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耳の記憶/音の記録~荒浜の宝を探して~

 2月28日(日)にせんだい環境学習館たまきさんサロンにて、「耳の記憶/音の記録~荒浜の宝を探して~」と題し、講座を開催しました。
「耳の記憶/音の記録」は、自然の中の音、日々の営みが紡ぐ音、生きものたちの鳴き声など、さまざまな「音」が織りなす世界を手掛かりに、次世代に残していきたい仙台の宝物(環境資源)について考える講座です。
今回の講座は、3回目の実施です。1回目は、令和元年6月8日(日)に海岸公園冒険広場にて、仙台市環境局が実施している「生物多様性保全推進事業」の一環として「音の記録/耳の記憶-未来の素敵な環境づくりの手がかりとしてー」を開催しました。2回目は、令和2年2月26日(日)に「耳の記憶/音の記録〜音からたどる海辺の暮らし〜」と題し、たまきさんサロンで開催しました。
1回目と2回目の講座の詳しい内容は、以下のリンクからご覧ください。

1回目:https://www.tamaki3.jp/blog/?p=26234

2回目:https://www.tamaki3.jp/blog/?p=28637

今回は、若林区荒浜地区での暮らしの中の「音」に注目し、実際に荒浜に暮らしていた方々のお話も伺いながら、考えていきたいと思います。
本日司会を務めていただいたのは、仙台市市民文化事業団の田澤紘子さんです。田澤さんは、平成30年までせんだい3.11メモリアル交流館に勤めておられました。まず初めに、田澤さんから荒浜地区について様々なお話を伺いました。

荒浜地区は「半農半漁」という言葉で表現されることが多いそうです。「半農半漁」とは半分農業で暮らしをたて半分漁業で暮らしをたてるという意味で、農業をできる平野部もあれば漁業をできる海もある、様々な自然の恵みがある地域であることを象徴する言葉であると言えます。

写真は「エグリガッコ」と呼ばれる和船で、何人もが力を合わせて海へと押し出している様子です。昭和37年(1962年)に撮影されたもので、当時このような光景がよく見られたそうです。

こちらは荒浜地区の写真です。震災前荒浜は「都会だった」と言われることもあるほど、住宅や商店なども多く仙台市の沿岸部の中では一番栄えた地域だったそうです。

看板には「歓迎深沼海水浴場」とあり、深い松林を抜けると海水浴を楽しむこともできました。

しかし、震災後は津波で松林も流され、ぽつぽつと残るだけになってしまいました。よく地元の方に「何にもなくなってしまった」という話を聞きますが、本当にそうなんでしょうか、皆さんにも今日考えてもらいたい、と田澤さんは話します。夏場歩くとハマナスが実をつけていたり、小さい松も育ってきています。深沼の海水浴場も活動によりきれいに保たれています。残された自然を、荒浜地区で見ることができます。

自然だけではありません。人の営みも戻ってきています。スケボーパークを作ったり、鉄工所ができたり。鉄工所は震災前からあったものではなく、震災前から鉄工所を営んでいた方が、自宅跡地にもう一回鉄工所を作ったそうです。このように、人の営みも戻ってきているのが、まもなく震災から10年を迎える荒浜地区の現状です。

これは、荒浜小に設置してある震災前の荒浜地区の模型です。多くの住宅があったことが見て取れます。これだけ多くの人の暮らしがあった地域の中で、これまで聞こえていた音、これから残していきたい音とは何なのか、後半はゲストで写真家の佐藤豊さん、音楽家の佐藤那美さん(お二人とも荒浜で暮らしていました)をお招きし、共有しながら、再びみなさんが荒浜に行くきっかけを作れれば良いですね。ここまで、田澤さんにお話しいただきました。
ここからは、福島大学の永幡幸司教授にそもそも「暮らしの中の音」や、「音を聞く」とはどういうことなのか、お話をしていただきます。

まず、「音」とは何なのでしょうか。
音には大きく分けて、2つの定義があります。1つ目が、「弾性波」という定義で、2つ目は、「音波によって引き起こされる聴覚的感覚」という定義です。
音の物理的なふるまいを研究する人たちにとっては、1つ目の「弾性波」という定義を使いますが、永幡先生のように騒音など音と人の関わりを研究する人にとっては、2つ目の定義を使用します。
なぜ二つの定義を用いるのか、簡単な例から紹介します。
「プーーーーーーー」永幡先生が音を流します。皆さん聞くことができました。これは、どちらの定義にとっても、音です。
これはどうでしょうか。「………」おや、何も聞こえません。実は、高い周波数の音が流れています。高校生、大学生くらいまでであれば聞こえるそうですが、大人には聞こえない音だそうです。この音は、1つ目の定義では音ですが、二つ目の定義には当てはまりません。
今日話したいのは2つ目の定義での、音です。
音を聞くうえで大事なのは、「誰が」聞いたのかもセットで考える必要があります。
先生は、音響学という分野の中の、騒音、さらにサウンドスケープという分野の研究者だそうです。「サウンドスケープ」とは、landscape(目で見える世界)という言葉をヒントにしたsound(音)+scape(~の眺め)から成り立つ造語で、「耳で聞こえる世界」という意味です。

研究者からすると、「サウンドスケープ」とは、音環境を、人(々)が自分(達)を取り巻く音の世界をどのように捉えているのかに着目している立場と説明できます。
話は少しそれますが、音の環境問題について考えてみましょう。仙台市が発行している、仙台市の環境現況と実施した施策をまとめた冊子には、「騒音」に関する項目が設けられています。騒音は、公害苦情の中でもかなりの割合を占めています。
でも、音は環境に負の影響を与えるだけなのでしょうか?先生は、音の研究者として、はっきり「ノー」と言いたいと話します。
環境庁(当時)が1996年に行った事業で、「残したい日本の音風景100選」というものがあります。これは、「全国各地で人々が地域のシンボルとして大切にし、将来に残していきたいと願っている音の聞こえる環境(音風景)を広く公募し、音環境を保全するうえで特に意義があると認められるもの」として選定されたものです。実は仙台市からも選ばれていて、「宮城野のスズムシ」や、「広瀬川のカジカガエル」が選定されています。鳴き声も実際に聞いてみました。とても美しいですね。
宮城野のスズムシは、「七振り鳴く」と説明されていますが、先生は最高で5回までしか聞いたことがないそうです。残念ながら現在仙台市内で野生のスズムシは絶滅してしまい、外で鳴いているスズムシがいたとすれば、それは放虫されたものです。
カジカガエルについては、町中で聞けるということがとても珍しく、仙台市のカジカガエルはとても貴重な環境資源といえるそうです。

仙台市の生物多様性保全推進事業では、仙台市にゆかりのあるカジカガエルやカッコウ、スズムシなどの奏でる音に着目した取り組みを行っています。音に着目するのは、とても良い取り組みではないかと先生は話します。でも、まだ不十分なところもあるとのではないかと話します。
例えば、仙台市や、荒浜、自分が住んでいる地域の「音の宝」と言われてすぐに答えられる人は、なかなかいないと思います。まだまだ人々の音に対する意識が向いていないという意味で、もう一段階頑張りたいとのことです。

2010年ころ、サウンドスケープ研究者の間で国際的に「From “Noise as Waste” to “Sound as a Resource”」という言葉が流行したそうです。これは、身の回りの音で「不要な音」である騒音だけに目を向けるのではなく、生活を彩る様々な音を「資源」だという目で見てみようという言葉です。日本の音風景100選や仙台市の生物多様性保全推進事業は好例として挙げられるのではとのことです。

ここでクイズです。荒浜の音はどれでしょう。3つの波音を聞いてみました。
3番目の音に手が多く上がりました。皆さん正解です。このような音も、資源になり得ます。

次に聞くのは…これは祭りのお囃子の音ですね。このような、地域文化に関する音も、資源になり得ます。

資源としての音になり得そうな音は、季節を告げる音、ある場所らしい音、地域文化が育んできた音など様々ありますが、いずれにも共通点があります。それは、「皆がよく知っている音である」「皆が好意的に思っている音である」ということです。今日は「荒浜で、そういう音って何だろう」と考えていきたいと先生は話します。

もしある音に対し皆が皆好意的でなくなると、近年あまり鳴らさなくなっている除夜の鐘のように、騒音問題となる可能性があります。そのため、資源としての音を守るためには、価値の共有を保ち続ける必要があります。そして、地域の環境資源を守るには、その価値を感じている人が周囲に伝え続けていく必要があります。

一方で音はすぐに消えてしまうため、「音を残す」ということはとても難しいことであると言えます。
荒浜は、現在跡地利活用事業で急激に変わりつつあります。
「荒浜で聞こえる音の宝ってどんな音?」「これからも荒浜で聞き続けたい音は?」「昔、荒浜で聞いた音で復活させたい音は?」このようなことを考えながら管理しないと、音は消えてしまいます。消えてしまうということは、宝がなくなってしまうことを意味します。それを防ぐために、みんなで荒浜の宝を探そうというのがやりたいことです。

今日は実際に荒浜に暮らしていた、海辺の図書館の専属カメラマンである佐藤豊さん、音楽家の佐藤那美さんにも来てもらって、耳の記憶に頼りながらこれからも聞き続けたい音の宝とはなんだろうかということを議論していきたいと思います。
ここまで永幡先生にお話しいただきました。ここからは、佐藤豊さん、佐藤那美さんにも参加いただき、お話を伺いたいと思います。
まずお話を伺うのは、昭和12年生まれの佐藤豊さんです。佐藤豊さんは、深沼海水浴場のそばにある「海辺の図書館」を活動拠点にしながら、さまざまな荒浜の光景を写真に収めたり、集めたりしています。

これは豊さんが撮影した荒浜の写真です。テトラポットがあると、波がぶつかり荒々しい音が聞こえるそうですが、豊さんが小さかった頃は、テトラポットはなく砂浜だったそうで、今ほど大きな波音はしなかったそうです。

