環境講座」カテゴリーアーカイブ

オープンサロン講座「自然環境調査員カトさんの活動実録」の開催延期について

2月22日(土)の開催予定のオープンサロン講座「自然環境調査員カトさんの活動実録~準絶滅危惧種“オオタカ”と“ハイタカ”の調査」について、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い,参加者の安心・安全を確保するため開催を延期(期日未定)させていただきます。
参加者の方にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、何卒ご理解を賜りますようお願いいたします。

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せんだい環境学習館 たまきさんサロン
平 日 10:00~20:30
土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始 *‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*

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クマが生き残り、オオカミが滅んだのはなぜか? ~江戸時代の記録から考えてみよう~ 【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
2月1日(土)に、『クマが生き残り、オオカミが滅んだのはなぜか?~江戸時代の記録から考えてみよう~』と題した講座を開催しました。

今回のサロン講座では、かつては日本の野生動物の頂点に位置していたオオカミが絶滅し、クマが生き残った原因について、江戸時代の記録を参考にしながら、その狩猟方法や利用方法の視点から考えてみます。
講師には、宮城県利府高等学校教諭の村上一馬(むらかみ かずま)先生をお迎えしました。


【熊の被害】

江戸時代に書かれた弘前藩の古文書を見ると、人喰い熊の被害について詳細に記されていることがわかります。
山菜取りや薪取りなどで山に入り、山中で襲われたといった記録です。例えば、被害が頻発した元禄八年から享保五年(1695年~1720年)の26年間には、死者20人、重軽傷者51人という大惨事が記録されています。


【熊の狩猟】

現在でも行われている熊の狩猟方法は、熊を追いライフル銃で仕留めるという方法ですが、かつてのマタギ猟は「タテ(槍)」による方法でした。これは、弘前藩が猟師の鉄砲使用を認めなかったからだそうです。

また「オシ、オツソ、ヒラ」などと呼ばれる罠を使った猟が主流でした。これは、吊り天井式の圧殺罠で、木を組んだイカダの上に石などの重しを載せて吊り上げておき、下に熊が入って留め具が外れると、イカダが落下して押し潰すという仕掛けです。

会津藩の記録(1807年)を見ると、季節によって狩猟方法を替えていたことがわかります。

秋は里に下りて来た熊を鉄砲で打ち、通り道に罠を作って獲る。冬と春は木のうろで冬眠しているところを出口を枝で塞いで槍で突く。冬眠から覚めた頃には、穴の出口で待ち構えて大勢で巻き狩りをして槍や鉄砲を使って獲る。

熊の武器は、口吻よりも鋭い爪が付いた掌なので、接近戦にならないように工夫していたことがうかがえます。


【熊の利用】

熊の狩猟目的は、そもそも人喰い熊退治ではなく、その肉や毛皮、「熊の胆」と呼ばれる胆嚢が珍重されたからです。
解体した肉は猟師が分配しますが、『泥障(あおり)』と呼ばれる鞍の下に敷く泥よけには熊皮が使われ、幕府への献上品とされていたので、これなどは庶民や下級武士には手の届かない貴重品でした。また「熊の胆」も医薬品として、藩による厳しい管理のもと高額で取引きされていました。


【狼とは】

狼(ニホンオオカミ)は、明治38年に奈良県での捕獲を最後に絶滅したといわれています。

その標本剥製も日本に現存するのは三体のみです。
生きた姿を写した写真すらありません。
この残された剥製や絵画をもとに、ニホンオオカミの姿を想像するしかないのですが、大きさは柴犬程度、耳が立ち、口吻が大きい。尾は巻かずに垂れている。さらにオオカミは、棒で打っても犬のようには吠えないそうです。

この剥製になった個体は、かなり小さい個体で、文献を辿ってみると実際のおとなの個体はもっと大きかったのではないか(剥製の1.4倍位)と、村上先生は推測されています。


【狼の被害】

弘前藩や盛岡藩の文献には、熊と同様に狼が人間を喰い殺したという被害の記録が残っています。
被害は元禄 ・宝永年間(1688年~1710年)に集中し、この間記録に残るだけでも最低89人が死傷したとあります。

被害者は大半が子どもで、夏の昼夜に人里において襲われています。

なぜこれほど被害が頻発したのか?

まず、猟具の問題ですが、弘前藩は猟師に鉄砲の使用を禁じていたので、タテ(槍)しか使えず、熊と違って人に向かって来ないで逃げてしまう狼を狩るのには無理があった。
一方、鉄砲が使用出来た盛岡藩の猟師たちにおいても、すばしこい狼に対しては鉄砲は不向きだったと思われる。

これらのことから、猟具の問題ではなく、原因は時代状況に求めるべきではないかと、村上先生は考えておられます。

効果的な対策もないまま、人々は狼除けや狼祭(オイヌマツリ、オイノマツリ)という形で、せめて狼に襲われないように消極的に自衛するくらいしかなかったのかもしれません。

このような状況が一変するのが、享保年間に狼による牧馬被害が多発するようになってからです。
幕府献上品として、「御野馬」は非常に重要な動物でした。享保八年には牧馬が全滅し献上出来ないという事態にまでなります。

人間が襲われていた時よりも、献上馬が襲われたことを重要視した藩は、「狼を無きものにせよ」という御触れを出す事態になっていったのです。

狼退治に本腰を入れ、狼の巣穴を見つけ次第燻り殺すという指示が出されます。
さらには、「狼取(オオカミトリ)」と呼ばれる専門の捕獲人が、毒を使い効果を上げます。
1718年~1769年の52年間に最低でも451匹捕獲したという記録があります。
捕獲には、報奨金が支払われ、特にメス狼の値段が高かったといいます。

このような背景があって、狼の徹底的な駆除殲滅が加速していったのです。


【狼の利用】

毛皮や肉や内臓が利用された熊と違って、狼は猟の獲物としてあまり利用価値はなかったと言えます。
狼を駆除したその証拠品として皮や牙を提出し、確認後には廃棄されてしまうくらいの扱いでした。

全国各地において、利用方法として挙げられるのは以下のようなものだけです。
・狼の骨:削って猩紅熱(しょうこうねつ)の薬として飲んだ
・狼の牙:狐憑きのお祓い(他の獣の骨や牙と一緒に「イラタカ数珠」などに使った)


【結論】

今回の講座のテーマである「クマが生き残り、オオカミが滅んだのはなぜか?」に対する答えは、熊はあくまで利用を前提として狩猟が行われたのに対して、狼は人身被害によってというよりは、大切な「御野馬」が襲われる被害に対処するために官民あげて捕獲が行われ、やがては毒による殲滅にまで及んだせいであると結論づけられると思います。

一度は絶滅したトキもまた、江戸時代には田畑を荒らす害鳥の扱いをされ、農民から嫌われていたと言います。狼も同じく産業の障害となったために駆逐されていきました。
野生動物が絶滅にいたる過程では、産業との関わりが深いと考えられます。

現在、日本における動物や昆虫による死者数で一番多いのは、スズメバチによる被害ですが、自然界で脅威とみなされ、薬剤などによって駆除されているスズメバチなどについても、生態系への影響の視点から、もう一度冷静に検証してみる必要があるのかもしれません。

今回の講座を通して、残された文献から狼絶滅の謎に迫ることが出来ました。
同時に、改めて生態系に人間が及ぼす影響力の大きさについて考えるヒントをいただきました。

最後に、先生が持って来てくださった熊と狼に関する標本などの展示を興味深く拝見して、 今回のサロン講座は終了となりました。

村上先生、講座に参加してくださったたくさんの皆さん、ありがとうございました。


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お買い物のときは、パッケージをよく見てみよう!グリーン購入「お買い物体験」だよ。

こんにちは。
みんな、お買い物のときに「あれ?この製品って環境にいいのかな?」とか、「これって遠くから運んできたものじゃない?」なんて思ったりすることない?
そんな時、商品のパッケージを見ると、なにやらマークがついている。
環境ラベルなんて呼ばれているんだよ。
この、マークのことを学んでみようって講座が開かれました。

会場は、みやぎ生協 太子堂店。
そして参加者と一緒にお買い物体験をしたのは、伊達武将隊から伊達政宗様。伊達成実様。片倉小十郎様。茂庭綱元様。
いつも、せんだいE-Action推進武将隊として馳せ参じてくださり、ありがとうございます。

