと涼しくなりました。


打ち水で、省エネに努めるのじゃ。


や。みなさん今日は。


今日はみなさんに、打ち水を実行していただく参ったのだ。省エネに努めよう。


ささ。E-Action!


打ち水で涼しく過ごそう!


打ち水で賢く涼しく暮らそう。


打ち水をしよう!


よし。皆集まって、ここで掛け声とともに。


打ち水をしよう!


お嬢様方も、打ち水です。


伝統的な涼み方を実践しよう!

打ち水で涼もう!


あれれ。水がもうない。補給補給。


賢く無理なく省エネに努めよう!


とうとう本日のゴール。東映ビル前まで来たよ。
ここで残ったお水を一緒に〜。



打ち水だ!
ドボドボドボって。ありゃりゃ。一気にバケツの水を撒いちゃったよ。


なんか後ろからも飛んできてレンズにも水。


そんなこんなで、短いあいだに商店街は水びたし〜。でも、スッと涼しくなったね。


そして帰り道にも、まだ打ち水。


涼しげで良いですね〜。


皆のもの。大義であった。
どうじゃ。打ち水の効果は?涼しくなったであろう。
ここで我らの演舞。さんさ踊りを披露しよう。


扇子をひらりひらりと


舞わせながら踊ります。


そして、そのあとは観客の皆さんと一緒に。


ございん音頭です。


曲の合間に、みんな一緒に両手を上げて


「はぁ〜。ございんございん。」
って振り付けが3箇所あって、なんか楽しそうだ。


やぁ〜遠くを望む、常長さん。


は〜い。みんな上手に踊れたね〜。


みんなお嬢さんからチラシをい受け取ってね〜。


E-Action実行委員会では、今年も「伊達な節電所キャンペーン」を実行している。昨年の電気使用量より今年の使用量が少なかったら、キャンペーン事務局宛に送ると景品がもらえるのだ。みな、ぜひとも参加してみてくれ。


では、みな、大義であった。
今日の打ち水の成功を祝して、勝鬨を上げるぞ。
いくぞ!エイエイオ〜!
エイエイオ〜!
エイエイオ〜!


お嬢さんたちも、暑い中ご苦労様でした。


武将隊と記念写真!わ〜い。


では、みな、省エネに励むのだ。さらばだ!

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竹あかり。今夜9時半(8月13日)まで開催中だよ。

打ち水イベントから引き続き一番町四丁目商店街では、竹あかりイベントが9時半まで開催中です。


















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7月21日・22日はTBC夏祭りに出展中です


こんにちは。毎日々々暑いですね。暑いけど熱いイベントのおお知らせ。
勾当台公園と向かいの市民広場にて、TBC夏祭りが開催中で、せんだいE-Action実行委員会も出展中です。


とりあえず会場をチラッと見てみますと。ソーラーパネルです。この発電された電力は。。。


そらべあくんに蓄電されます。そしてなにを動かしているかというと。。。


なんの音?「ヒューイヒューイ」なに?
カジカガエルです。
生物多様性事業で集めた仙台市内のカジカガエルの鳴き声をハイレゾ音源で聴けるのです。


そしてプレゼントのノート。勉強してね!


あっついねぇ。すさまじい日差しです。


そうなると元気よく暴れるのが、ソーラーおもちゃ。


ガチャガチャ動くおもちゃで遊んで、太陽光エネルギーの大切さを肌で感じてね。


で、こちらのコーナーでは抽選で。。。


カラ〜ンカラ〜ン
お!鐘がなっちゃったよ。


わ〜一番の巨大スーパーボールが当たっちゃったよ。
でも大丈夫。景品はまだまだあるよ。


アチイ。アチイ。
ペダルを踏むと、扇風機が回る。それで涼しいのかい?