これは震災後の荒浜の様子です。撮影されたのは2011年の5月頃で、震災直後はがれきしかなかった荒浜に緑が復活したのを見たとき、自然の強さを実感したそうです。

これは貞山堀の写真で、荒浜を象徴する風景です。荒浜では、昔から灯篭流しが行われてきました。震災後も1回も休むことなく続いているそうです。

この写真は、どういった理由で選ばれたのでしょうか。
今回永幡先生から音の思い出、宝と言われたときに、荒浜の音と言えば初めは波の音しか思い浮かばなかったが、井戸ポンプを思い出したとのことです。井戸ポンプは使うときに「ガッチャン」と音が出るため、「ガッチャンポンプ」と豊さんは呼んでいたそうです。この井戸を見るたび、音が思い浮かんできたそうです。たまたま荒浜でこのポンプを見つけ、うれしくなって撮影したそうです。去年からこのポンプはなくなり、井戸だけになっているそうですが、別の場所に2か所設置され、豊さんにとって思い出のポンプの姿は、まだ残っているそうです。

最後にこちらの写真です。豊さんは、音のない風景も好きとのことで、しんしんとしたとても静かな時に飛行機雲が表れ、その瞬間を良いなと感じ、この写真を撮ったそうです。
田澤さんは、自分のような外部の人から見ると、荒浜の音と言えば荒々しい波の音という印象ですが、豊さんにとってはいつも聞いていたために音としての認識がなかったというのも印象的で、また音のない風景も好きというのが荒浜に暮らしてきた豊さんらしい視点だと思う、と話しました。
続いてここからは、佐藤那美さんのお話を伺います。
佐藤那美さんは、1990年生まれ、荒浜で育ちました。荒浜には、6つの地区があり、その中でも80年代にできた新興住宅街の、新町で育ったそうです。

会場では佐藤那美さんが作った曲を流しながらお話しいただいています。曲は、「Arahama」というタイトルで、2017年、荒浜の海岸で震災後初めての海開きが行われた時の音を録音し、その音を使って作った曲だそうです。

豊さんの時代は今と違い、お金で何でも買えるような時代ではなく、今よりも環境と生活がとても密接で、「盆踊りの音」「ガッチャンポンプの音」などいろいろな音が存在していたのではないかと話します。那美さんが荒浜に育ったころに覚えている音は「消防団の火の用心の音」「小学校の鐘の音」「キジの鳴き声」などで、今では失われた音もあります。
次に聞く曲は、三本塚でずんだ餅を作っている時の音を散りばめた曲です。ぽんぽんとずんだもちをつくときのすりこぎの音がたくさん使用され、作っているときの人の声も入っています。
このように、音楽を作って今ある音に価値をつけたり、記録するということは、違う国の誰かやここにいない誰かにも聞いてもらい、価値のあるものだと認識してもらうこともできるため、とても意味があることなのではないかと話します。そして、価値のある音を記録できるように頑張りたいと締めくくってくださいました。
ここからは田澤さんから、永幡先生、佐藤豊さん、佐藤那美さんの3人にお話を伺っていきます。
ある意味よそものである永幡先生にとって、荒浜の一番印象に残っている音は何なのでしょうか。永幡先生にとっては、荒浜の荒波の音だそうです。先生が録音した音も聞いていただきました。またキジも印象的で、キジの鳴き声の後になかなか録音できない羽を打つ音を録音できたことがとてもうれしく、荒浜と言えばキジというイメージができたそうです。灯篭流しでの念仏の音も印象的で、若い人は歌えない念仏を、どうにか後世に残していきたいとのことです。荒浜の風景が変わりつつある中、このような音をどうやって残していくかが今問われているのではないかと永幡先生は話します。
どんづきの音のお話を、佐藤豊さんからお話しいただきました。どんづきとは地ならしの意味で、昔は丸太を滑車につなぎ、地面に落として地ならしをしていたそうです。その時にみなで歌を歌って、力を合わせていたそうです。ただ今はその歌を覚えていないそうです。
田澤さんは、現在はみなで力を合わせるという場面が少なくなったたため、作業歌自体が失われていると話します。昔は田植えをするときにも歌を歌っていたり、冒頭に登場したエグリガッコでも歌を歌っていたのではないかとのことです。
佐藤那美さんは、音楽の起源は生活から出てきた音や、自然の音を真似したところから生まれたという説もあり、作業歌が生まれたことはとても自然なことなのではないかと話します。
最後に田澤さんは、今日のテーマは「荒浜の宝を探して」ですが、目に見えなくなってしまった宝があるということを考えさせられる一方、話を聞くことによって残せる宝もたくさんあり、ぜひ荒浜を訪れて色々な宝を見つけてほしいと締めくくりました。
今日の講座では、鳴り砂の体験コーナーも用意されました。用意してくださったのは、仙台湾鳴り砂探究会代表の早川さんです。早川さんは、主に仙台湾を中心に鳴り砂の調査をされています。

私も実際に体験してみました。ぐい飲みに砂を入れ、乾電池で砂を押します。すると、きゅっきゅっと音が鳴りました。日本各地の鳴り砂の中でも、日本海側の砂は比較的よく鳴るそうで、荒波で砂が磨かれることが理由だそうです。
荒浜の砂も震災の後は全く鳴らなかったそうですが、震災後時間がたち、鳴るようになってきたそうです。防潮堤がない場所とある場所では鳴き方が違い、防潮堤がない場所の方が、波によく洗われるため、よく鳴くそうです。また季節では、夏よりも冬の方がよく鳴くそうで、夏は日焼け止めの油によって砂が汚れてしまうからだそうです。環境を守ることの大切さがよく分かりますね。

「耳の記憶/音の記録」は今後も実施予定ですので、ぜひまた参加してみてくださいね!

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「杜の都を潤した水の道“四ツ谷用水”を知ろう!」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
3月21日(日)、「杜の都を潤した水の道“四ツ谷用水”を知ろう!」と題し、講師には「四ツ谷の水を街並みに!」市民の会の副会長である村上英寛氏をお迎えし “四ツ谷用水”の歴史や環境面での役割について学ぶサロン講座を開催しました。
今日は会場での参加に加え、オンラインで参加された方もいらっしゃいます。

最初に村上さんから「四ツ谷の水を街並みに!」市民の会等での活動をしている中で発見したことなどをお話しいただきました。

前半はスライドで現在の“四ツ谷用水”の姿について、
後半は、村上さんが現地をまわり撮影された360°カメラの映像を使ったVR映像の活用等についての紹介をいただきました。

こちらは講座内でVR画像を紹介している一部です。

YouTubeでは「四ツ谷用水高速VR」や「仙臺仮想街歩」と検索されるとご覧いただけるそうです。
映像は早送りで四ツ谷用水の流れに沿って景色が進んでいきます。実際に歩くと感じにくいですが、地形のうねりや高低差がわかりやすいとのことでした。

【“四ツ谷用水”とは?】
仙台のまちは河岸段丘のため高低差があり、かつては湧き水や沼地、湿地、荒れ地が多かったと言われています。
四ツ谷用水はそういったところに城下町を建設するために作られた用水路で、本流が広瀬川から梅田川に通じ、3本の支流と多くの枝流があり、城下をくまなく流れていました。
明治以降には、上下水道の整備により生活用水としての利用は減少し、次第に暗渠化が進みました。
特に昭和以降には、車社会の到来で水路に蓋がされることにより、地上から姿を消す部分が多くなりました。 現在では、本流が宮城県の工業用水道(暗渠)として使用されているだけで、その他の支流は暗渠化されているか埋められています。

【四ツ谷用水の概要】
元禄時代には完成したと言われています。水路の総延長は44㎞。平均勾配は3.8パーミル。

【四ツ谷用水の目的】
生活用水全般、産業用水、農業用水、消火用水、夏場の暑さ対策や粉塵対策のための打ち水、湿地用水、雨水排水、融雪溝、家畜のための水、さらに梅田川の水運にも活用されました。

【四ツ谷用水の今】
たくさんのスライドで現在や過去の姿などを教えていただきました。
その一部をご紹介します。※クリックすると拡大されます。

【四ツ谷用水がもたらした効果】
広瀬川と梅田川がつながったことにより水量の増加につながり、城下町の水のネットワークが築かれました。
また、“四ツ谷用水”の水の一部は地下に染み出し砂礫層を涵養し地下ダム化したため、浅い井戸でも水が得られ、屋敷林を繁茂させ、「杜の都」の原点となりました。現在は“四ツ谷用水”の水路がコンクリートで埋められ塞がったため地下水の水位が下がってしまっていると言われています。

【四ツ谷用水 今後に向けて】
ヒートアイランドの抑制や打ち水での利用の他、防災・減災面で、非常時の家庭排水としての活用や、集中豪雨での雨水排水、消火用水としての活用など、法律面で課題はありますが、様々な活用方法があると考えています。また、教育面では親水公園の設置や子どもたちへの水育など、水に対しての意識を水の都、杜の都仙台として都市ブランディングを発信するきっかけに活用できるのではないか、とのことでした。

今回の講座ではたくさんの資料や画像を用意していただき”四ツ谷用水“の歴史と魅力を再認識させていただきました。

村上英寛さん、サロン講座に参加されたみなさま、ありがとうございました。

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せんだい環境学習館 たまきさんサロン
平 日 10:00~20:30
土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始
3月26日(金)から4月12日(月)まで休館
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「冬の星を探してみよう!」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
1月23日(土)に「冬の星を探してみよう!」と題してサロン講座を開催しました!
「天文ボランティア うちゅうせん」で代表を務めていらっしゃる永井 秀男さんを講師にお迎えして、星や星座についてのお話、国際宇宙ステーション(ISS)や距離のお話、光害についてなど、様々なことを教えていただきました。

昨年に引き続き、今年も屋内での座学の後に、天体望遠鏡を使っての野外観察を予定していたのですが、あいにくの空模様。雨こそ降らなかったものの、空は雲が一面に広がり、雲の切れ間すら見当たらず・・・。
スタッフも楽しみにしていただけにちょっと残念ではありましたが、近頃ではきれいに見られることの方が少ないそう。次回に期待したいと思います!