はじめに、お屋形様から仙台の街のお話です。
「みんな。森の字は知っているな。でも仙台を言い表す「杜の都」のモリは違う字だろう。これは人が作った森(杜)を表すのだ」
仙台は風が強いだろう。屋敷の周りに木を植えることを勧めたのも、この儂じゃ。


仙台の街を作った時の森が現代まで残っていて、杜の字が呼び名に残っているのです。

そして自然の話じゃ。
「けやき」「すずむし」「カッコウ」これらは仙台市を代表する動植物。市花・市木に登録されているのだ。
カッコウという鳥の鳴き声を知ってるか?
ハイ。「カッコ〜。カッコ〜」
良いぞ。

仙台は街を拓く前は原野で、鹿がいた。鳥もいた。そしてスズムシがいっぱいいた。
仙台のスズムシは、リンリンリンと3回、4回だけでなく、7回、8回と長く鳴くのだ。故に徳川家にも気に入られ、仙台藩は将軍に、このスズムシを献上していたのだ。それほどスズムシの名産地だったのだ。

仙台の自然の話をしたが、それはこれからのお話に関わってくるのだ。
まず、地球。地球は今、たくさんの問題を抱えている。
地球温暖化。大気汚染。水質汚濁。生物多様性の減少。ゴミの増大。
環境への負担を減らさないと、人も生き物も暮らしにくい世界になってしまう。

そこで環境に優しいお買い物を選択しようという考え方が、グリーン購入だ。
グリーン購入について学んでいこう。

環境に良い買い物を実践する時「どんな材料から作られているのかな?」「どんな手段で運ばれてきて、手元にあるのか?」
を考えてみよう。何か目安になるものがあったほうがいいだろう。
目安になるのは、このマーク。「環境ラベル」

代表的なものを紹介しましょう。
グリーンマーク。
原料に一定の割合以上の古紙を使っているということです。
再生紙マーク。
古紙を混ぜた製品につけられるマークで、数字は古紙パルプを使っている割合を示します。

FSCマーク。
こちらは環境の保全に適切で、社会的な利益にもかない。経済的にも持続可能な形で伐採された木材を使っていることを表します。
「なかなか難しい!」このマークは未来の環境も考えているのだな。

レインフォレスト・アライアンス認証
環境の保護、働く方やその家族の生活向上など、持続可能な農業をしている農園で作られている原料が使用されていることを表すマーク。
環境だけではなく、人間も守っているマークなのだな。
〜〜〜これは、あとで店内で探してもなかなか見つからなかったんだよ〜。

みやぎ生協の環境の取り組みの説明です。
本日店内でお買い物体験をするとき「環境のことも考えましょう」ということで、実際にどういうものが棚に並んでいるか、ヒントになりますように用意してあります。
みやぎ生協では環境に配慮した商品を置いて、地球温暖化防止にお役立てできますよということを、このようなポスターで各マークの意味も含め展示しています。

「レインフォレスト・アライアンス認証。ちょっと難しい名前のカエルのマークじゃな、なんでカエルなのだ?」
カエルって、すごく環境の変化に弱いんです。そのカエルの住める環境。コーヒー、ココアなど熱帯雨林などで採れるカカオで出来た製品にもついています。

では。皆の者。買い物に行こうではないか!
「お買い物体験。グリーン購入。いざ出陣!」
エイエイオ〜!!!

政宗様カゴ持って、出陣!(お屋形様。ガーリーですな。。。)

みなさんパッケージを裏返し。
「どこにマークがあるかなぁ」と、探します。

おお。あったぞ。

クック・●ゥではなく、生協オリジナルの炒め物の元に、ホラ。

FSCマークですね!

ここにもFSCマークと。そして見慣れぬパンダマークがあるな。

ほんとだ!ここにも!

リストにないマークは、あとで調べるために描き写します。パンダの絵だね。

例の「レインフォレスト・アライアンス認証」はどこにあるのじゃ?
ここはチョコ売り場だが、ないのぉ〜。

輸入チョコの箱にもないや。

おお!ここにあったでござる。
レインフォレスト・アライアンス認証
袋売りのチョコレートについてました。

しかも、みやぎ生協オリジナル商品。
さぁっすがあ〜。

ジュースの棚。ここにもFSCマークがある。

こうやって見ると。FSCマークは紙製品に多くついていることがわかるね。

海のエコラベルありました!

鯖の水煮。“こだわり”と製品名についているものには、海のエコラベルが付いてました。

そして、なかなかないマーク。。。グリーンマーク。

文具のところにありそうな感じなんだけどなぁ。

テープの箱に、ついてました!

では、30分間のお買い物体験でどのようなものを見つけてきたのか?みなさんに発表してもらいましょう。
「儂は、料理の元にFSCマークがしっかり付いているのを見つけたぞ。生協オリジナル製品だ。青椒肉絲の元だぞ。」

お。この子は裏面にたくさんのマークを集めてきたね。
珍しいのはパンダのマーク。WWFマーク。自然と人間が調和して暮らすことを目指す環境保護団体のマークだね。

アーモンドリーフにFSCマークがありました。
「きっと箱の部分だなぁ」

アップルティーにレインフォレストアライアンスマークがありました。

それでは皆さんお疲れ様でした。
コープではオリジナル商品の開発に、環境への意識もちゃんと織り込んでいたんですね。
参加者の皆さんには、みやぎ生協と、仙台市からプレゼントがありました。

商品いろいろ詰め合わせと、グリーン購入のカルタも入ってるよ。

ってことで、今日は楽しくグリーン購入のことについて勉強できました。
伊達武将隊の皆さん。ありがとうございました。
またね〜。

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和製本を学ぶ ~御朱印帳(複葉折り本)をつくろう~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
1月18日(土)に、『和製本を学ぶ~御朱印帳(複葉折り本)をつくろう~』と題した講座を開催しました。
講師には、和綴じ製本作家の永澤 裕子(ながさわ ゆうこ)さんをお迎えしました。


永澤先生は、仙台市内をはじめとした近隣の文化施設において、本の修理や、和綴じの技術を多くの方に知ってもらうための講座・講習会を数多く開催して活動されています。
今回のサロン講座では、参加者自身が実際に制作実習をしながら和綴じ製本の技術を教えていただきました。

今回は、巷でブームにもなっている「御朱印帳」を手作りしてみようという講座を企画しました。

正確に言うと、「集印帳」をつくります。これは、御朱印に限らずスタンプなど文字通り「印」を記念に押して保存する帳面のことです。「御朱印帳」と呼ぶと、神社仏閣でいただく朱印に限定され、宗教的な意味合いが強くなります。そもそも神社でいただく「御朱印帳」は、寺院で写経し納めた証として朱印を押してもらったのが始まりと言われているそうです。

余談になりますが、正式な製本師は「経師(きょうじ)」と呼ばれ、この「経」は、製本という技術が「お経」から始まったことを意味しています。

では早速、「集印帳」の制作にとりかかりましょう。

お遍路さんは、「四つ目綴じ(よつめとじ)」という糸綴じ仕立ての「納経帳」を持っている方が多いということですが、今回はそれよりも古い、糊で綴じる「複葉折り本」という仕立方で集印帳を制作します。実際に販売されているものではB6サイズが多いのですが、今回はそれより少し大きめサイズで作ります。

材料は、中身用に見開きサイズにカットされた奉書紙(ほうしょし)15枚、表紙(ひょうし)には表具布と芯ボールを使います。

手作りの良さは、材料の材質や色、柄などを自分好みで自由に選べるということです。今回の参加者の皆さんにも、きれいな模様の表具布をお好みで選んでいただきました。

作業の前に、まず先生からカッターナイフの正しい使い方を教えていただきました。「刃は立てないで寝かせて使う」これが紙や布をきれいに、安全に切るコツです。それから、小まめに刃を新しいものに替えることも重要です。

和本に限らず、紙が綴じられている辺を「背」と呼びます。それ以外の三辺、上辺を「天小口」、下辺を「地小口」、背と相対する辺を「前小口」と呼びます。ただし、折り本には「背」がないことが大きな特徴ですので、左右の辺がどちらも前小口ということになります。表紙がつく前の、糊や糸で綴じられた用紙の束が「中身」と呼ばれます。