まぁ。そんな体験もすると、キーホルダーもらえたり。
土曜日曜は、勾当台公園のちょうど地下鉄の出口あたりに出店しているので、遊びに来てね〜。

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イオンの植樹祭に参加してきたよ

いやぁ。暑いです。
暑いけど、本日の取材先は屋外!
トップバリューなどのプライベートブランドをもつイオンさんが、今年の9月に卸町に新店舗「イオンスタイル仙台卸町」をオープンさせることになりまして、それに先駆け店舗の外構の植生を、地域の皆さんと植樹しよう!っというイベントにせんだいE-Action実行委員会としても参加することにしました。


本当に天気が良くて。。。暑くないのかな。。。いや、中の人とかじゃなですよ。これドングリの妖精さんでしょ。


こちら開会式の様子。
新規出店のたび地域の住民の皆さんと一緒に植樹をしようと「イオン ふるさとの森づくり」活動を続けてきていて、今ではおおよそ1160万本を植えたそうです。すさまじい数ですね。


500名、こ〜んなに大勢の住民の方が集まっていました。
卸町の店舗は、震災で家を失った方も近隣に住んでいて、身近な買い物先として熱望されていたものだそうですよ。


仙台市の郡市長のかわりに、若林区の白川区長さんから挨拶です。
仙台地域は昨日に梅雨が明けたと、気象台から発表があったそうですよ。
とにかく、この日はすごく暑かった。


さっそく苗木を植えます。
イオンチアーズクラブの皆さんから、苗の植え方の説明です。


スタッフの方が事前に開けた穴を、すこし広げて苗を置き。



土を被して植えた後、乾燥防止に稲わらをかけてあげる。

本日植えられる木(の見本)です。
アオキ、トベラ、ヤマツツジ、茶の木、ウツギ、イヌツゲ、カクレミノ。。。。。などなど10種以上。数多くの種類が植えられるのは、雑木のように多様性があっていいからです。



では、実際に現地から。
なにをしているかというと、桶の水に、あわボコが出なくなるまで浸して土に水分を浸み込ませているんですね。

そして植えます。
店舗の周りを、本日だけで5000本植えます!

横にいる作業着姿の方は造園屋さんです。
プロのご指導のもと、植えられていくのです。


あらかじめ明けられた穴に苗を入れ、隙間を埋めてあげる。


点々と開いた穴に植えるのかと思ったら、それは目安。あとは周辺にも、なるべく同じ種類の苗が並ばないように植えます。
これはこれは、ずいぶん小さな子が植えてるなぁ。


お店のまわり一周を植えてあげてます。
これが10年ぐらい経つと、立派な植栽になるんだって。


そうやって市民が植えた多賀城のお店の周りの樹々は、大震災の津波の際に流されてきた車をずいぶんと止めたそうですよ。


最後に稲わらをかけて、おしまい。


さてさて、こんどは出展ブースのお知らせから。
せんだいE-Ation実行委員会は、メンバーの専門学校日本デザイナー芸術学院さんと協力して出展です。
こちらの可愛いお嬢さんたちは、学生さんです。


学生さんたちの描いた絵を、ガラスのコップに貼り付けまして。


機械で削ります。ガラスエッジングですね。


お母さん。手早く絵柄を刻んでいきます。これ、夏休みの工作で出せるんじゃない?


ちょっと難しいかなって子は、学生さんから手ほどき。


そしてこの電気はどっからきてんだ?


日産サティオ宮城さんの、e-NV200、E-Action号からでした。


事務局からは参加者の皆さんへ、お花のタネと、街路樹の剪定した植物から作った肥料をプレゼントです。


お店のオープンは秋ですが、はやく緑でいっぱいになるといいですね。ではまた。

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仙台七夕歴代ポスター展開催のお知らせ

たまきさんサロンスタッフです。

【仙台七夕歴代ポスター展】を7月22日(日)まで開催中です。

昭和29年(1954年)~平成13年(2001年)の中から20枚のポスターを当時の主な出来事とともに展示しています。

世相を表したデザインや色使いのポスターで開催当時のことを思い出してみませんか。

当時を知らない世代の方も新鮮に感じられること間違いなしです。

 

本展示は、サロン講座「わたしたちの“七夕さん”~誰かに教えたくなる仙台七夕の物語~」(7月7日開催)の関連企画として開催しております。

観覧無料ですので、この機会にぜひ足をお運びください。

皆様のお越しをお待ちしております。

※7月9日(月)、7月17日(火)は休館日です。

 

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せんだい環境学習館 たまきさんサロン

平 日 10:00~20:30

土日祝 10:00~17:00

休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始

※8月26日(日)は設備点検のため臨時休館いたします。

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今日も暑いねぇ〜。七北田公園で新緑祭!

