ご存知!四ツ谷フォーラム。今年はスリバチ学会も参加して、ますます魅力アップです。

毎年この時期になると、気になってきますね。四ツ谷用水フォーラムです。
平成28年には、とうとう四ツ谷用水も日本土木学会の選奨土木遺産に認定されまして、ますます注目を集める存在になりました。
かつて仙台の街を潤した四ツ谷用水。フォーラムは年に一回集まって、登壇者の公演含めてワイワイガヤガヤと語り合う場です。
ちなみに今年は、東京スリバチ学会から皆川先生もやってきます。
とりあえず今回も100枚越えなので、さっさと話を進めましょう〜♪


はじめに登壇くださるのは、いつもお世話になってます。仙台水の文化史研究会の柴田会長です。


青葉状の天守台からの眺めです。
この風景が伊達政宗が開府した1601年の城下の範囲となります。



そして28年後の1629年。伊達政宗は城下の拡張と川下の農業用水の増化を考え、広瀬川の上流から水をひくことにします。


仙台の地下構造が地下水をためやすい地形地盤であったことが、開府に当たってこの場所を選んだ決め手になっていると考えます。


四ツ谷用水の諸元です。
郷六から梅田川まで総延長は7.6キロ。取水堰口は海抜63.54メートル。梅田川側は34.96メートルなので、落差28.56メートルです。
平均勾配は3.8パーミリ。10メートルで3.8センチ下る、精巧な工事だと思います。


四ツ谷用水の名前の元になった、四つの沢を渡ります。
針金沢、ひじり沢、にわとり沢、へくり沢。この4カ所をもって四ツ谷用水になります。


ここは放山の西側になります。明治41年の4月の豪雨の後に地滑りを起こし、山が大崩落します。その際に生じたのが放山。(だから48号は少し盛り上がってたのか!)地山との間に四ツ谷用水は流れていますが、写真のようにコンクリートで蓋がされています。


これが文殊堂の山に入ります。四ツ谷用水は隧道に入ります。
ここは藩政時代の工事のあと、ノミの跡が残っています。


大崎八幡の太鼓橋の下です。検証はしないといけないのですが、石垣は往時のものかと思います。


へくり沢の掛樋構造です。けっこうな水量が流れています。


そこから約10メートルほど下流で第一支流に分岐します。


第4代藩主綱村が作った御飼鳥屋敷に水を引き込んだ。これが第一支流の元になっています。


明治元年の絵図です。
四ツ谷用水の橋が描かれています。田町の橋。宮町の橋。清水小路の滝。かように水の豊かな街として描かれています。


もともとは、屋敷林に覆われた、豊かな緑が広がった町でした。
それが現在は都市政策によって、なんとか街路に緑が残っているという状況です。


我々は、水の環境を考えて、是非、水の流れを形として作り上げていくこと、四ツ谷用水から学んでいると、とても大事なことだと感じます。
これを市民の我々が理解して、どうしたらそれを環境を作り出せるかを考える、非常に重要な時期に来ていると思います。


土木学会選奨の認定プレートが郷六の取水堰のところ。そして太鼓橋の脇に設置されています。是非現場を訪ねていただけたらと思います。


続きまして、東京スリバチ学会の皆川会長さんです。
スリバチってなんのことかな?怪しい奴が出てきたと思われるでしょう。(すでに会場大ウケ)
私は水と地形に興味があるということで、四ツ谷用水の希少性とか価値を他事例とともに紹介しようと思います。


カシミール3Dってソフトで描いた仙台です。
仙台は右側の青い部分より上の台地の上にあります。
伊達政宗が自然の地形をうまく生かしながら作った町なんです。


私たち学会はスリバチ状の地形を観察しています。
私は地理地学の専門じゃないもので、繰り広げられる文化の方に興味があります。


四ツ谷用水のポテンシャルを見直そうということで、都市と水の関係を紹介します。


仙台の市街地は河川中流域にあります。
海沿いはほとんど10メートルに満たない低い地です。
河川の中流域に作ったというのが特徴的です。
市街地は微妙な傾斜があり、北西域が高く、南東が低いのです。


仙台駅から市街に働きにいく人は、少し足取りが重くなりますね。
これは疲れているのではなく、1%ぐらいの緩やかな傾斜のせいなんです。
帰りが足取りが軽いのは、坂を下りているからなんです。


河川中流域に近世の城下町が開かれるというのは非常に珍しい。
近世の物流の主役は船ですから、だいたい港に近い海沿いに作られるのです。
仙台の海沿いは慶長の津波のようにたびたび災害に襲われているのです。
政宗公はそのことを知っていたのだと思います。

四ツ谷用水はこの台地の高いところを流れていました。
勾配を持っていた台地だから、自然流下で城下町に分流できた。
等高線の沿うように、セクシーな曲線、自然に沿う曲線を描いているのだと思います。


仙台平野には愛宕堰から六郷掘、七郷掘が伸びています。
こういった用水ができて平野を潤していた。まさに仙台の城下町の発展は地形と水が育んだものだと思います。


いまでも開渠で水路が見えます。こういった水のネットワークがあるのが仙台の魅力です。


他の都市の紹介です。
近代に開かれた街としては、安積疏水で開かれた郡山があります。
地図の緑色の部分は水がなかったので、なかなか人が住む場所ではなかったのです。
畑や水田を作って細々と暮らしていた地域です。


当時のオランダ人技師のファン・ドールンの図面です。
奥州山脈を越えたとこに大きな水瓶があるので、これを持ってきたらどうと。


カシミール3Dでの断面図です。
あいだに奥羽山脈があるので、全ての水は会津の方に流れているのです。


あるところでは自然の川を利用しながら、用水路は作られている。
そして地形を利用して網の目のように流しています。
ですので、郡山のコメの生産量は全国2位なんですよね。


すごいのは、奥羽山脈を隧道で越えた先。これだけの落差を一気に落ちるわけなんですよね。
これは近代の技術ならではなんだなと思います。
右には発電所もあります。エネルギーは利用しないと。
これだけ、都市の発展には水が大きく影響しますよということです。


東京の地形と水です。
左の茶色い部分は武蔵野台地で、右の青い部分は平地です。
目黒川や渋谷川が上流に向かうにつれ枝分かれし、その先端に湧水があります。これが東京のすごいところ。台地の途中に沢山の湧出スポットがあります。


湧水が見られるところとして、石神井公園、妙正寺公園、善福寺公園、井の頭公園、神代公園と、水の湧き出る池があり、川の源泉になっています。


神田上水の一番先に井の頭公園、善福寺公園がある。
自然の湧き出た水を使ってきたのが江戸の町の初期です。


ですがこの湧水だけでは足りなくなるので、新たに作られたのが多摩川用水、千川用水です。


取水口は江戸の町から40キロぐらい離れています。これぐらい離れないと綺麗な水が取水できなかったのです。


地形マニアとしては自慢したいところなのですが、渋谷の街はスリバチの谷の町で、渋谷川の水源は、すぐ近くにある新宿御苑や東京都心の明治神宮の清正の井だったり、東京の水を集めて流れているのですが、


この一番上。赤い線で描かれた多摩川用水の、高いところから渋谷川に水を落とすところ、こういうところが江戸の町のあちこちにあるのです。尾根筋のをとおる用水の水を灌漑用水としてかなりの量を使ってました。


武蔵野台地はほとんど平らなのですが、こうして用水が川のように流れています。
まさに人間の動脈と静脈のように台地の生態系の用水ができていて、近世では人口100万を超える世界有数の町になるのです。
その水路を作れるポテンシャル。土地を読み切って作ることなのだなぁと思います。