最初の工程は、「中身」づくりです。
(1)材料の奉書紙を一枚ずつ、中表に(つるつるした面が中になるように)折へらでしっかり二つ折りにしていきます。折へらを使うのは、折り山の高さを潰すため(指や爪を使うと紙の繊維が伸びてしまうから)です。

15枚を二つ折りにし終えたら、裏面に糊を引くための印を付けておきます。

折へらを使って紙を折るのは初めてという参加者がほとんどでした。

折り終えた後、中身の束に折りへらを当ててやると、左右の厚さが均一になり、美しい紙の束が出来、ちょっと仕事をした満足感を感じました。

(2)「丁合いをとる」二つ折りのままの用紙を一枚ずつ、折り目側と開く側をたがい違いに重ねていきます。蛇腹状の重なりになるようにイメージします。

(3)「突き揃えをする」重ねた中身に、折り目と平行に紙の帯(おび)をかけます。四辺を机にとんとんと立てて紙を揃えます。

(4)「糊をいれる」片側を目玉クリップで留め、前小口側の紙の裏同士をでんぷん糊で貼り合わせます。

(5)同様に反対側も貼ります。この工程で、最初に裏面に付けた印が目印になるのです。

(6)「風をいれる」余分な糊を拭います。

ここまでの作業が、前半です。皆さん、かなり緊張気味でした。
初めての作業ということもあって、ここまでで1時間半近くかかっています。

少し休憩して、先生がつくられた作品を手に取って拝見しました。

今回は「複葉折り本」という手法で集印帳を制作しましたが、この方法で用紙を厚紙に替えてつくると、例えば中身の一枚に切り込みを入れるだけで、ポケットになったり、窓になったり、写真の縁止めにもなったりという、スクラップブックとしての応用が利きます。

御朱印帳としての使い方だけではなく、思い出の写真やチケットの半券などを保存しておくのもいいかもしれませんね。

第二の工程は、「表紙」づくりです。集印帳の表紙になるものを作ります。
(1) 芯ボールを用意する。中身の大きさに合わせて、黄ボールという紙を切り取ります。

下線に沿ってステンレス定規を当てて、カッターナイフで切っていくだけの作業なのですが、黄ボールが固いので両手に力が入り、かなり大変な作業になりました。

なかなか切れません! 
先生は8回位で切り離せるのですが、20回かかった方も!

刃の寝かせ方や刃の替えだけではなく、力の入れ具合など経験によるものも相当影響しているのでしょうか・・・

(2)おもて紙を用意する。表紙の顔となる部分です。千代紙、表具布、襖紙などが使われます。

今回は、表具布を使います。文字通り表具に使う、裏打ちされた布です。表具のあまり布が手に入るといいですね。

芯ボールの外辺(中身寸法)から、四方15mm位の大きさに断ちます。

(3)おもて紙で芯ボールをくるみ、表紙を二枚作ります。

まず、両サイドのおもて紙(表具布)を折り返し、糊で貼りつけます。この時、おもて紙のたるみが出ないように、しっかりぴんと張って糊づけすることが重要です。

次に、四隅の角を中に折り込み、角をきれいに整えます。

天・地も同様に折り返して、貼りつけます。

最後の工程は、「中身と表紙の貼り合わせ」です。
(1)表紙の裏側の折り返し部分にのみ、濃い糊をつけていきます。

表紙は、おもて紙の分だけ中身よりもひとまわり大きくなっています。1mm以下のこの微妙な部分には糊をひかずに残します。裏面全体に糊づけしないのは、表紙の貼り替え修理を容易にするためだそうです。改装の余地を残す、これもまた和製本の基本的な考え方です。

(2)中心を取りながら、慎重に中身を表紙に乗せ、貼り合わせます。

もう一面も同様に貼り合わせます。

(3)最後に、糊が紙になじむように貼り合わせた面を奉書紙側から、乾いた布できれいに圧着します。これで、完成です。

はたして、集印帳はうまく出来上がっているでしょうか?

実際に表紙から恐る恐る開いてみると、見事な蛇腹折りのオリジナル集印帳が出来上がっていました。歓声よりも手作りの達成感ににんまり顔の方が多かったようにお見受けしました。

世界で唯一の、機械ではつくれない手作りの柔らかさと優しさにあふれた作品が出来上がりました。このような作品を自分の手でつくるということは、オリジナル作品に対する愛着は言うに及ばず、つくり上げた達成感と共に物づくりの喜びも感じられたのではないでしょうか。

まだまだ奥の深い和製本の世界ですが、たまきさんサロンではこれからも永澤先生にご教授お願いしたいと考えています。

今回の講座を通して学んだことは、折る・断つ・貼るという基本的な製本技術をはじめとして、自分好みの表装を施した自分だけの集印帳が手づくりでもつくれるということです。さらに、表紙が傷んだ場合でも、そのまま捨ててしまうのではなく、修理して長く使うことが出来るということも教わりました。手仕事の良さ、面白さも実感できたのではないでしょうか。

皆さんの口から「使ってしまうのがもったいない」という声も聞こえてきました。

たくさん、御朱印をいただいて来てください。そして、またご自分でオリジナル集印帳づくりに挑戦されることを期待しています。

先生の講座は、今回制作した集印帳を入れるための「函づくり(夫婦函仕立て)」へと続きます。永澤先生、ありがとうございました。ご参加いただいた皆さま、お疲れさまでした。

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「天気のきほんと仙台の冬の天気」【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
12月21日(土)は「天気のきほんと仙台の冬の天気」と題し、日本気象予報士会東北支部 気象予報士の金野さんを講師にお迎えしてサロン講座を開催しました。
今回はたくさんの方にご応募いただき、講師並びに会場となる東北大学の協力を得られたことから、急遽会場を変更しての開催となりました。

講座に入る前に「天気図を楽しもう」ということで、参加者それぞれに配られた天気図の中から日本列島や高気圧、低気圧、寒冷前線、温暖前線を探して色を塗っていきます。

すると、色分けされた天気図から日本列島の西側に高気圧、東側には低気圧という西高東低の気圧配置の様子が分かるようになりました。これは冬型とも言われるように、冬の代表的な配置としてよく見られるそうです。

テレビなどを通して毎日のように天気予報を見ている方も多いと思いますが、1日に何度も天気予報が流れるのはどうしてなのか、考えたことはあるでしょうか?
スタッフを含め、あまり考えたことがなかったという方が多いのではないかと思います。
天気は常に変化していて、同じということがありません。ですが、天気の変化は私たちの生活にもときに大きな影響を与えてしまいます。

では、何が天気を変化させているのか。
風や雲、水や水蒸気、太陽の他にも様々なものが要因として考えられますが、実は地表から宇宙へとつながる大気中、上空10数㎞くらいのところにある対流圏と呼ばれている空気の層が関係しています。

この対流圏の中に地球の空気の80%が詰まっていて、上に行けばいくほど、1㎞で平均6.5度ずつ気温が下がっていきます。層の厚さとしてはほんの少しにもかかわらず、ここで起きる空気の流れや水蒸気の動きが天気の変化に繋がっているそうです。

そもそもの「空気」は小さな粒の集まりで、空気中を常に動きまわりながら衝突を繰り返していますが、小さすぎて私たちには見ることも、感じることも出来ません。

その空気の粒たちが「モノ」を押している圧力の強さを「気圧」と言い、hPa(ヘクトパスカル)という単位で表しています。軽いように思われている空気にも重さがあり、その結果、上にある空気の重さで下にある空気が押しつぶされてしまうため、表面に近づくほど気圧は高く、上にいくほど低くなります。

ここで実験その1!
気圧が低くなるとモノがどうなるのか、実際にマシュマロを使って確かめてみました。 容器に入ったマシュマロもポンプが押されて空気が抜けると、中の圧力も上がり容器いっぱいに大きくなりました。

大きくなったマシュマロが食べたい! しかし、容器の中から外へ押す力よりも外から中へ押す力の方が大きくなり、なかなか開けることができません。

そこで、容器の中に再び空気を入れると…

外の力と中の力が均等になり開けることができました。マシュマロも元の大きさに。甘くていい匂い。

お家でも漬物用の容器などを使うことで同じような実験ができるそうです。

気圧が高いと高気圧、気圧が低いと低気圧になりますが、どこからが高気圧、低気圧という基準は特にないそうです。山の考え方と同じように、周りよりも高くなっているところが高気圧、低ければ低気圧となるそうです。