GWウィークが近づくと、仙台は急に各所でイベントが開催されるようになって、だいたい年内いっぱいどこかでお祭りがやっているだなぁという印象ですね。
昨日〜今日と開催のアースデイに引き続き、みどりの月間にちなんだ緑のイベントです。「新緑祭」が七北田公園で本日3時まで開催です。


郡市長の開会の挨拶にて、青葉城址のすぐ下。青葉山公園に(仮称)公園センターができるんだって。それは驚き。


続いて、昨年度1年間に仙台市の緑化に貢献された方への「緑の功労賞」の授与式もありました。


では会場見物。われらがE-Action実行委員会は、お庭の緑化に使える肥料と花の種の無料配布を行っています。


数に限りがあるから、早めにもらいに来てね。
ゆるーりゆるりとお配りしています。


日産サティオ宮城さんがE-Action号持って来て、EVのデモンストレーションしてますよ。


メロンさんとこは木工細工の体験などですね。


この仕掛けは、積み重ねた木の端っこをビー玉が落っこちるんだって。これは面白いね。


ねこのバスの記念撮影会。なんかちょっとこわいんだって。


松ぼっくり釣り。これがなかなか引っかからなくって苦労してました。


お花の販売コーナーに。


木工コーナーですね。
これはいま巣箱を作っているんですよ。出来た巣箱は持ち帰ることができるので、庭先で野鳥見物ができるようになるね。


こっちはお部屋の飾りとか作っているのかな?


まだまだ工作コーナーに、写真の展示に体験コーナー。いろいろあるし、さらに飲食の屋台も来ているから、是非とも遊びに来てね。
本日(22日)3時まで開催です。

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速報板。今週の土日は錦町公園でアースデイ東北 2018だよ。

今週末は、すっごく天気が良いのだよ。
新緑も綺麗だし、環境のことちょっと考えつつ、街へ繰り出してみよう。
速報板で、錦町公園で開催されてるアースデイ東北 2018です。なので、ちょい雑だけどガマンしてね。


こちら入り口にあった、食器洗い機って。。。


ロケットストーブでお湯作って、熱交換器は10メートルの金属パイプだって。すっごいな。


丸森の南、筆甫からへそ大根のPRに来てました。大根抜きに行ったなぁ。


こちらの職人さんは、陶器のバスタブ職人さんだって。でも今日は足湯です。


暑いので〜、かき氷が食べたい。


尚絅学院大学環境活動サークルFROGSと東北工業大学環境サークルたんぽぽの皆さんです。ご苦労様です。


ひつじだねぇ。
羊だ。


ライブもやってます。


この電気は、ソーラーパネルで作ってます。すごいですね。


工房零さんとこは、ピザ焼いてました。あとで食べたけどウマかった。


今日のイベントの飲食ブールの電気は、食用油から発電しているんだって。


ちょっと気が向いて取った写真1


ちょっと気が向いて取った写真2


もう18代目の農家さん。
どれぐらい前からなんですかって聞いたら、江戸初期だって。
え?じゃあ、政宗さんとあんまり変わんないじゃん。


暑いのでビール。やっほーい。


これ。宮城に味噌蔵って、こんなにあったのだなぁの図。


味噌汁の試飲もやってましたよ。


ってことで、アースデイ東北2018は明日の日曜日まで。土曜の晩(つまり今日)は、キャンドル灯してライブもやっているって。時間を見つけて遊びに行こう!とってもピースフルです。

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おもちゃ病院エコ@たまきさんサロンを開催しました

たまきさんサロンスタッフです。
3月11日(日)に「おもちゃ病院エコ@たまきさんサロン」を開催しました。

最近は、ベイブレードの修理が増えているそうです。
メーカーや種類によって、回す方法が違うので、分解して構造を確認しながら修理をします。
持ち込まれたベイブレードは、回転が遅くなっていたのですが、原因は遠心クラッチが空回りしているからのようでした。

さらに細かい分解が必要です。時間がかかるので、今回は入院することになりました。

ベイブレードなど消費電力が大きいモーターを動かすようなおもちゃには、充電式電池では力が弱いので乾電池を使用してくだいとドクターからアドバイスがありましたよ。

次に持ち込まれたのは33年前に遊んでいたラジコン!