明治の初期の地図には池が沢山記載されており、落差を使った滝があちこちにありました。
昭和の初め頃まで、用水路から落とした場所が沢山あり


水浴びをして楽しんでいる様子が描かれています。


目黒の千代が池の絵なのですが、段々の滝がある。こんな場所ないなとよくよく調べると、ここには三田用水という用水路があって、そこから引っ張ってきた滝でした。



こちら金沢の街です。
金沢城です。尾根沿いに辰巳用水があり、兼六園の水はこの辰巳用水の水が引っ張られています。


せせらぎが園内を巡ってます。


落差をうまく使って噴水があります。高低差を生かした、なかなか日本にはこういう発想はないのですが、粋ですね。


辰巳用水も途中で分水路を作って落としているところがありました。
滝になっていてなかなか迫力があります。


江戸時代の用水、屋敷の中に水を引っ張って、また用水に戻す。
こんな庭園が沢山あるのが金沢の町です。


京都の地形の水利用です。
京都の街は、中流域というより、ほとんど上流に近いとこにあります。


近畿の一番古い都は難波宮にありました。そこから藤原宮、平城京、長岡京、そして平安京へ落ち着きます。
なぜこんなに点々としなければいけなかったかというと、盆地で山に囲まれていると町のそばに自然の木があったから。そして都市としての排水です。
古代の都市で致命的な欠点は、雨が降ってもなかなか乾燥しないこと。伝染病が発生してしまうのです。


平安京は地形的には非常に理にかなったところだったのです。鴨川の扇状地にあるので、地下水が豊富で水はけもいい。


京都の街を歩いてみると、お菓子屋さんにも
「うちのお菓子は地下水を使って作ってますよ」
と書いてあります。


うどん屋さんの看板ですが
「うちが美味しいのは地下水だから」だよと。
しかも軟水(ミネラル分が少ない)なので、出汁によく合う。これがヨーロッパだと硬水なので煮物に合う。


平安京は東西方向に見ると。道路がぼこぼこしています。


地形マニアはこんな角度で街を見るんですね。
平安京は南北方向に12本の水路がありました。この凸凹は平安京の排水路の跡ではないのかなと思います。
そして近代になると京都の街に琵琶湖疏水を引きます。琵琶湖から引いてきた水は一旦北に向かいます。水路を北に持っていくってのは、高いところから水を流そうという思想があります。


ただ、経済的には海から離れている。
そのために大阪の淀川から水路を作って船を入れます。
人口の水路の高瀬川です。


人工の水路の良いところは、水を完全にコントロールすることができるので、水に近づくことができます。
水辺で安心して食事ができるのも、水路ならではの風景ではないかなと思います。


四ツ谷用水のポテンシャルを考えてみようかと思います。


四ツ谷用水は今でも現役なんです。
政宗公は仙台に入る前に岩出山で町を潤す実験的な試みをしていたのです。


水は洪水を起こすこともあるけど、動力源として活用したり能力があるのです。
写真は仙台平野ですが、水辺に近く暮らしていた。原風景として、こういう風景があちこちにあったのです。


高瀬川でも、あんなに水に近い暮らしができてしまう。
四ツ谷用水との付き合い方を、ぜひぜひこの会を使って、水への関心を深めてもらえればと思います。


私もスリバチ本を書かせてもらってますが、(2)で仙台のことを取り上げさせてもらってます。


スリバチで検索してもらうとこんな本が出てきますので、参考にいろんな都市を楽しんで、水のことを妄想してもらうといいのかなと思います。
ご静聴ありがとうございました。パチパチパチ〜。


かなり熱い講義でした。
スリバチ地形と用水?谷地と台地の話ってなんだろうと思いましたら、武蔵野台地繋がりでしたね。
そして休憩の間に、会場の皆さんの質問の整理です。


続きまして、話題提供として東北文化学園大学の八十川淳先生です。


こちら、八十川先生の「四ツ谷用水での活動提案〜現在の姿を楽しむことからはじめよう!〜」ということで、藩政時代からのお話に続いて「挙句にゴミ捨て場と化して見捨てられた場所もあります」と書いてあります。。。なんでしょうね。
そして終盤にある「パブリックヒストリー」という言葉に、なんだか惹かれます。


四ツ谷用水に関しては、佐藤昭典先生が本を書かれていますし、そのほかに多くの書籍があります。
これからさき、どうやれば再生できるのかな?って思う時、まずは工業用水の鑑賞から必要ではないかなと。


まずは鑑賞の環境作りということで、取水堰を見に行きますと、鍵がかけてあり入れません。
おおむね3回に一回ぐらい開いていますが、基本は入れません。
これってみんなが親しめる環境なのですかね。


そして取水堰を鑑賞できるポイントも必要なのではないか。
そしてパブリックパスの考えもあります。
「地域を理解するためには、人の土地は通れるのだ」という考えです。
〜そういえば、イギリスでは人の土地は通り抜けるだけなら許可はいらないのでしたね。もっとも大半の土地が大地主のものだった気もしますが。


こちらは、へくり沢にある案内板です。
要所要所に8枚掲示されていて、緩やかなパブリックフットパスの実現にも思えます。


そして、四ツ谷用水というと、特に看板らしいものは。。。第3隧道のもうちょっと先にあるそうです。


それがこれ。。。。


そしてこちらは八幡町の裏の方。犬の散歩で通るけど、これを紹介するというのはちょっとね。
人の丈ぐらいの雑草がボンボン生えてくる場所です。


そして危険な車道横断。
ここは人数がいないと、絶対に渡れません。


そして荒れた水路。これはなんとかメモリアルとして清掃するとか出来ないのかなぁ。


こちらは隧道出口の穴。


それもいまは、フェンスを張って入れなくなっていて。
この状態では、復活を求めても景色としてアクションが現れていないよなぁ。
ということで、四ツ谷用水の鑑賞には、まだ至れないですね。


つづいて、工業用水の四ツ谷用水は、いまでも魚がいっぱい。


取水ぜきの形状でもずいぶん違うそうです。
昔はオープンでしたね。いまは柵ができています。スクリーンもあって大きなゴミが入らないようにできていたりするんだけど。


そのスクリーンの先に、いっぱい魚。


四ツ谷用水は工業用水として大梶の事務所のところまで流れてきます。
ここにも魚が来ているそうです。ヤマメとか。大きなウナギも獲れたとか。カニもいたと。びっくりですね。


そして昔の図面です。
四ツ谷用水の資料というのは、まとめて保管してはいないのです。


図面の山に積んであるって。。。これも放っておいていいのかなって、思えてきます。


三居沢の水力発電所には記念館があるけど、四ツ谷用水には資料の拠り所がないんですよね。
これもどうにかしないと。


では他の事例ですが。静岡の三島の源兵衛川です。
新幹線の駅の前に公園があって、その公園の水路で7年にいっぺんぐらい、そこらじゅうから水がバンバン湧き出すそうです。


新幹線を降りてすぐにこんな光景が広がってます。


看板までの飛び石も、水が多いと渡れないぐらいだなぁ。


トンネルの向こうにはお店がある。
いい眺めだなぁ。


この光景を作った人たちがいて、グラウンドワーク三島という団体だそうです。


よく川を清掃しているおじいさん。
このおじいさんが映ってたのは、Googleでした。
このおじさんにしてみると、川は公共なのか?庭なのか?わかんないですね。風景の一部になってる。