次は天気には必ずと言っていいほど関係する雲について。
雲=水蒸気と思われがちですが、雲は水や氷の粒で出来ています。 水は液体、氷は個体ですが、水蒸気は気体です。粒が小さすぎて目には見えないけれど、見えるようになるということはそれだけの大きさの粒になっているため、もはや水蒸気ではないそう。そして空に行って冷やされると氷の粒になります。

ここで実験その2!
熱には熱さを感じることが出来る熱と、熱さを感じない熱の2種類がありますが、ここでシェービングフォームを使って、2つの熱を実際に体感してみました。

バケツに汲んだお湯にシェービングフォームの缶を入れて温めた後、缶を振ってみると軽かったものが少し重たくなりました。これは温められた缶の熱が中に伝わり、移動したことによって起こったものです。この熱の移動が水蒸気と雲の間でも起こっていて、水蒸気から水へと変わる動きが雲を作っています。

雲は気象の世界において、高さと形によって10種類に分けられています。 天気が急に悪くなったりするときは、中層雲と言われる真ん中あたりにできる積乱雲や乱層雲が関係していることが多いそうです。積乱雲は夏によくみられる雲として聞いたことがある人も多いと思います。

大気の状態が不安定で、湿度も高いときは積乱雲ができやすく、雲の中でぶつかり合い大きくなった氷の粒が雹や雨になり、落雷や竜巻をも引き起こすことがある実は恐い雲なのです。

ここで実験その3!
水蒸気を含んだ湿った空気が上昇し、気圧が下がると雲ができるのですが、空気を空に持っていくことはできないので、ペットボトルの装置を使って実際に雲を作ってみました。 湿った空気が入っているペットボトルに取り付けられた装置を一生懸命プシュプシュと押します。そうすることによって中の圧力が下がります。

もう押せないというところまで行ったら、ふたを開けます。するとボン!という音とともにペットボトルの中に白いモヤモヤができました。この白いモヤこそが雲なのです。

雷が鳴っても、金属を身に着けていなければ大丈夫!という話、一度は聞いたことがあると思いますが、金属の有無は何の関係もなく、むしろ全くの迷信なんだそうです。
音は1秒間の間に340m進みます。ということは、稲妻が光りゴロゴロっと聞こえた時点で、遠くのように思えても、次は今いる場所に落ちてくるかもしれないという危険性があります。雷が聞こえたときは、まず建物の中など安全な場所に避難することが大切です。 また、雨宿りするところがないからと言って、木に近づくこともとても危険なのでやめましょう。

雨や気温の観測は「露場」と呼ばれる場所に、いろいろな装置を置いて行われているそうですが、天気予報のニュースなどでもよく耳にする何ミリという雨の量の単位。これは重さや体積を表しているのではなく、長さの単位でもあるミリメートル(mm)を表しているのだそうです。

次は、今回の表題でもある冬の天気についてです。
日本列島の周りには気団と呼ばれる空気の塊が周囲を取り囲むようにして4つあります。 この4つの気団がそれぞれ季節の天気を左右しているのですが、そのうち冷たく乾燥した空気を持つシベリア高気圧から冬の天気は始まっているのだそうです。

冬になるとよく聞く、放射冷却という言葉。
これは昼間、太陽の熱によって温められていた地面から、夜になると地球の外へと熱が逃げ、それによって周りの空気も冷やされることで起きている現象です。

大陸で冷やされて出来たシベリア高気圧が、冷たく乾いた北西の風に乗って日本海へとやってくると、湯気のような温かく湿った空気を含みます。上下の気流と北西の風によって筋状の雲が作られ、その後日本列島へもやってきます。この冷たい空気を持った筋状の雲が奥羽山脈にぶつかることで上昇気流が生まれ、積乱雲となります。山を越えようとするのと同時に、自身を軽くするために湿った空気を落としていこうとして、雨や雪を降らせます。そのため、冬の天気の特徴として日本海側ほど雨や雪が降りやすく、太平洋側に来る頃には乾いた空気となり、日本海側に比べて太平洋側は雪も降らず、雲が消えて晴天になるのだそうです。

西高東低と呼ばれる気圧配置もさることながら、大陸で冷やされることから始まる一連の流れが冬の天気に繋がっているようでした。

今回、実験を交えながら天気のきほんからたくさんのことを教えていただきました。
今まで間違って覚えていた迷信や、新しく知ることなど発見がいっぱいあったように思います。

天気に関することわざも様々ありますが、道具を使わず誰にでもできる天気予報「観天望気」のように、空や雲、鳥を見ること、自然の現象を自分自身が実際に感じることで、これから天気がどう変わっていくのか予想することが出来るといいます。まずは天気に興味を持つことが1番大事なことなのだと改めて感じることが出来ました。
今回の講座が、天気に興味を持つきっかけに少しでもなれていたら嬉しいです!

講師をしてくださった金野さん、講座のサポートをしてくださった日本気象予報士会東北支部 気象予報士の杉山さん、岩渕さん、佐藤さん、角谷さん、ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

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第10回気象サイエンスカフェ東北~わが町の気候変動 どうやって予測する?~【オープンサロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。

11月16日(土)にオープンサロン講座として、「第10回気象サイエンスカフェ東北~わが町の気候変動 どうやって予測する?~」を開催しました。
講師に東北大学大学院理学研究科の 山崎 剛 教授を迎え、ファシリテータを日本気象予報士会東北支部の 杉山 公利 支部長に担当いただいての開催となりました。

気象サイエンスカフェは、参加者と気象の専門家が同じテーブルを囲み、1つのテーマについてお茶やお菓子をつまみながら語り合い、楽しく理解を深めることができるイベントで、10回目となる今回は、「地球温暖化」をテーマに開催しました。

グループごとのディスカッションに入る前に、山崎先生から気候変動や温暖化についてのお話をしていただきました。

21世紀末に向けて温暖化への対策が必要だと言われていますが、極地に近いほど気温が上がりやすく、上がり方も場所によって違いがあるそうです。

また、気温測定の多くは都市部で行われていることから、地球規模での温暖化以外にも都市化したことによる温暖化の影響もあるのだとか・・・。

気温だけでなく、降水量の観点からも温暖化の影響を知ることが出来ると先生は言います。

雨が降った日数自体は徐々に減りつつあるのに対し、1日に100mm以上降った大雨の日は徐々に増えつつあります。東北を含む北日本では、これまで豪雨が少なかったために大雨に対して弱いところがありますが、滝のように降る雨(1時間に50mm以上)の年間発生率は今後、高くなるという将来予測もあるそうです。

温暖化を悪化させないために今できること、やっていかなければならないこととして、二酸化炭素の排出削減や、省エネや再生可能エネルギーを使うようにするなどの緩和策、それでも起きてしまった・起こりつつある場合の対策、対処療法としての洪水や台風に対する水害対策、農作物の適地適作化などがあります。

2018年12月に「気候変動適応法」が施行されたことで、信頼できる予測をもとにそれぞれの地域でも計画を立てて強化を図ることがより大切になってきました。

そんな温暖化の予測、実は現在の天気予報と同じように、地球を縦と横のサイコロ上にし、それぞれの場所の温度や風、温室効果ガスの値などをコンピュータで計算して行われています。

しかし、地球全体を扱うには膨大な計算をしなければならず、また、地域で考えるにはまだまだ粗いためにダウンスケーリングという手法が用いられています。

ダウンスケーリングを用いることによって、よりたくさんの予測データを扱うことや、原理的には元データに含まれないさらに小さなスケールを表現することができるようになる一方、解像度を上げることで計算時間が急増してしまうために限られたものにしか適用できないのだそうです。

文部科学省の事業である、気候変動適応技術社会実装プログラムのモデル自治体7つのうち、長野県と岐阜県を対象に農業や防災、生態系、人口減少などの分野でダウンスケーリングを用いながら、東北大、気象庁気象研究所、防災科学技術研究所が共同の取り組みを行っています。