ドクターたちの腕がなります!

 

 

まずは、リモコンから電波が飛んでいるかを確認します。

テスターが反応したので、リモコンは正常のようです。

 

 

中身を確認してみると…

おそらく、大きな衝突の際に部品の歯車の位置がずれて車輪が回らくなったのでしょう。

歯車の位置を戻すと33年ぶりに動き出しました。

 

入院してハンドルの欠けた部品が治れば、また自由自在に元通り走らせることができます。

 

 

 

 

「おもちゃ病院エコ@たまきさんサロン」は奇数月の第2日曜日に定期開催しています。
次回は、2018年5月13日(日)13:30~16:00(受付は15:00まで)です。
予約不要ですので、当日に壊れたおもちゃを持参し、たまきさんサロンへお越しください。

※部品交換が必要な場合は実費負担があります。
※おもちゃの持ち込みはお一人(ご家族でお越しの場合は一家族)2つまでです。
持ち込まれたおもちゃは、はじめに受付で症状を確認してから、ドクターが修理します。
皆さんのお越しをお待ちしております。

 

―お知らせ―

仙台おもちゃ病院エコでは、おもちゃドクターを募集しています。

修理に難しい技術は必要ありません。未経験者でも個別に研修でステップアップし、おもちゃを治るようになります。

興味のある方は「おもちゃ病院エコ 仙台」をご覧ください。

問い合わせ先メールアドレス(大泉) h_craft2000@yahoo.co.jp

 

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せんだい環境学習館 たまきさんサロン

平 日 10:00~20:30

土日祝 10:00~17:00

休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始

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ご存知!四ツ谷用水フォーラムです。今回は少し別視点から用水の話をしました。

こんにちは。今日取り上げる話題は、四ツ谷用水フォーラムです。
135名の定員で募集をかけましたところ見事に抽選となりまして、大盛況であります。


まずは水・環境ネット東北の代表理事をされています、佐々木さんから開会のご挨拶です。
お足元の悪いところ、ようこそお越しくださいました。
四ツ谷用水フォーラムの他に、四ツ谷用水を風化させないためにも上流、下流、街中編と題した四ツ谷用水を歩く会を開催しています。今回の講座では四ツ谷用水の整備と政宗の街づくりを2名の専門家の方にお話いただくこととなりました。


では、最初の講師の先生です。
「四ツ谷用水と他の城下用水を比較する」と題しまして、「四ツ谷の水を街並みに!」市民の会 会長の新関昌利さんです。


今は格差時代と言われていますが、藩政時代は身分社会でした。当時は身分が生まれながら決められており、格差は一生続くものでした。農民から上り詰めた秀吉は例外中の例外です。徳川の時代には全く動かせないものとなっています。


その身分の差は、住む「まち」をとっても、侍の町は「丁」を、町人の町は「町」を使うなど、地名においても格差がありました。


そして仙台は街づくりにおいても、寺社を意図的に配置していました。


このころの都市作りでは宗教施設は為政者が考えて自領に配置していたのです。
例えば、もともと米沢にあった梁川八幡は、大崎、岩出山と政宗の移動とともに移ってきています。



商人や工人も、政宗は城や城下の移動とともに一緒に転居させました。こうした町人には「これこれいつまでに転居するように」と日にちを決めて厳格に指示を出していました。


一番有名なのは北山五山と呼ばれるお寺で、京の五山に倣って配置されています。
当時は城下町の建設にあたり陰陽道を必ず考慮しており、東西南北の四方の伝説禽獣「四神相応」を宗教の高官に問うことをしていたのです。そして北東の方角は鬼門であるとのことで、それを鎮める重要な寺として定禅寺を配置したのです。


また、当時は城下を貫く大通りである見通しは区画割りにとても大切であり、岩出山からやってきた政宗は現地(高いところ)から直接見て、いまの南北に貫く奥州街道木町通、青葉城から東へ向かう大町通り、並行する北一番丁などを決めたのでしょう