昭和55年の頃の源兵衛川。一時期はこんなでした。
最初の3年ぐらいは、パブリックヒストリー作りに専念したそうです。


3年間で360回ぐらい勉強会や展示をしたそうです。
そうやって、今の環境をどうやって楽しむかを考えたそうです。


では、質疑応答の時間。


会場の皆さんから集まった意見を、今日の登壇の先生に聞いてみます。


四ツ谷用水の水利権についてはどうなっているのでしょう?
結論から言ってしまうと、仙台市は水利権を放棄してしまっています。


都市生活が近代化するに至った時、水文化というのは特に考慮されなく、四ツ谷用水の管理の姿勢というものもなく水路の一元管理ができなくなって、水利権は組合から市へ移管。そして、田んぼなども減ったために水が必要とされなくなり県へ移譲。そしていま、県が水利権を持っているのでした。


付け加えると、意外な発見がありました。
仙台市は平成13年、案外最近まで水利権は持っていたのでした。


水利権というのは、手放してしまうと何も言えなくなるのでは?という懸念が生まれますが、例えば六郷堀、七郷堀に水を通そうとなった時に仙台市もはいって話し合いに参加したことがありました。なので、水利権がないと全く関係ないというわけでもないのです。


県には、工業用水を管理する権限はあるんですが、四ツ谷用水を再生する権限はないんです。そのことをしっかり理解して、四ツ谷用水の流れを再生したいということを理解し、要求する先をどうするか、自分たち市民が責任持って作らねばならないと考えています。



市は四ツ谷用水の重要性というものを強く認識しています。そのために、こうやってフォーラムも開催して活発に活動しているのです。それは我々が、昔あった施設の成果で今の暮らしがあるってことを後世にしっかり伝えていかなきゃいけないんです。そして、そう言った活動は市民が主体となって進めなければいけない段階にあると思うのです。


ここで私の本業でヒントを出すと、東京であちこちで活発に再開発が起きているのは、あれは特区制度と言って公共利益になることをすると企業にボーナスが出ますよというものです。たとえば地下鉄出口ができると建物の容積率を広げますよと。
そうすると企業もお金を出して社会貢献事業をやろうというきっかけになる。
きっとやり方はあるんですよね。


それでは、予定の時間もきましたので、フォーラムを終了しようと思います。皆さまありがとうございました。


パチパチパチ〜。
大盛況でしたね。


そしてご案内です。
「たまきさんサロン」では、四ツ谷用水関連のパネル展を開催しています。


こちら2月15日まで開催です。


四ツ谷用水がよーくわかるパネル展示。是非とも遊びにきてくださいね。

カテゴリー: サロン講座, 取材, 環境, イベント, たまきさんブログ | コメントする

たまきさんサロン新着図書情報

たまきさんサロンスタッフです。
新着図書のご案内です。


・「言葉屋(2)ことのは薬箱のつくり方」(朝日学生新聞社 久米絵美里/もとやままさこ)
・「びりっかすの神さま」(偕成社 岡田淳)
・「ゆっくりゆっくりなまけものくん」(鈴木出版 オームラトモコ)
・「あしのうらのはなし」(福音館書店 柳生弦一郎)
・「ケチャップマン」(ブロンズ新社 鈴木のりたけ)
・「まだかんがえるカエルくん」(福音館書店 いわむらかずお)
・「香りブームに異議あり」(緑風出版 ケイト・グレンヴィル/鶴田由紀)
・「絵でわかる地球温暖化」(講談社 渡部雅浩)
・「乾物マジックレシピ」(山と渓谷社 サカイ優佳子)
・「空き家を活かす 空間資源大国ニッポンの知恵」(朝日新聞出版 松村秀一)
・「環境史入門」(岩波書店 ドナルド・ヒューズ)
・「世界で一番美しい化学反応図鑑」(創元社 セオドア・グレイ)
・「東西ベルリン動物園大戦争」(CCCメディアハウス ヤン・モーンハウプト/黒鳥英俊/赤坂桃子)
・「樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声」(早川書房 ペーター・ヴォールレーベン)

図書は、おひとり3冊まで2週間借りることが出来ますので、ぜひご利用ください。
貸出カード作成時に身分証明書が必要となります。
二回目以降は貸出カードをご提示のうえ、貸出票に必要事項をご記入ください。

たまきさんサロンへ、ぜひ足をお運びください。
皆様のお越しをお待ちしております。

*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*
せんだい環境学習館 たまきさんサロン
平 日 10:00~20:30
土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始
*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*

カテゴリー: 日々の話, 環境, たまきさんブログ | コメントする

『ヨシ原をめぐる 生きもの達とあなたの物語』 レポート

生物多様性保全推進事業~せんだい生きもの交響曲~
夏の音~カッコウを呼び戻せ!ヨシ原活用大作戦~

『ヨシ原をめぐる 生きもの達とあなたの物語』 レポート



年が明けたと思ったら、もう1月も終わってしまいましたね。
夏と冬の観察会に引き続き、今年度3回目のイベントは盛りだくさんの内容です!


まずは東北工業大学の山田先生からヨシのお話をしていただきました。生きものの生息環境になったり、水質を浄化してくれるヨシは定期的な刈り取りをが大切です。昨年、山田先生がこのヨシ原で行った調査でも、刈り取りによってヨシの生育環境が良くなることがわかりました。


また我々は昔から刈り取ったヨシを様々な物に有効活用してきました。
これは企業が行っている、ヨシを活用して環境に配慮した紙製品を作るプロジェクト。地域の資源を地域で消費すれば、持続可能な社会づくりにも貢献できますよね。


山田先生の貴重なお話を聞いた後は、早速ヨシの刈り取りを行います!
外は快晴でとっても気持ちがいい!


昨年に引き続き、ヨシ刈りの講師は井土浜地区ご出身の加藤新一さんです。
加藤さんは現在、ヨシを使用した船づくりを行っているとのこと。完成したら荒井駅に併設しているメモリアル交流館などで展示も行う予定だそうです。


早速加藤さんによるヨシ刈りのデモンストレーション。
左手でヨシを抱きかかえて、鎌を持った右手で根本から刈り取ります。
さすが加藤さん!とってもお上手!


みんなでヨシ刈り開始!今回も昨年同様10m間隔で、刈り取る所と刈らずに残しておく所をつくり、生きものが隠れる場所を確保しておきます。
今回の刈り取りは、昨年刈り取りを行わなかった所を行いました。



なかなか加藤さんのように刈れず苦戦中!
こればっかりは実践あるのみです!



ヨシをよく見てみると、中は空洞になっています。
ここから地中の水分を吸い上げて、浄化しているんだね。



みんなカニを食べる時みたいに、黙々と作業してます。
やってみると意外と熱中してしまうようですね。
だんだんと視界が開けてきて、大沼の景色が見えてきました!



刈り取ったヨシはこうやって、ヒモで束に結びます。
ヒモにはあらかじめ輪っかを作っておいて結びやすいようにしておきました。
新聞紙などを束ねる時にも使える技ですよ♪



イベントに参加してくれた高校生コンビ!
刈り取りのコツを掴んでザクザク刈り取っていきます!
とっても頼もしい!