山崎先生のお話を聞いた後は、それぞれのテーブルにて山崎先生や専門家の方々を交えながら、ディスカッションを行いました。

活発な意見交換が行われ、ディスカッションの最後には、それぞれのテーブルで出た意見や質問に答える形で、山崎先生から再びお話をいただきました。

気候変動や温暖化に限らず、将来予測の精度向上に向けては、専門家の方々も日夜努力中なのだとか。そんな日々のご尽力のおかげで、天気予報や防災の危険度マップといった私たちの生活になくてはならない情報が発信されているのです。

気候変動も温暖化も地球規模の大きな問題ではありますが、まずは自分の住んでいる地域や身近な場所の気候がどう変化し、今後どんな変化が予想されるのかということに関心を持って、できることから始めていくことも大事なのではないかと思いました。

山崎先生、杉山さん、日本気象学会東北支部の皆さん、日本気象予報士会東北支部の皆さん、そしてご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

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歩くひと~歩くことで見えてくること~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。10月27日(日)に「歩くひと~歩くことで見えてくること~」と題し、海や山といった自然の中や街なかを歩くことで得られる新たな発見や出会いの魅力を、「歩き」の達人たちから入門編として学ぶサロン講座を開催しました。

講師には、「東京スリバチ学会」会長の皆川典久さん、「青葉山・八木山フットパスの会」の内山隆弘さん、「NPO法人みちのくトレイルクラブ」事務局次長の板橋真美さんをお迎えして、環境科学研究科棟二階大講義室にて、それぞれの活動の様子や歩きの魅力について教えていただき、最後には参加者の皆さんも交えてのトーク・セッションで締めくくりました。

「挨拶」

近年、シニア世代を中心に「山歩き」や「街歩き」が盛んに行われています。これは、単に健康志向のための「ウォーキング」とは違い、地域の自然や街なかを歩くことで、新たな発見や人との出会いを楽しもうという、より積極的な活動になっています。

今回の講座では、活動されているフィールドが違う三人の講師の方をお招きして、それぞれのフィールドの魅力と、そこを歩くひとたちについて語っていただきます。


「青葉山・八木山フットパスの会」

まずご登壇いただいたのは、地元であるここ青葉山を中心に歩かれている「青葉山・八木山フットパスの会」の内山隆弘さんです。「青葉山・八木山フットパスの会」の皆さんには、催しのたびに「たまきさんサロン」を休憩地点や座学の場としてご利用いただいております。青葉山から八木山を歩かれているだけあって、皆さん健脚揃いでいつも驚かされています。

青葉山や八木山が地学的にも史学的にも非常に重要な研究フィールドであるということを、初めて教えてもらったのも「青葉山・八木山フットパスの会」のパネル展からでした。
本日も、「ガイドパネル」が会場に展示され、多くの参加者の目を捉えていました。


「歩くことで道ができる」とは、至言です。そこから考えると、多くの人々が長い年月をかけて歩き続けて来た道が今に残っているわけです。
その痕跡をたどるという「歩き」を通して、我々は時間や空間を超えて、在りし日の風景を幻視することが出来るとも言えるでしょう。

そして、フットパス(散策路)でつながる新たな道も見えてくるように思えます。


NPO法人みちのくトレイルクラブ

「みちのく潮風トレイル」とは、2011年の東日本大震災後、持続可能な地域づくりを目指すと共に豊かな自然と地域の暮らしを未来に引き継いでいくために、故・加藤則芳氏の提唱を受け、環境省によって策定された「グリーン復興プロジェクト」の取り組みの一つです。

2019年6月9日に全線開通した、青森県八戸市から福島県相馬市までの4県28市町村にまたがって太平洋沿岸を一本の道でつなぐ全長1,025kmのロングトレイルです。

自然と人との関わり方を考えるために、「自然の中を歩くこと」で「人と自然」「人と人」とのつながりを感じ、自分自身の中に新たな「言葉」を発見していくという行為と言ってもよいかと思います。
トレイルの魅力というのは、歩く速度で普段の目線の高さで自然や人と関われることと、自分の足で歩くということで得られる充実感や達成感なのかもしれません。

また、ルートは地域住民も交え決めていくため、地元でしか知られていない古い道の復活やその地に遺された記憶の風景、さらに絶景が楽しめる道などが設定されていることも魅力のひとつとなっています。

「みちのく潮風トレイル」全線を統括し、拠点となっているのが「名取トレイルセンター」です。ここには、トレイルの管理を委託されている「NPO法人みちのくトレイルクラブ」のスタッフが常駐し、ハイカーのサポートをはじめとして、トレイルに関する情報発信の拠点としての役割だけではなく、「歩く」ための各種講習会の開催、地域住民との交流の場にも使用されています。今回講師をお願いした板橋さんも、こちらのスタッフです。

トレイルは、まだ日本では海外ほど盛んではありませんが、まだ見ぬ景色を求めて潮風を感じながら無心に歩く旅をする「歩くひと」が増えることを願ってやみません。


東京スリバチ学会

NHKで2015年7月に放送された『ブラタモリ』仙台編によって、皆川さんの名前を知った方も多いと思います。

スリバチ・・・つまり谷地形のことです。これを探るために、皆川さんは「東京スリバチ学会」という学会まで立ち上げた方です。

宅地開発が進んだ都市部では、古い地形はどんどん均されていって往年の名残をとどめていないのが現状です。それでも、土地の高低差は残り、暗渠化されても川は残り、何らかの痕跡をその場にとどめているものです。皆川さんたちは、それを探っているのです。

「昔、ここはどんな風景だったのか?」「その当時の人はどんな風景を見ていたのか?」という素朴な疑問から、町がどのように発展していったのか、変わらなかったものは何かが見えてくるのだと思います。

皆川さんからほぼ毎週活動されているということを聞き、驚きました。雨だろうと雪だろうと、とりあえず集まって、自己責任で歩き出す。
そのエネルギーとバイタリティが凄い。

東日本には、各地にスリバチ学会が増殖中だそうです。東北にも「宮城スリバチ学会」「秋田スリバチ学会」ができて、盛んに活動中ということでした。

スリバチ学会、おそるべし!です。


「洞穴小ばなし」

本日の司会を務めている、たまきさんサロンスタッフの私も、実は長年、洞穴探検を趣味にしております。

皆川さんの「スリバチ」地形に触発されて、余談ながら小ネタを用意させていただきました。

洞穴(特に鍾乳洞)関係の探検においても、スリバチ地形は非常に重要なアイテムの一つになっています。

地図記号の「おう地」。この記号が狭い地域に集中して多数記されている場所があります。

それは、鍾乳洞で有名な秋吉台です。実際に現地で見てみるとわかりますが、地面がきれいなスリバチ状にくぼんでいます。これは、その地下にある石灰岩が崩落し空洞ができて地面がくぼんだことを現わしているのです。多くは土没しているので、このくぼみから直接地下世界へ入れるとは限らないのですが、地下に鍾乳洞が存在するかも?というひとつの指針にはなります。

そんなわけで、洞穴探検家はこんなスリバチ地形「ドリーネ」にとても惹かれているのです。


「トーク・セッション」

今回の企画を発案した時に、同じ「歩き」でありながらもフィールドが違う講師をお招きすることになるので、この機会にぜひ対談も組み込みたいと思いました。

(司会者)まず、環境学習施設のたまきさんサロンとして、聞いておきたい問題点があります。それは、歩くことで見えてくる「環境問題」についてです。例えば、過剰な開発による景観の破壊やごみ問題などなのですが、いかがでしょうか?