というわけで、まずは地球のお話から!

地球の大きさは直径12,700㎞。
そしてこの地球の周り、地上から400㎞の上空を人工衛星や国際宇宙ステーション(ISS)が毎日ぐるぐるとまわっています。400㎞という距離、30cm地球儀で考えてみると、その表面からは大体8mm。本当に地表のすぐのところをまわっていることになります。わずか90分で地球を一周し、1日24時間では16回にもなるそうです。

ISSは時々、仙台の上空を飛んでいることもあるようで、インターネットで検索すると大体の日時を知ることが出来るそうです。
タイミングがうまく合えば肉眼でも見ることが出来るようですよ!

そして地球の周りにはお月様もまわっています。
私たちが写真や映像で目にしている丸い地球の姿。実はこれも人工衛星からは撮ることが出来ず、月のようにかなり離れた場所から撮られたものを見ています。
そんな月ですが、大きさは地球の4分の1弱しかなく、地球から38万㎞離れたところを27.3日かけて1周しています。
地球自体も太陽の周りをまわっているので、満月から次の満月までは29.5日。
この満月から満月を暦としていたものが旧暦(太陰暦)とされているものなんだとか。

38万㎞と言われても、どのくらい離れているか想像がつかずよくわかりませんよね?
柄杓を月に見立てて、地球儀からどのくらい離れているか参加者の皆さんにも予想してみてもらいましたが、やはり皆さんも難しそうでした。

実際は、地球儀の縮尺で考えても、その距離なんと9m。
地球に1番近い天体であるはずの月ですが、1秒で30万㎞進むことが出来る光の速さでも1.3秒かかります。
また、月は楕円の軌道で地球の周りをまわっている為、より近いところをまわっているときは満月も大きく見えるスーパームーンに、より遠いところをまわっていると、その分より小さく見えるためにマイクロムーンに、といった感じで距離によって見かけの大きさが変わることで、満月自体の大きさにも違いがあるそうです。

さて、ここで「プレアデスの7人姉妹」という星座物語のお話。

このお話は、オリオン座とプレアデス星団に関するお話です。

お話ではプレアデスの7人姉妹となっていますが、実際のプレアデス星団には6星しかありません。それは7人姉妹のうちの一人が、戦いの末に焼け落ちてしまったお城を見て、悲しみのあまり流れ星となり、自らの姿を隠してしまったから。そして、残された6人もそのことを悲しんでばかりいたために、星の光も少し青みがかっているのだと言われているそうです。

プレアデス星団は「すばる」としても代表的ですが、漢字では「統」と表され、「すべる」が「すばる」へと変化したと言われています。「統」は平安時代から使われていたことばなんだそう。

実際に地球から肉眼で見ることの出来る太陽系惑星は、土星までの5惑星(水星・金星・火星・木星・土星)だけ。天王星や海王星は、肉眼では見えずとも、天体望遠鏡を使うことで見ることが出来るというのに対して、2006年に惑星から「準惑星」へと分類が変更された冥王星は、かなり大きな天体望遠鏡を使っても写真にしか写ることがないそうです。

太陽系惑星の位置関係を考える際、距離感を分かりやすくするため、青葉山のたまさきさんサロンを太陽の位置とすると、地球は大体青葉通り一番町付近に位置していることになり、火星はさらに少し離れた榴ヶ岡公園に。土星からはついに県境を越え、お隣山形県の山寺まで。冥王星に至ってはこれまたお隣、福島県の白河市まで行くそうです。

スタッフ自身はあまり福島県に行ったことがないのですが、海王星までの距離が福島県郡山市までだと考えると、そのさらに外側をまわる冥王星がいかに太陽から、また地球から遠い場所にあるのか、身をもってわかるような気がします。

星にはそれぞれ光の見えやすさによって最大光度(等級)が定められています。
惑星は太陽の光を受けて光っていますが、星は自分自身で光を放っています。
太陽を除いた世界中で、最も明るい星とされているおおいぬ座の「シリウス」のように、1等星と呼ばれている星は、世界中でも21個。星座は世界共通で88個あります。
仙台ではその内、1年を通して春に3個、夏に4個、秋に1個、そして冬に最も多い7個の計15個の1等星を見ることが出来ます。残りの6個は、残念ながら日本ではごく南の地域以外では見ることが出来ません。

1等星の「シリウス」は夜空でみられる星の中でも地球から1番近い星ですが、それでも距離にして8.6光年、光の速さでも8年以上かかる計算です。
星座物語に出てくるオリオン座は1等星の星を2つ持っています。
ひとつの星座で2つの1等星を持っているのは全部で三つ、仙台で見ることが出来る星座は、このオリオン座だけです。他の二つはケンタウルス座と南十字座で、南半球の星座です。

今回はここで2つ目の星座物語「オリオンとサソリ」

オリオンによってサソリがつぶされてしまったこと、サソリの毒によってオリオンも倒れてしまったことを知った女神さまは驚き、かわいそうに思いそれぞれを星座に変えてあげたのだといいます。

星となったオリオンとサソリですが、実際には星同士が180度離れているため、オリオン座とさそり座が同じ季節に見えることはないそうです。

「冬の大三角形」として、おおいぬ座のシリウスやこいぬ座のプロキオンとともに形作っているオリオン座のペテルギウスは赤く光る1等星ですが、いつ爆発してもおかしくないと言われています。
なぜなら、普段私たちが見ている星の光はいま現在光っているものではく、何年も何百年も前の昔の光だからです。

ペテルギウスは地球から700光年先にある星なので、仮にいま爆発をして、夜空から消えてしまっても、そのことが実際に分かるようになるのは、700年後の未来で見る星空でのことなのです。
いまは冬の夜空でも見つけやすく、代表的な冬の星座とされているオリオン座も、もしかすると700年後の未来では見られなくなっている部分があるかもしれませんね。

星や星座だけではなく、宇宙のお話についても少し。
最近、宇宙へと打ち上げられ、日本人宇宙飛行士の野口さんも搭乗していた「クルードラゴン」のコックピットはみな、ボタンやレバー操作からタッチパネル式に変っているそうです。
野口さん曰く、黒電話からスマートフォンへ変わったくらいに違いがあるそう。

また、ロシアやアメリカ、ヨーロッパと共同運航しているISSへ物資や食料などを運ぶ役目を担っている、日本の「こうのとり」。一度に6トンもの荷物を運ぶことが出来るそうですが、その一方で帰り道では逆にISSで出たゴミでいっぱいとなり、そのゴミもろとも大気圏で燃えつきてしまうのだとか。今まで9回の打ち上げすべてで成功しているそうですが、1回の打ち上げにかかる費用はなんと300億円。宇宙服は1着20億円、船外用の手袋だけでも200万円はするそうで、これもなんともすごい金額・・。

現在も2年に1度、宇宙飛行士の募集をしているそうなので、気になる方はぜひ調べて見てください!

最後に光害のお話。

光害(こうがい・ひかりがい)とは過剰または不要な光による光害のこと。
夜空が明るくなることで、天体観測での障害が起きる場合や、生態系を混乱させる場合もあり、エネルギーの無駄の一因にもなるなど、様々な影響があるそう。
その中でも、高度な工業化が進み、人口が集中している大都市が多い、アメリカやヨーロッパ、日本などで特に深刻だと言われています。

宇宙から撮られた衛星写真を見てみても、やはり大都市といわれているような都市部のあたりで明るく、光っているようにも見えています。夜の日本列島も例外ではありません。

街が発展し、経済的にも工業化が進むことはいいことですが、今までたくさんの星を見ることが出来ていた場所が、街の明かりが増えたことによって見ることの出来る星の数も減ってしまい、蛍などの生き物にとっては求愛行動すらも難しくなってしまうこともある。そう考えると何とも複雑な気持ちがしました。いかにムダな明かりを少なくできるか、空に向けずに明かりをつけることが出来るかが大事なのだなと思います。

講座の最後に質問コーナーを設けたところ、以下のような質問もありましたよ!
Q「星は重いの?」
→ものすごく重い。(地球に対して太陽は109倍の大きさがあり、重さは33万3000倍にもなります。)

Q「星は全部でいくつある?」
→ものすごく多い。しいて言うなら、肉眼で見ることが出来る限界の6等星までで8600個。そのうち夜に見られるのは半分の4300個だが、一晩で見られるのはせいぜい3000個くらい。(地球も属する天の川銀河で2000億個以上。その他にもたくさんの銀河があり、大宇宙はいまも膨張中。)

悪天候ではありましたが、1人もかけることなく皆さんに参加していただけました。
ぜひ、天気のいい日には寒さ対策をしっかりとした上で、教わったことを思い出しながら星空を眺めてもらえたらなと思います。
講師をしてくださいました、天文ボランティアうちゅうせんの永井さん、お手伝いいただきました近藤さん、ご参加いただいた皆さんありがとうございました!