昨年に引き続き今年も見つけました!オオヨシキリの巣です。
こんな細かいものを作るなんて、とっても器用なんだな~。



ラストスパート!大沼の景色がはっきり見えましたね。今日は冬の観察会ほどカモ達の姿は見えませんでした。
カモさん達も獲物を狩り取りに行ってるのかな?笑



作業完了!!今回もたくさんのヨシを刈り取ることができました!
刈り取ったヨシは今回もヨシ燃料に加工する予定です。
これにて午前の部は終了!うがい手洗いをしっかりしてお昼休憩に入ります。



午後の部は昨年に引き続き、ヨシとオギを使ったものづくり体験を行います。
今回も講師は「手すき和紙工房 潮紙」の塚原さん(左)と「FabLab SENDAI」の小野寺さん(右)です!参加者は二手に分かれて、それぞれ和紙を使ったハガキ作りとミニホウキ作りを体験します。


まずはミニホウキ作り。作り方は意外と簡単で、好きなオギを集めてハサミで長さ揃えた後に、輪ゴムや毛糸などで束ねるだけです。
みんな自分好みのオギを選んでいます。


玄関などを掃く用に長めに作る人、机周りなどを掃除するために短めに作る人、それぞれ用途に合わせて、ホウキを作っていきます。


ここでも加藤さんは大活躍!
ミニホウキは昔から集落でも作られていたそうですよ。


みなさん作り方のレジュメを見ながらとても集中して作業しています。


完成品はこんな感じ!材料費は糸代のみのミニホウキが出来上がりました♪


お次は和紙を使ったハガキ作りです。
まずは塚原さんから紙の歴史についてお話をいただきました。


紙の発明は今からおよそ2,200年前の中国で、蔡倫(さいりん)という人が発明したそうです。紙が日本に伝来すると、麻や楮(コウゾ)を原料とする日本独自の紙が誕生し、それらが「和紙」として人々の生活に根付いたと言われています。


これは和紙作りの材料の1つ。「トロロアオイ」という植物からとれる糊状のもので、オクラなどのようにヌメヌメしています。
原料となる植物の繊維を均一に分散させる働きがあり、これを入れることで均等な模様の和紙が作れるのです。


ヌメヌメしてて気持ちがいいな~♪
準備ができたら早速紙を漉いてみましょう!


さきほどのヌメヌメした糊液を中に浸して、10回ほど前後に大きくゆすります。


その後、みんなの好みで模様付けを行います。
もう一度糊液を浸して、紙を取り出してみると、、、、、


完成!!
いい笑顔だね♪


みんなうまく出来たみたいでとっても嬉しそう。
お家に飾ったり、半分に切って本の栞に使えたりするよ。
あっという間に時間が来てしまったので、今日のイベントはここまで!


今日は盛りだくさんの内容でとっても楽しかったですね。人間や、たくさんの生きものと共生してきたヨシ原。今回改めてその魅力に触れ、今後も守り続けていきたいと思いました。来年度もヨシ原のイベントを実施する予定ですので、気になる方はぜひ参加してみてください。




参加者のみなさんの声を、少しだけご紹介

刈り取ったヨシなどを使ってやってみたいことは?
✿ヨシを使ったバイオ燃料
✿ヨシの文化史にあったような大松明を作り火をつけてみる
✿屋根を葺いてみたい
✿ヨシで作った船で大沼に浮かべてみたい
✿すだれを作ってみたい
✿たてあな式住居をつくりたい ✿ヨシ紙卒業証書
✿ランプシェードを作りたい
✿秘密基地

ヨシ刈りをしている時に気づいたり心に残った生きものについて教えて!
✿ヨシキリの巣を触ってみたら、固いけど弾力があって面白かった
✿ヨシ刈りの途中で鳥の羽を見つけました。大きい羽だったので、大型の鳥なのかなと思いました
✿柵の所まで刈ったら冬物語で見た鳥たちが良く見えた
✿大沼の上をミサゴが頑張って飛んでいた
✿ヨシの茎に虫がいたような穴があり、カビに侵されたのか脆くなっていた
✿用心してもの凄い厚着をしてきたのですが、刈ることに夢中になり、いつの間にか汗をかいていたこと
✿ヨシをみんなで運んでいる姿を見て、遠い昔に人々が営んでいる光景が思い浮かんだ
✿ヨシの根本から新しいヨシが生えてきていた。枯れたうす黄色の中に緑色があってきれいだった
✿強風で倒れたヨシは刈りにくかったです
✿昔の人が家を葺けるだけの量を刈ったというのが途方もなく思った
✿ヨシは人間よりかなり高く、表面はつるつるで固い

心に残ったことは?
✿最初、全部刈り取るのは無理ではないかと思いましたが、みんなで黙々と作業したら、時間通りに刈り取れてすごく達成感を感じた
✿紙漉きが心に残った。初めての経験で楽しかったし、先生の解説が面白くてわかりやすかった
✿トロロアオイを入れたらヨシやコウゾが均一に広がり、手に絡みつかなくなったこと
✿ヨシを刈った後の仕事した。という心地よさ
✿手作り和紙。世界にたった一つのものなので、誰か特別な人に手紙を書きたいと思いました
✿ホウキが意外と簡単に作れて楽しかったです
✿動物も植物も互いになくてはならないものだと考えました
✿カッコウが戻ってくるよう、周りの人にヨシの重要性を話したい

カテゴリー: 生きものこぼればなし | コメントする

絵本de生物多様性【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
最近、あちらこちらで耳にする「生物多様性」ってなんでしょう?
絵本を通して身近な自然環境に目を向けるサロン講座「絵本de生物多様性」を1月27日(日)に開催しました。

「生物多様性」に関する絵本6冊を、ヴォイストレーナー&ヴォイスパフォーマーの荒井真澄さんに読んでいただき、その絵本に関する「生物多様性」の解説を仙台市環境共生課から行いました。


今回、荒井さんに読んでもらった絵本です。
1冊目「みんなうんち」(作:五味太郎 出版社:福音館書店)
2冊目「たったひとつのドングリが―すべてのいのちをつなぐ―」(作:ローラ・M・シェーファー/アダム・シェーファー/フラン・プレストン=ガノン/せなあい 出版社:評論社)
3冊目「たんぼレストラン」(作:はやしますみ 出版社:ひかりのくに)
4冊目「999ひきのきょうだいのおひっこし」(作:木村研 絵:村上康成 出版社:ひさかたチャイルド)
5冊目「よーくかんがえるカエルくん」(作:いわむらかずお 出版社:福音館書店)
6冊目「クマと少年」(作:あべ弘士 出版社:ブロンズ新社)

はじめに、仙台市環境共生課から「生物多様性」とは、生きものたちの豊かな個性とつながりのこと、そしてわたしたちの豊かな生活を支えてくれる大切なものであるということをご紹介しました。


1冊目の絵本は「みんなうんち」です。生きものたちは、姿かたちだけじゃなく行動もみんな違うというところに注目して聞いてみましょう。

歩きながらだったり、あちらこちらでだったり、決めたところでだったり、水の中でだったり、おとなも、こどもも、すべての生きものはうんちをします。

食べたものを体の中で消化して、いらないものをうんちとして体の外へ出しますが、
うんちは出しておしまいじゃなかった!
うんちを食べて栄養補給する生きものがいたり、木の実を食べた生きものの、うんちから発芽してお引越しをする植物がいたりします。
人間界でも、奇跡の肥料として扱われたり、エステサロンで使われたり、高級なコーヒーになったりするのです。

さて、2冊目の絵本、「たったひとつのドングリが―すべてのいのちをつなぐ―」はゆたかな個性とつながりのことに注目してみてください。

読んでいただいた後、ウクレレで弾き語りをしていただきました♫


この本の中にあるFSCマークを説明していただきました。
FSCは世界的な森林認証マークです。
長期的に適切に管理され守られた森林から作られた紙や机などの製品が増えていき、購入が進むことによって、森林を守っていくシステムのマークです。
絵本や紙袋やティッシュ、その他ノートやえんぴつなどもあるので、お家へ帰ってから探してみてください。

もっと身近な「生物多様性」のおはなし、3冊目の絵本は「たんぼレストラン」です。
たんぼを舞台に生きものたちの豊かな個性、つながりを考えてみましょう。

たくさんの生きものが登場しました。カエル、ザリガニ、サギ、カルガモ・・・全部で75種類、とても忠実に描かれています。
人間が作った環境にもこんなにたくさんの生きものが、つながりあって生育しているってすごいことだと思いませんか?
食べたり、食べられたりの食物連鎖、大事な生きもの同士のつながりです。