(内山さん)青葉山は、かつてはお城の水源として大切に守られてきた場所であったのですが、今、青葉山を歩くと、残念ながらごみの不法投棄が目につくようになってしまっています。これは、人が歩かない場所だからこそ捨てられているとも言えるかもしれません。

(司会者)人の目が当てられ、道がきれいに整備されていれば、ゴミも捨てづらいということですね。

(内山さん)青葉山もかつては土の道がかなり多かったわけで、災害のことを考えれば整備も大事なことではありますが、アスファルトの道に整備されてしまうことで、土の道が持つ価値観というものを損ねてしまうということになるのではないかとも思っています。

(皆川さん)仙台では「四ツ谷用水」がいい例ですが、歴史的な痕跡がまだまだ残っている場所があります。忘れられ、あるいは気づかずに整地され失われてしまうのは非常に残念なことです。もっと町の中に眠っているお宝に気づいて目をかけて欲しいですね。

(司会者)開発や整備、景観や遺構の保全の問題は、大きな課題だと思います。

(皆川さん)最近は、水害をはじめとして水の悪い面ばかりが注目されていますが、水と人、水と街との関わりを、もう一度見つめ直すような街歩きを仕掛けていきたいと思っています。

(板橋さん)山と海とのつながりを体感できる「みちのく潮風トレイル」の場合、短い道のりの中でコースが山に入ったり海岸沿いの道になったりしますが、車が入って行けるような林道沿いには大型のごみが不法投棄されていたり、海の入り江にはプラスチックごみが打ち寄せられているのを目の当たりにします。

(司会者)海洋プラスチックごみの問題は、世界規模での大きな環境問題になっています。

(板橋さん)残念に思ったハイカーがごみ拾いをする。歩くことが環境を整備するきっかけにつながっていくということを感じます。

(司会者)先生方が活動されている中で、「歩くひと」としてこの先どんな「野望」を持って歩みを進められていくのかお聞きしたいです。そのためには、乗り越えねばならない壁もたくさん見えていると思います。その辺りも含めて教えてください。

(内山さん)青葉山・八木山には魅力的な場所がたくさんありますが、どうしても避けて通れないのが事故の問題だと思います。いつも自己責任での参加ということを強調していますが、山歩きをする以上は常についてまわる問題です。

(司会者)保険は各自で加入しているのですか?

(内山さん)参加費の中からイベントごとに強制加入にしています。とはいえ、保険ではカバーしきれない事故が発生する可能性があるということです。

(司会者)洞穴探検の場合も企画者がその都度、強制加入しています。

(内山さん)あと問題なのは、道の所有者が誰か、誰が管理する土地なのかということがあります。

(司会者)私有地とのからみですね? どこでも自由に入っていけるわけではない。

(皆川さん)八木山は所有者の許可を取って歩いているわけですね? 国有林の中は自由に歩いてもいいのですか?

(内山さん)「八木山治山ガーデン」という名前があるのですが、そこは自由に歩ける場所です。

(内山さん)危険に対する自己責任の意識や土地の所有・管理区分といった問題は、たしかに大きな壁ではありますが、「歩く」ということの価値を共有することで乗り越えていくという方法もあるのではないかと思っています。

(皆川さん)スリバチ学会としての野望は特にないのですが、地形や水というものに着目して街の魅力を発見するということは、どこの地域においても汎用的に通用する方法論だと思います。そんな趣味を持って街歩きをやってみたいという方は、ぜひお声がけいただきたいです。実際に歩くことやマップづくりをしながら地形ファンを増やしていきたいと考えております。

(司会者)もう一度、『ブラタモリ』を仙台に呼ぶとか?

(皆川さん)今のところ私が出る予定はないのですが、番組の方から私の方へ「何かネタはないですか?」と連絡が来るので、裏の方では動いております。近々、秋田スリバチ学会の会長さんが番組に出演される予定になっておりますので、楽しみにしてください。

(板橋さん)私たちは、ようやく繋がったこの「みちのく潮風トレイル」の道が、最低でも百年は長持ちして続くようにしたいと考えています。それは、道が途絶えないようにすること。そのためには、道の管理を一定の水準で皆さんが安心して歩けるようにし続けることが大切だと思っています。

(司会者)板橋さんは、何か大きな野望は抱いていないのでしょうか?

(板橋さん)個人的なことになりますが、この1,025kmという道を制覇したいと思っています。実はまだ400 km位しか歩いていないのです。

(皆川さん)素朴な疑問なのですが、トレイルは誰でも気軽に歩けるものなのですか?

(板橋さん)基本的には既存の道をルートとして使っているので、街なかを通る道だと普通の恰好でも歩けます。ただ、ルートによってはそれなりの装備や計画が必要になってくる場所もあります。まずは、全線の地図の中から自分の体力や興味にあった場所を選んで歩かれるといいと思います。

(司会者)道の整備のお話が出ましたが、どのような形で行っているのでしょうか?

(板橋さん)行政、NPOが主体となって、ボランティアの方を募って整備をしています。また、登山道などは地域の方々にも整備にご協力いただいています。

(司会者)内山さんの会でも整備をされていましたよね?

(内山さん)金剛沢市有林の道沿いに参加者の足形を型どった標識を置いたり、今年の春には空き地を借りて手作りの公園「青葉山フットパーク」という公園を作りました。

(司会者)そういった整備は何を財源としているのでしょうか?

(内山さん)フットパークについては「緑の環境プラン大賞」という都市緑化機構という団体がやっている賞に応募し、100万円をいただいたので材料費にあてました。労力はすべてボランティアによりますが、そういう地道な作業もまた道に愛着を持ってもらうということにつながると思っています。歩くイベントで来たのが、いつの間にか雑草取り大会に変わっていたなんてこともよくあります。

(司会者)それはそれでいいことですね。何をするにもお金は必要なものなので、イベントのたびに基金や寄付をお願いするというのも、ひとつの手かもしれません。

(内山さん)ガイドマップなども作って販売し、売り上げをプールしておくこともしています。

(司会者)道を整備することによって、多くの人が歩けるようになる。それが、また道の保全につながっていくということでしょうか。

(参加者からの質問)環境省のトレイル、県の宮城オルレなどがあるが、横のつながりはどういうふうになっているのでしょうか?

(板橋さん)今のところ、横のつながりはまだ出来ていない状況ですが、先日も鳴子に新しいオルレのルートが出来ていますし、今後同じ道を歩く仲間として一緒にイベントなどが出来るようになればいいと思っています。

(司会者)仙台市としては、例えば四ツ谷用水の跡を歩くツアーなどを毎年開催していますが、まだ国や県とのつながりは出来ていない状況なので、今回のような企画を通して可能な部分では連携していければよいと考えております。


「まとめ」

今回は座学ではありましたが、いろいろな視点から「歩く」ことの魅力をたっぷりと学べたと思います。同じ風景を見るにしても、違った視点から眺めて見ることで、それまでとは違うものが見えてくるとは、よく言われていることです。

また、歩くことで道ができ、保全にもつながっていくということを学びました。

参加者の中には、まだ「歩き」を本格的に経験されていないという方も多かったのですが、いただいたアンケートには「実際に歩いてみたくなった」という感想が多く寄せられていました。講座企画者としては、うれしい限りです。

例えば、地形や地層、動物や植物、遺跡や化石、自然環境や街並みの変化など、実際にその現場に立ってみないと見えてこない風景があります。そんな新たな風景を求めて、時に時空間をも超えながら、「歩くひと」は旅を続けていくのだと思います。

まずは、近所の散歩からでもいいので、気楽に一歩踏み出してみましょう!

講師の先生方が書かれた本や資料は、たまきさんサロンにも置いてありますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

皆川さん、内山さん、板橋さん、そして参加者の皆さん、ありがとうございました。

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<三陸世界>を考える~災害と向き合う暮らし~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。10月19日(土)に「<三陸世界>を考える~災害と向き合う暮らし~」と題し、南三陸町に暮らす人々が、自然災害も含めた「自然環境」とどのように向き合ってきたのかについて社会学的に学ぶサロン講座を開催しました。

講師には、宮城教育大学准教授で歴史社会学を専攻されている山内明美先生をお迎えして、今後ますます退縮化していく地域社会にあって、ひとつの突破口としての社会体系の再構築の可能性について教えていただきました。

講師の山内明美先生は、宮城県南三陸町入谷のご出身です。
昔から自然災害が多く発生してきた三陸沿岸部の農村漁村を研究フィールドにして、そこで暮らす人々が、いかにして繰り返し襲ってくる災害と向き合い乗り越えてきたのかなどについて、社会学的に調査研究されています。


「はじまり―自己紹介―」
山内先生の研究の発端は、南三陸町で農家を営む父親から子どもの頃にもらった「三角田んぼ」だったのかもしれません。
「自分で食うコメは自分でつくれ」という教えだったそうです。形が悪く耕作機械も入れられず、米を作るといっても、すべて手作業で行わなければならない効率の悪い田んぼだったのです。
それでも150kgくらいの米はとれ、中学生が一年間食べる量にはなったといいます。