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「手製本を学ぶ -絵本を仕立ててみよう!-」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
12月6日(日)に、『手製本を学ぶ -絵本を仕立ててみよう!-』と題したサロン講座を開催しました。
講師には、和綴じ製本作家の永澤 裕子(ながさわ ゆうこ)さんをお迎えしました。

永澤先生は、仙台市内をはじめとした近隣の文化施設において、本の修理や、和綴じの技術を多くの方に知ってもらうための講座・講習会を数多く開催し活動されています。

先生の講座では、毎回参加者自身が実際に製本の実習をしながら和製本の技術を教えていただいています。

今回の講座では、副題にある通り「絵本」の仕立て方を学びます。

まず絵本を思い浮かべてみてください。読み本と違って、少ない頁をめくって、描かれている絵を見るという時間が主になります。そのために、頁が開かれた形で保持できることや、少し厚手の紙を使って丈夫な作りになっているといったイメージが強いと思います。

本来、絵本となるべき「絵」が必要なのですが、今回はお気に入りの絵や写真を使って絵本のように製本してみようということになりました。

手製本の技術を学ぶことが目的なので、どんなものでもよいのですが、紙の厚さや枚数を考えると、絵や写真入りの「月めくりカレンダー」が適しているようです。

参加者の皆さんには、カレンダーに使われていて、捨てずに残してある12枚の絵や写真をご持参いただきました。

早速、作業開始です。
今回は、「足継ぎ(あしつぎ)」という技法を使って、絵本に仕立ててみます。

材料は、製本道具の他に以下の物を用意します。
・12枚の絵(縦350mm×横450mm以内)。
・足継ぎ用の和紙(幅50mm×天~地の長さ+10mm)を3枚。
・裏打ち寒冷紗(うらうちかんれいしゃ)。
・ワックス紙。
・表紙用の紙(天~地の長さ×小口~背の長さ+中身の厚さ+30mm)黒色マーメード紙。
・中身を綴じるための製本用麻糸。


作業に入る前に、まず先生からカッターナイフの正しい使い方を教えていただきました。

「刃は立てないで寝かせて使う」ことが、紙や布をきれいに「断つ」コツです。

それから、刃を新しい刃に小まめに替えることも重要です。惜しまず刃を新しく替えて使っていくことが美しい仕上がりにつながります。

紙にステンレス定規を当てて、カッターナイフを入れていくだけの作業なのですが、こつは片方の手で定規をしっかりと押さえ固定することです。

一回で切り離せない時には、何度か刃を走らせるようにしてみましょう。


そして、「糊(のり)」の扱いも重要です。

先生は「糊は塗るのではなく、引く」と指導されます。
特に和紙を使った貼り合わせでは、糊はしっかりと薄く引き、はみだした糊は必ずぬぐっておくことがポイントです。
このようにすることで、接着し乾いた後で、美しい仕上がりになります。

糊は「木工ボンド」に「でんぷん糊」を少し混ぜたものが、作業上使い勝手が良いようです。


和製本の基本で、特に重要なことは「紙を折る」「紙を断つ」「糊を引く」の三点です。

本の上下左右裏表には、それぞれ名前が付けられています。

例えば「背(せ)」ですが、今回の場合は「足継ぎ」を貼る側です。
その反対側を「前小口(まえこぐち)」と呼びます。
上の面は「天小口(てんこぐち)」、下の面は「地小口(ちこぐち)」という名前で呼ばれます。

今回は「背側」「小口側」と呼びます。
足継ぎをして貼り合わせた束が「中身(なかみ)」と呼ばれるものになります。


最初の工程は、その「中身」作りからです。

今回は、わかりやすいように先生にセルフ動画をご用意していただきました。
先生の製本講座では新しい試みで、参加者からはわかりやすいので講座中ずっと流し続けておいて欲しいという声もありました。

このブログでは製本作業の流れだけを、以下手順に沿って簡単に説明していきます。

(1) 絵本に仕立てる12枚の絵を、同寸に裁ち揃えます。


(2) 右開きにするか左開きにするか、絵の順番を決めて、頁番号をふって編集します。
カッターを使う作業では、皆さん力が入ります。


(3) 絵を実際にめくる順番になるよう重ね、そのうえで二つの山に分けます。
「1枚目(5P-6P=8P-7P)」 
「2枚目(3P-4P=10P-9P)」
「3枚目(1P-2P=12P-11P)」という形で、足継ぎする順番に頁が揃います。
手が止まり、考えたり質問する時間が多くなる工程です。


(4) 足継ぎをします。
足継ぎとは、綴じ代のない絵の背側に和紙を貼りつけ、綴じ代をつくるための製本技術です。
足継ぎ用和紙を、絵の裏面で挟み込むような形で貼りつけます。


(5) 天と地で、はみ出している足継ぎ用和紙を断ち落とし、三枚目の足継ぎ用和紙の外側に、「裏打ち寒冷紗」を貼りつけます。


(6) 糸綴じをします。中央で糸綴じすることで、見開きを平らにすることができます。


(7) 中身の背と表紙を貼り合わせます。最後の工程です。


(8) 中身の小口に合わせて、表紙の小口を切り揃え、各頁の小口の裏面同士を貼り合わせて1枚ずつに仕立てます。
足継ぎされた3枚が12頁に仕立てられているはずです。


今回教えていただいた手製本の技術を使うと、中身が絵本に限らず、お気に入りの複製絵画や絵葉書、写真、イラストなどを、きれいに製本された形で保存できるようになります。

折る・断つ・貼るという基本的な製本技術をはじめとして、機械では作れない世界で唯一の手作りの柔らかさと優しさにあふれた本を、自分の手で作り上げたという達成感も得られたのではないでしょうか。
手作業だけに1回ではなかなか身につかない技術ですが、自分で何度も作ってみることで、上達していくものだと先生もおっしゃっています。

さらに、手製本で仕立てられたものは中身をそのままにして表紙だけを替えることが容易なのです。
自分好みの表装を施した自分だけの本を作ることが出来て、もし表紙が傷んだ場合でも、そのまま捨ててしまうのではなく、修理して長く使うことが出来るということにも気づかされました。

今回の講座を通して、手仕事の良さや面白さが実感できたのではないでしょうか。

まだまだ奥の深い手製本の世界ですが、たまきさんサロンではこれからも永澤先生に素敵な技術をご教授お願いしたいと考えています。

永澤先生、ありがとうございました。
ご参加いただいた皆さま、長い時間お疲れさまでした。

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「石は語る!~歴史的建造物をつくった石材を探る~」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
11月28日(土)に、東北大学片平キャンパスを会場として、「石は語る!~歴史的建造物をつくった石材を探る~」と題したサロン講座を開催しました。

今回の講座では、明治時代以降に建てられた歴史的建造物が、まだ数多く残されている片平キャンパス内を巡って、建造物に用いられている石材の種類や産地、その由来などについて、実際に現物を見ながら専門の先生に解説していただきました。

地学がご専門の東北大学理学部名誉教授の蟹澤聰史(かにさわ さとし)先生と、青葉山・八木山フットパスの会でもおなじみの東北大学施設部キャンパスデザイン室専門職員の内山隆弘(うちやま たかひろ)氏のお二人を講師としてお迎えし、建造物のご案内と解説をお願いしました。


明治24年に第二高等中学校(後の第二高等学校)の開校以来、仙台医学専門学校、仙台高等工業学校などが開校。明治44年には、同じ敷地内に東北帝国大学理科大学が開設されています。その後、工学部や法文学部などが増設され、前述の教育機関が大学に組み込まれて、現在の片平キャンパスが形成されたという歴史を持っています。それに伴って明治から昭和(戦前)にかけて建造された歴史的建造物が、キャンパス内にはまだ数多くまとまって残されています。

現在5棟が「登録有形文化財建築物」として登録されていますが、今回の講座ではそれらの歴史的建造物に用いられた建材である石材に注目してみました。

片平キャンパスに残る歴史的建造物に多く用いられている石材は、利用された時代によって種類が違っています。

「三滝玄武岩」
約800万年前の噴火による火山岩。仙台市の西方の蕃山や権現森を中心に分布している。古くは仙台城や武家屋敷の石垣、亀岡八幡宮の石段をはじめ、仙台市内でも地元の石材として明治期の建造物に最も多く用いられている優黒質の硬い石材。

「秋保石(湯本層凝灰岩)」
約800万年前に白沢カルデラの活動で噴出した火山灰堆積物が由来の岩。柔らかいが崩れにくく加工がしやすいので、塀や蔵などに用いられる。秋保温泉磊々峡付近に分布し、秋保石材軌道(大正3年開業)によって運ばれ、地元の石材として大正期の建造物に多く用いられた。

「白河石・芦野石(溶結凝灰岩)」
約100万年前にカルデラ形成を伴った噴火によって生じたデイサイト質の溶結凝灰岩。栃木県北部から福島県南部に広く分布する。「溶結」とは、カルデラ噴火などで高温の火山灰が厚く堆積した時に軽石などが圧し潰されて硬くなったもので、この凝灰岩は硬く緻密だが加工しやすいという特徴がある。大正期から昭和初期に多く用いられた。

大正期から大きな建築物には鉄筋コンクリート造が用いられるようになり、石材は構造材としてよりも表面仕上げ材として貼り付けて用いられることが多くなっている。

「花崗岩類」
片平キャンパス内で見られる花崗岩は、「大橋」にも用いられている優白質の茨城県笠間市産の「稲田石」と思われる。また、岡山県岡山市産の「万成石(まんなりいし)」は、「伊達政宗騎馬像の台座」にも用いられている。これらは、鉄道網の発達によって大正期から多く利用されるようになった。近年は国産の花崗岩よりも中国、インド、北欧からの輸入岩が多くなっている。

基壇部と壁の装飾帯、外部階段部には、火山岩(三滝玄武岩と推定)が使われています


石材の鑑定は、従来の文献による調査や肉眼による岩相の鑑定が主流でしたが、石材表面の風化や蘚苔類の付着によって正確な鑑定が困難な場合や、熟練した経験に左右される要素が多く、問題がありました。そこで最近では、「帯磁率計」を使った測定という科学的手法による鑑定が行われるようになってきているということです。

南門を出ると、明治39年にこの地に設立された官立の仙台高等工業学校(SKK)の旧敷地になります。昭和26年に廃校になり、現在は東北大学の電気通信研究所の敷地になっています。