ちょこっと休憩です。
♫手遊び歌3曲をウクレレで歌っていただきました。


4冊目のおはなしは「999ひきのきょうだいのおひっこし」です。

わたしたちが生きていく上では、たくさんの生きものたちとの出会いやつながりで溢れています。カエルの一生の一部をカエル目線で垣間見てみましょう。

世界中でカエルが減ってきています。
陸地と水辺が無いと生きていけない、環境の変化に弱い生きものです。
カエルがいなくなると、カエルを食べている他の生きものや、カエルが食べている生きものがいなくなってしまう。自然の中のバランスが崩れてしまうのです。

そして、5冊目は「よーくかんがえるカエルくん」です。

登場するのはカタツムリ、チョウチョ、クマ、ウグイス、トンボ、イノシシ、タンポポ、キノコなどなど、共通点って何だろう?カエルくんは考えています。

共通点は「みんな生きている」。
大事なことです。
地球は46億才、最初に生まれた命がいろいろな場所に合わせて、生きやすいように体を進化させてきました。地球上にいる生物は、今は約3000万種とも言われています。

6冊目は「クマと少年」です。

クマは森を育てるのに大事な役割を果たしているといわれています。北海道のヒグマが川で鮭をとり、森で食べる、その食べ残しが土壌を豊かにしているともいわれています。
北海道で昔から住んでいる人たちがヒグマとどのような暮らしをしていたのでしょうか?

最後に一曲、歌っていただきました。
「クマと少年」とリンクし、「共に生きる」をより強く感じられ感慨深いものとなりました。

「生物多様性」というと難しく感じますが、いろいろな生きものたちと共に生きていくことなんだと絵本をとおして学ぶことができました。
荒井真澄さん、ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。

 
 
 

*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*
せんだい環境学習館 たまきさんサロン
平 日 10:00~20:30
土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始
*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*

カテゴリー: 過去の講座, 環境, 環境講座, たまきさんブログ | コメントする

歴史講座「政宗公が育んだ“伊達”な文化」を取材してきましたよ。

本日の取材は仙台市役所1階にある市民ギャラリーホールです。
「政宗公が育んだ“伊達”な文化」が日本遺産に登録されたということで、2月15日までパネル展が開催されています。
その展示イベントの一環として、伊達武将隊から支倉常長様に登壇いただき歴史講座「伊達政宗公は何を思って伊達な文化を育んだのか」をレポートしますね。

とはいえ、支倉様はこれに限らず定期的に歴史講座を開催されているとか。
伊達武将隊の皆さん活躍しているなぁ〜。人気あるし。よいことです。



セニュールセニュール、ボンジョールノ〜。
平成が終わりますね。もう新しい年号に準備しないとなというとこですが、400年前は結構頻繁に年号を変えていたそうです。
私、支倉常長が生まれた元亀も4年で変わってしまってます。(元亀2年生まれ)戦争や地震など、何か良くない出来事があると元号が変わったのです。
〜〜〜そう考えると、いまは天皇家一代につき一つの元号だけど、平成はいっぱいあったからなぁ。。。


常長様を含めて伊達武将隊の皆様は仙台城を拠点に杜の都仙台を伝えるため日夜おもてなし活動をされいるのです。その支倉様の懐から出てきたのは、ご自身の紹介のための巻物だです。。。。そういえば、ぼくがキューバに行った時もハバナに支倉様の像があったなぁ。セビリアにもあった。どこまでも世界に出て行った人なんですね。


そもそも日本遺産ってなんなんでしょう?
文化財ってのは連綿と受け継がれてきた地域の宝を保護するために、文化庁が指定をするんですね。
甲冑や刀とか、お城(史跡)も民俗芸能(無形文化財)も文化財として指定されます。一回指定されると改修や修繕などが容易にはできないです。これは守っていくってためには大切なことなんです。


ところが今、海外からもたくさんの観光客がやってきていますし、地方でも観光資源の大事さが考えられています。こういうご時世なら、文化財を守っていくだけでなく「守りながら活用していくことが大事なんじゃないか?」と多くの人が考えるようになったので生まれたのが、日本遺産です。
いままで個々に守ってきた文化財をつなげてストーリーを持たせ、認定することでたくさんのお客様に振り向いてもらう、点で存在していた文化財を面として価値を持たせようというのが日本遺産です。


さて、では「政宗公が育んだ“伊達”な文化」に登録されている文化財の一部を見ていきますと、支倉常長様の肖像画は、おお!国宝・ユネスコ世界遺産ですね。そして「たいへん。。。家来としては心苦しいですが」と仰ってましたが、政宗様の甲冑は国の重要文化財ですか。。。まぁ中身は入ってないですしね。


これら、国宝だったり文化財だったり、国が指定したり市が指定したりとバラバラですよね。今回「伊達な文化」とされたものには「七夕祭り」「青葉まつり」何の指定のないものもあります。だけどこれらも、「伊達な文化」として登録されています。


今回の日本遺産の構成要素には、4つの市町「仙台市・塩竈市・多賀城市・松島市」に渡っています。


全部で50個登録されています。
日本遺産ポータルサイト(伊達な文化ページ)
この他に塩竈の“勝画楼”が追加認定されたのですが、まだ公開できていないということです。いまはまだHPに載ってません。


こちら政宗のストーリーです。ストーリーだけ読んでも“これが伊達文化なんだ”とわかる喜びや良さなどが伝わりにくいかなと支倉様は感じたそうです。


軍人としてではなく、文化人として大きく取り上げられています。
ただ、仙台は政宗様以前から土地に根付いた文化があって、そこに政宗様が都を開いたので華開いたのではないかと。


例えば鹿踊り。愛媛県宇和島にも伊達に所縁の地があるんですが、ここにも鹿踊りが伝わってます。
東北から伝統のエッセンスが伝わっていたんですね。
ちなみにここにあります国際性というのは(自分を指差して)私のことですね。


つづいて、ずばり、政宗公は天下を取りたかったのか?
ここに出てきます木村右衛門とは、政宗様の小姓(ご用をされていた)方で、のちに覚書を残しています。
「一度天下に旗を揚げずして悔しき次第也」
と残されていますが、これは読みようによっては語ったのが誰とでもとれてしまう。また実際にどの程度「悔しき」なのかもわからないということ。
一方で、奥州の覇者としてはどうだったのか。
ヨーロッパに残る書面では、「はつははうろ」とはこれ、「は」を「パ」に直しますと「パッパパウロ」ローマ法王のことですね。
ローマ法王に、自分を「奥州之屋形」と紹介してます。屋形=君主。つまり奥州の王であると。


政宗様は、慶長13年に松平姓と陸奥守の官職を与えられ、のちに上位の権中納言を得ても、奥州守を使い続けます。
さらに面白いのは、海外では松平姓(徳川の一家)を使わなかったこと。海外では奥州王なのです。


ちなみに政宗様の奥様は、坂上田村麻呂の末裔の田村家からきています。
政宗様は田村家の姫「愛姫」にとても礼を尽くして接したと記録に残っています。


なので、仙台開府の際にはいち早く坂上田村麻呂の創建した五大堂を再建したり、縁のある大崎八幡宮を建立したりしました。


おまけ
先ほどの支倉様が、おもてなしの時に使っている巻物のアップ


仙台開府への思い
「入りそめて国ゆたかなるみきり とや
千代とかきらし せんたいの まつ」
新しい国に入るにあたって、これからこの国が豊かになるように。
千代とは限らないよ、千代というのは限りがある。永遠の都を作るという思いで、仙台とした。