そして実際に街を作る際には、湿気ったところなどは水路を設置し排水しなければいけません。水が溜まったままだと不衛生ですし、生活雑排水も必要です。
四ツ谷用水は飲用水には直接使われませんでした。仙台の城下には豊富な地下水を利用する井戸がありましたので、四ツ谷用水は主に生活雑排水や消防用として活用され、また、用水の水が地下に浸透し、井戸水の涵養に役立ち、間接的な利用となりました。


そして、城下が整備されると土地は臣下に分配されましたが、身分によって住む地域は細かく制限されたのです。
土地が崖で分断されているところを「平(ひら)」といいます。今の片平のあたりには政宗の重臣の屋敷が配置されました。
これらの侍屋敷では、敷地内に家屋を整備する際に、通りから幅一軒分をのちに水路として利用するので開けておくようにと指示が出ています。四ツ谷用水は、城下が整備された初期の頃はごく一部しかできていなかったので、のちに整備することを考えての指示でした。


ですので、結果的に町人の町では用水は道の真ん中に、侍の町では用水は道の片側に流れていたのです。
また、他の都市では水は取水直後から町人と侍で分流し、身分によって水利も分けられています。水の利用は細かく指示が出ており、ゴミを落とさない、牛馬を洗わないなど、厳しく管理されたのでした。


先生ありがとうございます。
当時は何事も侍優先の社会だったのですね。
ではでは、次の講座です。


続いての講義は
「政宗のまちづくりと広瀬川水運」
仙台市博物館 主幹兼学芸普及室長の菅野正道さんです。


政宗が作り上げたのは四ツ谷用水だけではなく、広瀬川水運もあります。
閖上港といえば全国的には赤貝が、ちょっと前ですとカレイも有名ですが、江戸初期の前は交易の港としても発達していました。


東北太平洋岸には南との貿易網が整備され、主に海運を担った一族が守り神の熊野信仰の神を隣町の名取に祀ったことでも解ります。
閖上では愛知の焼き物も大量に見つかっており、海運は大きな目的でしたが、次第に仙台城下5万人の食を支える役割も持つようになり、閖上は交易の港から漁港へと変わりました。


こちら家臣が国替えによる再配置で移動となった際に、荷物二百俵分を送るように指示した政宗の書状の内容。御黒印は、ハンコのことです。


政宗の朝鮮出兵の際にも、ゆりあげを含む4箇所から兵粮を運ぶように指示が出ています。こちらの荷は取りまとめたのち九州へ運ばれていますから、やはり大きな海運網と伴う技術があったのですね。



宮城には図のように北は石巻から阿武隈川河口の蒲崎まで港が並びます。


仙台大橋を架ける際に、不動山(歌津の方)の山から大木5本を切り出して運んだ際の書状です。こちらは牡鹿半島を回航して運んだのですね。
ただし、海面に浮かべて引っ張ったのか、水を吸って重くなった太郎坊次郎坊と呼ばれる大木2本は名取沖で沈んでしまったそうな。


その頃の閖上の港の図面がこちらです。閖上の港の町の対岸に、藤塚という地名も見えます。
仙台城下の整備には、当然のことながら大量の木材も必要となります。この木材は近隣だけでは足りないので、蔵王でも切り出し、白石川〜阿武隈川を流していったん海まで持ってきました。ただし、ここで海を回航はしません。


政宗は阿武隈川の河口から名取川の河口まで、内陸に木引堀といわれる堀を開削したのです。これはのちの貞山堀です。


図面の中で、年代ごとに様々な描き方がありますが、どうやら昔は目立つものが大きく描かれた傾向があるそうで。。。

木引き堀が阿武隈川より太いぞ。

さすがに後年には測量技術も発達したので、図面は正確なものとなりました。
こうやって見ると、湖沼や湿地など、元からあった水路を活用して開削したということが、よく解ります。

こちらも広瀬川水運に関わる書面の、政宗直筆の黒印付きのものですが、この書状と全く同じ日付に作成された書面が残ってまして、支倉常長がヨーロッパを訪問する際に持たせた親書だそうです。

だけど、ヨーロッパに持たせたものは朱で判が押してあったそうな。
「材木を運べ」と「法王への手紙」で判を変えたのか?そこはもう判らない歴史のミステリーです。

広瀬川の水運ルートです。
ちょっと現実の川と即していないのは、川が動いてしまったからです。
そして、閖上からまっすぐ登らずに、いったん対岸に渡っている。これはなぜ?