片平丁通りを挟んで向かい側の東北学院大学の「専門部校舎」や「ラーハウザー礼拝堂」の外壁にも、同じ秋保石が使われているということです。

腰壁、玄関周りには花崗岩、凝灰岩(秋保石)、人造石が用いられています。


最後に、旧理学部だった現在の金属材料研究所の敷地に入ります。

大正期の旧理学部生物学科(現放送大学)

基壇部には花崗岩が使われているのですが、現在は防水のための吹付塗装がされていて、建材を直接見ることは残念ながらできません。ただ、これは東北帝大初代営繕課長でもあった建築家中島泉次郎氏による建築物で、明治末から大正にかけて流行った「セセッション」風の、洋風建築の非常にモダンで凝ったデザイン性を、その外観から感じることはできます。


二時間のフィールドワークが終了。ここで現地解散となりました。

今回のサロン講座では、「建造物に用いられた石材」という視点から、片平キャンパスに現存している戦災や都市開発の波をくぐり抜けて来た建造物を通して、何が見えて来るのかを探ってみました。

建造物に使われる石材には、耐久性のある硬くて緻密な石や柔らかく加工しやすい石が、用途によって選ばれています。どんな種類の石で、どこの産地からどのようにして運ばれて来たのかを探っていくことによって、当時の流通経路や石材需要などがわかります。

仙台市内の歴史的建造物も、時代ごとに違った石材が用いて造られていて、それらの石材を調べることによって当時の様子が見えて来るといることを教えていただきました。

また、こうした石材の数々は、仙台周辺をはじめとした日本各地の火山活動や地殻形成という太古の歴史をも知ることができる貴重な手がかりになっているということです。

それだけに、すでに「登録有形文化財」として登録され保全されている建造物に限らず、人知れず埋もれたまま消滅していってしまうような歴史的建造物にも、目を向けて調査し、貴重な史料としての保存に向けた取り組みも大切であると感じました。

今回は、限られた短い時間での「キャンパス内歴史的建造物巡り」というフィールドワークを行いましたが、いかがだったでしょうか?

蟹澤先生と内山さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。

*参考文献
「東北大学片平キャンパスにおける歴史的建造物の石材に関する研究」
 東北大学総合学術博物館研究紀要 第19号, 2020 (内山隆弘・蟹澤聰史)「2020年たまきさんサロン講座「石は語る!~歴史的建造物をつくった石材を探る~」(内山隆弘・蟹澤聰史)

*火山岩の石材の呼称については、建築分野においては「安山岩」という言葉が一般的に用いられる場合が多いが、文中ではより細かく分類するために地質学的命名法による呼称を使用している。

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「だれ一人取り残されないために =僕の国キリバスからのメッセージ=」【サロン講座】 

たまきさんサロンスタッフです。
10月31日(土)に「だれ一人取り残されないために=僕の国キリバスからのメッセージ=」と題し、講師に一般社団法人 日本キリバス協会代表理事ケンタロ・オノ氏をお迎えし、中央太平洋の島国キリバス共和国(以下「キリバス」)のこと、国土水没の危機、そしてSDGsのことを学ぶサロン講座を開催しました。


「美しい南の島」

たまきさんサロンでは、毎年ケンタロさんにサロン講座の講師をお願いしています。
いつものようにキリバスの正装である「テ・ベー(布の腰巻)」と「半袖柄シャツ」、「貝殻の首飾り」に「花飾りの冠」という出で立ちで登場したケンタロさんでしたが、今年はコロナウイルス対策として、マウスシールドをつけてのご登壇となりました。今は、コロナウイルス感染症の影響により、残念ながら大好きなキリバスにも戻れない状況にあるそうです。

仙台市出身のケンタロさんは、小学校5年生の時に興味を持った美しい南の島へのあこがれが高じて、キリバスの高校に編入学、ついには23歳の時に日本人では初めてキリバスに帰化。
2000年にはキリバス国籍を取得するという子どもの頃からの夢を大きくかなえられた方です。

現在は日本に移住して、各地で公演や講座講師、キリバスへの支援事業などをこなす日々を送っておられます。
そんな中、昨年新設された「宮城県ストップ温暖化大賞」を受賞されました。
これは同賞の第一号受賞者となります。
また、この10月には令和2年度の「気候変動アクション 環境大臣表彰」を普及・促進部門で受賞されたばかりです。


「狭い国土」

ケンタロ少年の胸に鮮烈な印象を残した青い海、青い空、そして白い砂浜―そんなキリバスという国は、3つの諸島からなり、サンゴ礁でできた島々が33島集まってひとつの国を形成しています。
中でもフェニックス諸島保護地域は、世界遺産としても登録されています。

東西5000kmの広さに散らばった島国です。(日本列島は3500km)ただし、「山も川もない」「平均海抜2m」「首都タラワの幅は平均でわずか350m!」という国土です。
すぐ向こう側にはまた海が見える!という細長い島なのです。
ここ青葉山新キャンパスの真ん中を貫く構内歩道でも、約500mあることを思えば、どのくらいの細さかわかると思います。

広大な海域に散らばった島々に、約11万人の国民が暮らしていますが、これは、日本列島がすっぽり入るような海域に散らばった小さな島を合わせれば仙台市ほどの面積になり、そこに仙台市の1/10の人口が暮らしている国といえば、その規模がイメージできるでしょうか。


「2050年危機」

そんな楽園イメージの南国の島々が、いま危機に瀕しています。

この「2050年危機」というのは、世界銀行の報告書によれば、首都のあるタラワは、2050年には面積の25%~80%が海面上昇などの影響によって浸水するおそれがあるというものです。
キリバスの多くの島々では、大潮のたびに住宅地が水に浸かるという状況が頻繁にみられるようになって来ています。高波や高潮などによって海岸が削られ、砂浜が流出し、海による海岸浸食がかつてない勢いで進んでいます。

キリバスには川が無いために、真水は雨水の貯水と地下水に頼っていますが、年々その地下水量も減少し、海水による塩分濃度が高くなって来ているといいます。つまり、しょっぱい飲料水を飲まざるを得なくなって来ているのです。

すでにキリバスのアノテ・トン前大統領は、大統領在任中国民の他国への移住計画を発表しました。
そのために、単なる難民ではなく技術を身につけた労働者としての移住が考えられているのです。
これを受けて、同じ太平洋のフィジー共和国は、もしキリバスの国土が水没した場合には、キリバスの全国民をフィジーに移住させる用意があることを公式に表明しています。

遠洋カツオ一本釣り漁船の乗組員は、実は半数以上が出稼ぎのキリバス人なのだそうです。
そのために、キリバスには職業訓練学校があるほどです。こういう技術を身につけることによって、たとえ他国へ移住したとしてもキリバス人として生きていけるような対策が進められています。

たとえ最悪の結果となった時も、環境難民には決してならない。
受入国の負担にならず、受入国にとって有益な職業人として、尊厳ある移民を目指すというキリバス人としての誇りが感じられます。

とは言っても、自分の国に住めなくなってしまうことは、計り知れない悲しみです。
ケンタロさんが、自国の深刻な状況を懸命に世界に向けて訴え続けているのは、キリバス人としてキリバスという国を思うがゆえのメッセージなのです。


「SDGs」

最近、新聞やテレビでもよく見聞きするようになった「SDGs(エスディージーズ)」という言葉があります。
色分けされた17のアイコンは、誰もが何らかの機会に目にしたことがあるはずです。
小学校の授業でも「SDGs」は取り上げられるようになりました。もしかしたら、おとなの方がまだよく知らないでいることかもしれません。

この 「SDGs(エスディージーズ)」とは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で決められた国際的な共通目標です。
長期的な指針として、“2030年までに達成すべき17の目標”が掲げられています。
それが、よく目にする色分けされた17のアイコンなのです。
さらに、この17の目標をより具体化した169のターゲットも示されています。

今のキリバスがかかえている問題は、この17項目のほとんどが当てはまるようだとケンタロさんは言います。

今回の講座タイトルにも使用した「だれ一人取り残されないために」という言葉は、SDGsにおける基本理念であり重要なスローガンです。

現実には、地球のどこかで誰かが取り残されている、取り残されようとしている。
子どもたちに対して、おとなは
「たまたま、こんな時代にこんな国に生まれてしまって、かわいそうだけど運が悪かったね」
という言葉で済ませられるのか? 済ませてしまっていいのか? と、ケンタロさんは問いかけています。


「さいごに」

毎回、講座の終わりには
「愛の反対とは、憎しみや恨みではなく無知と無関心なのです。関心を持たれないことが一番つらいことなのです」
と、ケンタロさんは結びます。

反論でも批判でも疑問でも何でもいいので、まず今のキリバスという国に目を向けてほしいということです。

目を向ける――つまり関心を持つことが、問題解決の第一歩です。

さあ、そこで何をすべきなのか? 何ができるのか?

ケンタロさんは、けっして答えを提示しません。
それは、関心を持った人それぞれに課された宿題だからです。

無関心が想像力の欠如を生み、やがて取り返しのつかないような重大な結果を生じさせてしまうことは、我々はすでに何度も経験済みのことなのではないでしょうか。


「SDGs」に関する本や、ケンタロ・オノさんが書かれた『キリバスという国』(エイト社発行)は、たまきさんサロンにも置いてありますので、ぜひ読んでみてください。

ケンタロ・オノさん、そして参加者の皆さん、ありがとうございました。


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草原であそぼう~♪自然って面白い!【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
10月18日(日)のサロン講座は、たまきさんサロンのご近所の【青葉の森緑地】からレンジャーの鈴木さんと高松さんをお迎えして、たまきさんサロンの周辺を探索しながら草や花や木々や虫たちなどの生きものたち、自然の楽しみ方のヒントを教えていただきました。

まずは、【青葉の森緑地】についてお話しいただきました。
春、夏、秋、冬、季節によって顔が違い見どころ満載のようです。

「カモシカ」や「イノシシ」、「タヌキ」、「シジュウカラやキビタキなどの小鳥たち」、「ヘビなどの爬虫類」、他にもたくさんの生きものたちがいて【青葉の森緑地】で生活をしているそうです。
「リス」も住んでいて、いつも忙しそうに走り回っているそうです。
運が良ければ青葉の森緑地へ遊びに行ったら会えるかもしれません。

そして、【青葉の森緑地】に限らず、散策中などに 危険と言われる「スズメバチ」や「野生生物」と出会ってしまった場合は、大きな声を出したり、走ったりせず、そっとその場を離れることが大事だということを覚えておいて欲しいとのことでした。
「私たち人間」も「野生動物」が怖いですが、「野生動物」たちも「人間」が怖いのです。
大騒ぎしないで周りを注意して歩くなどの出会わないようする工夫が必要なのですね。


散策スタートです。
ミルビン(観察カップ)と虫メガネを持って出発です。
お天気は晴れ、気温は19℃、自然観察を楽しむには絶好の空模様でした。

たまきさんサロンの前にはゴーヤと西洋アサガオの緑のカーテン。
上の方に大き目のゴーヤが実ってます。 見つけられたかな?