こちらは仙臺橋の欄干のギボシです。慶長6年に作られて、10年ぐらいで洪水で流されてしまったものが、大正の頃に河原町の畑で見つかったそうです。
千代って書かれていた「せんだい」の町を、仙臺と改名したそうです。


こちら漢詩です。
ここに「仙臺初見五城楼」の文字があり、仙臺をもらったのではないかと。


仙台の古地図を見ると、櫓が5つある。
漢詩を現実の形として再現しているのです。


仙台城。本丸です。
名古屋ではね、本丸御殿が再建されたじゃないですか。「羨ましいなぁ〜」名古屋は戦災で焼けたので、直前までかなりの実測がされていました。
仙台城は、明治に壊されたので詳細は良くわからないのです。


本丸の跡。間取りはこのままですが、歩いてみるとさほど大きく感じない。
そこで、広間の手前に私が座って、上段の間のあたりにお客さんに座ってもらい。
私が「政宗様、ヨーロッパから帰ってまいりました」
と声をかけると。
お客さん「大義であった」
って、殿様ごっこをすると、大きいのがよくわかるんです。


こちら最初のお抱え絵師狩野左京による襖絵で、切り取ったものが松島町にあります。
鳳凰の絵なんですけどね。派手なのがオスで地味なのがメス。


足でもね。蹴爪のあるのがオスだそうです。
ただ、伝説の鳥である鳳凰に蹴爪があるのかって聞かれると微妙ですけどね。
これは誰も捕まえたことがないのでわからないということで。


もうひとつ、建築物としては松島町の瑞巌寺があります。
これも政宗様が創建時に厳命しています。
菩提のお寺を開くので、働くものに存分に給金を与えよ。
そして地面に落ちた釘鎹は、勿体無いなど言わず新しくしろと、念には念を入れたそうです。


木材も紀州から海路で運んだのですが、18槽で送り出して、途中で10槽沈んでしまったそうです。
なので現地の学芸員の方に話を聞くと、建物の表側は節がないけど、裏に回るとけっこう節があるそうです。
本当は節の多い木は使いたくなかったのだろうけど、沈没しちゃって材料が足りないということで、仕方なく使った面もあるそうです。


伊達家の家来の部屋なのですが、絵に意味があります。
鷹が鷺を仕留めています。「詐欺をするなと。」
鴨。「カモになるな。」
雉の鳴いている絵があります。「雉も鳴かずば撃たれまい。」
そしてウサギが二羽。「二頭を追うものは一頭も得ず。」


伊達の文化には深い物語があるので、もっともっと深掘りして考えることで、文化を伝えてきた人たちの思いが感じられるのではと私は考えています。


いまですね。仙台の開城当時の街並みを再現しようと、VR映像を作っています。
昔の町並みは、ものとしては震災、戦災で仙台には何も残っていないんです。
その当時の姿をVR技術で再現しようというものです。


仙台城からの眺め、大手門、大橋、芭蕉の辻、陸奥国分寺、仙台駅などを製作中です。いずれも3月中には見られるようになると思います。
こちら現地にあるQRコードを読み込むと、スマホなどで見られるそうです。

伊達な歴史の新体験


そして伊達武将隊でも3月16日(土)、17日(日)23日(土)に町歩きのイベントを開催するそうです。
イベント詳細と申し込みは伊達武将隊のホームページから。


伊達な文化に魅力を感じている皆様方。これからもこの魅力を広めてまいりましょう。
ありがとうございます。


そして、冒頭にも登場した日本遺産認定記念、伊達な文化パネル展は2月15日まで市役所一階ギャラリーホールで開催しています。是非ともお立ち寄りください。

カテゴリー: 取材, イベント, たまきさんブログ | コメントする

生き残ってきた“在来作物”と未来に残す“種”のおはなし ~ちょっぴりお味見~【サロン講座】

たまきさんサロンスタッフです。
1月19日(土)に「生き残ってきた“在来作物”と未来に残す“種”のおはなし~ちょっぴりお味見~」と題し、在来作物についてのサロン講座を開催しました。講師には、野菜ソムリエプロ、フードコーディネーターのカワシマ ヨウコさんをお迎えして“在来作物”を未来に残す大切さを教えていただきました。


講師のカワシマさんは、野菜ソムリエプロの資格を活かし、市民講座などの講師、コラムの執筆、宮城県の朝の情報番組などでも活躍中の方です。
また「みやぎ在来作物研究会」を立ち上げ、在来作物の存在を広く知ってもらうためにオープンセミナー「知る 続く 在来作物プロジェクト」や「みやぎの在来作物を食べる会」も開催していらっしゃいます。


「在来作物ってなに?」

まず在来作物の定義ですが、「ある地域で、世代を越えて、栽培者自身が自家採種などによって栽培・保存を続けながら、生活に利用してきた作物」としています。 また「種とり」だけでなく、「焼畑」「やとい」などの農法、あるいは保存方法なども含めて受け継がれてきた作物のことを在来作物といいます。
生態学的な意味での在来種とは異なります。何万年も前から続いてきた種という意味ではありません。せいぜい二、三世代に渡る四十年から五十年という時間の中で継承されてきたものを指します。
作物には、野菜を始めとして穀物、果樹、花卉(かき)なども含まれます。またその土地その地域における固有の農法や保存方法なども含めた広い意味での「在来作物」と考えてください。


「在来野菜と伝統野菜の違い」


・「伝統野菜」は、自治体や生産・流通者の団体などがブランド化を目的として、栽培地域、栽培暦、品質基準などを設定して認定した在来野菜のこと。
・「在来野菜」は、自家採種を繰り返すことで、地域の自然環境と人々の嗜好にかなう固有の形質が選抜・固定された野菜のこと。

このことは、新しく導入された作物でも、愛着を持って世代を越えて自家採種が続けられれば、その地域の在来作物となり得るということを意味し、地域の作物の多様性を保全するための定義でもあります。

簡単に示すと「在来作物>在来野菜>伝統野菜」という位置づけになります。
伝統野菜の例として、仙台市内の余目地区で栽培されている曲がりねぎで「余目ねぎ(あまるめねぎ)」と呼ばれているねぎを見せていただきました。このねぎは、曲がった背の部分に皺が寄っているという特徴があります。


「野菜ってなに?」

いつも身近にあって普段から見慣れ、毎日食べている野菜ですが、そもそも野菜ってなんでしょうか?
野菜は「草のもの」、果物は「木のもの」などとよく言われています。
野菜は、もともと「野生の植物」の中から、人間が食べられるものを選び、食べやすく改良してきたものです。
おなじみの野菜でも、原種と考えられるものを見ると、種が多かったり、細かったりして、あまり食べられる部分がなく、最初はとても食べづらいものだったことがわかります。スイカ バナナ、トウモロコシ、ニンジンの原種は、今身近に出回っているものとは外見からしてずいぶん違っています。
例えば、キャベツの野生種からは、いろいろな種類の野菜が誕生しました。
葉が大きく変化したものが、現在目にすることができる「キャベツ」や「ケール」です。芽が球状に変化したものが、「芽キャベツ」、花(つぼみ)が大きく変化したものが、「カリフラワー」や「ブロッコリー」なのです。


「いつ生まれたの?」

人間が農耕を始めた頃から「野菜」が出現していたと考えていいと思います。
中国では1万5千年以上前から稲作が行われ、シリアでは紀元前9千年頃から麦が作られていたようですから、かなり古い時代から野菜は人類と共に在ったと言えます。地域によって、栽培に適した野菜の種類も違っていました。
中国:ネギ、ハクサイ、ゴボウなど
インド:キュウリ、ナス、サトイモなど
地中海周辺:キャベツ、エンドウ、アスパラガスなど
アンデス:トマト、ジャガイモ、ピーマンなど
今では、DNAを調べることや遺跡の中から発掘される種などから、どんな種類の作物がどこで作られていたのかがわかります。