「三陸世界とは何か?」
1993年、先生が高校生の時に起きた、いわゆる「平成の大凶作」と呼ばれる災害では、三陸沿岸部の作況指数は「28」だったそうです。
この米の作柄を示す数値は、通常平年並みの収量だと一反(10アール)の田んぼからとれる米は500kg~600kgのところ、20kgしか取れなかったことを表しています。時代が違えば餓死者が出たり、身売りが出て村が全滅していたかもしれません。
多感な時期にあった先生にとっては、農家の現実と直面せざるを得ない衝撃的な体験だったはずです。

東北地方、とりわけ三陸沿岸地域の歴史は、自然災害と向き合い続けてきた歴史といっても過言ではないくらいです。地震、津波、台風、大雪、冷害・・・といった自然災害に頻繁に見舞われ、多くの犠牲と悲惨な傷痕を人と土地の記憶に刻みつけてきました。

それでも、人々がこれほど災害の多い場所にずっと住み続けているということは、自然災害のたびに土地や海を「手当て」しながら、生きるための暮らしの風景をつくってきたといえるのではないでしょうか。
その暮らしの姿と精神をとりまく世界観。それが三陸世界だと先生は考えています。


「世界の農村風景」
世界に目を転じ、現在でも「天水田(てんすいでん)」が一般的なインドやアジアをまわって、その土地で行われている農業を観察すると、そこに日本の農業の原風景を見出し、機械化された近代農業にはない知恵に気づかされます。


「インドの天水田」

多種多様な穀物を混ぜて植えることによって、たとえ米が不作だった場合でもアワ、ヒエ、タロイモなどのどれかが生き残ればいいという考え方です。
日本のように市場で人気のある単品種だけを大量に作付している場合のリスクを、改めて考えさせられます。
機械化と品種の均質化が進んだ近代農業技術が先進的とばかりも言えないのかもしれません。


「インドネシア・バリ島の棚田と稲の神」

バリ島の天水田では、水争いを避けるため、世界遺産にもなっている「スバック(水利組合)」のような組織で貴重な水を管理し、さらにヒンドゥー寺院の水路を必ず通すことで、「神様と一緒に米をつくる」という神事化された意識を強く持って農業を営む国もあります。


「ネパールの田園風景」

丘陵地の狭い土地を最大限に活かした農業では棚田がつくられ、水田の中に住居がぽっかり浮いているような、不規則ではあるが、ある種の美しさを持った田園風景が広がります。
耕作機械に合わせて田んぼの区画を整えていないゆえの美しさでしょうか。
機械化農法が進んだ日本では、ほとんど失われた風景です。


「ネパールの田植祭り」

男たちが泥田をこね、女たちが苗を植え付けるという、国民的なお祭りとして大々的に行われる儀式としての田植えは、自然と人との一体感を表わしているものです。


「生業世界とは」
生業(なりわい)世界とは、海や山といった天然資源と向き合う暮らしであり、近代資本制からはみ出た部分での生きる術を持ったもう一つの社会体系と言えます。
つまり、農業や漁業という生業は、単に食糧を生産するだけの労働として存在しているのではなく、海や山との関係性のなかで、生きる景色を生みだす仕事のことです。


「10軒で500年続いてきた三陸の村の話」
そこで、ひとつのヒントとなる事例の紹介です。

南三陸町歌津に「払川(はらいがわ)」というたった10軒の限界集落があります。歴史は古く、登山口に位置し修験者の受入れ集落として500年間続いて来た集落でもあります。

外側から見た価値観では、「何もない集落」「不自由な暮らしをしている集落」という印象を抱きがちです。確かにコンビニもスーパーも自動販売機さえ無く、携帯電話も繋がらない僻地であり、直感的に不便をイメージしてしまうかもしれません。

実は、この集落では年間およそ300種類の食料が自給自足されているのです。これは、都市部のスーパーよりも種類が多いことになります。

実際にこの集落の住民は、何の不自由も不足も感じず、「集落全体で一つ」というとてもバランスのとれた世界を形成し暮らしているのです。


「奉一切有為法躍供養也」(いっさいの ういほう おどり くよう たてまつる なり)
南三陸町戸倉水戸辺に建てられている鹿子躍(ししおどり)の供養塔には、このような碑文が記されています。
意訳すると、「この世の森羅万象のすべて、諸行無常のすべてを、躍って供養します」という意味です。

この石塔には、過去50年間くらいに起きた天災のことが記されてあります。ここからは、災害の悲惨、困苦に対し、地域の人々がどのように向き合って来たのかということが読み取れます。

まず、亡くなった人を供養するだけではなく、森羅万象のすべても含めて供養するという考え方です。
災害が起きた時に、その原因である「自然」とどういう政治的交渉をするかということでは、生業世界に生きる人々は「神と交渉する」という生きる技術を持っています。
まず神と対話し、災害を生じさせた神の怒りの原因を探ろうとします。
そして、神事としての作法上、動物(鹿)の姿に扮装し、躍り、すべてを供養するのです。

自然との一体感や共生観から生まれた自然との交渉手段としての芸能が「鹿子躍(ししおどり)」なのです。


 「鹿子躍(ししおどり)の供養塔と碑文」


「毎年8月14日早朝にお寺に奉納される水戸辺の鹿子躍」

「まとめ」
将来の東北の姿を想い描く時に、そもそも寒冷地に適さない熱帯、亜熱帯地域原産の栽培植物である稲が、しかも災害が絶えない東北の地で改良を重ね、自然災害と向き合いながらも集中的に栽培されるようになった経緯から考えてみる必要がありそうです。

日本の米の自給率が100%になったのは、1960年代半ばになってからで、実はそれまでは輸入に頼っていたのです。
逆に1970年代には減反政策が始まり、余剰米の発生、米価の下落、農業人口の減少、若者の農村離れといった現象が起きました。

例えば、現在の日本のように人口減少による労働人口の減少など多くのリスクを抱え込んで退縮化していく傾向にある社会では、これ以上の経済成長は望めず、労働が報酬に見合っていないという状況になって来ています。

エネルギー依存型の利益追求のための効率化社会のほころびが見えてきた今、ゆきづまった社会のひとつの突破口として、我々は自分たちが本当に必要だと思うものを自給するという当たり前のシステムを、もうひとつ別の社会体系として考え直してみるべき時期にきているのかもしれません。


今回の講座では、農業や漁業といった「生業」が大事なのは、それらが単に農産物や海産物を生産収穫するという労働にとどまらず、土地や海という自分たちをとりまく世界に働きかけながら、「生業」という文字通り、いのちそのものを産み出す暮らしも兼ね備えた仕事だからなのだということを学びました。

山内明美先生、参加者の皆さん、ありがとうございました。

山内先生が書かれた本は、たまきさんサロンにも蔵書がありますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
・こども東北学(イースト・プレス発行)
・「辺境」からはじまる―東京/東北論―(共著)(明石書店発行)


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「ヤギに会いに行こう!~人と動物との支えあい~」【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
9月14日に「ヤギに会いに行こう!~人と動物との支えあい~」と題して、サロン講座を開催いたしました。今回の会場は、たまきさんサロンではなく、サロンのご近所さんでもある宮城教育大学にお邪魔しての開催となりました。
講師には、宮城教育大学 教授 齊藤千映美先生をお迎えして、ヤギのこと、人とヤギとの関係性についてなど教えていただきました。

まず初めに、ヤギとはどんな動物なのか参加者の子供たちからも意見が出る中、齊藤先生からお話をしていただきました。

それでは早速移動して、ヤギやウサギ、烏骨鶏に会いに行きます!

こちらは最年長ヤギのつよし。ヤギは大体10年近く生きるそうですが、つよしは現在9歳。人間で考えてみると、おじいちゃんヤギなのだそうです。そんなつよしはどんぐりも大好き。秋、大学内に落ちているどんぐりを手のひらにのせてあげるとバリバリと美味しそうに食べるそうです。

学生さんと力比べのようにお相撲をとっている姿も見ることができました。

こちらはゆきみちゃんともきちくん。1年前は子ヤギだったゆきみちゃんともきちくんもぐんぐん成長中。

そして、今年生まれたばかりのかしわちゃんとよもぎくん。まだ固い歯が生えていないため、固い茎などは食べられないそうですが、かしわちゃんはきゅうりも大好きだそうで、水分補給代わりに美味しそうに食べていました。

烏骨鶏やウサギのつくしちゃんともふれあいを楽しみました。ウサギはとてもおとなしく、毛もふわふわとしていました。

そんなヤギたちにも好き嫌いがあるそうで、下の地面に生えている草よりも木などの枝についている葉っぱの方が好きだったり、草によっても食べたり食べなかったりするそうです。おいしい草を見分けているのでしょうか?