さっそく何かを発見!?

ミルビンに「テントウムシ」を採集しました。
「ナナホシテントウ」はおなかを見せてくれています。


「ムラサキツユクサ」です。
一日で花は終わってしまいますが、一本の茎にたくさんのつぼみを付け、次々と花を咲かせます。
花びらで絵が描けました。


これは「カラハナソウ」です。

雄株と雌株があり雌株の方にこの穂がなります。
ビールの苦味、香りの原料となるホップと似てますねー。
近縁だそうです。


「サルスベリの木」
サルも滑る!木肌が、つるつるです。ピンクの花が咲いていました。


「ヒイラギ」の花も咲いてます。


「キノコ」も発見しました。

でも、毒が無いかどうかがはっきりとわからないため、触りません。
「キノコ」は触っただけで危険なものもあります。


「ヒッツキムシ」でも遊びました。


「ナナホシテントウ」や「ショウリョウバッタ」、「オオアオイトトンボ」、「アキアカネ」に「カメムシ」 いろいろな虫も捕まえてミルビンで観察しました。


まだまだ、観察したりない~・・・虫をもっと捕まえたい~…という気持ちを残しつつ、たまきさんサロンへ戻りました。
今日捕まえた虫たちは、外でそっと、放してあげました。

どんぐりもたくさん落ちていました。

講座開催前にレンジャーさんとスタッフが下見に行ったときには「タヌキの親子」も散策中でした。

今日、参加された親子さんのお母さまが『捕まえた生きものを放すという行為、経験も大事ですよね』とおっしゃられてました。

また季節が変わると、違う発見と出会えるのでしょうね。
自然っておもしろいです。

紹介しきれなかった生きものたちです。
※クリックすると拡大されます。

【青葉の森緑地】レンジャーの鈴木さん高松さん、ご参加頂いた皆さま、ありがとうございました。


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週末♪おふろの愉しみ ちいさな暮らし方【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
9月26日(土)、エコ家事プランナー 川村 康子さんをお迎えして、サロン講座「週末♪おふろの愉しみちいさな暮らし方」を開催し、自然に寄り添い「暮らしと地球が笑顔になる」そして、次世代の子どもたちに安心と安全を届けるための方法を、ゆるゆると心地よく続けられる「おうちを愉しむ」暮らしのヒントとコツをお話ししていただきました。

川村 康子さんは、仙台市在住。【暮らしナチュラリスト】の主宰であり【笑むSTYLE】代表をも務めてらっしゃいます。暮らしナチュラリスト養成講座やセミナーの講師、またハーブコーディネーターとしてもご活躍中です。

まず、『重曹』『クエン酸』についてお話ししていただきました。

『重曹』って、「掃除で使うもの」「環境に良さそう」「体にも優しそう」とはわかっているものの特別な時に使うもののような感じを持っていて、なかなか日常の生活に取り入れられない…。

参加者のみなさま、多くの方が「重曹」「クエン酸」をご自宅にお持ちでしたが、日常ご使用になっている方はその中でおひとりでした。
「重曹」って「大掃除の時などに良さそう~!!」で購入された方が多いのではないでしょうか…?そして1~2度お使いになって、そのまま台所や洗面所などの片隅でひっそり眠ってしまっていること多くないてすか?

片隅でひっそり…いいんです!

『重曹』は湿気や匂いを吸収してくれるので、空き瓶や紙袋やお好みの入れ物に詰め、蓋をしないで「置きっぱ」いいんです!
どんな容器が良いのか?大きさは?『重曹』の量は?
決まりはないのです。紙袋やジャムなどの空きビンや空き箱、食器などなど、器はなんでもOK~。

そして流し台の下部や下駄箱、ベッドの下、洗面所、トイレ、玄関などなど湿気や匂いが気になっている場所に置いておくだけで湿気取りと脱臭をしてくれます。
さらにアロマオイルを垂らしてみたり、庭のハーブ、ラベンダーやローズ、ミントなどを添えると湿気と匂いを取りつつ香りも楽しめる使い方ができます。
自分の暮らしの中に好みの形で取り入れてみる事をお勧めします、とのことでした。

これは、川村さんがお作りになったシューキーパーです。
靴下に『重曹』をそのまま詰めただけだそうです。下駄箱や玄関で大活躍♪


川村さんのご自宅では、お好きなホーローのバケツに重曹を入れて洗面所のおふろのそばに置いておき、常に湿気とりをしてもらいつつ、入浴時には一番風呂のご主人さまがそこから一掴みおふろへ入浴剤として入れる…とされているそうです。

それではここで、『重曹』っていったい何者なの?という方にすこしご説明します!
『重曹』の正体は『炭酸水素ナトリウム』といいます。学校の理科のように説明をすると、『炭酸水素ナトリウム』は水に溶かすと弱いアルカリ性になって、酸を中和することができます。
そして、川村先生によると『重曹』は3種類の姿で売られているそうです。
1つ目は掃除用品としての姿、お掃除コーナーでよく見かけます。
2つ目は食品添加物としての姿で、『タンサン』とも呼ばれています。
3つ目は薬品としての姿で、『炭酸水素ナトリウム』として薬局などで売られています。胃酸を中和するために使われるそうです。

『重曹』は掃除での使い方がよく紹介されているので、お掃除用という印象が強いと思いますが、『重曹』にはなんと300通りもの使い方があるのです!

さて、『重曹』を買う際に1つ注意することがあります。3つの姿で売られている『重曹』ですが、300通りもの使い方があるのは「食品添加物の『重曹』」です。
掃除用品として売られている『重曹』には袋の裏面などに「食べられません」と書いてあるものがあります。そういった商品は同じ『重曹』という名前でも、体に入れるとよくない場合があります。
いろいろな使い方で『重曹』を楽しみたい方は、購入する前に必ず裏面を確認して「食べられる」ものを選んでください。
今日のワークショップで作る入浴剤にも、食品添加物としての「食べられる『重曹』」を使います。
アロマやハーブで香りづけをすると更に気持ちがほぐれて快適に過ごせるのではないかと思っています。

これは川村さんのお作りになったハーブビネガー。
穀物酢の中にローズやラベンダーやミントなど入れると2日程度でだんだん色と香りが出てきます。
酸性のハーブビネガーがリンス材として肌に潤いを与えてくれるそうです。
自然の香り自分の好きな良い香りがすると、肩の力が抜けて呼吸がしやすくなる感じがしませんか?


入浴剤としての『重曹』と『クエン酸』のおはなし~

『クエン酸』が入ることでしゅわしゅわします。
『重曹』と『クエン酸』交わることによってしゅわしゅわが発砲して炭酸ガスが発生し、よりからだを温める、血行が良くなるのです。
おふろにつかるだけで緩やかに皮脂汚れや匂いが、からだから落ちます。

今日は入浴剤として形をつくりますが、粉のままでも良いのです。その時の気分やからだの状態によって香料や塩や砂糖や酢などをトッピングしても良い、『重曹』を追加で投入しても良い、決まりはないのです。
軟水効果もあり、『重曹』を入れた時にお湯が柔らかくトロトロ~~~となっていくのを感じて欲しいです。

『クエン酸』は酸性になります。『クエン酸』だけでも良いのです。
色々試してみてご自分に合った組み合わせを探してみるのも楽しいかもしれません。

はじめて入浴剤として『重曹』を使う方にお話をしておきたいことがあります。
ひとり、二人、三人、四人…増えるほどに、びっくりするほど垢が出ます。
お年頃になると気になる加齢臭についてもちょっとすっきりするかもしれません。自然と剥がれ落ちる汚れです。
さてさて、びっくりしたほど出た垢、お風呂掃除はそのままの『重曹』入り残り湯できれいに汚れが落ちるのです。
さらに残った『重曹』入り残り湯は生活排水となるわけですが、排水管を掃除しながら流れて行きやがて微生物によって自然に帰るのだそうです。
「優れモノにも程がある!」と思ったのは私だけでしょうか…。

さてさて、ここからは入浴剤づくりに入ります。

今日使う材料は『重曹』と『クエン酸』、トッピングとして金平糖みたいな『砂糖』。砂糖には保湿効果があります。
シリコンの型やゼリーやプリンやたまご豆腐の空き容器、紙コップなどがつくりやすいそうです。金属製やガラス製、底のない型は不向きです。

『重曹』は塩。電気分解したものなのだそう。なので、しょっぱいです。
もともと、『重曹』=『炭酸水素ナトリウム』は私たちのからだの中にある成分です。
私たちは10ヶ月間羊水の中で育ち続けますが、羊水は汚れたからと言って交換されるものではありません。炭酸水素ナトリウムが汚れを中和しながら穏やかに良い環境をつくっていたのです。
川や海にも当たり前にあるものです。すでに自然界にあるものを取り上げて私たちは使い方を学ぼうということです。