「日本生まれの野菜は?」

日本にも昔からあった野菜があります。
フキ、ウド、ミツバ、ワサビ、アシタバ、セリなどです。
やがて、交易が始まると、海外から多くの野菜が入って来ました。
1世紀頃までに、ゴマ、サトイモ、ニンニク、ラッキョウ、ヤマイモ、トウガンなど
古墳時代までに、ナス、キュウリ、ササゲ、ネギなど
古事記・日本書紀が編まれるまでに、カブ、ニラ、マクワウリ、ジュンサイなど
江戸時代から明治時代に、タマネギ、トマト、ニンジン、ピーマン、ジャガイモなどが海外からもたらされました。
以上は古い文献の記述によってわかるものばかりですが、実は今では残っていないような野菜の記述もされています。残念ながら消えてしまった野菜もあるのです。
また、海外から入って来た野菜は、初めの内は献上品の珍物や観賞用だったものが多く、広く栽培されて庶民が食べられるようになるのは、ずっと後のことです。


「宮城の在来作物」

主なものをあげてみます。

・大島かぶ(おおしまかぶ/気仙沼市大島地区)
・ミョウガタケ(みょうがたけ/名取市下余田地区)
・余目ねぎ(あまるめねぎ/仙台市余目地区)
・森合浅葱(もりあいあさつき/白石市森合地区)
・白石在来(しろいしざいらい/白石市森合地区)
・飯野川せり(いいのがわせり/石巻市河北町飯野川地区)
・長下田うり(なげたうり/登米市石越町長下田地区)
・土手菜(どてな/登米市豊里町)
・鬼首菜(おにこうべな/大崎市鬼首地区)

同じ宮城県内に住んでいても、初めて名前を聞く作物も多く、自分自身が在来作物というものをほとんど知らないで暮らして来たということに驚かされました。



「ちょっぴりお味見」


在来作物と言っても、地域限定のものがほとんどなので、なかなか手にすることも口にする機会もないのが現状です。
そこで今回は、カワシマさんが登米市豊里町二ツ屋地区に伝わる在来野菜の試食を用意してくれました。


・「しもふりささげ」霜が降りる時期まで収穫が出来るインゲン豆です。

・「くらかけまめ」種皮が馬に鞍をかけたような模様に見えることからこの名前がついています。


・「けの汁」豊里町二ツ屋地区に伝わる伝統郷土料理で、1月16日の小正月に墓前にお供えし精進料理として食べるそうです。手間暇かけて14日位からつくり始める料理で、十数種類の野菜と豆腐だけでつくられています。どんと祭も行われ、正月最後の行事を締めくくる料理です。「けの汁」は青森県や秋田県の伝統料理にも同様のものがあり、かつては東北地方で広く食べられていた郷土料理なのかもしれません。

今回は三品試食させていただきましたが、何だか素朴で懐かしい味でした。舌の記憶として残っていた味が甦るような不思議な味わいでした。ごちそうさまでした。


「在来作物と生物多様性」

なぜ自家採種を続けて来たのか?

①美味しいから
②子供の頃から食べてきたから
③食べる人の喜ぶ顔が見たいから
④先祖代々伝わってきた種を、自分の代で途切れさせてしまっては申し訳ないから

環境の変化に順応して生き残って来た在来作物たちは、このような食べ物や種に込められた想いと共に、これからも地域の自然環境に適応変化しながら残っていける可能性を秘めています。


「種をとり、残していくこと」

自家採種の良いところは、

①作物への愛着が生まれる。いい作物を守ってきたという自尊心も生まれる
②人と人とをつなぐ信頼の証し
③固有文化と多様性の保全。風土に順化(適応)した品種の確立
④食料の自立。食の根源を人任せにしない

在来作物は、種をとり残していくことによって、これからも地域の行事食のような形で食文化と共に生き残っていけるはずです。


「まとめ」

今回の講座では、土地や気候変動に合わせ変化しながら生き残ってきた“在来作物”を未来に残す大切さを教えていただきました。
在来作物は、流通している商業品種と同じ作物であると同時に、その地域固有の歴史や文化、栽培方法なども付随した知的財産でもあるのです。「生きた文化財」とも言われています
それにも関わらず、在来作物は普段の生活の中ではなかなか目にすることも出来ないような希少なものとなって来ています。
その原因として考えられることは、限定された地場物や時期物である在来作物にくらべて、商業品種の方が収穫量も多く、病気にも強いからです。また、商業品種の方が日持ちも良く形が均一であることが、流通上作物の痛みが少ないということもあります。購入する消費者の側からも、色や形など見た目がきれいで、味にもクセが無くて、万人向けに作られている商業品種の方が好まれる傾向にあるのは否定出来ません。
さらに、生産者の高齢化が進み、生産量が減少しているだけではなく、種(たね)の存続さえ危ぶまれているのが現状です。
将来、文献の上だけにしか残らないような作物にしないように、まず在来作物というものをもっとよく知り、次の世代まで継承していければ、食べ物の多様性ももっと広がることでしょう。地域に根ざした作物や種を守っていくことの大切さを教わりました。

カワシマ ヨウコさん、みやぎ在来作物研究会の皆さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。


*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*

せんだい環境学習館 たまきさんサロン
平 日 10:00~20:30
土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)・祝日の翌日・年末年始

*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*

カテゴリー: 過去の講座, 未分類, 環境講座, たまきさんブログ | コメントする

バイバイ、レジ袋!ふろしき生活はじめましょう

3月17日(日)14時00分~15時30分
バイバイ、レジ袋!ふろしき生活はじめましょう
ACT53仙台 代表 矢吹真理子氏
日本に昔から伝わる“ふろしき”は、さまざまな物を持ち運びできる袋になります。知っているだけで得をする“ふろしき活用術”を身につけ、レジ袋を使わない生活をはじめましょう!



■開催日時
3月17日(日)14時00分~15時30分

■講座タイトル
バイバイ、レジ袋!ふろしき生活はじめましょう

■講師
ACT53仙台 代表 矢吹真理子氏

■講座概要
日本に昔から伝わる“ふろしき”は、さまざまな物を持ち運びできる袋になります。知っているだけで得をする“ふろしき活用術”を身につけ、レジ袋を使わない生活をはじめましょう!
※関連企画「ふろしき活用術展」:3月19日(火)~3月31日(日)

■募集人数/対象
36人(小学生以下は保護者同伴) ※抽選(当選者にのみ3/9までご連絡)

■申込締切
3月5日(火)

■会場
たまきさんサロン(東北大学青葉山新キャンパス環境科学研究科本館)

■お申し込み方法
メールまたはハガキ、FAXでお申し込みください
必要事項:講座名、参加者氏名、年齢、住所、電話番号

■問い合わせ・申し込み先
せんだい環境学習館たまきさんサロン
〒980-0845 仙台市青葉区荒巻字青葉468-1
メール:tamaki3salon@city.sendai.jp
電話 022-214-1233 FAX 022-393-5038