ふれあいの最後にヤギ小屋の前で、記念撮影も行いました。

生き物たちと触れ合ったあとは、ヤギたちとお散歩がてら再び教室までもどります。
途中ちょっと寄り道もして、草をむしゃむしゃ食べるつよし。

お散歩の途中にしたフンも学生の皆さんたちがきれいにお掃除してくれました。

教室に戻ってから、ヤギについて気付いたことは?と齊藤先生からの質問に対して、子供たちからは子ヤギの毛はふわふわだけど、大人の毛は堅かった。強いヤギもいれば、やさしいヤギもいた。人の気持ちのようにヤギにも気持ちがあるのだと感じた。などたくさんの意見がありました。

今度は、先ほどふれあった烏骨鶏の卵やヤギのミルクを使って、ホットケーキとチーズ作りですが、その前にヤギのミルクをみんなで試飲しました。今回初めて飲むという方がほとんどのようでしたが、牛乳にも味が似ていて美味しかったです。

チーズ作りにもヤギのミルクを使いたいところなのですが、少し高価なため今回は牛乳を使っています。それでもチーズが簡単に作れることに驚きました。

ホットケーキ作りには、チーズを作る過程で出来たホエーを使います。ホエーと烏骨鶏の卵を使うとより膨らむそうです。手際よく美味しそうなホットケーキが出来あがっていました。

最後に齊藤先生から、まとめのお話をしていただきました。

1991年にアルプスで発見された約6000年前の「アイスマン」のミイラ。その「アイスマン」が着ていた衣服にもヤギの皮が使われていることが分かり、はるか昔から人々の役に立ってきたようです。ヤギはミルクや食肉を提供してくれ、皮は衣服以外にも手袋やお財布などの皮製品に、毛は高級なブラシやカシミアセーターなどにもなります。また、草を食べて草刈りをしてくれ、そのフンは肥料にもなります。まさにエコな生き物。そして穏やかで、好奇心の強い動物なので、ふれあい動物園では人気者として活躍しているそうです。

ヤギと比べて一度にたくさんのミルクを提供してくれる牛のおかげで、今の日本ではそれ以前に比べると、ヤギを飼っている人はとても少なくなったそうです。しかし、ヤギのミルクはアレルギーになることが少ないことから、近年増加傾向にあるとのことでした。

今回ヤギやウサギ、烏骨鶏とのふれあいを通して、人々の生活にいかに役立っているのかを学べたのではないかと思います。また、ヤギにかかわらず生き物も人間と同じように幸せな生活ができるよう、考えてあげなければいけないなと感じました。

齊藤千映美先生、宮城教育大学の学生の皆さん、参加者の皆さんありがとうございました。

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クマ・イノシシ対策講座~生態を正しく学び被害を未然に防ごう~

8月24日(土)に『クマ・イノシシ対策講座~生態を正しく学び被害を未然に防ごう~』と題したサロン講座を開催しました。

野生鳥獣の生態や対策などについて、県内外で指導や講演をされている「㈱地域環境計画 小野 晋氏」と「(一社)サスティナビリティセンター 相澤 あゆみ氏」の2人を講師にお迎えして、ツキノワグマとイノシシの生態と出遭ってしまった場合の対処法などについて教えて頂きました。

まずはツキノワグマについてのお話からスタートです。

初めに、今年の8月以降、泉区の水の森公園周辺で出没が相次いでいたクマについての説明がありました。
夏は山中にクマのエサとなる食べ物が少なくなるとともに、クマが繁殖期を迎えるため、エサとパートナーを探して歩き回るうちに、高速道路沿いの細い樹林帯などを通って、水の森公園や住宅地の周辺まで入り込んでしまったと考えられるとのことです。

ニュースなどでも取り上げられている話題とあって、参加者の皆さんも集中して耳を傾けます。

時折、身振り手振りを交えながら、小野さんよりクマの生態や、クマに出遭ってしまった場合の対処法などの説明が続きます。

《クマの生態について》
クマは植物食中心の雑食性で、春は山菜、夏はヤマザクラの実やアリなどの昆虫、秋は栗やドングリなどを食べています。
野外でクマが残す痕跡は、足跡やクマ棚、クマのフンなどがありますが、中でも、クマのフンは、クマの消化器官が肉食獣に近いため、食べた物がうまく消化されずに、食べた物のにおいがそのままするそうです。

《仙台市内における近年の出没状況》
クマの出没は通常であれば、山中のエサが少なくなり、クマの繁殖期である夏に多くなりますが、秋のクマの主要なエサであるドングリなどの堅果類が不作になると、エサを求めたクマが人里近くに出没を繰り返すことがあるそうです。
過去には、平成28年度にドングリなどの堅果類が不作になり、秋以降もクマの出没が相次ぎ、5件の人身事故が発生しています。

《出没の要因と対策》
クマが人里に出てきてしまう要因として、クマの生息域と人間の生活域の境界線があいまいであることが挙げられました。
対策としては、藪地の下草を刈って見通しを良くすることや、果樹の幹にトタンを巻いたり、畑全体を電気柵で囲うなどの防除策が重要とのことです。

《クマに出遭ったらどうするか?》
万が一、クマに出遭ってしまった場合には、、、
・大声を出さない(クマを興奮させない)
・走らない、背中を向けない
・ゆっくりと後ずさりしてその場を離れる
以上の対処法をとると良いそうです。
とはいえ、まずはクマに出遭わないようにすることが重要なので、仙台市のホームページで出没状況を確認したり、クマ鈴やラジオを携帯するといった対策をしっかりとしましょう!

質疑応答と休憩を挟んで、イノシシについてのお話が続きます。

イノシシもクマ同様、近年、里山だけでなく住宅地周辺にも出没することが増えていて、農業被害も年々深刻化してきています。

講師の相澤さんから、イノシシの生態や対策などについて学びます。

《イノシシの生態》
イノシシもクマと同じで、植物食中心の雑食性です。
クマとは異なり、冬も冬眠せず活動するため、冬の間は土を掘って根茎を食べているのだそうです。
性格はとても臆病なため、人間が活動していない時間帯に行動する習性があるようです。
また、イノシシの対策として、ワイヤーを使ったメッシュ柵がありますが、強靭な鼻を持つイノシシは少しの隙間があると、そこから鼻先を突っ込んで柵を持ち上げてしまうため、柵を設置する際は注意するようにアドバイスがありました。

《対策の基本的な考え方》
イノシシの被害への対策として、「環境整備」と「被害防除」、「個体数管理」の3点を挙げた相澤さん。中でも、「環境整備」と「被害防除」にもっと目を向けて力を入れてほしいと話します。
個体数管理に力を入れて、イノシシをたくさん捕獲しても、イノシシが再び出没しないように、下草刈りやメッシュ柵・電気柵の設置と適切な管理を並行して実施しないと意味がなくなってしまうのです。

《万が一イノシシに遭遇してしまったら》
こちらもクマと同様に、出遭わないようにすることが1番だとしたうえで、、、
・刺激しない、近づかない(ウリボウにも!)
・騒がずにゆっくりと後ずさりして距離をとる
・車の場合はクラクションを鳴らして様子を見る
以上の対策を挙げられました。

クマとイノシシの講座はここまでですが、同会場でクマの生態等に関する企画展「仙台とクマ展」が同時開催されていて、参加者の方々は実物大のクマのパネル等の展示物を見ていかれました。
※企画展は8月29日までで終了しています

講座で学んだ知識を活かしてクイズに挑戦する参加者の姿も見られました。

私たちも、野外で突然クマやイノシシに出遭ったら、、、と想像すると怖いですが、それはきっとクマやイノシシにとっても同じで、突然人間に出遭って怖い思いをしているはず!

彼らの生態や行動、出遭ってしまった場合の対処法などを正しく学んで、お互いが適切な距離を保ち、「共生」していけるといいですね。

講師の小野さん、相澤さん、スタッフの皆さん、参加者の皆さんありがとうございました。

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