さあ、『クエン酸』を加え混ぜます。よく混ぜてください。ハワイでは消毒液とも呼ばれているそうです。
疲れた時などに飲まれる方もいらっしゃいます。酸っぱいです。

ティースプーン1杯分の水を加えてよくかき混ぜます。ただし、その時の湿度によって微調整は必要です。
今日はじっくり楽しむということで、ハッカ水をスプレーを使ってまんべんなく少しずつ加えていきました。

シュッシュッ、まぜまぜまぜ、シュッシュッ、まぜまぜまぜ…全体がしっとりしてスプーンの型がつくまで。
手で混ぜる場合は粉を握ったらちょっと固まるけどもろいくらい。
キーワードは「もっと入れたい、物足りない」だそうです。それくらいで水は止めてくださいね―――

「良いですねっ」川村さんから合格点が出ました。


そして、型入れです。用意した型にギュウギュウ詰めに入れます。
一日、寝かしてカチカチに乾燥したら型から抜いて完成です。
すぐに使うのがもったいない方はお部屋の中に飾って消臭湿気取りとして役立ててください、そのあと入浴剤として愉しんでください、とのことでした。


もこもこアイスクリームバージョンの作り方
①、『重曹』と『クエン酸』を良くかき混ぜたら、ティースプーン山盛り5杯分を別の袋に分けておきます。
②、残りの粉は前述のように紙コップへぎゅうぎゅう詰めまで作ります。
③、①の中央部に、ティースプーンに一杯分のハッカ水を2~3回に分けて入れていきます。その間手を休めずに混ぜます。握って崩れないくらいが目安。
水を加えたとたんシュワ~~~…見とれていたらいけません。
袋をシャカシャカまぜまぜ…
崩れないくらいになったら②の上に乗っけていきます。

膨らんできた―――――!!!!!


この状況は、水分が多かったようです。
科学の実験みたいです。
ぷくぷくし続けてますが、固まるので大丈夫です。
同じものはひとつとしてできません。それぞれの形です。

片栗粉をおおさじ2杯分加えると形を作りやすくなり、おふろに入れた時にしゅわしゅわが少し長く愉しめるそうです。


最後に川村さんから『重曹』と『ヒマラヤ塩』、『ミントとバラのドライハーブ』のバスソルトをプレゼントしていただきました。


本日使用したキットのラベルの中に
“The smile that you send out returns to you”と記してあります。
“君が笑えばみんなが笑う、みんなが笑えば君も笑う”
これはインディアンの名言と言われています。
環境も同じと考えています。自分が自然のものとの暮らしを楽しんで心地良く過ごす、ふと気が付くとそれは環境にやさしい暮らしにつながっている。
『重曹』『クエン酸』のことを知り、食べる物で暮らす暮らしを知るきっかけづくりになってくれればよいと思います、とのことでした。

質問タイムでーす。様々な質問が上がりました。
Q:入浴の際の『重曹』の量はどのくらいが目安でしょうか?
A:慣れている方の目安は計量カップ1杯分程度です。その半分くらいから始めていって徐々に増やしていったり、追加投入したり心地よい下限を探していっても楽しいです。
今日作った入浴剤は1回分の目安です。
軟水の効果で床面が滑りやすくなる場合もあります。ご注意くださいね。
24時間風呂(エコキュートは問題ありません)、ヒノキや大理石の風呂は不向きです。

Q:入浴後、お風呂はひと晩そのままで、次の日に掃除をしていますが、大丈夫でしょうか?すぐに洗い流した方が良いでしょうか?
A:ひと晩おいておくことで、追い炊き配管のつけ置き洗浄ができます。
二つ穴の追い炊き配管の場合、追い炊きをすると閲覧注意とする程の汚れが出てくるかもしれません。それほどきれいになるということですが、お風呂に浸かったままで追い炊きをするのはご注意です。
50g以上の塩を使う場合は配管の故障の原因になる場合もありますので、使用後すぐ流すなどの注意が必要です。市販のバスソルトは塩の量を確認してくださいね。

などなど…

「『重曹』って楽しいでしょう~~~?
今日は、自然素材の『重曹』とか『クエン酸』にちょっとトッピングしてみたり、香りを添えてみたりしただけで少しだけ心が豊かになれるように感じていただけたのではないでしょうか。
自然界のものと戯れたり、飾ってみたり、身近に置くことで、そんな毎日を過ごせれば、環境にも自分がつながって行けるのではないかと考えています。」と最後にお話ししてくださいました。

今日は、川村さんがお持ちになったハーブの心地よい香りの中でみなさん愉しんでいらっしゃるようでした。
ブログに書ききれない程のいろいろな『重曹』のお話しを川村さんから伺うことができました。
スタッフにとっても『重曹』は身近にあり、掃除や洗濯では環境にやさしいモノであると聴いたこともありました。でも、なんか…どう扱ってよいのか、ナニモノなのか、よくわからないモノでしたが、もっと気軽に手軽に愉しんで生活に取り入れてみたいと感じました。

川村康子さん、ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。


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せんだい環境学習館 たまきさんサロン
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「泥のリサイクル~お花を植える土に変えよう~」【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
8月29日(土)に、東北大学大学院環境科学研究科 高橋 弘教授を講師にお迎えして、「泥のリサイクル~お花を植える土に変えよう~」と題したサロン講座を開催しました。

まず始めはゴミのお話から。

現在、地球上にはゴミがあふれて、処分場が足りなくなってきています。
地球環境にとってもゴミは決していいものとはいえず、いろいろなところでゴミを減らすべく工夫がされています。
例えば、今年の7月からはレジ袋などの有料化も始まりましたが、買い物に行くときエコバックなどの買い物袋を1つ、カバンに入れておくだけでレジ袋を買う必要がなくなり、ゴミを減らすことに繋げることが出来ます。
その他にも、ゴミをゴミとして捨てるのではなく、1つの資源としてリサイクルすることもゴミを減らすことに繋がります。

普段、私たちが日常的に飲んでいる水。人間が生活していく上で必要不可欠なものですが、元々どこからきているか、意識したことはあるでしょうか?

仙台市の場合は、県内にある3つのダム(釜房、大倉、七北田)に溜められた水が、それぞれ3つの浄水場(茂庭、国見、福岡)へと運ばれ、飲料水をはじめとした安全な水に作り変えられています。
たまきさんサロンの場合は仙台市の中でも青葉区にあるので、大倉ダムから国見浄水場へと運ばれ、きれいになった水を使っているということになります。

浄水場では人々の生活のために、安全な水を作り続けなければなりません。
しかしその結果、ダムの水(原水)から取り除いた小さな土砂や浮遊物などの「浄水発生土」と呼ばれているゴミが毎年大量に発生しています。県内だけでも、1年間に発生する分を一般的な家庭のお風呂に溜めるとすると、26,000個分必要になります。全国で考えてみると1年間ではなんと1,000,000個分!

これらは産業廃棄物として最終処分場へ捨てられています。最近ではセメント工場へもっていってもらい、使ってもらうこともあるそうですが、どちらもお金をかけて、または相手方に費用を支払って行われているそうです。

今回の講座では、まさに浄水場から毎年大量に出ている不要な泥土を「園芸用の土」としてリサイクルする過程や、実際にどんなところで使われているのかなど、たくさんのことを教えていただきました。

屋上の緑化工事の場合には,使用する土が重いと建物への負荷が大きくなり、また基本的に自然の降雨のみで緑化を行うメンテナンスフリーが原則なので、軽くて保水力の大きい土が望ましいということになります。
リサイクル土を使用した場合は、 実際の土と比べて軽い上に保水力も大きいので、メンテナンスが不要であり、近年増えてきているそうです。
また、実際に夏場の温度を下げる効果や、来館者を癒す効果などが実証されているそうです。

講座の中では高橋先生にご用意いただいたキットを使って、実際に「浄水発生土」を「園芸用の土」に変える体験も行いました。
本来であれば、作業の過程でリサイクル土を使用する場所の生態系を壊さないために、浄水発生土の天日乾燥を行うようなのですが、今回は難しいため模擬の浄水発生土を使っています。

まず、水の入った容器の中に模擬の浄水発生土を入れます。

ある程度水と混ざったら、古紙を半分ずつ2回に分けてまぜ、紙の色が変わってきたら塊が残らないように、一生懸命に混ぜます。このとき使用する古紙には、マンガや新聞紙、タウンページなど表面のコーティングがされていない紙の方が適しているそうです。

次に魔法の粉をいれ、さらに混ぜ混ぜ。
納豆のような粘り気が出てきて少し混ぜるのも大変そうでしたが、糸が出なくなるまでひたすらに混ぜていると、土のように重くなっていきます。この魔法の粉の正体は赤ちゃんなどのおむつにも使われている吸水性ポリマーなので、触ってしまっても害はないそうです。

最後に分散剤と呼ばれている液体を入れて混ぜることによって、それまでの水気を含んだようなねばねばした感じからそぼろ状のパサパサとしたものに変化します。

今まであった水分はどこに行ったの?と思いますが、実際にこの見た目パサパサとしている土を絞ってみると、たくさんの水が出てきます。吸水性ポリマーによって水が蓄えられているのです。

これで土は完成です。この土を使って早速お花を植えてみました!
今回はたくさんの種類があるベゴニアの中でも「四季咲きベゴニア・八重咲」などとも呼ばれている、日本では最もポピュラーな種類のベゴニアを使用しました。

浄水場で発生する浄水発生土をはじめ、津波が川に残していったたくさんの土砂やヘドロも「園芸用の土」としてだけでなく、堤防の補強や、洪水時河川を一時的に氾濫させる遊水池の堤防造成にも使われているそうです。