まずは、どうやって川をさかのぼったか?ですが、高瀬川のなかにヒントの絵があります。
動力のない時代ですから、船の真ん中に柱を立てて、人が引っ張ったんですね。
でも岸に寄っちゃうって?流水なんで舵が効きま〜す。
閖上から直接引っ張っちゃうと、名取川右岸を登ることになる。だけど広瀬川は途中で分岐しちゃうので、流れのゆるい河口あたりで左岸に移った方が楽なんです。ちなみに川は河口に向かって右左。


そして宮沢橋や愛宕橋のあたりまで上ってくると、両岸は家二軒分もある崖となってしまうので、もう登れません。
ここで陸へとあげて、加工用に回したのです。


なので、このあたりの地名を見ると、舟入。南材木町の名前も。
ちょうど荷を上げるのに都合のいい土地だったから、今ではボート漕いでいるんだろうな。


ちなみに仙台の堀で忘れてはならないのが六郷堀と七郷堀。だけど、七郷堀の緩やかな曲線に比べると、六郷堀は真っすぐ。

真っ直ぐな堀は人工的に作ったものとタモさんが言ってたそうな。
六郷堀も、政宗の居城を作るにあたり、城内にも堀が開かれていたことが、分かっています。


若林城の普請覚(これこれここを直しなないという、指示書)にも御舟たまりの文字や、御舟入りの文字が見えますね。

こちら、仙台橋の擬宝珠(ギボシ/欄干の飾り)にあった碑文より。

仙人橋下
河水千年
民安国泰
孰与尭天

津梁大哉
直昇仙臺
虚空背上
車馬往来

仙台の橋の下に川の水は千年にわたって流れ
民は安心して暮らし国も安泰
中国の国と同じぐらい永くあれと。(対岸の碑文はパス)

これを読むと。。。ドラマなどで天下取りができたとかギラギラしたイメージ先行ですが、どうやら仙台を未来永劫栄える良い街にしようという心が透けますね。
ちなみに先生は月刊誌Kappoにて、今日の資料なども使った記事を連載されているとのこと。こちらも読んでみてね。


では、質疑応答の時間です。
四ツ谷用水の名前の由来は諸説あるようですが、どれが本当なのでしょう?


これは某テレビ番組では四つの谷を渡ると説明していたものですね。
仙台では谷よりは、むしろ沢を使うことが多いです。ですので、四ツ谷が示しているものは、取水地からとったものと考えます。
仙台では用水や堀の名前などに掘っていた人の名、取水口の名、どこへ続くのか?の名が多用されていますので、私も先生の指摘が正しいのではと思います。


仙台城の水はどうしていたのでしょう?


ご存知のように途中に広瀬川がありますので、四ツ谷用水が使われることはありませんでした。
ですが、青葉山には沢や湧水が多くあり、植物園の裏手で取水した水を上げたり、水に困ることはありませんでした。
また、発掘調査をしてみると分かるのですが、仙台城本丸跡は今のように平らではなくデコボコしていて、水を貯めたり井戸を掘ったりなど出来たようです。


仙台『桜川』を復活する市民の会の進捗状況はいかがですか?


東北大学農学部跡地が売却され、ショッピングセンターや病院などに活用されるということで、今は四ツ谷用水の流れを県工業用水から一部分離して復活できないかと、3400人分の署名を集め、要望書とともに提出しているところです。


定禅寺はどうなってしまったのでしょう?
明治維新の廃仏毀釈の際に、なくなってしまいました。


なんか。最後は寂しい感じとなりましたね。。。でも、当時の街づくりが、今の仙台に脈々と引き継がれていることがわかりました。
四ツ谷用水フォーラム。好評のうちに終了です。


ちなみに、たまきさんサロンでは2月16日まで四ツ谷用水パネル展を開催していますので、こちらも是非とも見にきてね〜。

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