カテゴリー: サロン講座 | コメントする

たまきさんサロン新着図書情報

たまきさんサロンスタッフです。
新着図書のご案内です。


・「もっとかんがえるカエルくん」(福音館書店 いわむらかずお)
・「こども東北学」(イースト・プレス 山内明美)
・「長生きできる町」(角川新書 近藤克則)
・「片づけ・収納・掃除・洗濯の教科書」(エクスナレッジ 松橋周太呂/こんまり他)
・「火星で生きる」(TEDブックス スティーブン・ベトラネック/石塚政行)
・「眠れなくなる宇宙のはなし」(講談社 佐藤勝彦/長崎訓子)
・「ペンギンは短足じゃない図鑑」(復刊ドットコム さかざきちはる)
・「言葉屋 言箱と言珠のひみつ」(朝日学生新聞社 久米絵美里/もとやままさこ)
・「十二支のおはなし」(岩崎書店 内田 麟太郎/山本孝)
・「ネットのルール(学校では教えてくれない大切なこと)」(旺文社 関和之)
・「オオカミと野生のイヌ」(エクスナレッジ 近藤雄生)
・「食育のウソとホント」(こぶし書房 魚柄仁之助)
・「ミツバチのはなし」(徳間書店 ピョトル・ソハ)
・「トリノトリビア 鳥類学者がこっそり教える野鳥のひみつ」(西東社 川上和人他)

図書は、おひとり3冊まで2週間借りることが出来ますので、ぜひご利用ください。
貸出カード作成時に身分証明書が必要となります。
二回目以降は貸出カードをご提示のうえ、貸出票に必要事項をご記入ください。

たまきさんサロンへ、ぜひ足をお運びください。
皆様のお越しをお待ちしております。


*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*
せんだい環境学習館 たまきさんサロン
平 日 10:00~20:30
土日祝 10:00~17:00
休館日 月曜(月曜が休日の場合は、その翌日)祝日の翌日・年末年始
*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*‥*

カテゴリー: 未分類, 日々の話, 環境, たまきさんブログ | コメントする

仙台海岸(深沼)の鳴り砂から環境問題を考える!!

2月24日(日)13時30分~15時30分
仙台海岸(深沼)の鳴り砂から環境問題を考える!!
仙台湾鳴り砂探究会 代表 早川紘之氏
仙台海岸(深沼)に存在する鳴り砂を通して砂が鳴る条件を知り、環境との関わりを考えます(鳴り砂の歌声を聞く体験あり)。



■開催日時
2月24日(日)13時30分~15時30分

■講座タイトル
仙台海岸(深沼)の鳴り砂から環境問題を考える!!

■講師
仙台湾鳴り砂探究会 代表 早川 紘之氏

■講座概要
仙台海岸(深沼)に存在する鳴り砂を通して砂が鳴る条件を知り、環境との関わりを考えます(鳴り砂の歌声を聞く体験あり)。

■募集人数/対象
20人(小学5年生以上、小学生は保護者同伴) ※抽選(当選者にのみ2/16までご連絡)

■申込締切
2月20日(水)※申込締切を延長しました。

■会場
たまきさんサロン(東北大学青葉山新キャンパス環境科学研究科本館)

■お申し込み方法
メールまたはハガキ、FAXでお申し込みください
必要事項:講座名、参加者氏名、年齢、住所、電話番号

■問い合わせ・申し込み先
せんだい環境学習館たまきさんサロン
〒980-0845 仙台市青葉区荒巻字青葉468-1
メール:tamaki3salon@city.sendai.jp
電話 022-214-1233 FAX 022-393-5038

カテゴリー: サロン講座 | コメントする

今年もどんと焼きだよ。ただ。。。【窮屈バージョン】

どうもどうも。年が明けちゃったですね。ぼくんちでは延々と仕事してたり親族に不幸があったりパ○ュームの年越しライブ見に行ったりと、なんか正月らしくなかったなぁ〜。(なんか変なの挟まってるゾ)ってことで、とりあえず今年もどんと焼きの写真を撮りに行ってみようかな。


だけどなんか、今年は人の出が多いなぁ。
「あ!今日は3連休の最終日じゃん!」


まだまだ大崎八幡は遠いんだけどなぁ。。。行列になってきたぞ。


お!こちらはギューギューだけど、通りの向かいはガラガラ。で、お参りが終わって事務所に帰る人たちがいるなぁ。


やっとこ鳥居の端っこが見えてきたぞ。


角を曲がって。。。すっごい人。


前進しません。これは階段でひっくり返っちゃいけないから、階段を登るタイミングを係りの人がコントロールしてんだね。


空が青いな。これは日暮れの直後に現れる「マジックアワー」ってやつだね。


もう動けないです。隙間からドーナツ屋さんが見えました。


マヨたこ屋さんも見えます。でも動けないです。


お。買い物中。いちおう店の前は行き来できるように空けてあるんだよ。


隙間から見えたもの。毎年ギリギリ2部に落ちないベガルタの提灯ですね。これって縁起がいいんじゃない?


隙間から見えたもの。右下の人が使っているのはGoProだね。時代だね。


隙間から見えたもの。さっきのマヨたこ食べてる。いいなぁ。


端っこは、裸参りの人に空けてあるんだね。


へへ〜。新しいレンズを買いまして。50mmの単焦点レンズだよ。光が綺麗だなぁ。


隙間から見えたもの。四谷用水ですね。


列の端っこにやってきて、裸参りの写真です。


まだ青空が綺麗だね。


おおお!ケムリが見えてきたぞ。


どんと焼きの会場が見えてきました。


いきなりホイってダルマ投げてるとこに出会った。


燃えてるねぇ。


じゃぁ。僕も持ってきた松飾り、熊手とダルマを。。。


ホイって。この時いつも、投げてから「財布ここにあるな」って確認する小市民。


もうね。狭くて狭くて。
カメラが狙ってた人は、このファーのついたジャケットの人の後ろ。


振りかぶって。


えい。


や〜!


もうギュウギュウで、写真撮るのも大変です。


こちらの火。4時ぐらいに点火式があるっていうから、こんどは見に来ようかな。


裸参りの人たちがまたやってきました。今年は雪が降ってなくて良かったですね。


そしてここでもGoPro


お。目の前で投げるよ。


びよ〜ん。


あれれ。。。


ずいぶん遠くまで飛んだなぁ。


お向かいの光は、テレビカメラのための補助光です。
だから煙が綺麗に見えるね。


このあたりから。なんとなくカット写真撮ってたんだけど。


よく見ると、あちこちから袋が投げ入れられているね。


せいの。


ホイッ!


光が綺麗だなぁ。


裸参りの人も。


ホイ!


と投げ込む。


銀行さんですね。


この火と煙に当たると、お清めになり無病息災になるとか。


まぁ。こういう伝統が息づいているって、それだけでいいじゃないですか。


燃える。


燃えてます。


こちら。よく見ると目を塗っていないものがある。あとなんで鏡餅が混じってんだ??


ま。細かいことは抜きにしよう。


さて、ギュウギュウの行列は本殿へ。


新年のご挨拶。良い年でありますように。


達磨を買いました。仙台の松川だるまは青い色も塗られてて、そして鼻が高い。カッコいいのです。


お神籤を引きました。吉です。
商売も相場も上下だって。こりゃ〜米中の貿易戦争のことだな。手を打てって言われてもなぁ。。。


さて、相変わらずギュウギュウです。東北大学の裸参りに外国の方。


ほかにも結構な数の外国語が聞こえたけど、楽しそうでした。


さて、帰ろうかね。


そしたら裸参り保存会の方達がやってきたね。


今日は隙間からの取材でした。
なんせ物凄い人の出で、いつもより早く道路が混雑したのだそうな。


そんななか、お醤油屋さんの店先で売っている甘酒を買おうかなぁ〜ってフラフラ近寄ってったら、またもや裸参りの方が来たのでパっとカメラを向けてシャッター切ったんだけど、知ってる方でたちでしたね。じゃね〜。

カテゴリー: 取材, 日々の話, たまきさんブログ | コメントする