工事現場から出る泥水もリサイクルされていて、地下鉄東西線の薬師堂駅を作る際にでた泥土は、秋保の道路拡張工事の際に使用されたそうです。リサイクルされて作られた土は、アルカリ性のため年数を経ても雑草が生えづらく、そういった処理に手間や費用をかけたくない場所で使われることも多いそうです。

また、堤防に使用する土には硬さが必要なため、セメントをいれるそうなのですが、古紙を加えると繊維同士の絡まりが強くなり、強度もさらに高まるそうです。この手法は日本の伝統的な土壁に使われている手法が原点なのだとか。

実際にノコギリを使って、古紙が混ざっているものと混ざっていないもの、どれほど違うのか切った感覚を確かめてもらいました。
すると、やはり古紙が混ざっている方が少し固く感じられたようでした。

最後に今回植えた「ベゴニア」の育て方についてサロンスタッフよりちょっと小話。
ご自宅に持ち帰られたあとも、元気に花を咲かせ、葉を茂らせてくれることを願っています。

今回の講座を通して、不要とされているゴミも、使い方次第では有効な資源として使うことが出来ることを教わりました。ヘドロや泥に対するイメージも今回の講座をきっかけに少し変わっていたら嬉しいです。

普段からリサイクルに興味や関心を持って、ゴミが少なくなるような工夫を考えることが出来たら、地球にとっても、社会にとってもいいことになるのではないでしょうか。
まずはエコバックを持つことなど、身近なところから少しずつ始めていこうと思いました。

東北大学大学院環境科学研究科 高橋 弘先生、お手伝いしてくださった大室 ひなさん、デリマ ケニー バレンタイン シマルマタさん、ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

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仙台七夕の由来と再生紙~8万羽の折り鶴のゆくえ~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
8月2日(日)、仙台七夕飾りを手掛けておられる創業明治16年の鳴海屋紙商事株式会社の営業部長 鳴海 幸一郎さんをお迎えして、サロン講座「仙台七夕の由来と再生紙~8万羽の折り鶴のゆくえ~」を開催しました。

「戦後続いてきた仙台七夕が今年は開催されないことになってしまいましたが、七夕まつりは、元来「願い」「祈り」の祭りです。
仙台市中心部商店街さんや地元の商店会さん等が、【次回に思いをつなごう、次回、無事の開催を目指して七夕を楽しもう】と、商店街を訪れた市民のみなさまが七夕の雰囲気を感じられるよう小さめの七夕飾りを飾りました。
今日はみなさんも次回に思いを繋ぎ、次回、無事の開催を目指して、七夕を楽んでいただけたら…」と、鳴海さんのご挨拶から始まりました。

まずはミニ七夕飾りを作ります。
見本を見ながら、7つ飾りのうちの3つ、巾着(きんちゃく)・投網(とうあみ)・屑かご(くずかご)を作りました。


紙の裏表を確認しながら、ひとつひとつていねいに作ります。
「余った材料や、小さなキットが入っていた小袋などは持ち帰って、分別をして捨ててください」とのこと…これも七夕飾りに込められた願いです。


ミニ七夕飾りを作った後は、七夕祭りの由来について教えていただきました。
七夕まつりは中国の乞功奠(きこうでん)という星祭りに由来し、中国から台湾を経由したと思られ、その後、日本の京都・奈良に伝わり、京都から宮中行事として仙台に約450年程前に伊達政宗公が仙台に伝えたといわれています。

七つ道具の意味合いにもつながっていきますが、伊達政宗公が当時の世情の中で女性の節句祭りとしてお持ち帰りになった事は、伊達藩にとって大事なことではなかったでしょうか。
先見の目があった粋な武将、伊達男だったといわれる所以にもなったのではないかと鳴海さんは考えていらいらっしゃるとのことでした。

「機織りが上手な織姫さまと牛飼いで努力家の彦星さまが自分たちの仕事をおろそかにして、遊んでばかりいました。そこで天帝は、『自分たちのやらなければならないことを行ってから、好きなことをしなさい』と、織姫さまと彦星さまを離し、年に1度だけ七月七日に会うことを許しました。」

「勉強や仕事など、自分のやるべきことをしなかったら、その事を知っているのは誰でしょう?自分を一番見ているのは自分です。今日の自分はどうだったでしょう…たまには休んでも良い、その分は次に頑張れば良い…自分自身を見つめなおして道を究めなさい…と七夕さんは伝えたいのではないか」ということでした。
お話を聞いて、背筋が伸び、襟を正す思いです。

次は7つ飾りについて教えていただきました。
本来であれば、ひとつひとつはさみで切って糊で貼って7つの飾りをつくっていきます。


一つ目は、吹流し(ふきながし)
織糸をかたどって飾ります。
今は紙が主流ですが、昔は紙が貴重だったため、生糸を飾りに使っていました。

二つ目は、折鶴(おりづる)
家族の長寿を願い、長生きしてほしい家族の歳の数や長寿を願った数をおります。
自分で決めた想いを、祈りを込め自分でやり遂げる大切さを教えています。


三つ目は、短冊(たんざく)

現在は願い事を書いていますが、昔は文字が上手になるように願いを込めて「七夕」「おりひめ」「ひこぼし」「天の川」などの言葉を書いていました。
間違ったり、満足いかない出来だったものも一緒に飾ります。
目標にどう近づけていったか、頑張った過程が大切です。
願いが叶うように祈りながら墨で書き、上手や下手は関係なく、最後まで自分でしっかり書くことが大事だと教わりました。


四つ目は、紙の着物(かみのきもの)

裁縫や手芸の上達の願いと、子どもが事故にあわないように、病気やケガをしないように、無事に青年期を迎えられるようにという願いを込め3~4歳児が着る大きさの着物を先端に飾ります。


五つ目は、投網(とあみ)

お魚をとる網をかたどっていますが、大漁豊作を願う飾りです。お魚やお肉や野菜が取れますようにという思いが込められています。
わたし達は食べ物から力をもらって生きています。

鳴き声も言葉も発しない植物、鳴き声は発するが言葉を持たない動物、彼らの力をいただいて私たちは生きています。 彼らの力を無駄にしてはいけない、大事に無駄なくいただくことの努力の大切さを教えています。


六つ目は、屑かご(くずかご)

屑かごの中は飾り作りで出た紙屑を入れて作り飾ります。
食べ物と同じように何も言わぬ、私たちに力を貸してくれている道具たちも、感謝をもって最後まで大切に使い切ることの大切さを教えています。


七つ目は、巾着(きんちゃく)

お財布を表しています。むだ使いをやめ、質素倹約、節約の心を養うために飾ります。

「一つの表現としてですが、事故に遭わず、ケガや病気をせず長生きをすれば余計にお金はかからない、食べ物からしっかり力をもらい自分に蓄えれば健康でいられ、物を大切にすれば無駄に道具を買うこともなく、毎日少しずつお金がたまっていく… 七夕さんは七つ道具の締めに、正しいお金の使い方を身につけた大人になってもらいたいということを伝えたいのではないか」と鳴海さんは感じているそうです。


そして、仙台七夕は吹き流しの上部に、「くす玉」という丸い球体を飾ります。
仙台の青葉通りにあった老舗店「森天佑堂」の旦那さんによって初めて戦後復興を願って編み出されました。


ここからは、七夕の飾りつけ、設置から片づけまでを教えていただきました。
飾りづくりは女方の仕事で春彼岸から準備などが始まります。
紙の飾りなので湿気や温度に敏感で、仙台七夕まつりの日にいちばんきれいに咲かせるためには2か月前程からトップスピードを掛けて一気に作り上げるのだそうです。
男方は8月4日笹竹の取付け、6日飾りの取付け、8日「葉っぱひとつ残すな!」の合言葉のもとすべての片付けの3日間だそうです。

取付けから撤去までの様子の動画を見せていただきました。

午前9時までに飾りつけを終わらせなければいけない、真夜中~早朝の間の作業です。
動画を見ていると仙台七夕飾りが恋しくなりました。

8日の撤去は21時から23時59分までの間に「葉っぱひとつ残さず」すべて撤去するのだそうです。

そして、幹、葉っぱ、飾りとそれぞれ分別します。
さらに、竹の太い部分は仙台市のごみ焼却炉やお焚き上げの焚き付け用の薪として活躍しています。


また、ひとつの短冊に書かれた願いごとがきっかけで、仙台市立の小中学校に通う児童生徒による故郷復興プロジェクトの折り鶴も「再生紙」に生まれ変わることになったそうです。88,000羽の祈りを子どもたちに返したいとの思いから活動が始まりました。


この「再生紙」が最初に使用されたのが、オリンピック2連覇を達成した羽生結弦選手への表彰状でした。


その後、小学校の卒業証書や入学要覧、卒業要覧、ノート、等にも活用されることになり、また、【宮城野カルタ】の絵札・読み札がこの再生紙で作られました。

子どもたちが祈りを込めて折った8万羽の折り鶴が仙台七夕で祭られ、その後、たくさんの子どもたちや裏方さんの手で分別され「再生紙」となって生まれ変わり、再び子どもたちのもとへと戻っていくのです。

2017、2018年の再生紙のしおりをいただきました。
2019年の再生紙はコロナ過の影響で解体・分別作業等をすることができず、現在保管されているそうです。


最後に、鳴海さんは、
「何も言わない紙飾りには秘められた思いがあり、仙台にゆかりのある方は何がしかの気持ちが入っているのではないかと思います。
例年とは違いますが、8月中、場所によって期間はまちまちですが、仙台市内いろいろな商店街で七夕飾りが飾られます。
七夕飾りを楽しんでいただき、飾り込められた祈りに思いをはせていただければ、また、みなさんの周りの方にもお伝えいただければ幸いです。」と、締めくくられました。


鳴海屋紙商事 鳴海幸一郎さん、ご参加いただいたみなさまありがとうございました。

次回、無事に開催されます仙台七夕まつりで七夕飾りが見られますように…


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土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始
※8月30日(日)は臨時休館日です。
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